日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2016年05月

今日は現役のアメリカ大統領が、初めて広島を訪問した歴史的な日でした。
やることも沢山あるのだけど、「今日テレビを見ないわけにはいかない!」、とウメの散歩すらもそっちのけで、夕方からテレビの前にかじりついていました。

広島訪問前に岩国基地で海軍を前に演説した時に、沖縄で日本女性が米軍属の男に殺害された事件に触れなかったのには、がっかりしました。 なぜ言及しなかったのでしょうか??? とても大きな事件なのに。 私は彼女のこと、沖縄で米軍人によって繰り返されてきた数々の凶悪事件を、非常に問題と思っています。当然ですが。

基地はいらない。日本は守ってもらわなくていい。日本は自分で自分の国を、最低限守ればいい。憲法9条を守り続け、この先も今までと同じようにずっと不戦国であることを周囲に宣言し、それでもどこかの国に攻撃されてしまったら、それはそれでもう仕方ないのではないか、と思うのです。攻撃する方が悪いのですから。
相手の良心を信じる人間、国であってほしい。 ま、きれいごとと言われればそれまでですけど(こう書きながら、テレビでは舛添さんが映って何か話しています。もう、見苦しくて見ていられない。 この人に良心があるなら、使い込んだ税金は全て戻して、潔く辞任してほしい)。

広島ヘリポートから平和記念公園までの車の移動は、結構な時間がかかりましたね。でも沿道にはオバマ大統領を歓迎する日本人が溢れ、日本人の良さを感じました。 日本の首相がもし中国の街中を、同じように車で移動したら、卵とか投げられそう? (いつも卵が勿体ない、と胸が痛みます。・・・ ああ、でもそういうことをするのは、一部の中国の人たちであって、全部の中国人がそういうわけではないですよね。) それにしても、原爆を落とされた日本が、落とした国の大統領を、このように好意的に迎えるのは、71年という長い年月が経って憎悪や悲しみが少し浄化されたということでしょうか。

きっとそれもありますが、被爆者代表の坪井直さんが、オバマさんに話した、という言葉が、その答えになっているように感じました。 つまり、「原爆投下というのは、アメリカが悪いというのではなく、「人類の過ち」 だったのだ。」、という言葉です(若干違うかもしれませんが、そんなようなことを仰っていました)。 

なるほど・・・。 戦争は、それをする人、国が悪いのではなく、「人類」全体の責任なのです。憎むのは「戦争」そのものであり、その「戦争」がない世界にするためには、「人類」として、全体で協力していかないといけない、ということです。 その考え方に賛成します(オバマさんは、原爆のことにとどまらず、戦争一般について話していましたね)。

ところで中国の王毅外相は、こういう映像を見て、「南京事件を忘れるな!」と怒っていますが、もう少し互いに歩み寄ろう、仲よくしていこう、と思えないものでしょうか。 

・・・と書いたあと、猛反省して、慌てて追記しています。 王毅外相の言うことは、やはり尤もだと。 
日本は戦争では被害者でもあったけれど、加害者でもあり、特にアジア諸国に対して言語道断の非道を尽くしました。日本国内では、自分達が被害を受けたことは声高に繰り返し話されるけれども、自分達が被害を与えたことについては、余り口にしません。 日本だけでなく、どこの国でも、どこの社会、人間でもその傾向がありますが。私もうっかり、その傾向に乗るところでした。それはダメダメ。ああ、恥ずかしい(コメントで指摘、注意を受ける前に訂正できて良かった)。 
こういう間違いを起こす時、文を書いたり、話をしたりすることはつくづく怖いことだと痛感します。私はそそっかしく、結構軽はずみなところがありますので、本当はこんなところで書いたり、話したりするのは適性がない気がします。 間違えた時は、あとで訂正していますので、また読んで下さい・・・ なるべく間違わないよう、気を付けますけど。

