日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2011年02月

 東京は、また雪が降りましたね。

 私が午後3時頃の雨の中、ウメの散歩をしていた時に、雪に変わったのですが、雨の日は犬を散歩している人が、激減します。

 それでも会える犬というのは、やはり余程散歩好きなんでしょうね。 でも飼い主同士はお互い、(お宅も物好きですねぇ。)、(仕方ないんですよ、コイツが・・・。) というような視線を、交わし合います。

 雨だと、外へ出たがらない犬が多いみたいですが (いいな?。)、ウメは雨が降ろうが槍が降ろうが、てんでお構いなしで、常に胸を張り、頭を上げて嬉しそうに歩いています。

 目に雨が入っても気にせず、台風の強風には 「ウガ?ッ!」 と、戦いを挑んで歩きましたっけ。 (余りの強風で、体は横に進んでしまうのですが、風に抗って口をパクパクしながらも、懸命に前進していくウメの姿は、果敢ながら、そこまでしても散歩したいのか・・・と呆れるやらおかしいやら。でもこの前向きな姿は、見習わないと。)

 1時間歩いて、びしょ濡れで帰宅した私は、もう買い物に出かける気力もなく、有無を言わせず、「今夜はレトルトカレーね!」 ・・・はい、サラダは作りましたよ。

 コウジさんのことで、今日もコウジさんの上司の方と、メールやりとりでした。

 問題点は多々あるのですが、1つ1つ書き出すと大変なので、私が簡潔にまとめられたら、ここに書きますね。

 ところで、このブログを読んで下さっている方の中で、現在就労されている方 (の介護者 )はどれだけいらっしゃるのかな・・・

 就労したらしたで、障害者ゆえの問題点は当然あり、それにどう会社 (の方) が対処して下さるか、障害者がどう生き生き働いていけるか、は大きなテーマです。

 今週末、医療・支援機関が対象の、高次脳機能障害研修会があり、私もそこで話すことになっておりますが、コウジさんのその上司の方も、いらっしゃって下さるとのこと。

 う?ん、できれば私が観客席で、上司の方の苦労話を、拝聴したいくらいです。

 とても良く、コウジさんの障害の面を見て下さって、どうご自分は対処すべきで、どうコウジさんはすべきなのかを、真剣に考えて下さっているのですよ。

 大変だと思いますが、非常に有り難いことです。

 私は家庭でのコウジさんしかわかりませんから、会社でのコウジさんについては、会社の方が頼りです。 会社ではコウジさんの障害は、どういう出方をするのか、教えて頂かなくてはならず、また、とても知りたいです。

 さて、今日のおしまいは、最近私の本を読んでくれたという近所の方が、ポストに入れて下さっていた、言葉の数々のご紹介です。(有り難うございました。)

 「苦労は力になる 悩みは知恵になる 悲しみは優しさになる いちばん苦しんだ人が  いちばん幸せになれるのだ」

 「運命の試練をどう乗り越えて 大成していくかが人生である 逆境こそ 成長と前進への ?『最大の道』 であり その中にこそ 本当の人生の偉業が 成し遂げられるのである」

 「母は太陽である。 何よりも明るい。 母は大地である。 限りなく豊かだ。 母は幸福の旗である。 いつも朗らかに 頭を上げて胸を張る。」

皆さんも、ちょっと元気が出ましたか?

 今朝、嬉しい知らせが入りました!

 この場でもご紹介したCさんが、ついに会社から、内定通知を頂いたそうです!

 良かったですね?。 4月から入社、兼、試用期間開始だそうです。

 障害をよく理解して下さる会社だといいですね。 マイペースで頑張って下さいね!

