日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2015年04月

最近、飛ぶように毎日が過ぎていく気がします。

 

前日から周到な準備をして、父を老健から連れ出し、病院で受診してもらったのは3日前の木曜日のことでした。

その日とその翌日の一部始終を書くには、色々なことがありすぎて長くなりますし、他人の 「ああ、もう疲れちゃったあ〜。」 という話を読んでも退屈だと思うので、できるだけ短く、大事なことだけ書きます。  (と言っても、いつものように長くなりましたが。)

 

以前からわかっていたのは、老健に入所中の人間の薬については、外部の病院にかかった場合、医療保険は効かないということ。

さらに、パーキンソン病などの難病の薬代を軽減するための国の支援策、「特定医療費(指定難病)医療受給者証」 も無効だということ。

 

とすると、高額な薬が全額自己負担になるので、難病患者は老健に入所するのはやめた方がいいということになります。 (有料老人ホームに聞いたところ、特定医療費医療受給者証は使えるとのこと。)

 

せいぜい老健入所前に病院が処方してくれ、た3ヶ月〜100日分の薬が切れる前には退所した方が、家計は助かります (rinrinさんのご主人は100日分出してもらえたそうですが、我が父は3ヶ月分でした。 これも知らないで薬を持ち込まずに入所すると、初日から全額負担になります。 まさに情報は金なりなのです)。

 

勿論、いくらかかっても気にしない方なら、老健にずっと入所していてもいいのですが、せっかくの制度を利用しないのは勿体ないし、老健でなくても有料老人ホームでも特養 (特別養護老人ホーム) でもいいわけです。

 

では、なぜ私が父に老健に入ってもらったかというと、父は施設入所を嫌っていたため、「3ヶ月リハビリして帰宅を目標とする」 老健なら、と入所してくれたからです。

 

当時私は睡眠時間もろくにとれずに父の24時間介護をしていて、私どころか温和なコウジさんや受験生のワッチまで壊れそうでした。

5キロ痩せた私は、こんな無謀な介護生活では父も私達家族も共倒れだ、と判断。

父を説得して入所させました。

半年たった今、また私は元通りの体重に戻り、家庭も少しは平穏を取り戻しつつあります (しかしながら頻繁な父の外出や外泊、毎日の父母との電話やりとりや次々生じる用事で、相変わらず余裕のない毎日)。

 

当初私も、父の回復次第では、父が自宅で暮らすことも無理ではないかもしれない、と考えていました。

 

ところが父は残念ながら、回復というより現状維持、もしくは悪化、という道を辿っています。

 

それは必ずしもパーキンソン病の悪化というだけではなく、もう81歳という高齢ならではの全体的な体の衰えも関係しているし、肺炎や転倒といった 「イベント」 を経るごとに衰えていくものだ、と木曜日受診した医師の率直なお話でした。

 

一方母も物忘れがひどく腰痛もあって、体の動かない父の世話は絶対無理、2人だけで暮らしたらその日のうちに2人とも即入院になりかねません

(→母骨折、父も骨折や頭打ったりお風呂で溺れたり。 まず母には父のトイレ世話やお風呂世話は不可能なり)。

 

かといって、私が障害者の夫であるコウジさんを置いて実家で父母の世話をする、というのも無理。

私が常にフォローしているからこそ、コウジさんは今日も無事に過ごせている、という自負がありますし、コウジさんも私の実家に同居、というのは、職場が非常に遠くなるし無理。

 

とすると、やはり父は施設に入って時々自宅に外出外泊する暮らしがベストだ、というのは明白です。

 

それに施設が嫌だと言っても、お金のかかる施設に入れることだけでも恵まれている、という気が私はします (虐待やネグレクトのある施設は論外として)。

私が両親の年くらいになって体がいうことをきかなくなった時に、施設に入れるほどお金がある気がしません。

単身赴任20年、父が懸命に働いてくれたおかげで私は大学まで出られましたし、父が築いた資産は、父と母で老後の生活に使ってもらって当たり前。(それどころか、足りるかな、という心配の方がある。 あれもこれも、と希望を全部かなえていたら足りません。)

