日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

今日は、コウジ村の会員、hanaさんのご主人の告別式でした。

2日前の朝、脳腫瘍の再発から亡くなられたのでした。享年49歳。
脳腫瘍になったのは、今から10年5か月前のこと。それから何度も再発を繰り返され、そのたびに乗り越えてこられました。
先月半ばまでモリモリ食べられ、車椅子での外出も楽しんでいらしたのに、急に体調が思わしくなくなり、再発がわかったそうです。

今回も奇跡を祈っていましたが、かなわず、天に召されました。

今朝告別式に行く前に愛犬ウメの散歩をしていたところ、雪が舞い始めました。
それほど寒い日だったのですが、その雪を見ながら、これは天からの贈り物のように思いました。
冷たい雪のはずですが、私には温かな慈愛がきらめきながら地上に振り降りてくるように見えたのです。

hanaさんもご主人も、クリスチャンでした。告別式は教会で行われました。
キリスト教式の告別式は初めてでしたが、讃美歌があったり、友人達からの思い出話が語られたり、賑やかで、笑いが起きることも。けれどやはり悲しく、何度も涙しました。

ただ、49歳の若さだったとはいえ、会社生活では一所懸命仕事をされ、家庭では家族仲良く、発症当時小学生だったお子さん達は立派に成人され、友人達からは尊敬され感謝され愛された、キリスト教に教え導かれ見守られた、幸せで充実した一生だったことがわかりました。
こんな素晴らしい一生を送られる方もいるのだなあ・・・。

こうして、コウジ村会員で亡くなられた方は4人になりました。3人が脳腫瘍の、1人が脳出血の再発です。
昨日の前夜式(お通夜)には、そのうちのお1人の奥様が、今日の告別式にも別のお1人の奥様が、参列されました。もうお1人の奥様は遠方(関西)にお住まいでお仕事もされていますが、久しぶりに連絡を取ることができました。

hanaさんと親しかった方には直接私から連絡し、あとはコウジ村全員にメーリングリストでhanaさんの了解を得たのち、訃報を流しました。(届かなかった方はごめんなさい。) 
驚きとお悔みの返事をくれる人、前夜式に参列された人、告別式に参列された人、色々でした。有難うございました。

今日久しぶりに告別式でお会いした方と近況を話し合うだけでなく、少し疎遠になっていた人たちとの結びつきを復活させて下さり、hanaさんのご主人はこうして亡くなられる時でさえも、人々のために尽くして下さるのだなあ、と感謝の気持ちでいっぱいです。

心よりご冥福をお祈りいたします。

またお会いできる日まで、hanaさんとご家族は、一歩一歩、歩いて行かれるそうです。
どうぞ天から見守っていて下さいね。

・・・追加します。
でも思うのは、hanaさんの献身的な介護と深い愛情が、これまでのご主人を支えて来られたに違いない、ということです。長くつらい治療の繰り返しに、頑張って向き合ってこられたご主人も凄いですが、毎日遠い病院まで愚痴もこぼさず通っていたhanaさんを私やコウジ村の人たちは知っています。

医師がさじを投げようとした時も、「もう一度最後にMRIを撮ってみて下さい!」とお願いし、症状悪化の原因がほかにあったのを見つけてもらえ、治療に結びついたのも、hanaさんのおかげです。

ご主人が動けるうちに、と一念発起、海外旅行まで連れて行ったり、動けなくなってからは、自宅での介護チーム体制を整えたのも、hanaさんの頑張りのおかげです(hanaさんは仕事をされているので、調整が大変そうでしたが、見事なチームワークができあがったそうです)。

そんな一所懸命なhanaさんと、hanaさんに安心して甘えながら頑張っていたご主人の姿を見て育ったお子さん達は、立派に育ちました。今日の息子さんのご挨拶には、胸を打たれました。

hanaさんは介護する妻の理想そのものですが、やはりご夫婦間に深い愛情があったことが、結局は納得のいく介護に結び付いたのだと思いました。
今日のhanaさんは、悲しみの中にありながらも、爽やかなすっきりした表情をされているように見えました。

また、今日ご友人や司会された方々のお話を聞いていると、脳原発性悪性リンパ腫という病気ゆえ、「今日死ぬかもしれない」「明日死ぬかもしれない」という緊迫感と心配がつきまとう介護だったとのことです。そんな神経をすり減らすような毎日を、長い年月の間過ごされ、本当にお疲れ様でした。
少し休んでくださいね。

今日は大雪だと覚悟し、雪かきスコップを昨日のうちにアマゾンに注文し、今日午前着にしておきました。雪かきスコップは持っているのですが、季節ものなので実家(横浜)に置きっぱなしなのです。
東京は朝、少し雪が降りましたが、ほとんど雨と同じ、雪かきしないで済み、届いた雪かきスコップをコウジさんに託し、浦和へ向かいました。コウジさんは、「めんどくせ~な~。」と雪かきしたくなさそうでしたが、結局世田谷も雪はほとんど降らず、スコップの出番はなかったそうです。

