日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2011年03月

 今日の被災地の様子は?

 また、今日の原発に動きは?

 気になるものの、また、やらなくてはならない仕事がいくつもあるものの、今日はどうしても、行きたいところがありました。

 それは、私が最近入会した、例の犬猫里親探し団体の、月例ミーティング。

 まだ入ったばかりで、わからないことだらけなのと、被災地の犬猫情報を是非知りたかったので、出かけて行きました。

 今日は、とりわけ強い北風。

 目が開けていられないほどで、(放射能かぶっているんだろうな~。)、 とげっそり・・・。

 ミーティングで聞いてきた話のうち、被災地ではやはり、係留されたままの犬がやせてきていたり、飼い主からはぐれて放浪している犬がいたり、避難所に入らず車の中で犬と震えながら過ごしている飼い主の方々がいる、ということは、新聞で読んだ通りでした。

 私もきっと、実家も被災したなどで、行く場所がなければ、ウメとおはぎと、車中生活を選ぶと思います。 犬猫嫌いの人達もいる、避難所生活は、無理でしょう。

 配給された食料を、飼い主さんは犬と分け合って食べているようで、犬も心配ながら、人間の方だって心配です。

 また、そうして車中で避難生活をされている方々には、せっかく送られてくる犬猫用支援物資が届かない、という問題もあるそうです。

 人間が倒れてしまっては、犬も世話されませんので、まずは飼い主さんに安心して避難所に入ってもらうための、犬用避難所を作る必要があるそうで、その動きが進んでいるようです。

 また私達が、被災地のそうした犬猫を保護して預かるにしても、飼い主さんがいるため、通常の里親募集は勿論かけられません。

 飼い主さんが、行方不明などで現れない場合もあるので、預かり期間をいつまでにするかも決めなくてはなりません。

 その間の医療行為や発生費用などへの対応など、飼い主さんがいる場合には、個別に取り決める必要もあるそうです。

 一筋縄ではいかない、複雑な支援になりますが、それらを皆クリアして、なんとしても、被災地で、この寒さと飢えと心細さに震える犬猫たちを、助けてあげたい、と思います。

 とにかく、人間救助の邪魔にならないよう、どう団体が支援に入っていくかを検討中とのことですが、もう入っているところもいくつかあるそうで、1日も早く、1匹でも多くの犬猫が保護されることを祈ってます。

 私1人では、心配しているだけしかできなかったと思うので、団体に入って良かったです。 力不足の裏方ですが、犬猫救助のために、実際に一緒に行動している、という喜びがあります。

 ・・・いえ、私の自己満足などどうでもいいので、現実に犬猫が救助されることが大事です。 

 うちに戻ってみれば、こたつに入って寝ている、幸せそうなおはぎとウメ。

 あなた達の仲間を助けないとね。

 みんな幸せにならないとね。

 私は、首都圏で被災者を受け入れるところは、さいたまスーパーアリーナとか、廃校となった学校などではなく、食事やお風呂のある旅館やホテルなどの、宿泊施設の方がよっぽど良い、と思っていました。

 (でも、ホテルも利益をあげなくてはならないし、難しいのかな。)、 (いや、こういう国の一大事の時こそ、腹をくくって無償で宿泊施設を提供するという、慈善事業を施す大ホテル会社はないだろうか?)、 (いやいや、無償だと大変だろうから、国が宿泊費を出すので、場所だけ貸す、というのが現実的だ。)、と1人悶々と考えているところでした。

 考えながら頭の中をチラと掠めたのは、プリンスホテル。

 (大きな会社だけどな・・・。)、と思いながら、期待はしていませんでした。

 そうしたら、そうしたらですよ!

 ?3月末で営業終了予定だったグランドプリンスホテル赤坂が、なんと福島からの避難者に、一時的な避難施設として開設するとのニュース!

 (ホテル解体が始まる6月30日までの3ヶ月で、最大1600人位まで入れるそう。)

 偉いぞプリンスホテル! さすが西武!