 

私やコウジさんが70代になる20年後くらいには、日本は高齢者ばかりになり、施設生活が安価に送れる制度ができていたらいいのですが。

最後は自宅がいい、という考えもありますが、どうでしょうね。 病院や施設にいて、人の目に見守られている方が最後まで安心な気がしますけど。

 

とにかく、年取った両親を見るにつけ、老後にお金がかかることを痛感しています。

 

そして最初は施設暮らしを嫌っていた父も、施設でこそ安心して暮らせることはわかったようです。

 

ただ、老健は介護看護がしっかりしていて本当に有り難いのですが、難病の薬の費用の問題のほか、父には以下の不満があります。

 

1・ 好きな食べ物 (お酒・お刺身やお寿司・菓子パンなど) が食べられないこと。

「これから何年生きられるかわからないのに、好きなものも食べられない生活で、何が楽しみで生きているのか、という気持ちになる。」 のだそう。

 

ということは、命の危険があっても、好きなものを食べたいということですね。

その気持ちもわかります。 私も父の立場になったらそうかもなあ (私はお酒も飲まないし、お刺身も好きじゃないけど、パンは好き)。

 

2・ 入所している人と知的な会話ができない。

認知症みたいなおばあさんばかり。 おばあさん達は一日中座って人のことを見ている。 「神様助けて下さ〜い。」 と毎日叫んでいる人もいる。 夜中2時になると、必ず机をバンバン叩く人がいる。

父が唯一知的な会話ができていた90歳の男性は、その騒音を出す女性の隣室だったので、「眠れなくてたまらん。」、と退所してしまったそう。

 

3・ 10人1ユニットで生活しているので (個室だが)、1人、口を開かない人がいて、その人の食事に職員はかかりきりになるので、自分は介助してもらえない。 自分が食べ終わっても、その人が食べ終わるまで20分待ってなくてはならないのが苦痛。 部屋に戻りたいのだが。 とのこと。

 

ところが父に、「それらの不満を私が老健に伝えるから、改善してもらいましょうよ。」、と言っても、「いやいや、良く世話してくれているし、職員の皆さんが忙しいのは見ていてわかるから、そんなこと言ったら悪いから言わないでくれ。」 と頼まれてしまいました。 だから黙っています。

 

世話する人も世話される人もたしかに両方大変ですし、世話してもらう方には、遠慮が出ます。

 

たとえ諸々の理由で今後老健から有料老人ホームなどに移ったとしても、同じように父を悩ます問題はついてくるでしょう。

 

ただ、薬代や自宅からの距離、好きなものを食べられるか否か (命に関わっても) はプライオリティ (優先順位) が高く、今後の道を今私は考えているところなのです。

 

そして今週からまた、連休が始まりますね。 父の外出の計画を、早くたてなくては・・・

 

そうそう、言い忘れました。

木曜日の受診は、予約なしだったので受け付けから3時間半待ちました。 (ちぇぶさんのアドバイス通り、父には老健から介護タクシーで来てもらいましたが、それでもせっかちな父は予定より早く出て、しかも高速を使って来たので、父も1時間半待ち。 もうここの病院は待ち時間が長すぎてダメ、今回で辞めました。 そのため、他病院への紹介状も今回頼みました。)

薬をもらえると思ったけれど、医師が書いてくれた処方箋では病院前の薬局で、薬が出ませんでした (いつものフォーマットではない処方箋で、多分それは老健が医師に渡すように父に持たせてくれた書類についていた処方箋。 小さな紙に、医師は手書きで 「ニュープロパッチ」 云々と書いて下さったので、頂いた時、(変だなあ。) と思ったのですが、案の定薬局で却下されました。)

 

わけがわからないまま、病院の会計に相談したり老健に電話したりして、薬が薬局で出ずに困っている話をすると、「老健で出せるから処方箋持ってきて下さい。」、とのこと (ケアマネさんも、事務のほかの方もそう言いました)。