電車が遅れるかもしれないと思い、早く家を出ましたけれど、特に問題なく12時過ぎに浦和に着きました。

30年ほど前、私はコウジさんと結婚してすぐ、東浦和の公団に住みました。結婚前から私はせっせとその新築公団に申込み、見事当選していたんです。最寄駅は東浦和でしたが、バスで浦和駅前の伊勢丹へは、よく買い物に行っていました。今日の講演会場は、東口のパルコの9階でしたが、西口に出て伊勢丹へ向かいました。駅から、小さな横断道路を渡って伊勢丹に行く道は、30年前と全く同じで、胸が震えました。感傷的になり、涙が出る程。公団近くの「明花」へ行くバス停は、たしかあのあたりから出ていたなあ、と記憶を手繰り寄せながら駅前に佇む私を、邪魔そうに人々はよけて通って行きました。

伊勢丹7階のレストラン街へ行き、和幸でランチ定食を食べてから、13時を過ぎたので、駅反対側の東口へ出ました。
おお、このパルコの大きさよ!と大きな建物を仰ぎ見る私の前に、「明花」行きのバスが止まりました。東口もバスロータリーになっていたんです。昔は東口なんてなかった(ですよね)から、西口のバス停からバスに乗り、線路の走るガード下を通って、「明花」に向かったんです。「明花」「うらわイーストシティ」という行き先が書かれたそのバスに、思わず乗り込みたい衝動を抑え、パルコへ足を向けました。

エレベーターで9階に着き、広々したフロアを興味津々でキョロキョロしながら歩いていると、このブログでもおなじみの、「公務員のこうじさん」の奥さんが椅子に座っていて、「あ!」と私に気づいてくれました。その隣には、こうじさんも。予報に反して雪が降らなかったので、来ることができたそうです。嬉しかったなあ~!私やこうじさんほか、今回の講演会に関わる人たち全ての願いが天に通じたのかなあ。

講演会には、実に多くの方々が来て下さいました。本当に有難うございました。三連休なのに、悪天候が予想されたのに、こんなに大勢の方が私の話を聞きに来て下さったことに感激しました。

主催者であるさいたま市の職員の方々が、綿密な準備と宣伝に力を入れてくださったおかげです。有難うございました。

講演会後、参加された何人かの方々と立ち話しましたが、受障後年数が浅い方もいれば、40年の方もいました。当事者家族になったものの、まだ何が何だかわからない方もいたり、今日の私の話でわかった、すごく良かったと言って下さる方もいて(嬉しいです。)、このような講演会の意義の大きさを実感しました。

すぐには帰らず、「公務員のこうじさん」と奥さん、当事者会「ナノさいたま」の渡部さん(「公務員のこうじ」さんも会員です)、当事者会「未来の会」代表の市川さんと9階のラウンジのようなところで、当事者会について1時間くらい話しました。

・・・このパルコ9階は、「さいたま市市民活動サポートセンター」というもので、「地域や社会のさまざまの課題の解決をめざして、自主的に非営利で公益的な活動する市民活動団体(NPO・ボランティア団体・自治会など)や、これから市民として地域や社会のための活動をはじめようと考えている市民を支援するための施設」だそうです。

いいな、いいな、こんな場所がさいたま市にあって。それも浦和駅前という便利なところです。さいたま市民は幸せですね。

今日のところはこのへんで。
また書きます。

とにかく、雪が降らなくて良かったです。

明日はさいたま市で講演があるのですが、なんと雪(大雪?)予報です。

会場は浦和駅前とはいえ、参加申し込みをして下さった方々が、自宅から出られないという事態も考えられます。私も、もし我が家の前の道路に雪が積もっていた場合、まずは雪かきをしてから出て来なくてはなりません。(我が家では雪かきとか洗車とかは、みんな私の仕事。コウジさんは面倒臭がってやってくれないんですよ。もう!)それに電車が動かなくなると困るので、予定していたよりずっと早めに家を出なくては。

今回の講演のために、陰で一所懸命宣伝して下さったり、参加者を集めて下さった「公務員のこうじさん」も、雪の場合ご自宅から車が出せないので、来られなくなりました。残念!
「公務員のこうじさん」は、拙著『続・日々コウジ中』のP93に登場頂いた、「目撃者がいなかったKさん」です。久しぶりにお会いできるかな、と思っていましたが、雪では仕方ありません。家で温かくして、お過ごし下さいね。
そのほかにも、雪で来られなくなった人は結構いらっしゃるのでは、と予測されます(涙)。

もちろん、転んだり、滑ったりすると危ないので、皆さん無理なさらないで下さいね。
私は何が何でも行きますが。

講演で悪天候に見舞われることは、そんなになかったのですが、思い起こしますと、2011年1月30日の長崎は、雪でした。でも、そんなにひどくなかった。同年11月19日の伊那市は、大雨でした。晴れていると、南アルプスの山々がきれいに見えたそうですが、全く何も見えず、ただただ灰色の空のみ。2012年12月8日の旭川市は、講演日は問題なかったものの、帰る翌日が大雪でした。飛行機が飛ばず、ヒヤッとしましたが、急遽別の飛行機に飛び乗れて帰ってこられました。

こう思い出すと、天気が悪かったことは、よく覚えているものですね。そしてその講演のことも、それに付随して覚えていることが多いです。交わした会話、皆さんの表情、長崎の急な階段で転び、旭川で雪で滑って転んだのも、よく覚えています。(転んでばっかり。)
さて、明日のさいたま市はどうでしょう。

どこでも、講演会を開いて下さる方々には大変温かく迎えて頂き、お世話になったことを思い出すと、胸が熱くなります。

明日も主催者の方々、来て下さる方々には、感謝の気持ちしかありません。
良いお話ができ、少しでも皆様のお役に立てるよう頑張ります。

それにしても、雪が降らなければいいな~。


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