日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2014年11月

父が横浜の老健に入って、早くも1ヶ月がたちました。

 

その間、私は何度か面会に行き机や服を差し入れ、母もやはり週2回のペースで囲碁や本を差し入れてきました。

 

行くたびに父はとても落ち着いてふっくらしてきたように見えるので、安心しています。

やはり介護の専門家はさすがだな、と思っています。

 

電話も毎日し合って父の様子を確認していますが、電話の父はいつも忙しそうです。

 

薬を持ってきてもらっているところだったり (1日6回服薬タイムあり)、食事やおやつの時にかけてしまって困られたり (いついつは電話しないで、と父から注意受けました。)、リハビリ中だったり、お風呂だったり。 部屋の掃除で、廊下に出されている時もありました。

 

先週入所者が紅葉狩りに連れて行ってもらった時は、急な坂があるとかで残念ながら父は留守番でしたが、民謡や踊りの催しをロビーに見に行ったり、運動会に参加したり、色々工夫凝らした企画が用意され、父も結構楽しんでいるようで良かったです。

 

これが私の家だと、皆忙しくて、父がトイレや食事で困っていても、しばらくほうっておかれるのは仕方ないことでしたから。

 

悪いと思っても、色々なことを我慢してもらっていました。

 

それでも、自宅に優るところはないと思いますので、このあと(老健を出たあと) のことを考えておかないと。

 

ただ、老健では父の好きなお刺身や菓子パン、お酒が出ないので、先週20日には思い切って父を実家に外出させてみました。

 

そのためにコウジさんに有休をとってもらって、朝早く電車とバスを乗り継いで一緒に老健へ。

 

あらかじめ連絡しておきましたが、入り口で待ち構えて下さった職員の方々が連携よくキビキビ動いて下さいましたので、大変嬉しく感動しました。

 

私が着くや否や、今後のインフルエンザワクチン接種承諾の書類にサイン (私はワクチン接種には懐疑的ですが、高齢者がインフルエンザにかかると致命的だと思うのでサインしました。 受験生のワッチはどうしようか考え中。 勿論、ワッチに子宮頸ガンワクチンは1度も接種させていません)。

 

父の部屋へ行くと、車椅子に座った父が用意整え待っていました。

 

ここへ来るのは初めてのコウジさんは、大きな窓から見える富士山や、広く明るい部屋に感心していました。

 

外出時間は一応10時から15時とし、タクシーに歩行器を積み、父を職員に手伝ってもらってやっとこさ乗車させ、いざ出発。

 

運転手さんの、自分も突然病気になって入院、リハビリして仕事復帰できたのは女房のおかげだ、という長い話を聞いているうちに、自宅に着いてしまいました。

 

タクシーの運転手さんも父が降りるのを手伝ってくれ、それからはコウジさんと2人がかりで父が外階段を上るのを手伝いました。

 

コルセットをつけた母が玄関に出てきて、心配そうに階段の上から見下ろして待っていましたが、十段ほどの階段を上るには相当な時間がかかるので、ここに電動で移動できる機械があったらいいのに。

 

やっとのことで自分の家に入り、またまた時間をかけて歩行器を使いながら居間にたどり着くと、椅子に座って父は心底ほっとしたようでした。

 

すぐお寿司が届き、コウジさんが賀茂泉をコップに注いでストローを差して、父に飲ませてくれました。 ありがとう。

 

父はお寿司の握りを、ぎこちない手つきながら、ひとりで口に運べたので嬉しかったです。

 

私の家にいた時は、握りでも小さく一口大に切って口に入れてあげたのですが、ちょっと動きが良くなっているように思えました。

 

そのあと甘い菓子パンやプリンを食べたりしながら皆で話していた時、私は父宛てに届いていた手紙類を父に見せて確認してもらっていました。

 

その手紙類の中に、車検が来年1月末だという知らせがあるのに気づいた私。

 

あれ、この車検はどうするの? まだ車手放さないの? 父はもう乗れないし、母ももうやめたら? 母が誰かはねたら大変だし、と急に話が展開し出し、老健に帰るまで時間もあるから、とディーラーさんに電話しました。

