日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

昼間暖かかったので、ウメをお風呂に入れました。ウメはきれいになったけれど、お風呂場がウメの抜け毛で大変なことになったので、大掃除。ついでにウメがいつも寝ている薄手の毛布計6枚も洗濯。

その他色々あって、もうくたくた。眠いので寝ようと思いましたが、簡単に書けるエピソードだけ書いて寝ます。面白かったので、早くここに書きたくて(笑)。

それは3日前の金曜日のこと。前回の受診から1か月経つので、喘息の持病がある母の薬をもらいに、かかりつけの病院へ母と行く日でした(物忘れが多い母なので、もう毎月、私が同行することにしています。 思えばパーキンソン病だった、今は亡き父の通院にも数年間、毎月同行していたものでした)。

医師からは、「今までお母さんが飲み忘れた薬を、今度の時全部持ってきてね。」と言われていましたので、早めの11時半に実家に着いて、残っている薬のチェックをしました。すると個包されている朝・昼・夕の薬のうち、朝はこの1か月ほとんど飲めていいたものの、昼は全部で68袋(つまり68日分)、夕は28袋(同28日分)残っていました。 朝の薬が大事だというので(それが飲めていれば、必要な薬の8割かたは取れているそうです)、この1か月喘息の発作はあまり起きていませんでしたが、あまりにも多い昼と夜の残薬。

母もきまり悪いのか、「昼は出かけて忘れちゃうのね。あんまり多いと先生ががっかりするから、持っていくのはちょっとにしない?」なんて言っていましたが、それはダメですね~。
ケアマネさんもかかりつけ医に挨拶したいというので、2時前には実家に来て、一緒にタクシーに乗って病院へ行くことになっていました。母には私がいますが、私のような付き添う家族がいない方には、ケアマネさんが家族代わりに病院へ付き添うそうですよ。

午後の診察は3時からですが、ケアマネさんは、「連休前なので混むかもしれませんね。早めに行って待ってましょうか?」と提案。それもそうだ、と母に何時から病院は開くか尋ねると、「いつでも開いているわよ。もう行きましょう。」と言うので、2時半に病院到着。・・・でも、ドアは開きません。中も真っ暗です。

私は、「開いてないじゃん!もう、なんでも自分の希望通りに世の中は回っている、と思っているんだから~。」とブツブツ。仕方ないので、病院のドアの前に母、ケアマネさん、私の3人で立っていました。

すると、向こうから母と同じような年齢の、マスクをしたおばあさんがやってきました。同じくマスクをしているケアマネさんが軽くそのおばあさんに会釈をすると、おばあさんは、「やあだ、マスクしているから、誰だかわからなかったわあ!」と言いました。

私は、(ケアマネさんはあちこちに知り合いがいるんだな。すごい。)と感心しておばあさんとケアマネさんの会話を聞いていました。おばあさんは、「私は最近遠くの病院へ行くようになったけれど、急な時は近いこの病院にお世話になっているんですよ。」、云々、あれこれ色々な話をされ、ケアマネさんも、「まあ、そうなんですか。」と相槌を打っていました。

会話をしながら思い出そうとしていたのでしょうか、どうしても思い出せなくて諦めたおばあさんは、ケアマネさんに向かって、こう言いました。「ところで、どちら様でしたっけ?」

思わず吹き出しそうになった私は、次のケアマネさんの言葉に、とうとう吹き出しました。
「はあ、あの、今初めてお会いしたと思いますよ?」

ええ~?ということは、2人とも知らない人同士だったのに、延々と話していたということですか?

