日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2015年04月

むうう・・・

考えが行き詰まっている時は、書いてみるといいかもしれない。   ということで、書いてみますと。

 

父 (81歳) は、パーキンソン病を発症して4年ほど。

最初は指の震えから始まったようで、杖を使っての歩行から歩行器に。  今やその歩行器も難しく、じきに車椅子になってしまうかも、という状況。

パーキンソン病の重度の程度では、最重度のヤール度5 (去年10月時点で)。

 

横浜の自宅では母 (79歳) と2人暮らしだったが、昨年8月半ばに、うずくまって動けなくなっていた父を立たせようとして、母が腰痛を圧迫骨折。 2ヶ月の入院。

私が急遽父を東京の自宅に引き取り、慣れない介護を24時間体制で始めた。

 

受験生の娘 (ワッチ) と障害者の夫 (コウジさん) も巻き込んだ嵐のような生活は、父の肺炎による救急入院の頃 (9月末) からもはや限界の相をなしてきた。  父より先に私が倒れるのが目に見え、ケアマネさんや色々な人に相談した結果、父は老健に入ってもらった。 介護とリハビリ目的で。

 

3ヶ月程度の入所予定で、市大病院からパーキンソン病の薬、他の病院から心臓や甲状腺の薬を3ヶ月分もらった。

体の動かない父を、近所の眼科にもやっとこさ連れて行き、緑内障の状態を見てもらった。

 

はれて老健に入ると、手厚い介護とリハビリで父の調子も良くなってきた。

 

だが、老健入所後2ヶ月たった年末年始に、横浜の自宅に5泊外泊したら、父は衰えて3キロも痩せてしまった。

父の世話を母には任せられないことが、私にも父にもわかった。

父は懲りたように、「老健の方がいい。」 と言った。

 

入所後3ヶ月たった頃がワッチの受験たけなわだったので、父は最低ワッチの受験が終わるまでは老健にいることになった。

そして今は、いられるなら基本的には老健で生活し、時々私が外出や外泊させるのが理想的だ、という考えに私も父も母も同意している。

 

さて困るのが薬だ。

3ヶ月たって市大病院でもらったパーキンソン病の薬がなくなり、今は2種類あるパーキンソン病のうちの1種類 (メネシット) は、後発剤 (パーキストン) に変わったものの、あと1種類のニュープロパッチは新薬で高いので、老健では出せないとのことだった。

 

父の症状は悪化してきたので、ニュープロパッチが必要なのでは? という思いに父も私もかられ、どこか病院でニュープロパッチをもらえないかを考え出した。

 

一番まっとうな道は、市大病院でまた受診することだが、予約しても2時間待ち、さらに院外処方で1時間待たされるのは、冗談でなく父には命がけで、私も疲労困憊する。

 

そこでY病院に受診を打診したところ、「老健を出ないと診られないきまり。」 「市大病院の紹介状が必要。」 と言われる。

 

困って老健のケアマネさんにそれを伝えると、ケアマネさんは老健にいても診てくれるK病院を探してくれた。

だがそこも、市大病院の紹介状 (診療情報提供書のこと) が必要とのこと。

 

仕方なく市大病院に電話して紹介状をお願いすると、最後の診察が昨年10月で長期間あいてしまったので、やはり診察しないと紹介状は出せないとのこと。 (→ 考えたら当たり前。 症状変わってるかもしれないものね。)

 

また、市大病院が、父が老健にいても診察してくれるというのに驚き喜んだが、今月中なら初診扱いにならないので、今月中に来てほしい、と言うのでまた困った。

 

予約あっても2時間待ちなので、予約なしだと、何時間待つかわからない。

私は、 「それは本当に、(父が) 死ぬ覚悟で行くということなので、どうするかはまた考えます。」 と電話を切る。

 

また最初から検査しなくてはならないとしても、K病院が紹介状なしで診てくれたら一番楽なんだけど、と思ってケアマネさんに相談の電話を入れるが、行き違いでもう4、5日連絡とれずにいる。 明日にはいいかげん連絡つくと思うけど。

 

父は、 「もう80まで生きたし、大変な思いをしてまでニュープロパッチは要らないか、とも思っている。」 と気弱な発言。

私も、いっそのこと骨折りをやめて、もうこのままパーキンソン病に対してはなにもせず、老健に任せていいのでは。 その方が私も楽だし、と父には悪いが正直、何度もくじけている。

 

けれど先月入ったパーキンソン病友の会の代表の方と少し話し、今日は神奈川県の難病相談支援センター窓口に電話して (友の方代表の方が担当の日なので)、少し長く相談した。

 

私も父も、もう面倒なのでニュープロパッチはいらないかと思っていることについては、「薬は飲まないとだめ」 「諦めてはどんどん悪くなる」 と叱られた。

そして、紹介状は今後どの病院へ変わるとしても絶対もらわないとだめだから、父を最初にパーキンソン病と診断した市大病院を、大変でも1度は受診しないとだめとのこと。

 

