日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

今日も、ものすごい暑さでした。
暑さを耐えるのにも、相当体力を使うようで、もう眠くて仕方ありません。
といっても、既に夜の11時半なので、眠くて当たり前ですね。(起床は午前6時ちょっと前。)

さて、テレビ番組のお知らせです。

NHKのEテレに2夜連続で、JD(日本障害者協議会)代表の、藤井克徳さんが出演されます。

①ハートネットTV「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本(1)」
2020年8月10日(月) 午後8時00分 〜 午後8時30分

この夏、旧優生保護法で不妊手術を強制された視覚障害のある女性が国に賠償を求める裁判を起こした。命の価値に優劣をつけ選別する“優生思想”に、私たちはどう向き合えばよいのか…。2015年にドイツを訪ねて戦時中の障害者迫害についての証言を集めた藤井克徳さん(日本障害者協議会代表)とともに、2回連続で考える。第1回は「断種法」(強制不妊手術)や「T4作戦」(大量殺りく)などの障害者迫害をたどる。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/1481/

②ハートネットTV「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本(2)」
2020年8月11日(火) 午後8時00分 〜 午後8時30分

相模原障害者施設殺傷事件からまる4年。ネットでは今も加害者への共感の声があがる。命の価値に優劣をつけて選別する“優生思想”に、私たちはどう向き合えばよいのか…。2015年にドイツを訪ねて戦時中の障害者迫害についての証言を集めた藤井克徳さん(日本障害者協議会代表)とともに、2回連続で考える。第2回は、戦時ドイツで起きた障害者の惨劇に、一般市民がどう関わっていたかをたどる。

https://www.nhk.or.jp/heart-net/program/heart-net/1482/

(以上、番組HPより)

今夜のNHKEテレも、優生思想をテーマにした番組を放送していましたので、見ていました。ひどい話でした。

ここのところ、文章を書く用事(仕事含む)が3つあり、ようやく全部終わったところです。

講演活動はやめることにしていましたが、リモート講演会の依頼を既に2つ頂いて、それならできるかも、とお受けすることにしました。

講演活動をやめることにした理由は、特に遠方だと体力的に段々きつくなってきたこと、留守中のコウジさんのストレスや不満や不安が溜まること、帰宅してから山積みになっている家事をこなすのも疲れること、などですし、100回以上させて頂いたので、もういいかな、と思っていたのです。

でもリモートなら留守にしないで済むので、コウジさんもそんなに困らないかな。

いやいや、今私がzoom(ズーム会議)をやっていると、時々一緒に参加するコウジさん。すぐ疲れて退散しますけど、いざ私が終えた時には、彼はなんだかイライラ、カリカリしているんですよね。

リビングで勉強しているワッチも(自分の部屋があるのに)、気を遣うようで、家族には少々不評のzoomです。

私も私で、最初は珍しくて面白がっていましたが、段々疲れてきたり、問題点にも色々気づくようになってきました。

けれど、いつかzoom を使って、高次脳機能障害者とご家族、支援者の方達(勿論一般の方達も)が集える場ができたらいいんじゃないか、と今構想を数人で練っているところです。

とはいえ、まだまだzoom初心者に近いので、試行錯誤、という以前の、暗中模索中です。なにしろ、セキュリテイ(個人情報保護)が大事ですからね。そこはしっかり守らないと。

とにかくまだ、ぼんやり考えているところなので、気長に、楽しみに、お待ちください。

ではおやすみなさい。




梅雨が明けて東京はいきなり連日の猛暑に見舞われています。 そして、コロナ感染者も200人、300人台が普通になっています。やっぱり、緊急事態宣言を解除したり、Go To Travel をやったりすると、こうなるのはわかっていましたが、今更もう仕方ない。これ以上全国的にも、増えないで欲しいです。

私が住む世田谷区の保坂区長は、PCR検査を「いつでも」「どこでも」「誰でも」「何度でも」受けられるという「世田谷モデル」をスタートするとのこと。いいですね!
まずは医療職、介護職、保育職員などから始めるそうですが、そのうち私もコウジさんもワッチも、受けられるようになるのかな。 

東京都でのコロナウイルス感染者がわかっているだけでもこんなに多いなら、もう私もコウジさんもワッチもうつっているのかな、と時々思うことはありますが、多分まだうつってないでしょう。(わかりませんけど。)このまま、ずっとうつりませんように。

東京の梅雨明けは8月1日でしたが、その日より前から、道路には死んだセミが落ちていました。昨日も4匹拾い、その辺の、日が当たらない木の下や、我が家の花壇の茂みの中に移動しました。焼けつくように暑いアスファルトよりも、柔らかで涼しい土の上の方が眠るにはいいよね、とつぶやきながら。でも、いつもセミの亡骸を見ると、切ないです。

昨日も今日も、赤とんぼが沢山飛んでいたのですが、ん?セミももう死んでいるし、今年の夏は短くて、もう秋が来るのかしら。だったら嬉しいけれど。

ここ数週間ほども、忙しかったです。高齢で持病のある母の代わりに、横浜の病院へ薬をもらいに行き、宅急便で母へ送りました。こんなコロナが広がっている中、母が病院へ来るなんていうのは、ハイリスクですからね。

私も病院へ行きました。2月に体調に異変を起こしてから、再検査でしたけど、結局また再再検査が入りました。トホホ。そのため、これからもストレス、疲労、睡眠不足を極力避け、なるべく大人しくします。コロナで巣籠もりしているので、ちょうど良かった?