 さて、話は変わりますが、柴本家はもうかれこれ半年以上も、家族3人で外食をしていません。? 歩いて5分のところに、ファミレスがあるにもかかわらず、常に私が気ぜわしかったり、実際忙しかったり、ゆっくり外食という状況にならないのです。

 でも珍しく今日は、雑用はあれど、差し迫ったものではないため、私は 「久しぶりに外食しよう!♪」 と、ほかの2人に公言し、昨日から楽しみにしていました。

 「たまには3人で、釜飯でも食べよう!」 と。 ワッチは 「うん、いいよ。」、コウジさんは 「わあ?い!」 という反応。

 なのに直前になって、ワッチが面倒臭がって 「外出したくない。」 と言うのです。

 でもコウジさんはすでに、「釜飯!釜飯!」 と騒いでいます。

 私が 「又にしようか。」 と言っても、「やだよ! 釜飯食べに行くんだよ! 行くぞう!」 と、断固として聞き入れません。

 仕方ないので、ワッチを留守番させ、コウジさんと自転車で10分のところへ、釜飯を食べに行きました。

 そもそも私が釜飯を選んだのは、注文してからできるまでに時間がかかるので、普段忙しくて余り聞いてあげていない、ワッチの学校の話でも聞きながら、3人でゆっくり喋るのにいいな、と思ったからなのです。

 (ワッチがいなくて、コウジさんと2人かあ?。 それならうちでいいのに。)、とがっかり。

 ともかく、2人で釜飯を食べて (おいしかったです。)、ワッチにもお土産にしてもらいました。

 「そうだ、買い物は私がしていくから、コウジさんは先に帰って、少しでも釜飯が温かいうちに、ワッチに食べさせる?」 と言うと、「そうだな。よし!」 と自転車に乗ったコウジさんは、又しても家とは真逆の方向へ。

 (なんで、考えないで走り出すかなあ!)、 (それより、なんでこんな近所で、又迷うかなあ!)と、障害だとわかっていても、やっぱり腹が立つ私。

 わからないならせめて、「どっちだっけ?」 と、聞いてくれたらいいのに、わからないということが、わからないのです。

 慌て追いかけるけど、夢中で自転車をこぐコウジさんは、はるかかなたに。

 別行動を想定していなかったので、コウジさんは携帯電話を不携帯。

 諦めた私は、暗い気持ちで、(もう、知らない。) とスーパーへ。

 とはいうものの、半分心配しながら、30分後に帰宅した時、コウジさんの自転車があるのを見て、ほっとしました。

 ワッチも釜飯を完食していて、「おいしかったよ!」 と言いました。

 コウジさんは、「最初、迷った。 でも、そのうち、わかるところに出てきたので、帰って来られた。」 ととぼけた顔で言ってました。

 (そもそも、ワッチが一緒に行動してくれていたら、こんな余計な心配しなくて済んだのに・・・。)、と私は、内心ブツブツ。

 家族3人での外食は、また先になりました。

 昨日があんなに暖かかったのに、今日は寒いこと寒いこと。

 ワッチが、「春一番の次の日は、寒いんだよ。」 と教えてくれました。

 午前は、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構が出版している、月刊誌の取材でした。 お話したいことばかりで、2時間しゃっべりっぱなしでした。

?お昼を食べると急いで、たまたま地元にあった、犬猫里親探しの団体の会議へ、自転車を走らせました。

 そこで3時間、専ら代表やほかのスタッフが話されるのを聞いていました。 (最初なので、会のことが何もわからないため。)

 そこには、私くらいの年代の女性が20人ほどいて、代表の女性が驚くほどてきぱきと、会議を進められていました。

 ○いついつには、A県から、数十匹の犬猫を代表が連れ帰るので、来月の譲渡会で里親を探す。

 ○B県でブリーダー崩壊 (そんな言葉、初めて聞きました。) があったため、何十頭の犬が出たが、CとD (共に他の団体) が入っているので、今回うちは入らないことにした。 困った場合は、声をかけてくれるよう言ってある。

 ○E県のFという所で、雑種の子犬が沢山出た。 それをGという団体が引き受ける代わりに、その団体からうちが、小型犬を引き取るので、譲渡会へ出す。

 ○Hへ行った帰りに、I県動物愛護センターへ寄って、ピックアップして来る。

 ○J県から引き取って来る犬は、5月初めの譲渡会で出す

 ○来月の譲渡会は3回あるので、同時開催のフリマと譲渡会のうち、どれか2回は各々参加してほしい・・・。

 といったような連絡事項が、次々メンバーに申し渡される度に、皆さんも頷きながら質問も活発にされ、それに対して代表が直ちに返答していました。

 ほかにも、預かりさん (保健所などから救ってきた犬猫を、里親が見つかるまで自宅で世話する人のこと) の犬の扱い方に関しての注意・確認事項や、団体の月間収支報告が細かく説明されたり、来月の譲渡会での役割分担が発表される中、新たに 「そこは私がやります!」 と手を挙げられる人に、会場から拍手が起きたり・・・。