 

ところが老健に父と戻ってケアマネさんに処方箋を渡し、「はいはい。」 と老健の医師に処方箋を持って行ったケアマネさんは、 「この薬は、老健では出せないよ。 家族持ち込み=家族が用意するものでしょ。」 と医師に言われたそうなのです。

 

(ケアマネさんの話が違うじゃん。)、と不満ながらも仕方なく、翌日また病院に電話して、「老健では薬を出せないと言われたので、薬を出して下さい。 父が動けなくて困っています。」 と泣きつきました。 (父からは電話で、「いつニュープロパッチはもらえるんだい?」 と催促の電話が私に何度もかかってきていました。)

 

多少すったもんだがありましたが、結局病院が薬を出してくれることになり、一日でも早く父に薬を届けるために受話器を置くと、慌てて家を飛び出して病院へ。 もうその時は午後3時近く。 1時間半かかって病院着。

 

そこで担当でない医師の、冷ややかな、尋問に似た質疑応答で大変嫌な思いをしたあと、全額自己負担で薬をもらえたのでした (医師もお忙しいので仕方ないですが)。

 

私には、もうそのあと老健に薬を持って行く力と時間は残念ながら残されていなくて、宅急便で薬局から老健に送りました。

 

もう夕方だったので1日おいた今日、「今朝届いた。も う使っている。 有難う。」、と父の嬉しそうな電話をもらって、やれやれ、とほっとしているところです。

 

老健のケアマネさんが、もう少ししっかりしてくれていたら (つまり、老健ではニュープロパッチを出せない、処方箋も書けない、病院で全額負担でもらってくるしかない、と教えてくれていたら)、こんなに疲れなかったのに、と愚痴も出ますけど、私はこうしてどんどん詳しくなっていけるので、ま、いっか(笑)。

 

疲れるけど・・・(涙)

 

でも、ケアマネさんも事務の人も、よくわかっていないのかなあ、と思った出来事でした。 患者家族の方が詳しい時もある、ということも、高次脳機能障害の場合と重なる状況です。

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ケンダル・アット・ハノーバー (CCRCの1つ) の話の途中ですが、今日は特別な日なので、続きは明日以降にさせて下さい。

 

はい、今日4月21日は、多分ハルちゃんの1歳の誕生日なんです。

 

多分、というのは保護猫なので、いつ生まれたかがわからないのです。

拾われた時の大きさから、私が逆算して (4月21日ころかな)、と決めました。

かなりアバウト。 ついでに名前も、春生まれなので 「ハル」 に。

 

思えば、前飼っていた猫のおはぎちゃんが天に召された一昨年9月19日から、私たち家族はずっと寂しい日々を送っていました。

 

ウメも食欲が失せて3キロもやせた頃、こんなに猫好き一家なのだから、きっとまたいつか飼うだろうね、どうせ飼うなら早く飼った方がいいね、と保護猫をネットで探し始めました (近所の動物病院にも声かけしていましたが、いませんでした)。

 

おはぎちゃんは21年前、コウジさんとペットショップで見つけて家族にしました。

でも今はペットショップなんてなくなればいい (餌や飼育用具だけ売ればいい)、と思っていますから、そこで犬猫を買うことは絶対しません。

 

ペットショップで売られる犬猫がいる一方、1日に何百匹の犬猫が殺処分されているという矛盾を抱えた、悲しく愚かな日本。

 

皆さんもペットショップで犬猫は買わないで、どうか飼い主がいない犬猫の里親探しをしてくれている団体から引き受けて下さいますように。

1匹でも多くの命を救って下さい。

 

芸能人など著名人が、ペットの自慢をする記事をよく目にしますが、ほとんどの場合、「ペットショップで一目惚れしました!」 というような話ばかりです。

 

彼または彼女らは、犬猫殺処分の現実を知らないに違いありません。 考えが及ばないに違いありません。 かつての愚かな私のように。

もし知っていたら、そんな自分の 「浅はかな」 言葉が記事になることを、躊躇う (ためらう) でしょう。

 

