日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2014年08月

父の介護だけでなく、母の方も同時進行なので、あたふたした毎日です。

 

毎日睡眠2時間 (ブログ書く時間あったら本当は寝なくちゃいけないのだけど、書きとめておくのも大切と思い)。

 

ただ、「手が足りない!」 と嘆く私に、お手伝いを申し出て下さる方々がいて、恐縮しています。

 

私は身内以外の方々にお手伝いをお願いしようなんて全く思わないで書いていましたので、読んで下さった方々に余計なご心労をおかけしてしまったようで、申し訳ありませんでした。

 

皆さんのお力を借りることはなく、利用できるサービスを探す方が先決です。

でもお気持ちが嬉しく、有り難うございました。

 

さて父は、夜のトイレが頻繁で、父だけでなく私もろくに寝られないため、ポータブルトイレを置きました。

 

置いた初日、深夜に不穏な気配を感じて父の元へ行くと、父はベッドに腰掛けたままオシッコをしていて、「うまくできたかな?」 と笑顔で私を見上げました。

 

マットから床に流れ落ちてたまっているオシッコを見て愕然とした私は、思わず声を荒げて、「そこはベッドであってポータブルトイレではないでしょう?」 とか、「ボケてしまったの?」 とか、「もう私に父の世話は無理!」 とかの言葉で、父をなじってしまいました。

 

父は自分が間違えたことに気づくと、ムニャムニャ弁解し、「これをボケたというなら、ボケたのだと思う。」 「僕はここを出て行くよ。」 など、寂しげに言いました。

 

その言葉にハッと我に返った私は、この世で一番尊敬している父に、なんてことを言ってしまったのだろう、と悔いました。

 

父の弱々しい姿や、逆に、状況を考え (られ) ない自己中心的な姿に、私自身も混乱しているな、と気づきました。

 

落ち着いて考えますと、父がこんなになったのは、老いや病のせいなのです。

誰もが迎える人間の自然な姿ですから、憤ったりなじったりするのは間違いだ、と反省。 第一、私だってこうなるかもしれないのですから。

 

翌日すぐ、明るい気持ちで防水シーツや尿取りパッド、ズボンの着替えを何枚か買いに走りました。

そして父の前でベッドに防水シーツを敷き、「これでもう大丈夫だよ!」 と笑いかけますと、父も 「うん、うん。」 と笑ってくれたので、胸の奥がキュウンとしました。

 

父が可哀想になってくる一方、ベッドやベッドテーブル、車椅子、歩行器、ポータブルトイレ、その他の福祉器具でどんどん狭くなる我が家にイライラし、「物がどんどん増える〜!」 と、父にはイヤミともとれる悲鳴をあげてしまいます ・・・ まだまだ修行が足りません。 ごめん、父。

 

でも父は沢山ご飯も食べ、薬もきっちり飲み、運動もしたらきっともっと良くなるはず、と私はとても楽しみにしています。

コウジさんの時のように、頑張ろう、私!

 

他方、腰椎圧迫骨折をして入院中の母は、その後順調に回復してきていて、転院先を決めることになりました。

 

今の病院は救急病院なので、回復期リハビリ病院へ移るのです。

 

毎日何度も電話で連絡を取り合っている、医療相談室のソーシャルワーカーさんが、いくつか候補になる病院に当たって下さり、その1つが私は 「いい!」 と思って、今日その病院の担当者と話をしてきました。

 

もちろん父を1人にはできないので、今日会社が休みのコウジさんに父をみてもらったのです。

とは言ってもそれも5、6時間が限界なので、タクシーを使って少しでも時間を節約しました。

 

転院候補先の病院で1時間半話し合った結果、ここに母をお願いしようと決断。

転院希望日を伝えて、すぐその足で母の入院している病院へ急ぎました (転院希望日は、大分講演会の2日前。 前日はさすがにくたびれてしまいそうで、大分で倒れるかもしれませんから)。

 