今回オバマさんが日本に来て、直接謝罪の言葉は諸事情から避けたにしても、来てくれたことに謝罪や哀悼の意が表れており、日本国民の感情は和らげられ、世界平和への気持ちがより強まりました。 人類の真の平和を望むのなら、日本も中国をはじめとする被害を与えた諸国に首相が行って、謝罪しなくてはいけません。 まだそれができていないうちは、戦争は終わっていないのです。


オバマさんは広島に来て、資料館を見学して(10分ですか。もっと長い時間そこで過ごして欲しかったですね)、核なき世界、戦争なき世界という理想を説き、アメリカ人も日本人も同じ人間で、人類は一つの家族だと述べていました。坪井さんと同じ考え方ですね。長い長い、感動的な心のこもった演説だったと思います。

オバマさんが献花し、韓国の犠牲者も悼み、(歩いてすぐなので、慰霊碑まで行かれても良かったと思いますが・・・)、坪井さんや森重昭さんら被爆者の方々と笑顔で話され、坪井さんと強く握手し合い、森さんと抱き合う姿を見ていて、涙が出てきました。 ああ、良かったなあ。 互いに許し合い、支え合う姿はやはり感動的です。 オバマさん、有難う。

日本は世界で唯一原爆を落とされた可哀想な国ではありますが、日本だってほかの多くの国々に悪いことをしてきたのだし、そこを反省することも大事ですし、唯一の被爆国としてこそ率先して、その「人類全体の罪」を許すことが大事なのだ、と思いました。 そこからまた、新しくより良い世界がスタートするのです。

オバマさんはあらかじめ用意した(きっとアメリカを出る時から)原稿を読まれましたが、資料館を出たばかりでの演説なので、資料館の感想もちょっとアドリブで話して欲しかったな、と個人的には思いました。

まあ色々要望はありますが、全体として、とても感動的なオバマさんの広島訪問でした。

それにしても、坪井さんの明るさは素晴らしいですね。満面の笑顔で、オバマさんに「あなたはノーベル平和賞をもらったんだから、遊んでちゃダメだよ。 これから何度も広島(や長崎?)に来て、どんどんやっていかないと。沢山の被爆者に会わないと。 協力するからね。」 というようなことを仰っていたそうです(すみません、確実なソースがなく、テレビで仰っていたのを記憶だけで書いています。きっと明日の朝刊にちゃんとしたお話が載ると思います)。 

坪井さんと森さんがオバマさんと話した後、嬉しそうに談笑されている姿にも、ぐっと来ました。 皆さんどんなに苦労されてきたか、それがオバマさんによって救われ、益々前進されていく力をもらったようにお見受けしました。 そしてそれは、ほかの多くの被爆者の方々や日本国民にとっても、同じです。 

さて、テレビにかじりついていた私の元にも、アメリカの知人から数日前、手紙が来ました。 
父が亡くなる前日に、まさか父が次の日亡くなるなんて思わずに、時間をかけて書いたクリスマスカードを送った女性です。 高齢で、前年のカードが震えた字でしたので心配でしたが、元気そうにひ孫さんらと楽しげに映った写真を送ってこられました。添えられている字も、またしっかりしていたので、安心しました。

何が嬉しいって、元気なのを知ったのも嬉しかったですが、父の亡くなる前日に父の病室へ行かずに書いたカードに、返事がきたのが嬉しかったです。あの1日は無駄ではなかったんだ、と。 へんな論理ですが。

相変わらず父を亡くしてうなだれている私は、ウメと散歩している時でも、青空を見上げては父に呼びかける、家では父の写真に何度も話しかけている、そんな日を送っています。 皆さんも、親を亡くした時は、きっと同じように感じられたのでしょうね・・・。 時が経って寂しさが少しでも癒えるまで、仕方ないですね。