何とか日本中から殺処分される不幸な犬猫がいなくなるよう、もっと啓発活動しなければいけないし (杉本彩さんや浅田美代子さんほか、頑張って下さっている著名人もいらっしゃいます)、地球上の全ての命が尊ばれる社会にしなくては。

 

結局色々ありましたが、ハルちゃんは茨城県からやってきました。

 

赤ちゃん猫のハルちゃんは、あろうことか、その保護団体のひとりの車のリアワイパーに、コンビニの袋に入れられて吊り下げられていたそうです。

 

その車には猫のステッカーが貼ってあるそうなので、捨てた人は、(この運転手ならきっと育ててくれるだろう。) と思ったのかも知れませんが、その方はその通り懸命に育ててくれ、我が家に連れてきてくれました。

 

ハルちゃんを捨てた人にも少しは温情があったおかげで、ハルちゃんとこうして出会え、これからかけがえない日々を共に過ごしていけることに感謝しています。

 

どこかの高校教師が5匹の子猫を生き埋めにしたという話に、はらわたが煮えくり返る思いです。

命をなんとも思わない人間、他の命を尊重しない人間に、他の人の教育を任せられるわけがないじゃないですか。

 

話を戻して・・・

ネットはこのように、飼ってくれる人を求めている犬猫の情報を、広範囲 (世界中) に流してくれる点において有り難いですね。

 

ワクチンや避妊手術 (ハルちゃんはメス) も保護団体に約束した通り受け、すくすく病気もせず大きくなってきたハルちゃんは、今日も元気いっぱいで家中走り回っています。

 

ベランダに敷いたゴザの上で、母親代わりのウメ (ウメもメス。 うちはコウジさん以外は女ばかり。) と一緒にひなたぼっこをするのが、至福のひとときみたいです (その様子が今日の写真)。

 

大好きな犬猫と過ごせて、私は幸せ者だあ。 ハルちゃんとウメに感謝。

 

そういえばこの週末、ウメの狂犬病予防接種に行きました。 毎度のことながら、今年も予想通り大変でした。

 

ウメは動物病院が嫌いなので、さりげなく散歩のふりしながらコウジさんとともに病院へ向かいましたが、病院手前100メートルのところで気づいて逃げ出そうとしました。

 

すかさず私が17・6キロのウメを肩にかついで歩き、コウジさんに病院のドアを開けてもらって中に入りました。

 

コウジさんの方が力があるのに、ドアを開けるだけの簡単な仕事がコウジさんで、行き交う車の運転手さんらの好奇の目に晒されながら、大きな犬をかついで休み休み100メートル歩くのがひ弱な (?) 私で、随分不公平だと思いました。

 

あらかじめ電話で、「あと15分で着きます!」 と言ってあったので、獣医さんは私たちが病院に入ってきたのを診察室から顔を出して見ると、すぐ注射器を手に出てきてくれました (パニックになっているウメを、診察室に入れずにすぐ注射して帰すため)。

 

私に抱えられて背中を向けているウメの、大きなお尻に獣医さんはブスリと注射。 その間中、ずっとウメは 「ヒーン」「ヒーン!」 と鳴いていました。

やれやれ、毎年恒例の滑稽な光景ですが、私は手間のかかるこの日が憂鬱でたまりません。

病院で大人しく、順番を待っている他の犬たちが羨ましい。

 

ほかの飼い主の人たちの憐れみを含んだ失笑を背中に浴びて帰る私たちは、それでも大仕事を終えた爽快感から、行きと違って世界が光輝いて見えるのも、毎年同じ。

 

ウメまで、「終わったね!」 「あたいも頑張ったよ!」 と満面の笑みで私の顔を見上げスキップしているので、思わず笑ってしまうのも同じ。

 

犬猫と暮らしていると、世話は大変だけど、やっぱり楽しく幸せなのです。

すっかり間があいてしまいましたが、アメリカニューハンプシャー州にある、「ケンダル・アット・ハノーバー」 の話の続きをします。

 