おばあさんは「え、そうですか?」とびっくりしたあと、尚も世間話を少しだけして、行ってしまいました。

私がケアマネさんに、「てっきり知っている人なんだと思っていました。」と泣き笑いしながら言いますと、ケアマネさんも笑いながら、「いえ、マスクされているから、病院に来られた方と思い、会釈したんですよ。全然知らない方ですよ~。」と言いました。

母だけ平然とした顔で、「話したいのよ。誰かと話がしたいのよ。」と言いました。
ケアマネさんも、「そうかもしれませんね。」と答えました。
そうなんだ、でも、それならおばあさんは沢山話せて良かったです。

聞けば、こういうことはケアマネさんはよく経験するそうです。優しそうに見えますからね。実際面倒見のいい、優しいケアマネさんなんです。

ようやく3時になって病院のドアが開き、医師と私たち3人でかなり長い時間話しました。母の喘息の状態をよく理解して下さっている先生で、安心しました。医師は、「次回もまたみんなで来て下さいね。」と仰いましたから、「ケアマネさんは忙しいので、私がケアマネさんに話を伝えますよ。」と申しました。
余談ですが、待合室には誰も待っておらず、連休前だけれど混んでいませんでした。皆さん午前中に来たのかな。

隣の院外薬局で薬の数を調整してもらいましたので、これからは飲み忘れがないよう、ヘルパーさんにも協力してもらい、母がお薬カレンダーで管理します。薬局で100円のお薬カレンダーも、ワッチ用に買ってきました(ワッチも喘息持ちです)。

その日は、母をめぐってもうひと騒動あったのですが、書くと長くなりますので、寝ます。
(年を取ると、ハプニングが日常茶飯事ですよね。笑。)
おやすみなさい。


昼間は暖かくなってきたものの、朝晩はまだ寒いです。
先週だったか、テレビを見ていましたら天気予報士が言うには、「桜が散るまでは暖房器具はしまわないように。」とのことでした。数日前には桜の花がぽつぽつ咲き始めているのを見ましたし、タンポポや沈丁花もどんどん咲いてきていますけれど、まだ油断して薄着にならない方がいいですね。

ここのところ相変わらず毎日のように用事に追われていましたが、ようやく今日はブログを書けます。色々書きたいことはたまっていますけれど、今日はウメの散歩で遭遇したあるできごとについて書きます。

ウメの散歩は1日2回、それぞれ1時間以上なので大変なのですが、もしウメがいなければこんなに歩かないでしょうし、近所の人たちと表で出会って話さないでしょうし、タンポポが咲いたのも知らないでしょう。つまり犬の散歩は、健康にも良く、地域交流にも役立ち、季節の移り変わりにも気づき、そして人助けにも役立つ・・・?はい、実は、人助けした話を書こうと思います。

3日前の木曜日のこと、私はウメと駅方向へ向かって散歩していました(行先はいつも、ウメの行きたいところについて行っています)。
最初に近所のおば様に遭遇し、旦那さんが足の関節がすり減って手術した話を長く聞いて、別れました。
次は、犬を2匹連れた顔見知りの男性と遭遇しました。元々1匹だったのが2匹になっていたので驚いてわけを聞きますと、「また保護犬の里親になろうと思って、今、お試し中。」とのこと。 2匹の相性が良さそうなので、「これなら大丈夫そうですね。」、と言って別れました。

ようやく駅近くまでやってくると、そこは大きな病院があるのですが、その裏口の前で、初老の男性が妙な姿勢で立っていました。いや、よく見ると少しずつ歩いているようにも見えるのですが、そっくりかえり過ぎでうまく歩けていないのです。(変だな。)と思いながらも、(そういう病気なのかもしれない。じろじろ見たら失礼だな。)、と通り過ぎました。若い人たちも皆、同じように思っているのか、その男性の前を通り過ぎていきました。

・・・けれど、やはり気になった私は、戻るのを嫌がるウメを引っ張ってさっきの場所まで戻りました。
するとさっきの男性は、通り過ぎようとしていた女性に右手を出してつかまっているではありませんか。
女性がびっくりして何か男性に話しかけているので、私も急いで男性のもとへウメと駆けつけ、倒れそうな背中を支えました。男性はこちらを見ようと首を回すのですが、あまり回りません。女性は、「急に動けなくなったのですか?」と質問していました。