なかなか見舞えない母やソーシャルワーカーさんと話をし、急いでまた帰りました (この時の詳しい話はまた明日以降に)。

 

と りあえず本日のことを書きました。

 

明日 (もう今日) は、コウジさんの53回目の誕生日です。

 

優しいコウジさんは、父にご飯を忍耐強く笑顔で話しかけながら食べさせてくれ、父もすごく嬉しそうです。

 

感謝しながら、お祝いしなくちゃ。

 

追伸 犬のウメの腫瘍手術は、9月の8日にお願いしました。 悪性でないよう、祈っています・・・(涙)

父を自宅に連れてきてから、あっという間に10日経ちました。 忙しすぎて、ブログも書けていませんでした。

 

狭い家に介護ベッド、歩行器、車椅子が入り、父の服や紙パンツや書類などで歩くスペースもないほどです。

 

トイレやお風呂場に手すりをつける工事も始まりますが、この狭い段差ばかりの家で、父は疲れずに生活できるのでしょうか。

 

父が来て最初の3日間は、全く睡眠時間がとれず、「このままでは私が倒れるぞ。」、と危機感を覚えました。

 

パーキンソン病の父は、食事も歩行もトイレも着替えも服薬も、1人ではできません。

夜は4、5回トイレに起きる父のため、私も起きて介助。

トイレに失敗すると、体や床を拭いたり着替えさせたり。

寝ぼけ眼ではできない、しっかり覚醒してする作業のため、やはりつらいです。

 

とうとう昨夜1回起きられずにいたら、父は1人でベッド脇でバランスを崩して倒れ、横にあった歩行器に肋骨をしたたか打ってしまいました。

 

幸い骨折はなさそうですが、1人で父を介護することに段々限界を感じ始めています。

 

話は戻りますが、父が来た翌日、すぐ地域包括支援センターに電話してケアマネさんを決めてもらいました。

 

その翌日には介護ベッドが入り、横浜で通っていたような半日型 (9時〜12時15分) の機能訓練型デイサービスを探して、一昨日から週1ペースで通い始めました。

 

父の服が全然ないので、ユニクロに買い出しに行き、ズボン丈を父サイズに合わせて縫いました。

次々押し寄せる用事に、追われています。

 

懸案事項としては、来週6、7日にある大分講演会です。

 

私がいない間、コウジさんに父を見ていてもらうのは不安ですし、コウジさんも疲れてしまうので、ショートステイというものを探そうとしました。

 

ついでに、何かの時のためにも、1日過ごせるデイサービスと関係持っていたく、そういうところを利用してみたいと思いました。

 

けれど案の定、父は、「僕は絶対デイサービスは行かないよ。」 と言い張りました。

しかも、デイサービスには私が行けばいい、と言うのです。

 

ケアマネさんが、「でもご家族が休むためにも、そしてお父様により元気になって頂くためにも、外に出られた方がいいですよ。 娘さんは介護保険使えないので、デイサービス行けませんし。」 としきりに父を説得しようとしてくれました。

 

しかし父は頑として拒否するため、仕方なくずっとこの家で、1人で父の世話を続けています (ケアマネさんの前で父と押し問答しながら、「私が倒れてもいいの?」 と私は大泣き。 もうボロボロです)。 ちなみに、大分講演の時は、コウジさんの母が助けにきてくれることになりました。 姑ももういい歳ですので (79歳)、申し訳なく思います。

 

トイレも食事介助も、そして体の動かない父をお風呂に入れるのも、本当にくたびれてしまい、私は一日中汗だく、腰痛になってきました。

 

さらに明日はそんな父を連れて、横浜の病院へ定期診察に行くのですが、考えただけでも、自分に全部できるのか (体力がもつのか) 自信がありません。

 

帰りの車で疲れて事故に遭ってしまうかも、という気もします。

 

つまり、明日朝、父に洗顔と歯磨きと食事と服薬とトイレと着替えをさせてから、二階から一階にゆっくり手すり (元々ついていました) につかまって降り、椅子に座らせて靴を履かせます。