 

すると、デイ―ラ―さんはすぐ来てくれたので車の状態を見せ、ついでに今の母と父も見せました。

 

ディーラーさんは、コルセットをつけてつらそうな母と、腰が45度くらい曲がったままベッドサイドにつかまった父 (ディーラーさんに挨拶しようとつかまり歩きしてきたものの、そこで一歩も動けなくなってしまったので、皆がベッド回りに集まって話すことに。) を見て絶句していました。

 

そして、車検費用が結構かかるし、他の人に乗ってもらうにしても、劣化したタイヤ4本を替えたり、こすり傷やちょっとしたへこみを直したりするので、廃車費用 (2万円くらい) を混ぜてもゼロ円で引き取りますとのこと。

 

母はもうそれでいいから持って行って、と言いましたが、私は中古車販売の相場を知りたいので、一応G社に聞いてみたい旨を伝えると、ディーラーさんは 「いいですよ。」 と自分の名刺をくれて、最終的にどうするか連絡欲しいとのこと。

(そのあとは数日前のブログに書いた通りですが、G社にお任せしました。)

 

あれよあれよと言う間に滞在時間も終わりに近づき、またタクシーを呼んで母と別れて老健へ戻りました。

 

老健ではまた職員の方々が出迎えて下さり、あれこれ世話を焼いて下さいました。

 

父の部屋でアマゾンで購入した机をセッティングすると、「やあ、これはいいね。」 と父も大喜び (なぜか老健の部屋には、机がないのです)。

 

1時間ほど父の身の回りをチェックしてから、コウジさんと帰ってきました。

 

また父を外出させたいですが、1日がかりになって結構こちらも疲れるので、そう頻繁は無理だなあ。

 

年末年始の外出 (外泊) についても、どうするか考えないと。

 

そんな感じで、父は今元気です。

 

老健さんに感謝。

というわけで、最近マロちゃんママが用がある時にマロちゃんを預かったり、マロちゃんママとマロちゃんを家に呼んだり、マロちゃんをペットホテルに送迎したりで、すっかりマロちゃんちとの蜜月生活を送っています。

 

家を先に引き渡してしまったので、引っ越しの日までマロちゃんはペットホテル、マロちゃんママはホテル、と不便な生活ですが、本来の引っ越し予定日は今日でした。

 

ところが先々週の月曜日に、突然マロちゃんママの左耳が聞こえなくなったから大変です。

 

引っ越し準備の忙しい合間を縫って、こちらの大きな病院を受診したところ、重篤な突発性難聴とのこと。

 

本来なら入院して治療らしいのですが、引っ越し前で無理なので、薬を服用しながら紹介状をもらって、来週頭に引っ越し先の神戸の病院を受診することに。

 

通院で済むようなら、マロちゃんを早めに神戸に移動させるけれど、入院になれば、マロちゃんはまだしばらくこちらのペットホテルでご厄介になるようです。

 

何もこのタイミングで突発性難聴にならなくてもよかったのですが、こういうものですよね。

 

それだけマロちゃんママは疲れやストレスがたまっていらしたわけで可哀想ですが、向こうに行って突発性難聴になり、マロちゃんを1人慣れないペットホテルに預けることになるよりは良かったね、と話しています。

 

事情がわからないマロちゃんは、なぜこんなに長い間自分はペットホテルにいなければならないのか、と寂しい思いをしている (この先もする) と思うので、それを思うと忍びなく。

 

なるべく私やウメがペットホテルに会いに行ってあげたいけど、繊細なマロちゃんは、私の家で預かっても、玄関内側に何時間もひっついてしょげているので、慣れたペットホテルに会いに行ってあげるのがいいかと。

 

そんなことをあれこれ心配しているところですが、ともかく早くマロちゃんママの突発性難聴が治ればいいのだけど。

 

知りませんでしたが、調べると、突発性難聴は誰でも突然なる病気だそうです。

早期の治療が有効らしいですが、発症直後からも超多忙で走り回っているマロちゃんママ、大丈夫かしら。 大事に至りませんように。

 