今日は、高次脳機能障害とは関係のない、犬猫の話題です。

今日のお昼12時前頃、朝ご飯のおかずの残りで、お茶漬けを一口食べた時、近所の友達から電話が入りました。 彼女は、ワッチが幼稚園の時からのママ友であり、犬友でもあります。
高次脳機能障害のことは、わかってくれているのかいないのか、よくわかりませんが、まあ何となくわかってくれている、でもほとんど心配してくれていない、という程度です。 ・・・いいんです。 コウジさんはコウジさんの障害を知ってくれている近所では、さりげなく、温かく、見守られて過ごせているということです。

それはともかく、彼女からの 「迷い犬がいるの!」 という切羽詰った電話で、質素なお昼ご飯は即中断、慌てて家を飛び出しました。 ウメのリードを持って。 迷い犬を捕獲しなくてはいけないからです。

ところがすでに八百屋さんの前の電柱に紐で繋がれていたその犬の周りには、数名の女性がいました。 皆、犬を飼っている人たちで、「この犬はどこの犬だろう?」と心配しています。 
大体、迷い犬を捕獲し、飼い主を探そうとする人というのは、自分も犬を飼っている人が多い。 やはり、(自分の犬がこうして迷子になったとしたら・・・) という思いで、心配するのです。 

私は最近電柱に貼り紙してある、「この子を探して下さい!」という犬に似ていると思い、自転車を取りに一旦家に帰り、それに乗って貼り紙を見つけに行きました。 見つけるとすぐ、そこの連絡先に電話。 絶対その子に違いない、と思ったのですが、貼り紙の犬の鼻はピンクだそうで、今捕獲している犬の鼻は真っ黒。別の犬でした。
ピンクの鼻の飼い主を落胆させてしまいましたが、その犬も早く見つけてあげたい。どこにいるんだろう。どこかで暮らせていたら、まだいいけれど。マイクロチップは入っているそうですし。

迷い犬がおなかがすごくすいている様子だったので、また家に餌を取りに戻り、山ほど持ってきました。 ほかの女性たちが迷い犬を見てくれているうちに (私に電話くれた友達は、用事で帰ってしまいました)、ウメの散歩道に、同じような犬がいたような気がして、そこまでまた自転車を走らせました。 
そのお宅は生憎留守でしたが、近所のおばさんや、隣接する会社の社員に、捕獲している犬の写真を携帯で撮ったものを見せると、「ああ、ゆずちゃんに似ている。」とのこと。 「ゆずちゃんの家の人が戻って、ゆずちゃんがいない、と騒いでいたら私に連絡下さい、私が保護していますから!」、と私の住所と電話番号と名前を書いたメモを社員に渡し、大急ぎで犬のところへ戻りました。 ああ、忙しい。というか、息が切れてさすがに苦しくなってきました。

見ず知らずの女性達も、いまや迷い犬の飼い主を探す即席プロジェクトメンバー同士、息が合ってきました。
その犬が「ゆずちゃん」かもしれないけれど、家人が戻るまでは判断できないので、それまでの間、ほかの心当たりや保健所に連絡することにしたり、迷い犬の世話をしてくれることにし、私は申し訳ないけれど、まだ散歩していなかったウメの散歩に出ることにしました。なぜなら3時には、買い換えたクーラーの取り付け業者が来るので、その前に散歩を済ませないといけなかったからです。(年をとってきて、寝坊助のウメは、12時ころのそのそ起きてきたのです。)

ところがウメと散歩から戻ると、迷い犬はおろか、プロジェクトメンバーの女性達の姿もありません。 やや? どういうこと?
八百屋さんに尋ねますと、「ああ、飼い主が見つかったんだよ。」 とのこと。 ああ、そう、それは良かった。 けがもせず、大好きな家に戻れたんだ。 そう思うとほっとしましたが、私の連絡先を記したメモを渡した社員の方は、どうしよう。 でもまた自転車でそこへ行く気力もないし、時間もないので、もうそのままにしました。 
蒸し暑い日なので、汗びっしょりです。  息を整えてから、2時間前に食べだしたお茶漬けの続きを、また食べたのでした。もう、おいしくもなかったですけど、犬が無事に戻れた、ということで満足です。