 

手引き歩行で車に乗せると、実家まで運転します。

 

横浜の福祉器具会社に、今までレンタルしていた介護ベッドと歩行器と車椅子を返し (これからは世田谷で暮らすため)、近所のかかりつけ病院に頼んである紹介状を受け取りに行き、やはり近所のリハビリセンターに今月までの分を支払いに行き (引き落としにしていたらよかったのに。)、やっとそれからパーキンソン病を診てもらっている病院へ父を連れて行きます。

 

病院へ行く道で迷ったり、駐車する時間が勿体ないので、実家かからはタクシーを使おうと思います。

 

診察を受け、薬を院外処方で頂いたら、またタクシーで実家に戻ります。

 

実家の掃除を軽くして父を車に乗せ、また世田谷の家に帰ってきます。

 

とにかく歩けない父を、ある時は手引き歩行、ある時は歩行器、そしてある時は車椅子で前へ進ませるのが一苦労。 すごく体力を使うのです。 私はいつも汗びっしょりです。

 

明日の私の身体的負担を想像すると、(体力消耗激しく、全てをできないのではないか?)、 (父と2人して転んでしまうのではないか?) などと心配になってきました。  とにかく人手が足りないのです。 私しかいないのですから。  入院中の母の見舞いも、行けていませんし。

 

今夜色々考えていたら、疲れて憂鬱になってしまい、ワッチやコウジさん、そして父の前で涙が出てきました。

 

それを見たワッチが、「明日は、〇〇おじさん (←母の弟) に一緒に行ってもらうよう頼んだら?」 と、頭に浮かびもしなかった案を口にしました。

 

そうだ、たしかに〇〇おじさんなら助けに来てくれるかもしれない! と、ワッチやコウジさんに急かされながら電話してみました。

 

すると〇〇おじさんは、2つ返事で、「行くよ! 朝9時までにそっちに着くよう行くよ!」 と言ってくれました。

 

私は嬉しくて、ほっとして、受話器を握りしめながらオイオイ泣いてしまいました。

 

コウジさんもワッチも喜んでいましたが、父だけは無表情でご飯を食べ続けていました。

 

もうひとつ心配事が、今夜できました。

 

犬のウメのおなかを撫でていたワッチが、しこりを見つけたのです。

 

慌てて夜7時の閉院前に動物病院へウメを連れて行くと、腫瘍とのこと。 今後、検査と手術になりました。

 

あんなにかわいくて元気なウメが・・・ ショックでまたクヨクヨ。

 

でも1つ1つ、対処していきたいと思います。  なるようにしか、ならないのですから。

 

最後に、私のことを心配して下さる皆さん、有り難うございます。 とても心励まされています。

 

けれど時間がなくてお返事できていなくて、すみません。

 

なんとか、頑張りたいと思います。

私の周りの状況が、急変しました。

 

母が入院したため、急遽パーキンソン病の父を自宅に連れてきて、介護することにしたのです (やっと今、てんやわんやの1日が終わって、ブログで報告しているところです)。

 

まず、一昨日の夜遅くに、母が救急車で入院しました。

あまりにも腰が痛くて、動けなくなったそうです。

 

レントゲンの結果、第2腰椎圧迫骨折だったそうです。

 

明日の月曜日に医師がMRを撮ってきちんと診断してくれることになっていますが、今のところ2週間〜1ヶ月くらいの入院予定とのこと。

 

一昨日の母の腰痛が、そんなに大変なことだったなんて。 ちょっと甘く見てました。

 

実家の隣の奥さんが、母に付き添って病院に行って下さり、ご主人が父のそばにいて下さったので、助かりました。

 

深夜に焦って運転したら、きっと私は事故を起こしたでしょうから。

 

今朝は早く、コウジさんを連れて車で実家に行きますと、父は母の携帯の充電器を持ったまま、腰を曲げて固まっていました。

 