 初めて参加した私は、会の余りの熱気とテンポの良さ、しっかりした運営を目の当たりにして、ただただ目を丸くするばかりでした。

 私の知らないところでこんなにも、恵まれない犬猫のために、一所懸命奔走されている方が (自分の時間やお金を費やしながら、文字通りのボランティアとして。) いることに、改めて感激しました。

 1つの団体が、現在殺処分されている、全ての犬猫を救うところまではできないものの、単純計算して、こうした団体が例えば100あれば、全てを救えるのでは、と思いました。 (そう簡単には、行かないのかも知れませんが。)

 とにかく私が入った団体は、皆さんが手分けして、かなりの数の犬猫を助けているのです。

 病気の犬猫は、まず病院へ連れて行きますが、良心的なその獣医さんは、3回のレントゲンを1回分としてくれたり、なかなか治療費を請求して来られなかったり、助かっているという話もありました。

 人々の善意により、同じ地球上に生きる犬猫が、理不尽に命を奪われることのない日本になれるよう、私もできることをしなくちゃ。

 ニュージーランドで、22日に起きた地震。

 亡くなられた方が、現在のところ114人、まだ見つかっていない方々が約200人、その中には28人の日本人の方々も、含まれています。

 語学留学に来ていた医療関係者や、医療の仕事を目指していた方も多く、19歳の若い学生の方も目立ちます・・・。

 19歳なんて、まさに青春真っ盛りの、生命力溢れる頃ですよ。

 ずっとずっと勉強してきて、これからやっと、自分の好きな道を切り開いていこうとする、夢や希望に溢れる時期ですよ。

 余りにもむごくて、泣けてきます。

 でも、今この瞬間も、どこかがれきの隙間で、救いを待っているかもしれません。

 生存率が大きく下がるとされる 「発生から72時間」 は過ぎたとはいえ、100時間超えても、さらにはもっと長時間過ぎても、生きていた例があるそうです。

 早く、一刻も早く、助け出してほしいです。

 神様はいるのだろうか、と思うのはこういう時です。

 いつも神様はいるし、死後の世界もある、と信じている私ですが、今回みたいな時は、やはり考えてしまいます。

 何も悪いことはしてないし、逆に良いことをしていらした方、素晴らしい方が突然災難に見舞われ、時には命を落とされることさえある現実。

 なんであの人が・・・。 なんで私が・・・。

 人生には、そういう理不尽なことが多すぎます。

 でも、その理不尽さを私達が嘆き悲しみ、憤りつつも、考え続けていくならば、その理不尽さは、苦い塊となりながらも、私達に教えてくれることがあるのだ、と思います。

 原爆も、戦争も、日航ジャンボ機墜落事故も、今生きる私達の心の中に、苦い塊となって存在しています。

 そして、その苦い塊が私達に教えてくれるのは、「平和であることの幸せ」 もさることながら、「命あることの奇跡と、感謝」 にほかなりません。

 その輝く命が、今、がれきの下にあるのです。

 どうか、助かりますように。 無事でありますように・・・。

 今日は、春一番の強風の中、2回もウメの散歩に引っ張って行かれ、(いつも朝はコウジさん担当なのに、最近コウジさんは、面倒臭がって行ってくれません。 疲れているのかな。)?