そしてクーラーの付け替え。 これが3時間もかかりました。(室外電源を室内電源にする工事が、大変そうでした。) その間、ちょろちょろするウメやハルを、1つの部屋に閉じ込めたり、室内にリードで繋いだり。ワンワン騒ぐので、家の中をリードつけて散歩したり。 こうするのは、もしリードつけていないウメが、業者が頻繁に出入りする玄関から飛び出したら最後、今度はウメが迷い犬になるどころか、車にはねられ死んでしまうからです。
工事がようやく終わったのが、6時。 それからまたウメの散歩に出て、もうヘロヘロです。

こうして私の1日は、あっという間に終わってしまいました。 やたら疲れて、ウメも早寝してしまいましたし、私ももう寝ます。

講演翌日の一昨日は、ハルを動物病院に連れていっていました。 というのは、ハルやウメが居たところに、最近何か米粒のようなものが落ちているのに気付いたからです。 これはきっと、ウメが散歩で繁みに首を突っ込んだ時、植物の種がついてきたのかな、と思っていたのですが、新聞でたまたま、それは「瓜実条虫」のかけらだ、と読んでびっくり、気持ち悪くなって駆除に連れていったのでした。 猫につくようですが、ハルとウメはいつもべったりくっついていますので、ウメにも条虫が入ったかもしれないとのことで、ウメの薬ももらってきました。 薬をチーズに埋め込んで食べさせると、難なく食べてくれました。やれやれ。

今夜のNHKのクローズアップ現代は、ペットビジネスの闇という話だそうで、見なくては、と思っていました。
けれどオバマさんが来て、日米共同発表があるため、明日に延期になりました。 皆さん、明日見ましょう。犬猫はペットショップで買うのではなく、保護犬猫の里親になって下さい。私も昔は意識が低く、ペットショップに抵抗がなかったのですが、今は違います! ペットショップは生体を売るのではなく、餌や飼育道具を売るだけでいいです。

オバマさんは今夜8時前に日本に着いたばかりですが、今もう沖縄事件について質問を受け、答えていますね。

最後に、アニマルクラブ石巻さんで、平日2~3日、犬猫の世話をしてくれるボランテイアを急募しているそうです。もし石巻の近くにお住まいの方で、できそうな方は、是非アニマルクラブ石巻へご連絡下さい。お願いします。



一昨日の22日は、武蔵小金井で講演会でした。

実はここ1か月ほど、私はずっと緊張していました。

講演は3月10日の杉並講演 (医療者向け) 以来2か月ぶりですが、父が昨年末に急死してからまだ精神的に落ち込み中で一向に浮上してこない心を持て余しながら、一昨日を迎えてしまいました。 
(いつものように、話せるのだろうか・・・) と前日までなんとなく不安がありましたが、当日になると、そんな女々しいこと言っている場合ではなく、時間に遅れないようせっせと急ぐうちに、心も上向いてきました。 ヨカッタ!

ところで講演主催者の「高次脳機能障害者小金井友の会 いちごえ会」 の存在は、随分前から存じていたつもりでしたが、まだ創立4年なのだそうです (2012年7月創立)。 あちこちで代表の増村さんや会員の方とお会いしてきたような気がしますし、会報も沢山拝読してきましたが、それだけ精力的なご活動をされている会だ、ということですね。 スゴイ!