 ちょうど営業停止していたホテルがあったのもついていましたが、この姿勢こそ、特に大企業に求められるものです。

 赤プリといえば、思い出があります。

 大学卒業後、メーカーOLと銀行員だった、まだ結婚前の私とコウジさん。

 デートは横浜の私と埼玉のコウジさんの中間で、銀座が多かったです。

 私の誕生日を、行った事のない赤坂の、赤坂プリンスホテル (当時) のディナーで祝ってくれる、というので、ドキドキで行きました。 (勿論宿泊なんて、なしなし!)

 コウジさんだってまだ新入行員で、お給料も安かったのに、無理して1人5千円 (1万円?) くらいのコースを選んでくれました。

 いつもデートは、学生や新入社員、というお互い同じ条件ですし、奢ってもらうなんて屈辱的で嫌だった私の方針もあり、当然割り勘でしたが、その日ばかりはコウジさんが 「ご馳走させてくれ。」、と言い張るので、甘えました。

 そんな特別な状況で、しかもゴージャスな赤プリ!

 舞い上がっていた私の前に、「ハッピーバースデー♪」 の音楽と共に運ばれてきたケーキ!

 恥ずかしいやら嬉しいやら、心臓がドキドキ、破裂しそうだったことを思い出します。

 そこで食べたフィレステーキ・・・。 もう、すごくおいしかったです!

 今でもコウジさんから、「今まで食べたものの中で、何が1番おいしかった?」 と聞かれると、ためらわずに、「赤プリで食べたフィレステーキ! (赤プリで食べたのは、その1度だけ。)」 と答える私。

 「そんなに喜んでもらえたなんて、安いものだったな。」 と喜ぶコウジさん。

 (ん? なんか、私達、ラブラブだった?)

 そしてその赤プリが今、被災された方々の役にたとうとしているので、嬉しさ2倍です。

 ほかのホテルや旅館も、追随してほしいです。 (岩手県内では、そういう動きがありますね。)

 体力のないホテルや旅館には、国や都道府県が費用を出してね。

 私が、ない頭で今、(ほかにあったらいいな。)、と考えるのは、被災した犬猫、牛や馬などの家畜の避難所。

 現地では、係留されたままの犬、飼い主を探してさまよっている犬猫が沢山いる、と聞きます。

 近くにできたなら、私はきっと世話しに行きます!

 ところで、「共感疲労」 からだけでなく、東京をも包んでいる放射能に対する怯えや、いまだに続いている余震によるストレスも、最近妙にくたびれている原因かも。

 おいおい、私。 こんなところで、くたびれている場合じゃないぞ!

 香山リカさんの言われるところの、「共感疲労」 しているに違いない私は、午後2時間ほど、どうしてもしんどくて、寝込んでいました。

 辛抱強く待っていたウメを、やれやれ、と散歩に連れて行くと、その軽い運動で、かえってさっぱりしました。 ウメのおかげです。

 で、やはり気になり、テレビをつけました。

 すると東松島で、牛丼メーカーの若者達が作った温かい牛丼を、子どもも大人も、幸せそうに食べていました。

 また、NPO法人が用意したお風呂に入って、喜ぶおじさん達がいました。

 そうした皆さんの、本当に嬉しそうな笑顔を見ていたら、涙が溢れてきました。

 良かったな?。 つらいことがあった後だけに、よけい嬉しいんだろうな?。

 こう言うと、偉そうなので嫌なんですが、「困難や悲しみを乗り越えると、前より強くなれる。」 のは、たしかだと思います。

 浄土が浜も写りました。

 気になっていた、宮古市の景勝地です。

 白い小石の浜は残っていましたが、材木やがれきが散乱していました。

 近くの松の木は、海水をかぶって赤く変色。

 ワッチが椅子に座ってアイスを食べていた、浄土が浜レストハウスの中は、めちゃくちゃでした。

 でも、そこの副支配人 (だったかな?) の、「過ぎたことは、もう仕方ない。 これからは、前を向いて歩いていこう。」 (不正確ですが、そんな意味。)、という力強い言葉と、明るい笑顔 (心中を隠されているはずです。) が印象的でした。