私がなぜこの話に固執するかと言いますと、父を始めとする高齢者 (介護が必要か否かに関わらず) が、どう暮らすのが理想的なのかを、つくづく考えてしまうからです。  それは私も皆さんもいずれ高齢者になるわけですから、無関係ではありませんよ。

 

情報は前回と同じく、三菱総合研究所の松田智生さんの文章を参考にしています (勝手にすみません。 ネットで検索すると出たので、有り難いです。)

 

アメリカで1960年代に始まった、高齢者の定年後の生活のための街づくり。

最初は温暖な場所でゴルフ、レクリエーション中心だったそうですが、若者の不在と知的刺激が少ないことが問題となってきて、今は大学連携型のコミュニティーが増えてきたそうです。

 

そのひとつが、私の知り合いの米国女性が現在住まわれている、「ケンダル・アット・ハノーバー」 で、1991年に開設されました。

 

その女性のご主人が元ダートマス大学教授で、お2人は元々大学近くのご自宅に住まわれていました。

けれどご主人が脳梗塞に見舞われ、ご夫妻はケンダル・アット・ハノーバーに住まいを移されました。

奥さんはそこのアパートに入居、ご主人はそこのヘルスセンターに入院されました。

引っ越しの通知を頂いた私は、その美しい風景に心奪われました。 森、山、コネチカット川・・・ に囲まれた夢のような場所です。

 

入居されているのは、要介護者やその家族だけではありません。

健常者棟、介護棟、認知症棟とあって、自分の健康状態に応じて移住できるので、引っ越しの負担がないそうです。

 

そういう仕組みを、CCRC (Continuing Care Retirement Community) というそうで、「健康な間に入居し、人生最期の時まで継続してケアを提供する高齢者コミュニティーを意味する」 のだそうです。

 

ケンダル・アット・ハノーバーでは、8割以上の居住者が健常者で、明るくはつらつとした高齢者が多いです。

 

元気な高齢者たちは、ダートマス大学の生涯学習講座を気軽に受講しています。

講座は政治・国際金融・環境・生活・歴史・執筆・文化など多岐にわたっていて、受講料も1講座あたり3千円〜5千円台だそう (4週間と8週間のコース)。

(エアロビクスや手芸、コンピューターや憲法、読書やハイキング、テニス、ゴルフなど沢山のサークルがあるらしいです。)

 

高齢者は生徒として学ぶだけでなく、自らの経験を講師として学生に教えることもあるそうです。

 

若い学生にとっても、高齢者の知識や経験を学べ、高齢者にとっても自分が役にたっている、という生きがいが生まれます。

 

サークル活動のほか、室内プールやコネチカット川で泳いだり、日曜大工に勤しんだり、コミュニティー雑誌の編集仕事をしたり、旅行したり、街のレストランに食事に行ったり、忙しく楽しく暮らしているようです。

 

またそのコミュニティーでは、自分たちが何をやりたいかを居住者同士の委員会で決め、レクリエーションや行事の運営を自主的に行っています。

日本では、施設が決めるのと対照的ですね。

 

高齢者が元気になれば、医療費も抑制されるし、消費も増え、コミュニティーで働く人々の雇用も生み出し、地域が活性化します。

 

実際、このコミュニティーの平均年齢は84歳だそうで、アメリカの平均寿命の79歳を大きく上回っているのです。

 

もちろん、隣接するダートマス大学病院メディカルセンターと連携がとれていることも、居住者の健康状態を維持するのに大きな役割を果たしているでしょう。

 

松田さんは、CCRCは、「四方一両得になる」 と仰っています。

つまり、「シニアにとっては健康で生きがいある人生を送ることができ」 「大学連携型なら学生も多くのメリットを得ることができ」 「企業には住宅、ヘルスケア、学習、金融などの新規事業でビジネスチャンス」 「自治体にも雇用が生まれ税収が増え、地域が活気づきます」 と。

 

日本も見習いたいですが、すでにその動きもあるようですよ。

 