なんと言っても、顧問の上田敏先生のお元気なこと。 とても80歳を超えられているとは思えない若々しさで、質疑応答コーナーもどんどん進めていかれました (代表の増村さんも80歳代だと伺い、腰が抜けました。 多くの家族会の代表の方は、皆さん年齢を超越、共通して若々しく、バイタリティに溢れていらっしゃいますよ)。

「高次脳機能障害」の名付け親である、この高名な上田先生は、いちごえ会で年7回(実際はもっと多いそう)、家族相談に乗ってこられていらっしゃいます。 昨年11月に大井町で催された、「脳外傷友の会全国大会」では、上田先生のご講演を拝聴しましたが、そこで先生がいちごえ会で当事者とその家族の相談にきめ細かく乗られていることを知り、感激しておりました。 

いちごえ会は、上田先生のみならず、当事者(家族)ではない多くの支援者に恵まれているのにも驚かされました。 また、元気で明るい当事者の方々がいっぱいいらして、会場の用意や進行その他にてきぱき動かれていました。 なので、どなたが当事者で、どなたが当事者でないのか、さっぱりわからないくらいでした。

会場で何人かの当事者ご家族とお話でき、会のあとの夕食会でもまた別の当事者ご家族とお話でき、ああ、やっぱり講演会という機会はとても貴重な出会いの場です。

講演会には、小金井市長様も駆けつけて下さいました。 おそらく今は亡き弟様が、今思うと交通事故からの高次脳機能障害だったと思う、というお話には驚きました。ご身内に当事者がいらっしゃると、この障害へのご理解が深くなりますから(一般的に)、有難いご縁だと思いました。 『日々コウジ中』を役所内で回して読んで下さるそうですので、小金井市の当事者・家族は、心強いですね。ヨカッタヨカッタ!

ところで、講演会場の斜め前あたりに、講演会前日に起きた20歳の女性傷害事件の現場がありました。
テレビ局の関係者が大勢取材に集まっている前を通りながら、苦しくなりました。

被害に遭われた女性は20歳で、娘のワッチとほぼ同じ年(ワッチは19歳)。 沖縄で米軍基地の米国人に突然命を奪われた女性も、20歳。 理不尽な両事件に、同じ年の娘を持つ親として余計に、非常に憤りを覚えています。 己の完全に自己中心的な考えと行動によって、他人の、夢も希望もいっぱいの、まさにこれから花開く若い命を勝手に奪ったり、傷つけたり。 絶対許せません! 
今尚重体という、武蔵小金井で刺された女性は、なんとしても助かりますように!

最後に2つ、お知らせを。 JTBIA (日本脳外傷友の会) のめーるつうしんからの情報です。

NHKハートネットTVで、あさって5月26日(木) 夜8時~8時29分に、早川一光医師が出演されます
(再放送は、翌週の6月2日(木) 午後1時5分~1時34分)。

早川先生は、現在92歳。戦後、京都市西陣で住民立の堀川病院を作り、「在宅医療」という言葉も制度もなかった時期に、積極的に地域に出る活動を展開。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して医療を受けられる体制を整えました。「わらじ医者」の愛称で親しまれる老医師が、自ら患者になり、死を見つめた時、現在の医療や介護について何を感じ、何を伝えようとしているのでしょうか。 (番組HPより抜粋)

早川先生とは3年半前に、兵庫県宝塚市で NPO宝塚高次脳機能障害者「共生の会」 の設立記念講演が行われた時、高槻市のやまぐちクリニックの山口研一郎医師からご紹介を受け、お会いしたことがあります。 その時はとてもお元気でしたが、その後ガンになられたそうです。 どうされているか心配でしたが、番組でまだまだお元気な姿を是非拝見したいと思っています。 皆様もどうぞご覧下さい。

もう1つは、今週の朝日新聞朝刊の 「患者を生きる」 は、高次脳機能障害者のお話です。アメフトで障害を負われた方のようです。

今度の日曜日は、小金井市で講演会です。
講演を主催して下さる方に、いつもサイン入り拙著を持っていってプレゼントしているのですが(すでにお持ちの場合が多いですが)、手持ち分が品薄だったので、出版元(主婦の友社さん)に注文しました。