ところでそんな中でも昨日、ペットホテルからマロちゃんを連れ出し、マロちゃんママ、私とウメで散歩に出て、マロちゃんちの前を通りました。

 

昨日売却先に引き渡したばかりなのに、早くも解体工事に入っていた旧マロ宅に入ることは勿論もうできず、入りたがるマロちゃんを 「もうマロちゃんちじゃないのよ。」 とマロちゃんママが言い聞かせていました。

 

一方ウメはなぜかわかっているようで、いつもあれだけワンワン 「入れてくれ〜!」 と鳴くのに、業者の人たちが忙しく出入りしているのを静かな目で見るだけで、そこを通り過ぎました。

 

ふむ、犬はどこまでわかっているのか、興味あります。

多分全部わかっているんじゃないか、と思うけど。

 

忠犬ハチ公がご主人亡き後渋谷駅改札に通ったのは、ご主人が亡くなったことがわからなかったわけではなく、そこへ行けば食べ物をもらえたからだ、という説もあるようですし。

 

ただ、このあとの難関は、マロちゃん本人 (本犬) との多分永遠の別れを、ウメが理解できるか、です。

 

仲良しだった猫のおはぎちゃんとの別れも、実際に遺体を見たウメは受け止めたようなので、わかってくれるかな。

 

こんなふうに私が朝から晩まで、馴染み深い立派なマロちゃんちが壊されることを嘆いていましたら、コウジさんがいい加減うんざりしたように言いました。

 

「そんなね、家がなくなる、なくなる、なんて言ってても、、人間だってすぐ死んじゃうんだよ。 家どころじゃないんだよ!」 と。

 

・・・なるほど。 それもそうだ。 そう気づいたら、少し落ち着きました。

 

その話をマロちゃんママに言いますと、寂しげだったマロちゃんママも、「みんな諸行無常やね。」 と頷いていました。

 

コウジさんも、時々いいことを言うわ〜。

執着は、つらいだけ。 さばさばいこう。

 

とはいいつつ、マロちゃんちは植木も沢山あって、松、ヤマモモ、柿、ツツジや椿、キンカン、アジサイ、その他私の知らない木が色々生えていますが、みんな切られて更地になるそうなので、それも可哀想。

 

ワッチ曰わく、「木に足が生えていたらいいのに。」 「挿し木できるものあったら、生き長らえさせるためにうちに挿し木したらいいのに。」

 

本当だよね。 ここまで育つのに何十年かかったことか。

でも、私は挿し木のハウツー知らないから無理だな。

 

特に柿は今実をつけていますが、昨日通りますと、業者の人達が枝を切って柿を並べていました。

 

それを見て、「家に持ち帰って食べるんだね。」 とマロちゃんママと笑いました。

 

柿が切られるのは悲しいのですが、切る業者の人達が最後に食べてくれるのが、なぜか嬉しく、ほっとするのはなぜだろう。

 

きっとあの人達も柿に感謝しているに違いない、と感じられたからかな。

 

ああ、だめだ、感傷的になっていますね。

考えるとマロちゃんちはこの地域で私が一番懇意にしていた家でしたので、私は本当に悲しく、未練たらたらで色々なことを書いておりますね。 すみません。

 

マロちゃんママは、娘さんも親戚も皆神戸にいらっしゃいますので、ご主人亡き後6年ここに住んでいましたが、まだ動けるうちに元々の場所へ戻られることにされたのです。

 

「さよな〜らだけが、人生さ ♪」 、と歌う小椋佳 (コウジさんが好き) のフレーズを、最近の私はよく口ずさんでいます。

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ウメの一番仲のいい犬友達の、マロちゃん。 私とウメは、散歩の帰りによくマロちゃんに寄って、遊んでいました (写真の左側がマロちゃん。右側がウメ)。

 

ウメが脱走した時には、マロちゃんちで捕まったほど、ウメにとっては第2の我が家でした。

 