もう長くなりますので、今日はこのへんで区切ります。

父のいる老健も、施設で高齢者が虐待されるニュースを聞くと、よほど恵まれていますが、それでもこの ケンダル・アット・ハノーバー みたいなところだったら、父もどれだけ幸せか・・・ と思ってしまいます。  どこかもっといいところないかな、と思ってしまいます。

 

ケンダル・アット・ハノーバーでは、重い介護状態だった入居者の中には、症状が軽くなって、健康を回復する人もいるそうですし。

 

今、外は夜なのにすごい強風。 台風のようですよ。

最近雨がちですし、変な天気が続きますよね。

前を歩くウメが、笑いながら私を振り返る。

すると、ウメの口から吐き出された息が白い。

びっくりして私もためしに息を吐いてみると、やはり白い。

 

桜も散った4月半ばで、こう寒くて雨ばかりの日が続くと、さすがに鬱陶しくなってくる。

 

・・・ そう書きかけて、睡魔に勝てず昨夜は寝てしまった。

 

今日は久しぶりに気温もあがり晴れたが、風が強くてあまりいい日ではなかった。

天気予報では、お昼から雷、突風、ひょうの予報だったけれど、外れた。

それなら洗濯物を、まだ完全に乾いていないうちから早く取り込まなくても良かったのに。

 

そんなぼやきはおいといて、一昨日の夕方、私は珍しく大勢の人々の中にいた。

 

ほとんどの日、私は夫 (コウジさん) と娘 (ワッチ)、犬 (ウメ)、猫 (ハル)、父と母と姑 (以上3名は電話) しか話す相手はいない。

 

だからそれ以外の人々と話すということが、自分にとってこんなに緊張し、刺激的なものになってしまっていることにまず驚いた。

 

毎週末講演していた頃の自分には、なんだか戻れそうにないし、あまり戻りたくもないのは、まずいかもしれないけれど、今日もまた1つ、講演依頼をお断りしてしまった。

 

申し訳ありません。 12月というずっと先の話なので、お受けできるかぐずぐず数日悩みましたが、父の様子をやはりあと1年くらいは見続け、世話をしたい気持ちを捨てられず。

緊急事態発生の時には、すぐ駆けつけたく。

父にとって頼りになるのは、きっと私だけなのです。

 

話を戻して、一昨日は脳外傷友の会の各都道府県の代表の方々が、霞ヶ関訪問をされた日だった。

 

北は北海道、南は大分まで、沢山の方々が厚労省、国交省、文科省を回られた。

私たち高次脳機能障害者と家族のために、有り難うございます。

 

皆さんはその足で、今年の脳外傷友の会全国大会の会場となる、大井町駅前の 「きゅりあん」 に下見に来られるという。

 

それを知り、そこは私の家から近いので皆さんに会いたくて、のそのそ出て行った。

 

講演でお世話になった神奈川、香川、奈良、静岡、広島、岡山の方々とまたお会いできて嬉しかったけれど、そこにいらした皆さんは元気はつらつでにこやかで、私は爪の垢を煎じて飲まないといけないな、と思った (いまどき、こんな言い回しあまり聞かなくなりましたね)。

 

私は自分のことを話し出すと愚痴になり、「夫の世話が落ち着いたと思ったら、すぐ親の介護が始まった。」 だの、「夫も親も元気な人もいるのになあ、とつい思ってしまう。」 だの、「どこかに数日、ひとりでこもりたい。」 だの、勝手なことばかり口をついて出て、言っていて自分ながら恥ずかしくなった。

 

すると、「嫌々世話されてる方も嫌だと思うよ。」 とか、「不機嫌だと家族 (コウジさんとワッチ) も嫌だと思うよ。」 とか、「抱え込み過ぎ。 どれか1つは手放す。」 とか言われ、なるほど、そうだな、と反省した。

 

やると決めたら嫌々ではなく、ニコニコやる。 1日1つは、やらないものを決める。 あるいは全てを、適当にする。 ふむふむ。

 