話していると、面倒で逃げ腰になりつつあった私はカツを入れられた気分になり、(よっしゃ、また一肌脱いで父を今月中に市大病院に連れて行こうか。) という気になった。

 

父にも電話し、父も私にカツを入れられ、「じゃ、行こうか。」 と前向きな気持ちになったようだ。

 

その日は私は帰りが夜になるだろうから (父を老健に迎えに行って市大病院へ連れて行ったあと、何時間かかるかわからないし、診察のあとまた父を老健に送ってから帰ってくるので)、コウジさんに有休をとってもらってウメの散歩をお願いしなくちゃ。

 

そんな風に考えたところですが、どこか無茶な点、おかしな点がある、もっといい方法がある、と思われた方は、教えて下さいませ〜。

 

もうどうしたら父にとって一番良いのか、わからなくなってきましたわ・・・ 考えてばかりで疲れてきちゃったし・・・

 

でも、コウジさんが倒れた時も頑張って(コウジさんもワッチも)、 ここまできたのだから、また頑張ろうと思っています。

ウメと散歩していたら、私の吐く息が白いのにびっくりしました。

 

もう4月なのに、冬の寒さ。

寒いの大好きな私は嬉しいけれど、明日は東京も雪が混じるかもしれないとのこと。 ちょっと寒すぎだわね。

 

ところで書きかけの話がたまる一方ですが、返事していないメールや手紙、支払いしていない請求書もたまり、情けない気持ちになってきました。

 

なのに毎日の家事や犬散歩 (これは必須) と細々した用事だけで、あっという間に1日が終わってしまう。

睡眠も、今日は4時間くらいしかとれていないし。 なんで? (わからない。)

 

そんな中、山口研一郎医師の 『国策と犠牲』 がまだ半分しか読めていないのが気になって気になって、今日思わず手にとって少し読み始めました (数十分。 今夜中には読破します)。

 

読んでいたら、一昨日の自分の中身のないブログが恥ずかしくなって飛び上がりました。

 

臓器移植、尊厳死、出生前診断、原発、原爆、薬害エイズ、七三一部隊と人体実験・・・ 知らないこと、知るべきこと、少しは知っていること、がどんどん出てきて、こんなのんびりしてる場合ではない、と焦ってきました。 (毎日時間に追われていて、決してのんびりしているつもりはないのですが、やはり自分は甘い甘い!)

 

皆さんも是非一読され、書かれてあることを一緒に考えてください。 今の日本が抱えている問題は数あれど、この本に書かれてあることは、日本人の命にかかわる大事なことばかり。

 

4月12日 (日) には、京都にてそれに関係する上映・講演・対談・シンポジウムが、 「医の倫理」 ―過去・現在・未来―企画実行委員会主催であります。

 

近かったら絶対行ったのですが、残念。

お近くの方は、是非行かれてはいかがでしょうか。 もう直前なので、申し込みを締め切っていたらすみません。

 

時間 : 9時30分〜16時30分

場所 : 知恩院和順会館 (京都市東山区知恩院山門前)

参加費 :  千円 (資料代)

定員 :  240名

申し込み先 : 京都府保険医協会 (氏名・連絡先を電話・FAX・メールでお知らせ下さい → 電話: 075-212-8877 FAX: 075-212-0707 メール:info@hokeni.jp)

 

【午前の部 (9時30分〜12時30分)】

1・ 戦時下医学犯罪に関わる映像番組等の上映 (解説: 近藤昭二氏 NPO法人731部隊 ・ 細菌戦資料センター共同代表)

2・  特別講演 「731部隊の戦後と医の倫理」 青木冨喜子氏  (作家・ニューヨーク在住) 『731石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』 執筆者

3・ 対談  司会: 香山リカ氏  対談者: 青木冨喜子氏 × 戦時下医学犯罪関連番組の制作関係者

 

【午後の部 (13時30分〜16時30分)】

4・ シンポジウム 「歴史を踏まえた日本の医の倫理の課題」

コーディネーター:  土屋貴志氏 (大阪市立大学准教授)  川田龍平氏 (参議院議員)  石田勇治氏 (東京大学大学院総合文化研究科教授)  平岡諦氏 (健保連大阪中央病院顧問)

 

また、5月には東京で山口医師の講演会があります。 こちらは行こうと思います。

 

【第8回市民講座】

講演 山口研一郎医師

<国策と犠牲 ~医療現場から見える現代医療のゆくえ~ >

日時 : 5月9日 (土) 13時30分 〜 16時45分 (開場13時)

会場 : 豊島区勤労福祉会館6階大会議室  (豊島区西池袋2―37―4) JR池袋駅南口・西口・メトロポリタン口徒歩7分。 池袋消防署となり。

連絡先 : <臓器移植を問い直す市民ネットワーク> 080-6532-0916、 <脳死・臓器移植に反対する市民会議>  03-5624-6064

 

