日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2015年03月

今日は、ワッチの卒業式でした。

 

中学高校と6年間通った学校では、良い友達が沢山できたそうです。

 

けじめですから、私も朝早くから式に参加しましたが、卒業生の答辞を聞いていたら思わず涙が出てきました。

 

そのほか色々な場面で涙がジワジワ出てきてしまい、式が終わったお昼過ぎには、すっかり感傷的になって、ヨロヨロして帰ってきました (ワッチたち卒業生には、教室で豪華なお弁当が出ました。 ← 勿論費用は自己負担)。

 

でも、私がコウジさんや高次脳機能障害関係の仕事にかかりきりになっている間に、いつの間にかワッチの中高時代が終わってしまった、といまさらながら気づき、焦りも感じました。

 

もっとワッチと時間とって向き合うべきではなかったか? と。

 

でも仕方ない。 仕事をしている母親は、こんなものでしょう。 (なんて、威張れるほどしていませんが)。

 

それに、専業主婦の母の過干渉が嫌だった私は、意識的に過干渉は避けてきました。

 

にもかかわらず、厳しい学校に鍛えられ、曲がった道にもそれず、ワッチが健康健全に6年間過ごせたことは幸いでした。

学校に感謝しています。 ほい、ワッチも頑張った。

 

私は私で、もう5時起きでお弁当作らなくてもいいし、毎朝最寄り駅まで車で送らなくていいし、少しは楽になるぞ〜。

 

さて、話は昨日の続きに戻ります。

 

父の自宅24時間介護2ヶ月ちょっとと、その後の暫定的老健入所に当たって、高齢者の介護はどうあったら良いのか、考えるようになりました。

 

その頃、昨年12月のことですが、アメリカに住む高齢の知人へ、クリスマスカードを書いていました。

 

毎年カードをやりとりしてきたのに、一昨年のクリスマス時期は私の講演会が毎週のように続いていて、書く余裕がなく、初めて欠礼してしまいました (カードだけでなく、いつも長々と手紙を書くので)。

 

おそらくもう80歳を越えられたその女性は、同年代のご主人と数年前、自宅近くの施設に住居を移されていました。

 

そのことを知らせてきた絵はがきに写っていたのは、美しい森や湖に囲まれた、まるでリゾートホテルのような建物でした。

 

今回遅ればせながら、改めて住所を見てみますと、そこは 「ケンダル・アット・ハノーバー」 というところです。

 

夫人の手紙 (やはりとても長く、詳しく、思いやりに溢れた文章です。) には、「今私は、小さいけれどとても素晴らしい、退職者向けのアパートに住んでいます。 ここのヘルスセンターは、大きな病院と大学 (ダートマス大学) のメディカルスクールと連携しています。 私たちには訪問医がいて、必要な時には検査に来てくれます。」 とあり、とても満足されているようでした。

 

(これは、アメリカの有料老人ホームや老健みたいなもの?) と初めて興味を抱いた私がネットで調べてみますと、三菱総研の松田智生氏が、実際現地に行かれて詳しくレポートされたものがありました。

 

長くなりますので、続きは次回に。

せっかくこの場を頂いているのに、全然書かずにすみません。

 

時間があまりなくて  (というより、多分時間の使い方が下手なのと、最近疲れてすぐ寝てしまうのとで)、なかなか書けません。

が、とりあえず最近のことを、近い順に簡単に記していきます。

 

一昨日の土曜日は、老健にいる父を自宅に1日外出させました。

 

体がほとんど動かない父を移動させるのは大変ですが、今回はコウジさんに手伝ってもらえるので少し気が楽でした。

 

なにしろ年末年始の父の外泊の時は、コウジさんはインフルエンザでダウンしていましたから。

私が1人で父の移動や介護をして、くたくたになりました。

介護の仕事に就かれている方の大変さは、相当なものです。

 

けれどその時父は、一昨日よりまだ動けていました。

一昨日の父はパーキンソン病が進んだのか? 動きがかなり悪かったです。 このまま歩けなくなるのではないか?と思うほど。

 

外出にあたり老健の職員の方にも、「お父様は前に転倒する危険がありますから、くれぐれも気をつけて下さい。」 と言われました。

「前より悪くなっていますか?」 と尋ねると、「悪くなっていますね。」 と。

 

その通り、実家の中を年末年始は歩行器で移動できましたが、一昨日は歩行器につかまったまま一歩目が出ない。

 

仕方ないので、父がトイレに行く時は椅子に座らせたまま、コウジさんと椅子をトイレまで滑らせました (車椅子は老健で共有しているので、父専用の車椅子をレンタルした方がいいかも。 今まで主に歩行器を使用し、車椅子は使っていなかったのだけど、この状態では車椅子は必要だなあ)。

 

トイレに座らせたりズボンや紙パンツを下ろすのも父はできず、その逆もできず、私の介護がなければ無理。

 

う〜ん、前より口は動く (話す) し表情も良いのだけど、足の動きは悪くなっている、という印象。

 

パーキンソン病の進行は仕方ないにしても、そのスピードを少しでも遅らせたい。

 

いつかのテレビで、「パーキンソン病の治療は、薬とリハビリが両車輪だ。」、と専門家が言っていました。

 

でも、父くらい症状が重くなると、とにかく転倒しないよう、誤嚥しないよう、風邪ひかせないよう、が最重要で、あとは父が喜ぶことをしてあげたい。

 

「老健の部屋でテレビのBS放送を見たい。」、と言う父のために、見られるために必要なコードを持って行ったり、

 

「老健の部屋で書類整理したいから、本棚が欲しい。」、と言うので、老健に許可を得て本棚を注文、組み立て持って行ったり、

 

「老健では食べられないラーメンが食べたい。」 と言うので、インスタントラーメンを買いに横浜の実家とスーパーを結ぶ急坂を走って往復したり (母が用意し忘れたため。 自宅滞在時間が限られているので、滅多に走らない私が走り、その日の夜から太ももが筋肉痛に)。

 

ラーメンやお寿司、大好きなあんぱんを食べさせ、必要な服や、書類や、置き時計や、組み立てた本棚などを持つと、また慌ただしく父を老健に送りました。

 

そしてウメの散歩があるので、看護士さんにまた父をお願いすると、コウジさんと自宅へとんで帰りました。

 

今、父はBSテレビを見、本棚に書類を並べ、置き時計を見て、喜んでいます。

窓の外には富士山が大きく見え、職員の方々によるきめ細かい世話を受け、快適そうです。 良かった良かった。

 

また今月面会に行くつもりですが、外出させるのは私も父も疲れるので、せいぜい2ヶ月に1度かな。

 

パーキンソン病友の会のようなところに入り、もっとこの病気についての情報を欲しいと思っています。

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