いつもはすぐ送られてくるのですが、なんと今、在庫切れだというお返事がありました。
そういえば、今月初に、知人が「アマゾンで注文しようと思ったら在庫切れでした。 でも、楽天ブックスで入手できました。」というメールを送ってこられたので、びっくりしました。
私は深く考えず、(たまたまかな。)と思い、また、今まで楽天ブックスというものを知らなかったので、その時初めて検索してみたりしました。 楽天ブックスでも、送料無料なんですね。知りませんでした。

それはともかく、その楽天ブックスでも現在品切れとなっているので、『日々コウジ中』と『続・日々コウジ中』は、注文できない状態のようです。

今後増刷になれば、またアマゾンや楽天ブックスでも入手できますが、それまでは入手できず、ご不便おかけします。申し訳ありません。
発売からもうすぐ6年になりますが、高次脳機能障害を取り巻く、周りの社会の状況はそんなに変わったともいえず、つまり本の中身はいつまでたっても古くならないので、ロングセラーになっています。それはあまり嬉しいことではないのですが。

「へえ、10年前はこんなに大変だったのね。今は違うわね。この本は古いわね。」「この時の問題は、今は解決しているわね。」と言われる日が来てくれる方が、そりゃ嬉しいです。

講演ももう70回以上になりますが、そろそろ53歳の私が話すより、30代、40代の当事者の妻が今後話される方がいいんじゃないのかな? と思うこともしばしばです。 もちろん、親や兄弟姉妹、子供、そして当事者ご本人が話されるのはいいと思います。立場によって、抱える問題は当然異なりますから。 けれど私が妻の立場として話すのは、せいぜい50歳代までかな、と思っています。 30代、40代の当事者の奥様方、どうかどんどん出てきて話して下さいね!

今日、久しぶりに拙著を読んでみました。1年に1度、読むか読まないか、くらいなのですが、4か月ぶりの講演を前に、(どんなこと書いたっけ?)と読みたくなったのです。
うん、手前味噌ですが、やはり面白いですね。吹き出したり、泣き笑いしました。読み終わったあと、少しハッピーな気持ちになりました。 でも字数が多くて(それだけ書きたいことがあるので、仕方ないですが)、2冊読んだら疲れました。年かな。目も悪いですしね (余談ですが、今日、遠近両用メガネが、できました)。
これはお年の方が読むのは、少々つらいかも知れませんね。講演先でも、「もっと字を大きくしてくれ。読めんよ。」と頼まれたこともあります(笑)。

あと、読んでいて、(ああ、これは今も同じだ。)と思う箇所も沢山。 と同時に、(ああ、今だったらこういうことはしないかな?)と思う箇所も。 そのあとすぐに、(いや、やっぱりやるかも。)

特に気づくのは、コウジさんとワッチの関係の変化です。
ワッチが小学生だった頃は、対等な喧嘩相手のようでしたが、大学生となったワッチは、自分の世界、友達ができ、家より外に目が向いてきました。
中学高校と、規律が非常に厳しい女子高だったので、登下校中にコンビニすら寄れませんでしたし、子供だけで繁華街や海山など禁止されていたせいで、必然的に家の中にいることが多かったワッチ。コウジさんとぶつかることもしょっちゅうで、私はそれもストレスに感じていました。
が、今や表にいる時間が長く、コウジさんとの接点が減り、家の中が少し静かになり、やれやれという感じです。 

話は変わりますが、最近私は家の中の大掃除に明け暮れています。 父が亡くなり、自分もいつ死ぬかわからないと改めて気づいた時から、「立つ鳥あとを濁さず」のように、身辺整理をしているのです。でも、ため込んだ物があまりにも多すぎて、納得できるほどきれいになるには、あと数年かかるかも(笑)!