ということで、今日はお知らせでした。

ブログを書かない1週間ほどの間に、桜がもう散り始めました。

開花から10日ほどしかたっていないのに、雨や強風にもあったから。

 

こんなにきれいな桜の花なのに、「こんにちは」 から 「さようなら」 が早すぎる。

それだからこそ、皆競って花見に出かけるのでしょうが。

 

私はウメの散歩で毎日2回、桜を見上げて歩きましたので、充分堪能しました。

 

ところが最近の天気の不順さには、体調を崩しそうです。

5月の陽気の日が出てきたので冬服をしまったのに、寒さがぶり返した今日、また冬服を出しました。

 

思わずこたつまで出すと、猫のハルより先に犬のウメが飛び込み、お尻だけ出して寝ています。

犬も意外と寒がりですよ (ウメだけ?)。

 

今日は1日中冷たい雨で、今年のお花見できる週末は昨日が最後でしたね。

その昨日も曇り日で、皆既月食も見えませんでした。 ブツブツ。

この間の皆既月食も、東京は雲ばかりでほとんど見えませんでしたから、3年後の次回は、是非バッチリ見られますように (ちょっと天文好きな私)。

 

私はこの1週間、相変わらずでした。

パーキンソン病の父に関する電話や調べものに時間をかけているものの、煮詰まっています (詳細は長くなるのでまた)。

 

本当は昨日父を外出させるはずで、色々準備をしていたのですが、母が突然植木屋さんを頼んでしまったので、外出が急遽キャンセルになりました。

 

植木屋さんが来ている実家に戻るのを、父が嫌がったためですが、母が父の予定をなぜ忘れて植木屋さんを入れてしまったのか、さっぱりわかりません。

 

あれだけ打ち合わせしたのに、父や私の話を全然聞いていない母。

人の話を聞かないのは昔からですが、母の記憶がだんだん怪しくなっているのが単なる老化のせいなのか、ひょっとしてやはり認知症なのか。

 

パーキンソン病の父と同じくらい、心配な母なのであります。

でも母のかかりつけ医 (喘息の) に、市大病院もの忘れ外来への紹介状をお願いしても、「1人でここ (自分の病院) に来られる人は認知症ではない。」 と書いてくれないので、そこでこの話はストップしたまま。

 

だから紹介状不要で、認知症診断をしてくれる病院を探すつもりです。

勿論、認知症でなければそれに越したことないのですが。

 

私の乳ガンと特定健診の結果は、特に異常なしでした。 良かった。

子宮頸ガンと子宮体ガン健診は、もう結果は出ていますが、まだ聞きに行く時間がとれずにいます。

 

ワッチの入学式も終わり、ワッチは毎日忙しくも楽しそうに大学へ行ってます。

 

早速気の合う友達もできたようですが、今まで厳しい校則に縛られそれに慣れていたワッチは、1つ1つの出来事にギャップを感じるそう。

 

例えば履修の相談をしよう、と大学帰りにサブウェイ (喫茶店) に誘われると、寄り道禁止校則が身に染み付いたワッチはドキドキしながら付いていき、アイスティーを一杯飲むのがやっとだったとか。

 

同じく大学帰りに 「デニーズで夜ご飯食べて行こうよ!」 と誘われると、「えっ!」 とびっくりし、「私は家で食べるから帰る。」 と帰ってきたとか。

家で私やコウジさんが、自分と夜ご飯を食べようと、しょんぼり待っていると思ったからだそう。

 

「友達と食べてきていいわよ〜。 連絡くれたら。」 と私は苦笑いしましたが、中高6年間の厳しい校則には、意味があったのだなあ、と改めて思いました。

 

つまり何かするにしても、「それは危ないことではないか?」 とか、「だらしないことではないか?」 とかの声がワッチには聞こえるようです。

そして 「よし、大丈夫そうだ。」 と判断するとやっと行動をとるようです。

元々慎重派 (臆病? 面倒臭がり?) なワッチですが、いずれ自分の判断で迅速な行動をとるようになるかもしれないにしても、今はまだおそるおそるという感じ。

 

教室で携帯電話を使えることに感激したり (今までは学校では先生に預けなくてはいけなかった)、学校の行き帰りにコンビニに寄れることで大喜びしたり (今までそういうことをすると、停学になった)、 繁華街や海山へ、子どもたちだけで行くのを禁じられるなど、不自由で窮屈だったからこそ、安全に守られいわゆる不良にもならなかったし、与えられた自由をどう使うかを自分で正しく判断できるほどの年齢にも、今なったわけで。  大学生になった途端、何でも自由に動けるので、ワッチが感じる開放感はとてつもなく大きく、生き生きした瞳をしています。

 

でも過保護過ぎてきたので、多分社会的にはかなりひ弱で、世間知らずのワッチ。

 

まあ、夫のコウジさんだけでなく、ワッチ、父、母・・・ を心配してばかりでは身がもたないので、ケセラセでいきましょう。

 

ではまた。

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