 こうした映像は、元気をくれます。

 一方、福島原発で、今日3人の方が被曝した、といいます。

 今まで救急搬送された人もいなかったので、(大丈夫なんだ。) と少し安心していましたが、あってはならない事が起きました。

 どうか、大したことありませんように・・・。

 素人考えなんですが、「火事には水。」、というように、「放射能にはコレ。」 という解決法がないのに、よく原発を利用してきたな、という思いです。

 危険極まりない化け物を、制御できるすべを持っていないなら、使ってはいけないのではないでしょうか。

 原油流出事故が起きると必ず登場する、油吸着シートみたいな、「放射能吸着シート」 とか、放射能を掃除機のように吸い込み、無害化する大型機械とか、ばらまくと放射能が消える薬とか、そういうものが発明されない限り、原発は使わないのがいいに決まっています。

 それはそうと、最近のコウジさんは、益々記憶が悪く、勘違いも多く、私は 「?」 です。

 「病気になる前の記憶は、しっかりしている。」、というのが、この障害を説明する時の、定番の言葉ですが、今のコウジさんは、昔の記憶も曖昧だったり、間違えていたりします。 ?他のコウジさん達は、いかがですか?

 春は元々、心も頭も散漫になりがちな季節ですから、春が近いのでしょうか?

 まだまだ寒い日は続きそうですが。

 今日は誕生日でした。

 ウメと散歩していると、桜の花芽が緑色になっているのに気づきました。

 地震が起きてから今日まで、桜の木を見る、心のゆとりもなかったものね。

 例年ならそろそろ開花時期ですが、今年は寒いせいで遅いですね。

 被災地の桜の木が、何千本 (何万本?) 流されたり、倒れたりしたのでしょう。

 もう、永遠に咲くことのない、それらの桜・・・。

 土と一緒に、セミやカブトムシの幼虫も皆、流されちゃったんでしょうね・・・。

 人間だけでなく、一体どれだけの命がなくなってしまったことか。

 また、放射能に汚染され、食べられないまま捨てられていく、野菜や牛乳。

 勿体無くて、悲しくて、胸が痛みます。 それに、生産農家さん達の嘆きといったら・・・。

 ウメと、近所の八百屋さんの前を通りかかったので、おじさんに声をかけました。

 「おじさん! どう、野菜は売れてます?」

 「いや~、駄目だね。」 と、首を振るおじさん。

 私は、非福島産のほうれん草 (すごく安かった。1把130円。)を買いながら、「おじさん、余り売れなかったら、家に売りに来てね。 買うから。」 と言いました。 (おじさんも、笑っていました。)

 ところで、今朝の東京新聞18面に、「共感疲労」 という言葉があり、目を引きました。

 それは、震災の悲惨な映像や情報に、大量に接するうちに、日本中の多くの人が、この災害を疑似体験しているのと同じで、他者の苦しみや悲しみに感情移入して、精神的なダメージを受けること、だそうです。 (精神科医の香山リカさん。)

 無力感や憂うつ感だけでなく、頭痛や目まい、不眠などの身体症状が現れる人もいるそう。

 私が、ここのところやけに疲労を感じるのは、このせいか、と納得。 (今日は珍しく、頭痛に吐き気、肩こりにまで悩まされています。)

 災害を支援する私達の側が、平常心を保つことが大事とのことで、テレビを見続けない、運動する、深呼吸、音楽、などが効き目があるそうです。 (心療内科専門医師の海原純子さん。)

 そうはいうものの、相変わらず熱心に、今日も新聞を読む私が、今更ながら気づいたこと。

 それは、「親を亡くした子ども」 のことです。

 特に、赤ちゃんから高校生位までの子どもを残して、亡くなられた親の無念さと心配。

 又、親が突然いなくなった子ども達の、悲しさと不安。

 私も、もし14歳のワッチを残して逝くとしたら、心配でたまりませんし、ワッチだって途方に暮れるでしょう。

 そういう子どもが沢山いるのなら、余力のある大人が引き取って、育ててあげたらどうでしょう。

 現行の里親制度に組み込まれるのでしょうけど、事態が事態です。

 今まで余り関心のなかった方や、自分なんて、とてもとても、と思っていた方も、犠牲になられた多くの親に代わって、温かい家庭を用意して、迎えてあげられたなら、今もどんなにか心細い思いをしているに違いない、沢山の子ども達が救われるか、と思います。