母に持ってくるよう、電話で頼まれたのだそうです。

 

父を歩行器で椅子に誘導して座らせると、持参した朝食を食べさせました。

 

それから父に、1人でここにいてはいけないこと、私は東京に生活があり、ここ (横浜) で父を看れないこと、 結果、東京の我が家に父を連れて世話をしたいこと、を説きました。

 

父は、「それは困る。」 「申し訳ないが、コウジ君にここに一緒に住んでもらって、東京に通勤してもらえないか (私は受験の娘の世話や、犬散歩があるので)。」 など申します。

 

私は、「とんでもない。 コウジさんは障害があるので、長時間バスや電車に乗っていたら迷子になる。」 「私も頻繁に車を飛ばしていたら、絶対事故になる。」 「うちに来てもらうのが、一番いいのだ。」 と申し、最後には父を、「じゃあ、(東京暮らしを) 試してみようか。」と 説き伏せることに成功したのです。

 

実のところ、狭く、 バリアフリーとはほど遠い、階段や物だらけの我が家に父を連れてくることは非現実的なのですが、ほかにいい案が浮かばないので仕方ありません。

 

次に、父をコウジさんに任せて (多少心配でしたが)、とにかく私は母の入院先に行きました。

 

そこで、動くたびに痛がる母や看護士さんと、今後の予定を話し合い、また実家に戻りました。

母が心配ではありますが、とりあえず病院にいてもらえるのは安心です。

 

・・・ここまで書いて、もう疲れてしまいましたので、続きはまた。

 

とにかく80歳の、片時も目を離せない父を引き取り、(なんてこった!) と、へたり込んでいるところです。

 

とりあえず明日、世田谷区の地域包括支援センターに電話して、今後を相談します。

 

一度に両親の介護が私の肩にのしかかり、身動きできなくなったことだけ、お知らせして休みます。  この先どうなることやらわかりませんが、おやすみなさい。

今朝7時半に、私の携帯電話が鳴りました。

 

私はその時、コウジさんの実家に行くため準備しているところでした。

コウジさんは一足先に帰省していて、私は犬猫がいるため日帰りです。

 

電話は母の携帯からでしたが、聞こえてきたのは知らない男性の声でした。

 

男性が父の名前を出して、「娘さんですか?」 と言った時、ヒヤッとしました。 父に何かあったのです。 コウジさんが倒れた時と、同じ場面です。

 

男性は救急車隊員で、父が意識はあるものの、動けなくなっているとのこと。

その父を起こそうとした母も、腰をひどく痛め歩けなくなっているとのこと。

両親を救急車で運ぶので、すぐ出かけられるよう待機してほしいとのこと。

 

私はびっくりしながらも、一番気になる質問をしました。

「父の命は・・・」

隊員は、「命・・・。 意識はありますが、元々のパーキンソン病で動けなくなっています。 倒れた時、頭を打ったかどうかも本人の記憶が曖昧ですから、救急車で病院に運びます。」

 

とにかく急がなくては、と、まだ布団の中で寝ぼけ眼のワッチにあとを頼んで、家を飛び出しました。  玄関で犬のウメが、心配そうな目で私を見送ってくれました (散歩はもう済ませました)。 コウジさんと義母にも、予定変更の連絡をしました。

 

電車の駅ホームで、搬送先病院を聞き (父が通っている市大病院になって安堵)、病院に着くと、神経内科の奥の部屋に父が寝かされていました。

 

そしてその横には、車椅子に座った、疲れた表情の母がいました。

 

母も心配でしたが、この場合は当然ながら父が優先になり、点滴を受けている父の、はげた頭をくまなくチェックしました。

 

外見上は打撲のあとはないけれど、ベッド横で倒れて動けなくなっていたところを発見した母も父もともに、倒れた時の状況がわからないと言うので、念のためCT、血液検査を受けました。

 

その結果、特に問題は見つからなかったのですが、ただ、脱水症状を起こしていました。  去年の4月にお風呂で意識をなくして、あやうく溺れそうになった時も、脱水症状を起こしていました。