男性は、「ああ・・・」と答えます。私は、とっさに「もしかして脳梗塞じゃないですか?脳卒中! だとしたら急いだ方がいいですよ。幸いここが病院ですから、病院へ行きましょう!」と言いました。
男性は、「う・・・そこのスーパーのレジに荷物を預けてあるから・・・」と言うので、女性が「じゃあ、私が取りに行きましょう。お名前は?」 男性「田中・・・」 私「じゃあ、私が体を支えていますね。ああ、でも犬がいるから犬が動いたら心配。」 女性「じゃあ、私が支えます。」 私「じゃあ、私がレジへ行ってきます。ああ、でも犬がいるからレジまで入れない・・・」 女性「それより、あなたは病院の人を呼んできて!」 私「(ハッとして)そうでした、そっちが先でした。」

一刻を争うので、私はウメを繋ぐところを探さず、病院の裏口を開けるとウメと一緒に病院の中へ走り込みました。そして、「すみませ~ん!」「すみませ~ん!」と大声をあげながら職員を探すと、ギョッとしているロビーにいる患者さんたちの横手に、放射線科の窓口があって、その中の男性とちょうど目が合ったので、「すみません!そこで急に具合が悪くなった人がいるんです!」と叫びました。すると、職員は頷くや否や飛び出てきて、ほかの職員に「担架持ってきて!」と声をかけ、私とウメと一緒に外へ出ました。

あの女性が男性を支えているところに病院職員がバラバラと集まり、「お名前言えますか?」と声をかけながら、いつのまにか持ってこられていた椅子に「ゆっくりでいいので、腰を下ろせますか?」とてきぱきと行動されました。
その時にはウメがもう散歩の先を行きたがって引っ張っていたので、「ああ、良かった、もう安心ですね。では私は犬の散歩に行きますね。」と職員や女性に挨拶して、気になりながらもそこを後にしました。

脳梗塞(かわかりませんが、多分そうでしょう)を起こしたのが、病院の裏門だったというのは、不幸中の幸いですね。数年前に横浜市脳血管医療センター(現在の横浜市脳卒中・神経脊椎センター)主催講演会でお話した時、センターが軽快な音楽に乗せた脳卒中の啓発ビデオ「FAST」を流していたのを思い出しました。

それは、「Face:顔がゆがむ、Arm:腕が上がらない、目をつぶって両腕を前へならえの姿勢をとると麻痺のある方の腕が下がってくる。Speech:ろれつが回らない。このような症状が一つでも急に起これば70%の確立で脳卒中の可能性があります。TはTime:時間。脳卒中の治療はスピードが大事で、このような症状があれば即座に119番で救急車を呼びましょう。」というもので、この頭文字をとって「FAST」。米国脳卒中協会が始めたキャンペーンを日本脳卒中協会が取り入れ、横浜市脳卒中・神経脊椎センターが啓発していたようです。
あのビデオ、色々なところで流してくれたらいいのにな。とてもわかりやすいビデオでした。

また、病院職員がすぐ男性に「お名前言えますか?」と問いかけていたのが印象的でした。意識があるうちに身元をはっきりさせておかないと、意識がなくなるかもしれないからですよね。
コウジさんも私が病院から連絡をもらって駆けつけた時には、既に意識はありませんでした。けれど意識がなくなる前に、私の電話番号や私の実家の電話番号を伝えられたのです。(私はワッチのスイミングスクールの建物の中にいて繋がらなかったので、彼は私の実家の電話番号を伝えたそうです。自分の実家より私の実家の方が東京に近いし、しっかりした父もいたからでしょう。→コウジさんの父は20年前に亡くなっています。)

ウメと歩きながら、あの男性はどうなったかな。ご家族とは連絡がついたかな。本人もだけれど、ご家族もびっくりしたろうな。おおごとにならなければいいな。など色々考えていましたら、不意に涙が出てきました。

突然病に襲われてから、治療やリハビリを受け、元の暮らしに戻っていくまでの苦労や努力、悲しみや喜びを思うと、自分が辿ってきた道を思い起こし、やっぱり涙が。でも命が助かれば、もうそれだけで儲けものですね。あの男性の今後に、幸いあれ!と祈りました。