 あちこち走りまわるウメのせいで、リードが茂みに引っかかったのを、取るのに難儀したり、ウメと一緒に、高い石段から飛び降りたり、ひどく疲労を感じた私。

 家族で温泉にでも行きたいなあ、と思いますけど、一体いつ行けることやら。

 明日は午前から雑誌取材、午後は犬猫里親探し団体の会議に、加わってきます。

 2週間くらい前のこと、コウジさんは、「なんか最近、Tさん (コウジさんの上司の方) が、厳しいんだよね。」 と、珍しくぼやいていました。 コウジさんは会社で毎日、「日報」 というノートに、その日した仕事を、書かされています。

 その 「日報」 が昨日から、「Tさんが赤ペンで、ボクが書いたものを、真っ赤に直すんだよね。 今まで、そんなことなかったのに・・・。」 と、拗ねながらも、しょんぼり。

 そして、こう言うのです。「ボクが思うに、誰かが、ボクがTさんの悪口を言ってる、ってTさんに告げ口したんじゃないかなぁ。 ボクは言った記憶がないんだけど、ボクは口軽いじゃん、 なんか言っちゃったかも。 そうとしか思えないほど、意地悪なんだ。」

 なんだか、考えることが子どもっぽく、まるで学校で、友達に意地悪された子どものように、私に訴えるのです。 また、こういうこと (邪推) には頭が働くのです。

? コウジさんの話だけではわからないものの、何かが起きていることは、間違いなさそうでしたので、コウジさんが朝家を出た後すぐに、Tさんに、「最近のコウジさんの会社での様子や、問題点を教えて下さいませんか?」 というようなメールを送りました。

 すると2時間しないうちに、会社のTさんからお返事をもらいました。 そこには次のような、感動的なことが書き綴られてありました。

 「あくまでも私見ですが、これまでコウジさんと、正面から仕事のパートナーとして対峙してきていなかったのではないか・・・(途中省略)・・・決して厳しく接しているわけではありませんが、段階として、『ルール(約束事)の取り決め』 から 『決められたルール(約束事)は必ず確認する、そして出来るだけ守る』 というステップアップ (自覚) の時期かと感じています。」

 「そのためには、やはり本人の意思が第一ですから、会話を通じ、役割と責任を与え、自主性・本人の気付きの機会を増やす (そして、少しでも自分自身に自信を持ってもらう) ことかと考えています・・・」

 「仕事を楽しみ、一緒に笑い合う為にも、ちゃんと対峙して、メンバーの一員としての役割、自覚、自主性を少しでも促す関係を構築し、兎に角 ?『自らの頭で考える習慣を身に付けること』 こそが目指す方向? (今の段階 )だと考えています。」

 「 『諦め』 という、甘い枠を周りがはめ過ぎないよう、『褒める時は皆の前で、叱るときは相対で』 少しずつ、もう少し、を目指せれば・・・。」

 ?「潜在的に、病気前の意識 (プライド) が勝っているのかな ・・・ 作業量のボリューム・内容であったり、『急ぎでお願いします・・・』 と依頼される感じや、見た目で、達成 (満足) 感があるのでは・・・。」

 「本人は言うまでもなく、周りも含め、決して諦めず、如何に意識的に、失敗を恐れず現状の力でチャレンジするか、し続け (させられ) るか・・・。」

 ?といったような、上司としてのお考えを、真剣に考えて下さっている言葉の数々が、延々と綴られていましたので、改めてそのお心遣いに胸が熱くなりました。

 一方、「本人自身の性格の方が、病気による要因より大きいのでは」、 「甘え癖がついてしまっている気が」、 「仕事に優劣をつけ、好き嫌い・得手不得手含め、選別しているような気配も」 というようなご指摘も。

 有り難くて有り難くて、会社から戻ったコウジさんに、「Tさんが厳しいなら、それは愛の鞭だ」、と教えると、「ボクもそう思っていたんだ!」 と、ニッコリ。

 コウジさんは、6時に会社が終わるのに、5時45分くらいから、机の上を片付けてソワソワしていることはずっと以前から伺って、知っていました。

 なかなかそこが直らないので、明日からは、5時半からするルーティン仕事を与えられたそうです。 これなら6時まではかかります。

 このように、上司の方が色々コウジさんのことを考えて下さって、本当に良い会社に就労できたな、良い上司の方に恵まれたな、と思います。

 コウジさんにもTさんの一所懸命さが伝わるのでしょう、信頼に応えられるよう、明日からさらに頑張ってくるようですよ。

 ガンバレ?!

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