そのマロちゃんちが、いよいよ引っ越しします。 もう荷物は先週新しい神戸の家に送られてしまい、あとは諸手続きだけのためにこっちに残られています。

 

一昨日夜は、ガランとしたマロちゃんちに、私と夫 (コウジさん) と娘 (ワッチ) とウメで訪れ、ガストのデリバリーをとって、最後の晩餐をしました。

 

なぜかウメとマロちゃんはいつものようにはしゃぎ回ることはあまりせず、マロちゃんは1階と2階の間の階段途中の広くなったところで、静かに寝そべっていました。 まるでこれから自分が引っ越すことがわかっているかのように、物思いに沈んだ顔で。

 

ウメは、人間4人の輪に入って、私達の話を聞いていました。 特にマロちゃんママをじっと見つめているので、こちらもわかっているのかなあ、と。

 

もうマロちゃんちにはフライパンもお皿もテーブルもないので、私が牛肉を家で焼いていって、それをマロちゃんとウメが食べました。

 

電気も外され、天井に埋め込んであるダウンライトしかないので、どこかの洞窟でろうそくの明かりで食べているような、不思議なひとときでした。

 

出発する人よりも、残された人の方が寂しい、とよく言いますが、実際私は毎日泣いています (意外?)

 

何が悲しいって、マロちゃんがもうこの住み慣れた家の中を走り回ることができず、車に5時間も6時間も乗って神戸に移動し、見知らぬ土地で暮らし始めるのは心細いことだろうと、そこが一番泣けます。

 

でもまだ6才のマロちゃんの人生 (犬生) はこの先10年以上あり、神戸でも犬友達を介してマロちゃんママに良い友達を作るという、一大仕事が待っています。 頑張ってもらわなくちゃね、マロちゃん。

 

ウメとはもう二度と会えないね。 それもすごくつらいです。

 

どうやって、ウメにわからせたらいいやら。

 

家の引き渡しが今日なので、マロちゃんはペットホテルに、マロちゃんママは近くのホテルにとりあえず移動、昨夜のうちにマロちゃんちはもぬけの殻になりました。

 

なのに昨夜、散歩に行きたがるウメを連れて外に出ると、ウメはためらわずマロちゃんちまで私を引っ張っていきます。

 

そして家の前で動かなくなったウメに、「マロちゃんバイバイよ」 「マロちゃんお留守」 「いないの」 を繰り返し、お尻をこずいてやっと帰ってきました。

 

マロちゃんが引っ越した後は、更地になって3軒建てられるそうなので、家を壊しているところや更地になったところを、ウメも見ることでしょう。

 

その時のウメの心が悲鳴を上げて壊れないか、考えただけで (こうして書いている今も) 心配で可哀想で、涙がウルウル出てきます。

 

それに、居心地の良かったマロちゃんちが壊されることも、つらくて仕方ありません。 まだまだ20年は住めそうな、立派な家でした。

 

今まで有り難う。 マロちゃんとマロちゃんママとマロちゃんち。

 

今、お餞別にあげようと、マロちゃんとウメの写真の入った写真立てを作っています (もちろん写真立ては買ったもの)。

 

続く (ここでお昼を食べますので、また夜にでも書けたら書きます。)

パーキンソン病の父が車に乗らなくなって久しく、父の車は専ら母が乗っていました。

 

その母もここに書いたように、8月15日に動けない父を立たせようとして、腰痛の圧迫骨折に。

 

2ヶ月近く入院してリハビリしたものの、まだ痛くて、コルセットつけて杖を頼りにヨチヨチ歩きです。

 

両親の車が今度の1月に車検を迎えるのを機に、車を処分しよう、と私が急に思いついたのが先週の木曜日のこと。

 

両親も寂しがりながらも納得してくれたので、その日、買った店の担当者に実家に来てもらい、車を見てもらいました。

 

もう買って8年たちますが、走行距離1万1千キロと短く、まだまだ乗れるものの、引き取り額は 廃車費用込で 「ゼロ」 とのこと。

 