実は私は1年くらい前にも、同様の場面に出くわしたことがあります。やはりその時もウメの散歩中で、背の高い外国の男性が、汗びっしょりになりながらそっくり返って階段を1段1段、上っているのです。
そういう姿勢の方なのかな、お手伝いしようかな、と思いながらもウメに引っ張られ一旦通り過ぎました。
気になって振り返って様子を見ていますと、同じように心配した女性が彼に話しかけています。私もお手伝いしなくちゃ、とまたウメと走って戻り(いつもこのパターンですね。今度は自分から話しかけなくちゃ。)、そばの駐輪場のおじさんもやってきて彼に「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」と話しかけました。

私も、「ambulance(救急車)?」「hospital(病院)?」「brain injury(脳損傷)?」などの英単語や、適当な英会話で話しかけますと、その外国人男性は、「ダイジョウブ」「ダイジョウブ」と言っていました。
けれど大丈夫なわけないので、なおも皆で彼の鞄をもったり体を支えたりしようとしますと、鞄を取られると思ったのか絶対離さないし(もしかして麻薬とかまずいものが入っているの?と私は思ってしまったくらい)、「サガレ!」「サガレ!」と時代劇のセリフのような言葉で怒るのです。 

そのうち駐輪場のおじさんが呼んだ警官がやってきて、救急車も既に待機してくれているとのことなので、ほっとしました。そして彼が救急車の中に寝かされて入れられるのをウメと見届け、やっと安心して散歩の続きをしたのです。

夜、そういう話をワッチにしながら、「もし姿勢の変な人がいたら、その人は脳卒中を起こしているかもしれないから、無視しないで助けるのよ。」と教えますと、ワッチは「わかったよ。でも、よくそういう場面に出くわすものだね。」と呆れていました。

やはりウメの散歩は、疲れるけれどいいことが多いですね。
明日も楽しく行ってきましょうか、 はい(笑)。

今日のお昼は、東京駅近辺にいました。

3月11日は東日本大震災が起きた日ですが、東京駅周辺はすごい人ごみでした。
皆さん、普段と変わらない風に見えましたが、心の中までは見えません。
きっと皆さん、6年前から今尚続いている、震災による被害、被災者の心へ思いを巡らせているのではないでしょうか。あまりの賑やかな混雑に、逆にそう思ってしまいました。

私は、福島へ向かう途中の山口研一郎医師(高槻市のやまぐちクリニック院長)や、ジャーナリストの中村尚樹さんとお会いしていました。お2人とも、高次脳機能障害に関するご著書がおありです。

大震災のこと以外にも、色々お話し、名残惜しみながらお別れしてきましたけれど、お2人から頂いてきた諸々の資料は、明日以降読むことにしました。

帰宅するとすぐ、コウジさんの歌の練習のお付き合いです。
・・・やはり、明日は恥をかくか、お仲間にご迷惑おかけしそうです。「広い河の岸辺」はなんとか歌えますが、ウエストサイド物語からの「Tonight」は、彼は自分の好きに歌ってしまいますし(パートに分かれなければいけないのに、歌いやすいメロディのところを歌う)、民謡メドレーも適当に歌っています。

そして、私が「困ったねえ。」と言っても、「全然困らない。」とどこ吹く風。
「プレッシャーないの?歌えなくて。」と聞いても、「全然問題ない。全然平気。」ですって。
すごいねえ、大物というのか、小物過ぎて問題が見えていないというか。

でも、楽しむことを目的に参加しているコーラスなので、いいのかなあ。
見に来られる方も地元の方ばかりで、肩凝らない発表会ですし・・・

とはいっても、もう一度明日の朝、付け焼刃の練習をしてから出陣です。
私も聴きに行ってきます。

新聞やテレビで、震災に関する記事や番組も読んだり見たりしていましたが、今日3月11日に限らず、いつも大震災のことは考えていなくてはいけない、と思います。

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