2011年3月11日の東日本大震災発生日から1か月以上の、朝日新聞と東京新聞が、新聞袋3つに入っていますが、これをいつまでも取っておくものか、捨てていいものか悩んでいます。今はパソコンで調べようと思えば、すぐ調べられる新聞記事ですから、捨てていいかな、と。 ・・・ でも一応まだとっておこうかな。つらいけれど、重大なできごとですから。

コウジさんとつきあい始めた頃の、交換日記も出てきました。 これもどうしようか。捨ててしまえばそれまでだけど、捨てたらおしまいだし。でも、誰かに読まれるのも恥ずかしいし。 ということで、ビニル袋に入れ、そこに「私が死んだら読まずに捨てること」というメモをつけました。誰がこのメモを読むのか知りませんが。

それで、その日記に書かれている自分の幼稚極まる文章に赤面、いやになってしまいました。この当時はいっぱしのことを書いているつもりでいたのですが、30年後読むと、読むに堪えない。
同様に、私は高校生の時、学内の同人誌のサークルにも入っていましたが、そこに書いたことを今でも覚えていますが、やっぱり青臭くて恥ずかしい。

という流れで考えますと、今書いているこのブログも、もしかしたらとてつもなく恥ずかしい文章なのだろうという気になってきました。 特に、好きな中野孝次さんの本をちょっと読んだあと、自分のブログ文章を読むと、(なんじゃこりゃ?)と慌ててしまいます。 書けば書くほど、自分の恥を広めるだけの気がして、もうブログを止めようか、と思うことも、実はしょっちゅうなのです。

けれど、高次脳機能障害になられた人が、もしかしたらここに辿りついて、もしかしたら何かお役に立てるかもしれない・・・ その思いがある限り、やはりまだ止められないでしょうね。

また、自分が恥ずかしくならないためには、事務的なことだけを書けばいいのでしょうが、つい、日々思うこと、遭遇した出来事を書いております。

そうしたジレンマの中に、実はいつもいるのであります。 
おやすみなさい。

多摩川



今日は神田で、「高次脳機能障害者と家族の会」の総会と、コウジさんの主治医の玉川病院和田先生のご講演があったので、行ってきました。 
昨年、一昨年と、亡き父に関する用事が諸々あり総会・講演会へ行けていなかったので、久しぶりに代表や会員の方がた、コウジ村の方々とお会いしました。皆さんお元気そうで、なによりです。

相変わらずのコウジさんは、今日は病院へ行くのだと思っていたり、講演だよ、と教えても、和田先生のお名前を忘れて(もう10年以上お世話になっているのに)、「佐藤さん。いや、斉藤さんだったな?」と言ったり。 
一度インプットできた、と思ってもその5分後にはまた、病院へ行くものと思って、「予約してあるんだっけ?」。 慣れたとはいえ、家を出るまでに、私は何度もカリカリ苛立ったり、がっかりしました。ホント、コウジさんの記憶障害ってあんまり良くならないな~。 今日のお話でも、くも膜下出血は重い記憶が残りやすいとのことでしたし。 

電車に乗っていても、教えてあるのにどこで降りるのかわからなくなり、何度も不安そうに私に確認するコウジさん。 品川、田町、浜松町、東京、それぞれの駅で、「着いたか!」と降りようとする。 下車駅の「神田」や「和田先生のお名前」をう~んう~ん隣で唸って思い出そうとしている彼を見て、(そうだ、先に釘を刺しておかなくちゃ。)と思いついた私はエライ!

つまり、「思い出したときに、大声で叫ばないでね。電車の中だから。」と言っておいたのです。家ではしょっちゅう、「ああ~!!」と何かを思い出しては絶叫し、膝を叩いて喜ぶ彼ですが、それを電車の中でやられると、こちらも少々バツが悪いので・・・

案の定、「あ、思い出したら絶対叫ぶと思う。」と言うので、「じゃあ、もう思い出さないでいいからね。」とその話はやめました。ふう。 

もし彼が1人で総会へ行くとしたら、私が詳細なメモを書いて渡し、携帯で確認しながら、どうにか行けるかもしれませんけど、メモを見るのを忘れると、アウトですな。 また、彼のことだから途中で面倒臭くなって帰ってきてしまうかもしれません。