いえいえ、結構zoom に参加しているので、忙しく、疲れます。いつも眠いし。

やまゆり事件からもう4年も経ったのか、と暗い気持ちでいる時に、ALS患者の女性が、医師によって嘱託殺害された事件が起きて、この事件をどう考えたらいいのか、考えがまとまりません。ALSについてもっと知る必要があります。考えがまとまったら、書くかもしれません。

国から国民1人当たり10万円が給付されることになり、申請して、もうもらえた人も多いと思います。私の家ももらえましたし、母の申請は私が手伝いました。ホームレスさんももらえるようにしてほしいし、そう活動されている方がいるので感謝ですが、私の叔父が、まだ申請すらしていないことがわかりました。ガーン。

叔父のように1人暮らしで高齢ですと、面倒くさがりになり、物忘れもあり、それに気づかず、送られてきた封筒もどこかへ行ってしまったようです。

きっと叔父は申請できていないんじゃないかな、と思って電話したら、案の定そうでした(汗)。

私が電話でいくら教えても、手紙で教えても、だめです。なにしろ封筒すらないみたいなのですから。
給付金申請の締め切りも気になりますが、叔父の生活自体が気になり、これはマスクしてアルコール消毒液持参で、様子見に行かないといけないかもしれません。
きっと叔父のように高齢の人、病気の人、認知症の人、障害を持つ人などで、給付金の申請がまだできていない人は、結構多いかもしれません。

あれやこれや忙しい中、楽しい話題は、最近ウメを動物病院でお風呂に入れてもらったことですね。
18キロ近いウメを、この13年間私が自宅でお風呂に入れてきましたが、先月、病院の待合室の壁に貼ってあった、「炭酸風呂」のチラシに目が釘付けになりました。血行が良くなり、皮膚も毛も清潔でサラサラになるというので、1度くらいはウメに贅沢をさせてあげようと思い、梅雨明けのタイミングを見て申し込んだのでした。

ちょうどその1週間前に、ウメには生まれて初めてノミがついてしまったので、駆虫剤を飲ませたり(同居する猫のハルとチーの分も必要となり、出費でした)、ノミの糞がなかなかブラッシングで取れず四苦八苦していましたから、それもタイミング良かったです。

・・・そもそもウメにノミがついたのには、わけがあります。ちょっと長くなりますが・・・
その1週間くらい前に、可哀想に若い猫が車か何かにはねられて、家の近所で死んでいたのです。
コウジさんがウメを散歩させていた時に、道路脇の茂みからウメがその猫の死体をくわえて引きずり出したそうです。

夕食時にコウジさんからその話を聞いて(コウジさんもよく覚えていましたよね)、驚いた私は箸を置くとすぐその場所へ急ぎました。夕闇が濃くなっていましたが、まだその猫は道路の端に、ウメが引きずり出したそのまま横たわっていましたので、自転車やバイクに引かれるといけないと思い、私は猫を両手で持ち上げて(既に冷たく硬直していました。涙)、茂みに戻したのです。きっとはねた人が元々、そこに置いたのだと思われます。

家に帰って手を洗うと、心当たりの人3人に次々電話をかけました。「若い猫が死んでいたのだけれど、お宅の近くを歩いている猫たちのうちの、1匹じゃないですか?」「若い猫が死んでいたのだけれど、こういう模様だけど、どこの猫か知らない?」「若い猫が死んでいたのだけれど、〇〇さんが飼われている沢山の猫の中の1匹じゃないですか?」・・・

でも、皆、心当たりがないと言うので、飼い主がいない猫なら、このまま警察に連絡してもいいのかな? でも、もしかしたら飼い主がいて、探しにくるかもしれないから、もう1日くらい、あそこに置いておいた方がいいわね。でも、これから雨が降るから、濡れないようにビニルを体の上にかけてあげなくちゃ。

そう思ってビニル袋を持ってまた茂みの場所へ行くと、あれ、30分くらい前にいたはずの猫がいません。
まさか、生き返ってどこかへ行った?(そんなはずない) 
飼い主が見つけて連れ帰った?(かも知れない)
ただ、その茂みの横の家のご主人が、手持無沙汰に家の前に出ていたのが気になりました。そこへ奥さんが帰ってくると、なにやら2人で話し合いながら、家の中に入っていきました。
・・・もしかしたら、私が30分電話をしている間に、あのご主人が警察に電話をして、警察が猫を連れ帰って、それをご主人は奥さんに報告したのかな、きっとその線が濃いな、と思いました。