 我が家も、障害者の夫と中学生の子ども1人に、犬猫1匹ずつ、熱帯魚にカブトムシ、鈴虫がいて、お金もないけれど、1人くらいならなんとか育てられる気がします。 (そりゃ、もっと余力のあるところの方が、引き取られる子どもも、幸せかもしれませんが。)

 この世の中、この際皆家族です。

 コウジさんが、会社帰りにシフォンケーキを買ってきてくれました。

 いつもなら、その無駄遣いを注意する私ですが、今日はコウジさんの優しさに、素直に喜びました。

 これから頂きます。

 (でも、何か食べる度に、もう食べることができなくなった人達のことを考えて、途方もなく悲しくなってしまうのです。)

 私達皆が、悲しみを乗り越え、前へ進んでいかないと。

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 玄関先の沈丁花の花が開いてきて、良い香りを漂わせてくれています。

 誰に教わるでもなく、季節を知っているのですねえ。 アジサイも、芽吹いてきました。

 こうして自然界は、変わらぬ営みを続けているのに対して、人間界、とくに日本は、3月11日を境に変わってしまいましたね。

 私もやることがあるのですが、今はそれより、新聞やテレビで被災情報を収集する方を優先、1日終わる頃には疲れ果てています。

 でも、直接の被災地の方々の方が、ずっとずっと大変ですからね。

 今朝も東京新聞を開くと、福島県南相馬市のご一家が、大きく取り上げられていました。 昨日ブログで触れた、佐々木孝さんご一家です。

 そこに「残る。」 と主張される本人の気持ちを、私達外部が変えるのは難しい。

 でも、一緒にそこにいる2歳の女の子が心配で心配で、つい私は今朝から、あちこちの心当たりに連絡することに追われました。

 知り合いの新聞記者の方々や、テレビ局の方にメールや電話をして、「こんな人がいます。 どうしましょう! 女の子だけでも避難させないと!」 と、訴えました。

 でも、情けないことに、段々よくわからなくなってきました。

 だって、一体どこに避難すれば安心だというのか・・・。

 ここ東京だって、北からの風が吹く今日など、濃度はわからないながら、放射能の雨が降っているのかも知れません。 (みんな平気で歩いてるけど。)

 不確定な状況では、自分が判断した道を選ぶことがいいのか、と思ったり・・・

 いやいや、やはり非常時なのだから、大多数の人がとる道に従うのが無難だろう、と思ったり・・・

 最終的には、東京も福島も同じだ、と思い出すと、じたばたするのに疲れてきて、虚脱状態の今の私。

 雨の中、ウメと散歩に出ました。 (出たくないけど仕方ない。)

 ウメにカッパを着せると、ウメはしょぼくれて、のそのそ歩きます。

 雨が途中止んだので、カッパをとってやると、途端に胸を張り、頭をあげて、立派な柴犬になりました。

 ウキウキ歩くウメの後ろ姿を見ていると、人間の所業で、ほかの生物に迷惑をかけている罪深さに申し訳なく、悲しくなりました。

 ふと気づくと、私は放射能よけにマスクをしているのに、ウメはしていません。

 慌てて私も、マスクをはずしました。 私だけ、なんてできません。

 帰宅して、いつもより念入りに、濡れタオルと乾いたタオルで、ウメの体を拭きます。

 私が拭いている間中ずっと、ウメは大人しくしているので、可愛くてたまりません。

 たとえ近いうちに人生に終わりがきても、こうして今、ウメの体温を感じ、鼓動を感じ、毛の匂いを嗅いでいられるだけで、安らかに迎えられる、そんな気持ちになりました。 (大げさ?)

 ウメがいてくれて良かった。

 「ウメ」、 「ウメ」、 と言ってると、猫のおはぎに悪いので、こたつ布団をめくっておはぎを見てやりました。 (それにしても、おはぎはいつも、こたつの中だなあ!)

 日本の猫は、こたつがあるから幸せですね。 安心して寝ていますよ。

 さて、明日はもうちょっとビシッと前向きに、今自分がやるべきことから取りかかろうと思います。 (でもきっとまた、朝、新聞読んで泣くことから始まると思います。 新聞は、悲しい話ばかりなので、私も泣いてばかりで、身体が重く感じます。)

 あ、あと5分で明日。 私の誕生日です。

 こんな暗い日本で迎える誕生日は、初めてだわ?。

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