でも、ヒラリーさんなんか、ものすごい忙しさなんだろうな (突然話が飛躍してすみません。 アメリカ初の女性大統領になるかな?)。

割り切り、頭の回転の良さ、仕事の速さ、意欲、積極性。 備わってる人は備わってるんだろう。

 

私は凡人ということを再認識して、できなくても終わらなくてもイライラしないで、できたことに喜び満足しよう。 うん。

 

そしてやはり自分の楽しみも、どこかに入れよう。 そうでもしないと、心がカラカラに乾いてしまう。

 

う〜ん、手近なところからいうと、DVDで映画を見たいな。

それからできたら今年は1泊くらいで (犬猫いるから長くは無理) どこか家族で遠出してみたいな。 もう6年家族旅行してないな。 無理なら日帰りでもいい。

 

もっと手近なところでは、ジグゾーパズルなんか楽しいよね。

 

この間コウジさんが、家にあったジブリのジグゾーパズルを楽しそうに夢中になってやっていたので、下らないテレビを見るよりずっといいと思って、アマゾンでいくつか買った。

 

でもコウジさんはもう興味なくなったみたいで、いつまで待っても手をつけない。 あ〜あ。

勿体ないから、私がしよう。 パズルなんてする暇ないと思っていたけど、自分を潤すために、あえてやってみたい。

 

で、なんでしたっけ。

 

そうそう、久しぶりに沢山の人々の中にいて話したら、楽しかったんです。

 

愚痴をブツブツ吐き出したら、ちょっと楽になった感じです。 これぞまさに、「腹ふくるるわざ」、です。

 

たまには家族以外の人たちと会って話したい、と思ったのでした。

コウジ村、そろそろ集まりたいですね (注: コウジ村とは、高次脳機能障害者の伴侶を持つ人 (大体が妻) の集まりで、私が村長をしています。 2ヶ月に1度のペースで集まっていましたが、私の父の症状悪化に伴い、昨年8月から活動停止中。 本当にご迷惑おかけしています)。

 

ではまた。

まず初めに、16日木曜日夜9時に始まるドラマ (テレビ朝日系) の 「アイムホーム」 では、キムタク (木村拓哉さん) が高次脳機能障害者を演じるそうです。

 

当事者家族としては単純に嬉しい気持ちがある一方、この障害が変に描かれたら困るな〜、 という思いも。

偏っていたり、間違っていたりしないかな。

ドラマはほとんど見ない私ですが、とりあえず初回から見てみます。

 

さて、前回のブログに、重いパーキンソンの父を病院へ連れて行くのに、なるべく父も私も負担にならない方法はないものか、と困っていましたら、何人かの方から早速コメントにアドバイスを頂いて助かりました。

 

本当に有り難うございました。 まさに、「3人寄れば文殊の知恵」 ですね。

私1人では、ない知恵と乏しい情報にいい加減疲れてきて、面倒臭くなって考えるのを放棄するところでした。

 

早速老健に電話し、ちぇぶさんが勧めてくれたように、介護タクシーで父を市大病院まで送ってくれないか尋ねました。

 

すると老健では介護タクシーに介護保険は使えないそうですが (老健には、ごりちゃんが言われるように様々な縛りがあります)、実費でよければ頼んでくれるとのこと。 良かった〜。

 

父が少しでも疲れないで済むためなら、多少の出費は致し方ないです (父のお金ですが。 片道1時間くらいで、いくらかかったかまたお知らせしますね。 父の場合、往復頼みますが、診察の間はタクシーは待たないそうです)。

 

本当は家族にも付き添って欲しいそうですが、私が2、3時間先に市大病院へ着いて診察券を出すことにより、父が2、3時間私と一緒に受診を待たずに済むことを説明しますと、「それがいいですね。」 と納得してくれました。

 

そして前傾姿勢のひどい父が車椅子のままタクシーに乗っているのは、車が揺れた時危険なので、普通席にシートベルトをきっちりして座らせてくれると言ってくれました。 老健の気遣い、有り難いです。

 