今日の和田先生のお話でも、(ああ、コウジさんはこれに当てはまる!)という箇所がいくつもありました。例えば注意障害で「脱抑制的で勝手な思考」とか、記憶障害での「固執」とか。 間違えてインプットされたこと(それも自分の勝手な思い込み)が、一向に治らないのも困っています。 注意するとすぐ切れるし。(またすぐ直るけど)。

具体的な例で言えば、私はお酒を飲まないのですが、「飲める」と思い込み、それが脚色されて「酒豪」となり、他人に私はお酒にすごく強い、と言い回るのです。 別に実害はないけれど、なんでそう思い込むのか、さっぱりわかりません。 亡父がお酒に強く、会社内に地酒会を作ったほどでしたから、その印象が強いのかな。あるいは単に、私が酒豪だと嬉しいのかな、と思うことにしていますが、なんでそれが嬉しいのか。 私はお酒よりお茶、サイダーが好きです。

また、近所のパン屋さんのパンは大体好きですが、1つそう好きでないものがあり、コウジさんはなぜかそればっかり買ってくるのにも閉口しています。私が「これは好きではないよ。」と言った回数はもう数えきれないほど。なのに、またさっき買ってきてしまいました!(嘆息) 

・・・ 随分卑近なエピソードばかりですみませんけど、こういうことに私はイライラします。そして、一向に治りません。 もう、どうにかして~。 今日のお話では、そういう場合はやはり「しつこく教える」しかないようですが。 同じことを教えるのも、ストレスであります。

とは言っても、優しいコウジさんなので、まあいいや、となるのですが。
実際今日久しぶりに2人で外出して、楽しかったです。ただ電車に乗って、講演会へ行っただけで、どこで食事もしないですぐ帰ってきましたが。 犬のウメの散歩が気になり。

講演会は専門用語も沢山出てきて、難しめでしたが、こんなに色々なことをご存知な先生が、コウジさんの主治医で良かった、と改めて思いました。ラッキーです。 それに、質問も沢山出て、時間の関係で4名の方だけでしたが、1人1人の質問に懇切丁寧に答えられていて、コウジさんも「優しい先生だなあ!」と感激していました。 質問されたのは、まだ交通事故や脳卒中などの発症からそんなに経っていない方たちが多く、話を伺っていても大変そうでした。 けれどこういう場で繋がりができると、情報や支援が得られ、とてもいいことです。

私も今度の日曜日が小金井市で講演ですので、そろそろ心を準備し、頭も整理しないと。あとは話し方ですね。ゆっくり話すようにします。

昨日の土曜日は、買った自転車を引き取りに下丸子まで行き、天気もいいのでゆっくり乗って帰ってきました。
多摩川沿いは写真のようにサイクリングロードがあって、自転車やジョギング、散歩の人でいっぱい。
初めて走りましたが、多摩川河川敷も野球やゴルフなど、スポーツをする人たちでいっぱい。 健康というのは有難く(この場合、「有ることが難い」、つまり当たり前ではない、恵まれた状態、という意味で使っています。)、楽しく、幸せなことだな、としみじみ思いました。

『多摩川猫物語』(小西修著 角川書店)に出てくるような猫たちや、もしかしたら小西さんがいないかと探しましたが、猫もそれらしき方も見当たらず(当然ですね。広すぎますから)、もしホームレスの方がいたら、猫餌をお分けしようかと思って、自転車籠に猫餌を沢山積んでいたのですが、そういう方もいず、帰ってきて、それはハルの保存食になりました。 (地震が起きた時用に、犬猫の餌と水も1週間分は備蓄しておかないと。)

多摩川の猫たちが不憫だからといって、餌やりなど勝手な真似をしてはいけないと思うのですが、自転車で行ける距離だということを改めて確認し(自宅と多摩川間を自転車で乗ったのは、初めてです)、何か私もできないか、考えてしまいます。

さて、また1週間が始まります。 誰にとりましても、いい1週間になりますように。

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