元々お金にはならないとは思っていましたが、社会勉強できるチャンスなので、中古車販売のG社に査定してもらいたい、と思った私。

 

けれどそれも一筋縄ではいかず、母は 「お世話になったディーラーさんに、ゼロ円で引き取ってもらえばいい。」 と譲らずケンカに。

 

父は、「車を持っているからこそ、査定をお願いできる。 処分はディーラーさんに任せていいから、せっかくの機会だしG社にも見てもらうだけ見てもらったらいいじゃないか。」 と私と同じ考え。

 

父にそう説得され渋々従った母のもとに、G社に行ってもらったのが、翌々日の土曜日 (私は忙しくて、その日実家へ行けず)。

 

すると、車を調べたG社担当者から私に電話があり、約10万円で買い取ってくれるとのこと。

 

やあ、10万円は落ちてないよ、と父と母と携帯で何度もやりとりした結果、次に乗ってくれる人も探してくれるというG社に任せよう、ということになりました。

 

そのG社の査定担当者も、引き取りに来てくれた担当者も皆さん感じが良かったそうで、母もすっかり納得し満足してくれ、良かったです。

 

慣れ親しんだ愛車が車庫から出て行く時は、さすがに母も涙が出たそうですが、次に乗ってくれる人がいるのだから、有り難い話です。 シルフィちゃん、新しい運転者の元で、良い第2の人生を送ってね。

 

さてそれからが、また色々あり。

 

ディーラーさんに一応報告の電話で、「今までお世話になりました。 ところで、G社は10万円近くで買ってくれたのに、なんでそちらはゼロなんですか?」 と社会勉強、社会勉強。

 

すると、「買い替えなら、5万円買い取り保証があるのですが。」 「G社は中古車販売の情報を広く持っているから、きっと買い手の見当がついているのでしょう。 うちはそれがないので。」 云々でした。

 

ふうん。 まあ、そういうものなんでしょうね。 いい勉強になりました。

 

そして1日も早く売却のための書類を揃えてG社に送らなくてはならなくなり、ただでさえ忙しいのに、さらに忙しくなりました。

 

老健にいる父は字が書けなくなってしまったので私が書類記入するのはいいとして、印鑑証明もとらなきゃいけないし、捺印に必要な実印は某銀行の貸金庫の中。

 

私も限られた時間の中で効率的に動きたいから、母にG社から渡された書類を某銀行にまで持ってきてもらい、実印とともに自宅に持ち帰って記入後送付する予定でした。

 

母には何度も何度も、「G社からもらった書類持ってきてよ!」 と念を押し、母もその都度、「はいはい。」 と答えていたのに。

 

待ち合わせ場所も互いに思ってた場所と違って、やっと会えた母の手には、小さな手提げだけ。

 

(この小さな手提げに書類が入るのだろうか? 折ってしまったのかな?) と嫌な予感がしながら、「G社の書類は?」 と聞きました。

 

すると母の返事は 「うちよ?」。

 

私はプッツンと切れて、「なんであれだけ言ったのに持ってこなかったの?」、「時間ないのに、これから実家に取りに行かなきゃならなくなったじゃないの!」 と大声で怒りたい気持ちをこらえ、静かな銀行の中で、押し殺した声で母に文句を言いました。

 

聞くと、父が 「母が書いて出していい」、と言ったとのこと。 そこで父に電話すると、なんだか父の話す内容も怪しい。

 

この2人じゃだめだ、と思った私は、「とにかくこういう大事な書類はコピーが必要だし、母は間違うから私が書くに決まってるでしょう!」 と父に怒ってしまった。  なぜなら母は、私の入試の時にも、受験生の名前欄に私のではなく自分の名前を書いてしまった人だから、信用できないのです。

 

とにかく区役所にも寄って印鑑証明を取り、実家に書類取りに行って、すぐ帰ってきましたよ。 ウメの散歩もあるし、次にお話するマロちゃんのこともあるし。

 

そして家で夜、落ち着いた気持ちで書類を出して、また愕然。

 