・・・それで、話を戻してノミですが、その可哀想な猫はきっと野良猫で、ノミがついていたのだと思います。情の深いウメは、その翌日も、またその翌日も、4日くらいその茂みの中に入って、猫の匂いをふんふん嗅いでいたのです。私も、可哀想な猫を思い、ウメの好きにさせていたのでした。そしてきっとそこにいたノミが、ウメについたのでしょう。

長い話になりましたが、最後はウメがお風呂に入れてもらっている写真です。動物病院の看護師さんが撮ってくれました。おかげで、今はウメはいい匂いでさっぱり美犬になっています。

ウメ炭酸温泉


ウメ炭酸温泉2











あれほど容姿端麗で、あれほど才能豊かで、誰からも好かれる人気者で、まだ30歳という若さで、これからまだ50年は生きられたというのに、なぜ自ら人生に終止符を打ったのでしょうか。

あんなに順風満帆そうに見えた人に、一体、どんな心の闇があったのでしょうか。

私がここ数年で、一番衝撃を受けた出来事かもしれません。
大体の起きた出来事は、理由や原因がわかり、自分の中で納得できるものなのに、今回のことは全く、私の想像や、勝手な思い込みすらを越えたできごとだったからです。予測もできなければ、推定もできません。そんなことが起こるはずがなく、起きたことが信じられないのです。

表からは全く見えなかった彼の苦しみを、誰もわからなかったのでしょうか。
ということは、彼は誰からもわかってもらえていなかったのでしょうか。・・・近しい人々からにさえ。

それは、すさまじいほどの孤独ではないでしょうか。

それに彼は、誰にも相談しなかったのでしょうか。

いくつか専門家や親しい人の、彼の死についてのコメントを読んでいて、死の衝動が起きても、30分我慢するとその衝動は遠のく場合がある、という言葉に頷きました。

私にも15年前のあの日、突然死にたくなった瞬間が訪れました。

死にたくなった理由には、毎日が苦しくてたまらず、朝起きても絶望しかなく、こんな苦しいくらいなら死んだ方がマシだ、と急に思えたこと。 誰も助けてくれない、私の苦しみに気づいてもくれないという、周りへの恨みもありました。私が死んだら、どれだけ私がつらかったか、初めてわかってくれるのかもしれない、という期待もありました。
たとえわかってもらえても、その時には私は死んでいるので、嬉しさも感じなかったのですが。

ともかく、死ぬことを決めた瞬間から、もう私を止めるものは何もない、と妙に吹っ切れた気持ちで、首を吊るところを探して、家の中を目が泳ぎました。
そしてその私の目が、あるものを通り過ぎようとし、また戻したものがありました。それは電話でした。

私はその時1人でした。やはり、すさまじいほど孤独でした。この世の誰にも、未練はありませんでした。ただ1人を除いて。

それは、母でした。

そうだ、母にだけは「さよなら」を言おう。私を生んでくれ、育ててくれた母に何も言わずに死ぬのはしのびない。

そう思い、死のうと家の中をふらふら歩いていた私の足は電話に向かい、受話器を手に取り、母に電話したのでした。

母と会話していると、受話器の向こうの母の朗らかな、笑いさえ含んだ言葉に、憑き物が落ちて行くのを感じました。そして私は死ぬのをやめたのでした。衝動が、私から離れた瞬間でした。

やはり、「死のう」と思ってから30分も経っていませんでした。
そしてそれ以来幸いにも、私に死の誘惑は訪れていません。

春馬さんは、最後の別れを言おうと思う相手がいなかったのでしょうか。
もしその人に電話して、二言三言言葉を交わしていたなら、死なずに済んで、これから50年生きていられたのではないか、と思えてなりません。俳優を辞め、やりたかったという農業をしながら。

あるいは、春馬さんは、もう知っている全ての人に、「さよなら」を心の中で言ってしまっていたのでしょうか。

こう書いていますが、私は春馬さんのことは、詳しくは知りません。
このブログにコメントをよく下さっていた1人の女性が、春馬さんのファンでしたので、その時初めて知ったのだから、それでももう10年くらいになるのかもしれませんが。

才能があり、美男子で、浮ついたことを言わない、真面目な、好感を持てる人でした。

亡くなるつい数日前も、夜遅くテレビのチャンネルを回していたコウジさんが、春馬さんとJUJUさんが話している番組で、手を止めたのを、新聞を読んでいた私はちら、と横目で見ました。

そして、そこでそつなく話す春馬さんを見て、(ああ、彼は司会もするんだな。何をやってもできて、すごいな。)と感心したばかりでした。

きっと私は、いつの間にか春馬さんのファンになっていたのでしょう。

若い、美しい、才能豊かな、強い魂が失われたことは、大変残念で勿体なく悲しいことです。

できれば、重圧と多忙から解放され、のどかな自然の中で悠々と畑を耕して、ふと額の汗を腕で拭く時の、彼の輝く笑顔を見たかったです。

合掌。

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