日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々


 本が出てからというもの、私の周りの方々から感想がポツポツ届いてきています。


 


  まず今日は、一番気になる家族会からの反応を書きます。


 


 会長からは、


 「家族として言いたくないこともあるだろうに、全部言った!という感じ。良く言った!拍手喝采!」


 「でも読後にはあなたのご主人への一生懸命な姿勢、それを愛情というなら素敵な思い、生きる姿勢などが伝わってきた」


 「これを読んで、勇気づけられる人は多いはず。」 云々・・・


 


 尊敬する会長からこれほどのお言葉を頂けて、(ああ、描いて良かった!)と心から思いました。


 


  ほかの会員の方々も喜んで下さっていて、あちこちに宣伝して下さったり、買って下さったりしています。


 


  その中のお一人、息子さんが高次脳機能障害者であるTさんというご婦人からは、好意的なご感想と共に、ご自身が書かれては周りに配布されてきたというレポートを何日分か頂きました。


 目を通させて頂きますと、まだ46歳の息子さんは、左手に麻痺があるほか、自分1人では動けないご生活だそうです。


 「外で何かされなくて済む分、じっとしていることの大変さがある」そうで、介護者であるお母様は、とても72歳とは思えぬほど精力的に、ご主人様とともに動き回られているご様子が伺えました。


 


  高次脳機能障害者本人が身体障害を併せ持ち、介護するのは高齢の親である、というパターンは、我が家とは又別の困難や悩みがあると思います。  


 私は、このレポートだけで全てがわかるとは、到底思えなかったので、今後じっくりお話を伺う必要を非常に感じました。


 


  けれど素晴らしいのは、Tさんがご高齢で、しかもご心配事を抱え、決して楽ではないはずなのに、傍目からはキラキラ輝いて見えることです。 とてもオシャレで、いつお会いしても、さすが神戸出身、と思わせる着こなしで若々しく美しいご婦人なのです。 きっと非常に気丈で知的で前向き、という数々の美点が外見もそうさせているのだと思います。


 ほかにもお子様が2人がいらして、又そのお2人とも世界を舞台にお忙しく活躍されている芸術家です。(障害当事者も音楽家です。)   このような立派なご家族に高次脳機能障害が関わってきたのも、きっと何か大きな意味があるのだと思いました。


 


  いずれお会いして、何が問題で、どうしていくべきなのか、ゆっくりお話したいと思っています。


 


  明日は神田でTKK(東京高次脳機能障害協議会)主催の、グループ訓練講座があり、そこで私の本も販売して下さるそうです。


 私も行きたかったのですが、明日はコウジさんの定期検診で病院へ行く日なので行けません。 本を託した家族会のO様、宜しくお願いします。



 昨日は、睡眠不足や、溜まった疲れから頭痛がひどく、とうとう絵を描くのはやめて、休んでいました。


 


 本好きな母から、よく読み終わった本が送られてきますが、積んだままになっているのに、ふと目がとまり、1冊手に取りました。


  湊かなえさんの 「告白」 です。 2年ほど前に出て映画にもなっていたんですね。


 


  私が読む本と、母が読む本は傾向が違い、 母は歴史小説や古典、 推理小説から話題の本と、 幅広く読むのに対し、 私は同じ作家ばかり読みます。 ( ここ1年以上は中野孝次さんです。 この先も、ずっと読み続けます。)


 


  この 「告白」 は非常によくできていて、 一気に読みました。  そして色々考えさせられたのですが、 その1つに、 最近よく考えるところの、 「想像力」 の問題があります。


 


  人は想像力を働かせれば、 他人の苦しみを多少なりとも理解することはでき、 中にはまるで、 自分のことのように感じることができる人もいます。


 


  もし、世の中がそういう人ばかりなら、 障害や病気、 貧困、 差別その他様々な困難への理解不足も減り、 この本のような殺人すらなくなるのかも知れません。


 


  けれど残念なことに、 そうした弱者への想像力の欠如した人も、 世の中にはいるように見受けられます。


 自分さえ良ければ、他人はどうでもいい、 そういう人は、 もし困難が我が身にふりかかった時でも、 都合のいいように逃げようとするかもしれません。


  けれどそこに解決はありません。


 


 私は、自分のことを客観的に 「想像」し、 他人のことを主観的に 「想像」する、 という 「想像力」 にこそ、 実は 自分を救い、 他人を救い、 社会をも救う力が隠されているのではないか、と思っています。


 


  また、 湊さんがあえてA君、B君という、 13歳に被験者(?)を設定したのは、13歳はもう、1人の人間としての物の考え方、 感じ方の大本が出来上がっている、 というお考えからなのかもしれません。  (ということは、 ワッチはこのまま、 少しエキセントリックなワッチのままか・・・)


 


 今朝、編集人のI氏から、 「日々コウジ中」の重版が決まった、 とご連絡頂きました。 有難うございます!


  書店に本がなくて、私の親戚間でも貸し借りしていたくらいでしたので、 ほっとしました。


 皆様に読んで頂ける幸せを感じています。 有難うございました。



 


 朝起きたら、雨が降っていたので嬉しかったです。


 来る日も来る日も、同じような猛暑続きにげんなりしていました。 人間だけでなく、草木や虫、鳥、動物たちも、ほっとしていることでしょう。


 台風の影響なので、シトシト、 せめてザーザーだけで済めばいいですが。


 台風も今年は少ないですね。


 


 期末テストも今日で3日目。


 ここへ来て、 ワッチがテスト勉強を ほとんどしていなかったことが 判明しました。


 たしかにワッチの学校は宿題が多く、 夏休みはそれで終わってしまいますし、 休み明けから すぐ始まる期末テスト勉強に あてられる時間は 少ないです。


 


 それにしても、 です。


 


 それにしても、 ワッチは、英語が全然わかっていなかったのです (汗) 。


 疑問詞 what の次に続けて、 how が来たり、 「動詞はどこへ行っちゃったの?」と、 まるで文になっていない解答のオンパレード ・・・


 


 「テストは明日じゃない。 今まで何やってたの!」 と怒り、呆れて寝た私を 又、起こしに来るワッチ。


 結局、 昨夜は寝たのが2時 (すでに今日)、 起きたのは5時半。 


 


 最近ワッチの宿題やテスト勉強で、 このパターンが多いです。


 自分ができないのだから、 「仕方ない。」、 と諦めれば良いものを、 最後になって、 見苦しくむなしい努力をしています。 (まあ、努力するだけいいかしら。) 


 中学生なんだし、 1人で勉強してほしいのですが、 1人でしているのは水槽 (特に水草) の手入れ。


 「ママは仕事で忙しいし、 パパは間違えて教えるから、 もうテストは諦めていた。 1人じゃできないよ。」 と言います。


 


 中学生とはそんなものでしたっけ? まだ親がみてやらなければ、ダメなのでしょうか?  


 みてやる、 と言ったって、 横で怒鳴っては布団に入り、 又起きてきて怒鳴っては布団に入り ・・・ こちらも眠くて 何やってるんだかわからなくなってきます。


 


 朝、 すっきりした顔で 起きてきたコウジさんは、 仏頂面の2人を見て笑うので、 逆に八つ当たりされるのでした。


 


 昨日も、 結局用事におわれ、 絵が進みませんでした。


 搬入日に間に合うのか、 甚だ怪しくなってきました。


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