というわけで今の予定では、

市大病院に父を乗せたタクシーが着いた時私が出迎えて、父をあまり待たせずに受診させます。

次回から老健近くの病院へ移りたいため、紹介状もお願いして会計。

処方箋をもらったら、ともさんがアドバイス下さったように、私の自宅近くの薬局で提出した方が早く帰って来られるので、処方箋はバックにしまって介護タクシーを呼びます。

そして父を老健に送り届けてから、自宅に帰ります。

 

ちぇぶさんのアドバイスのように、介護タクシーに父を頼んで自宅に帰ろうと考えてましたが、老健着が遅い時間になると職員の数が少なくなるため、タクシーの運転手さんへの支払いに職員が出てこられないだろうとのこと。

 

父は体が動かなくてお財布からお金を出せませんから、家族がやはりそばで支払ってほしいとのこと。  そのくらいならおやすいご用ですし、父も私がいた方が安心だと思うのでそうします。

私は翌朝早く近所の薬局へ行き、薬をもらって老健に郵送します。

 

こうして手順を考えていくと、なんとかうまく効率的にできそうで、来週の受診が楽しみにさえ思えてきました。

 

アドバイス下さった皆さん、有り難うございました。 来週、頑張ってきますね!

 

ところで父の話ばかりで恐縮ですが、昨日は1日がかりでコウジさんと一緒に、父を自宅まで外出させました。

10時半から15時半までの、5時間の外出です。

 

雨で帰りも遅くなるので、電車とタクシーを利用。

家を9時前に出て、老健の部屋に10時半少し前に飛び込むと、思いのほか元気そうな父が車椅子に座ってこちらを見て笑いました。

 

「あれ?元気そうだね! 太った?」 「お義父さん、顔色もいいですね!」 と私とコウジさんが口々に言ったほど、父は調子が良さそうに見えました。

 

父は自宅に持って行く書類を用意して (大した書類ではありませんが)、薬も職員にもらって、タクシーにわりと軽やかな動きで乗り込みました。

 

1ヶ月ほど前の前回の外出の時より動きがいいのは、この10日ばかり使っていたメネシットとニュープロパッチのおかげだけど思いました。

 

たしかに父にはこの薬が合っているのかもしれず、それなら尚更市大病院で同じ薬をお願いしないといけないと思いました。

 

ところで私は常々疑問に思っていたことがあり、それはパーキンソン病の家族を持つ知人たちに聞くと、皆さんそれぞれ使っている薬が違うのです。

 

父は数あるパーキンソン病の薬のうち、まだ3種類しか使ったことがなく、そのうち1種類 (ミラペックスLA) は飲むとすくみがひどくなるので中止。

 

けれど父はこのまま寿命がくるまで2種類しか使ってもらえないのか?

ほかの薬にしたらもっと効いたかもしれないのに?

最初にかかった病院 (医師) によって、処方される薬が死ぬまで決まってしまうのだとしたら、運のいい悪いがあるのでは? 云々。

 

それを先日パーキンソン病友の会会長に質問しましたら、そんなことはないそうです。

もし父に合わない薬だったら、医師はどんどん変えていくので、今の薬が合っていればそれでよく、ほかの人の薬を羨むことはないのだと。

そうなのか、と一応納得。

 

自宅で父はお寿司、お酒、ラーメン (といっても、カップラーメンの 「麺づくり」 です。 これがお気に入りだそう。)、大判焼きを食べて、庭を窓越しに歩行器に捕まりながら眺め、手紙などをチェックし、30分ほどソファーで気持ち良さそうに昼寝までして、また私たちが老健に送りました。

 

ただ、父が老健での生活で感じている諸々のことがあるようで、それは明日以降また綴ります。

 

コウジさんもお疲れ様でした。

 

(コウジさんは、老健では食べられない好物を無心に食べている父を隣から見てなんだか感極まってしまったらしく、泣いてくれたりしました。  ←優しい。

でも、大泣きに近かったので、父も母も私も困ってしまいました。笑。)

 

ではまた。

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