「印鑑証明通りの住所を記入」 「公的な書類になりますので、一字一句でも間違ってしまうと使用できなくなってしまいます。」 と赤字で書いてあったり、担当者が直筆で注意書きしてあるにもかかわらず、母はそれを読まず勝手に、印鑑証明には記載されていない 「神奈川県」 を入れたり、印鑑証明とは違う番地の書き方をしていました。

 

(ああ、明日、G社にブランクの書類を取りに行って書き直さないと提出期限に間に合わない!)、と焦った私が見つけたのは、予備に入っていたブランクの書類。

 

青くなっていた私が小躍りして喜んでいるのを、そばで一部始終を見ていたコウジさんも、「良かったね。」とねぎらってくれました。 (このコウジさんも私が何をやっているのか、よくわかっていないようですが、とりあえず私が喜んでいると、一緒にいつも喜んでくれるので、嬉しいです。)

 

そして無事、書類を揃えて昨日午後、G社に送ったところです。

 

もうくたびれて、母には一連のことを報告していません。 もういいや、と思って。 話すだけ疲れるし、理解してもらえない気もするし、言ってもまた同じ間違いをするような気がして・・・ ああ、いつから私は母と父の保護者のようになってしまったのだろう・・・ 2人が入院してからかな。 入院して、2人もちょっと頼りなくなった感じです。

 

G社には電話で、予備の書類を封筒に入れてくれて助かったこと、これからもとくに高齢者が相手の場合は、こういうことが起きるので、予備の書類は絶対必要ですよ、と言っておきました。

 

G社の担当者も、「お母さんには、娘さんが来てから記入して下さいね、と申し上げたんでけどねえ。」 と苦笑いしていました。

 

この話も、これでおしまいです。

 

相変わらずあたふたした毎日で、(なんで私はいつもこう、余裕のない生活なのだろう?) と自己嫌悪に陥っています。

 

いつも走っているか、運転しているか、息が切れるスピードで歩いているか、怒っているか、がっかりしているか、心配しているか、家事や犬猫魚の世話をしているか。

 

・・・正直、私が最近笑うのは、犬のウメと猫のハルを見ている時くらいです。

ああ、犬猫は有り難い。 なんてかわいく、心に安らぎを与えてくれる存在であることよ  (お世話は大変だけど、それもまた楽しく)。

 

そんな中、(今日は久しぶりにブログを書けるかも!)、と朝食やワッチのお弁当作りで散乱した台所に目をつむり、先にブログを書き始めました。

 

だって、もし先に食器洗いを始めたら、そのあとまたなんやかや用事が続いて、今日もまた書けなくなりそうですから。

そうしてもうあっという間に、10日以上たってしまったのですから。

 

実は (また余談から入ってしまった)、今朝も一悶着ありました。 近所のアパート住人さんらが出すゴミを、カラスがいつもよりずっと派手に撒き散らしていました。

 

住人の若い方々は既に出かけられているし、遠くに住んでいるらしい大家さんは会ったこともありませんから、この惨状を知る由もなし。

 

いつもゴミ出しの日には、私や隣近所の方々で協力して掃除してきて、ゴミにかけるネットも、近所の方が自腹で買ってくれていました。

 

私は、見たら悪いし見たくないけど、見て見ぬ振りができず、分別されていない缶やビンをゴミ袋から取り出しては、資源ゴミの日に出し直していました。

 

でも、これがもう何年もなのでいい加減困って、管理している不動産会社を探し出し、そこに人づてに窮状を連絡してもらったのが2週間前のこと。

 

それでも改善が見られない今朝、仕方なく隣家と2人で不動産会社に電話で直訴しました。

 

大家さんや住人の方々と関係悪くならないよう、やんわりと大家さんにゴミ箱設置をお願いしたい、と話したところです。

 

あ〜あ、もし私が大家だったら、時々貸している家の様子を見にきたり、隣近所に挨拶したりして、何か住人や植木などが迷惑かけてないか聞くと思うんだけど。

 

と、ブツブツ言いながら、この話は一応おしまいです。

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