 

水分補給を意識してはいたようですが、きっと足りてなかったのでしょう。

とりあえず命の危険はなさそうだったので安心し、点滴のおかげで少し回復、入院もなく、帰宅するために介護タクシーを呼びました。

 

ケアマネさんにも電話し、事の次第を報告しました。

 

腰が痛い母は救急では診てもらえなかったので、病院前の薬局に走り、強力そうな湿布を買ってきて貼ると、少し痛みが緩和したそうで、これでよし、としました。

 

2時間以上かかる点滴をしている父の横で、病院に来る途中で買ってきたおにぎりを母と食べ、会計して病院を出たのは、2時半を過ぎていました。

 

介護タクシーの中で、病院内の売店で買った、「OS1」という経口補水液のゼリー状飲料を、父に飲ませました (診てくれた医師に勧められ)。

 

実家に着くと、母も倒れ込みましたが、父の手や顔を洗ったり口をブクブクさせたり、トイレに連れて行ったり、歩行器で歩かせるため靴下を巻き爪に引っかからないようはかせたり、その1つ1つに非常に時間と力が要り、私も汗だくに。

 

元々高めだったベッドから落ちたそうなので(腰がどんどん曲がり、ベッドが高くなってしまったのです。 家のスイッチにも、手が届かなくなりました。)、ベッドの高さを低くしたり、部屋に掃除機をかけたり、その他色々ありましたが (ここに書くエネルギーもなく)、 私も疲れてひとまず帰宅することにしました。

 

親2人がいっぺんにこうなると、今後の介護体制を真剣に考えなくては、と思いました。

 

ケアマネさんと夕方また電話、来週頭にまた電話し、相談することにしました。

 

実家へもまた明日かあさって、行ってきます。

 

思うのは、あと講演会が4回ありますが、その時に何か父母に起きないでほしいということ。 そして、あと4回で講演会をお引き受けするのをやめておいて良かった、ということです。

 

お盆休みは帰省や行楽で元気そうな人々の姿をテレビで見ますが、病院は驚くほど沢山の患者さんやその家族で溢れていました。

来月の講演会のお知らせをします。 もう1ヶ月ないものもあり。

 

● 【第17回 大分県高次脳機能障害リハビリテーション講習会】 (日本損害保険協会助成)

 

日時 : 9月7日 (日)  9時30分 〜 12時30分 (9時受付開始)

 

場所 :  ホルトホール大分  3階  大会議室  (大分市金池1―5―1)

電話 097-576-7555

 

内容 :

講演① 「社会的行動障害を有した高次脳機能障害者への関わり方」  東京福祉大学社会福祉学部 先崎章教授

 

講演② 「高次脳機能障害の夫と10年 〜最近考えること」 私です。

 

質疑応答

 

司会は、高次脳機能障害リハビリテーション講習会実行委員長  武居光雄氏 (諏訪の杜病院院長)。

 

お申し込み・お問い合わせ : 大分県高次脳機能障害連絡協議会事務局

諏訪の杜病院  田村岳志氏  (TEL 097-567-1277   FAX 097-547-30066)

脳外傷友の会  萱嶋陸明氏  (TEL 090-7386-2649)

 

● 【鳥取県委託事業 平成26年度 第1回高次脳機能障がい支援研修会】

 

日時 : 9月20日 (土)  10時 〜 12時

 

場所 : とりぎん文化会館 (鳥取県立県民文化会館) 1階 第1会議室

鳥取市尚徳町101―5  (0857-21-8700)

 

講師 : 私です。

 

定員 : 180名

 

共催 : 鳥取県、鳥取大学医学部附属病院

 

お申し込み・お問い合わせ : (電話) 0859-38-6767  (FAX) 0859-38-6769

鳥取大学医学部附属病院 脳神経外科  高次脳機能障がい支援コーディネーター  望月さんまで

 

 

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