日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2016年06月

国会前2016.6.19


今日は那覇市で抗議集会が開かれ、女性殺害を受けて海兵隊の撤退を決議したり、普天間基地の県内移転によらない閉鎖と返還、日米地位協定の抜本的改定などを要求しました。6万5千人もの人が集まったそうです。

そして東京の国会議事堂前でも、「怒りと悲しみの沖縄県民大会に呼応する『命と平和のための6・19大行動』」が沖縄と同じ午後2時からスタートしました。

国会議事堂前までは私の家からそう時間かからず30~40分ほどで行けるので、1時頃家を出て参加してきました(コウジさんは留守番です。昨日午前は家のそばの病院へ血圧と痛風の薬をもらいに行ったり、午後は映画に行ったりで疲れてしまい、今日の午前のコーラスも休んで寝ていました。やはり障害を負ってから、疲れやすいのは変わりません。)

今日の総がかり行動は、33都道府県、40か所以上で一斉に行われたそうです。
沖縄でも東京でも、自民党公明党議員は出てきませでしたが、東京では民進党、共産党、社民党の議員が発言しましたよ。
まず、民進党の初鹿明博参議院議員は、「日米地位協定改正を求めよう」「安倍首相は憲法改正より前に、沖縄に海兵隊は要らない、とはっきりアメリカに突きつけよう」、田村智子共産党副委員長・参議院議員は、「沖縄女性の事件に抗議する」「この20年間、日米政府は何をしていたのか?私たちも何をしていたのか?が問われている。」、吉田忠智社民党党首・参議院議員は、「海兵隊の撤去」「地位協定の抜本的改定」「辺野古新基地阻止」「米軍基地の縮小・撤去」「戦争反対」などを求めました。 野党4党は結束して、憲法改正反対し、戦うと。

国会議事堂前には私を含め1万人の人が集まったそうで、あまりの混雑に身動きできず、私は仕方なくメインステージ(台はありませんが)の裏の、柵を越えた公園のようなところで聞いていました。そこは吹き抜けていく風が涼しく、クチナシの花の芳香も漂っていて少し快適ながら、木々と人でステージの様子は全く見えず、1時間半立ちっぱなしだったので、ちょっと疲れました。アリが体を登ってきて、後ろにいた女性が背中のアリを優しく払ってくれました。ああいう所にいると、集まった人たちは皆仲間、同志のような気がします。

沖縄と音声が繋がり、翁長知事の、私たち国会前の人々へ向けた生の声も聞こえましたし、駆けつけられた落合恵子さんの熱のこもったスピーチも聞こえましたが、とにかく話される方たちの姿がまるで見えないので、聞こえてくる諸々の言葉を、ノートにメモすることに集中しました。

翁長知事は、殺害された20歳の女性を悼み、詫び、怒っていました。けれど、「少しずつだが、前へ進んでいる。」という言葉も。 落合さんは、沖縄が今までどんな事件・被害に見舞われてきたかを総括され、「20歳の女性がその瞬間、どんな屈辱の中にいたか、想像しましょう、考えましょう。」「女性差別のあるところには、男性差別もある。私たち全員が差別されている。」「どうして安倍首相は、オバマ大統領と翁長知事の対談に時間を割かなかったのか」「7月10日(参議院選挙投票日)に、答えを出しましょう」などと言われました。そして沖縄の人の言葉として、「それぞれ生きているところで、答えを出して下さい。沖縄に押し付けている議員を、落選させて下さい。」を紹介されました。

いつものように、菱山南帆子さんがリードするシュプレヒコールが、全国の集会に集まった人たちの気持ちをまとめているでしょう。それは・・・

「辺野古新基地建設反対」「戦争法案今すぐ廃止」「戦争できる法律いらない」「憲法改悪絶対反対」「参議院選挙は野党の勝利」「安倍内閣ただちに退陣」「女性の殺害を許さないぞ」「沖縄の女性の人権をふみじにるな」「地位協定を抜本改定」「沖縄差別を許さないぞ」「女性の殺害徹底糾弾」「女性の殺害絶対許すな」「命を返せ 命は宝」「命を守れ ぬちどぅう宝(沖縄語で、命こそ宝)」「ちゅら海守れ」・・・など。

そのほか、沖縄県から来られた方々、日弁連の弁護士、日本体育大学の教授など、沢山の方が話されていました。
無数の警官がバリケードやポールで集まった人々を規制していますが、こんな規制しなくても、集会に集まる人はおしなべて紳士・淑女的で節度と品位ある行動をとっていますから、本当の話、警官はいなくてもいいと思うんですよね。交通整理に使う税金が無駄な気がします。でも結構色々な人たちから、国会議事堂前への行き方や、帰りの最寄駅への道を尋ねられている警官を多く見ましたので、役に立っているようでもありました。

さあ、7月10日の参議院選挙は、沖縄の未来、この国の将来がかかっている大事な選挙です。投票しない人は無責任であるどころか、与党に投票するのと同じです。勿論、そのつもりなら構いませんが、とにかく自分の考えをはっきり意思表示することが、国民の義務であります。絶対棄権されませんように。

亡くなられた20歳の女性に対して、全員で1分間の黙とうをしました。歩いている人も立ち止まり、目をつむりました。私は30秒は目をつむって女性を悼み、30秒は目を開いて目の前の国会議事堂を見つめながら、「安倍さん、この国の首相なら、なんとかしてよ!」と心の中で言いました。

20歳の女性は、私の1人娘のワッチとほぼ同じ年(今年12月でワッチも20歳)ですから余計、元アメリカ兵に腸が煮えくり返る思いです。無念の死を遂げた彼女のためにも、今まで犠牲になった多くの沖縄の人たちのためにも、これからの沖縄の人たちのためにも、いえ、私たち日本人全員のためにも、絶対沖縄から米軍基地をなくさなくてはならない、そう思っています。

最後に、今日は父の日で、なんとワッチからコウジさんへ日本酒のプレゼントがありました。

それも、ワッチが先日初めてアルバイト(模試の監督)をして稼いだお金の、ほぼ全部を使った、「久保田 萬寿」といういいお酒でした。

暑がりの私が100円ショップで何本も扇子を買うのを、「また無駄遣いしている!」といつも怒る倹約家のワッチが、なんで父親のコウジさんに、こんな出費を? せっかく自分で稼いだお金なんだから、服でも買えばいいのに。

驚く私に、「バイトでもらった茶封筒を、いつもかばんに大事に入れて持っていたんだ。」「父の日にこれで何か買ってあげよう、日本酒が好きだから日本酒がいいな、と思っていて、入った店で1番高いお酒を買ったんだ。」「自分が稼いだお金だから、ここぞという時に使うのは、いいんだ。」 と、泣けること言うじゃありませんか。
ええ、コウジさんは喜んで泣いていました。
なんだかんだ言っても、いい子に育ったなあ、とコウジさんと感激しています。

・・・でも、記憶障害が激しいコウジさんは、何かをもらった気はするけれど、それが何かをすぐ忘れ、時折部屋の中をきょろきょろしながら歩きまわり、「久保田」を見つけては、「ああ、これだ!」と喜んでいます。
何度も忘れて大変そうな、けれど何度も喜べて羨ましいような・・・。

明日(あさってかも)は、『犬と猫と人間と 2』の宍戸大裕監督の新作、『風は生きよという』のお知らせをしようと思います。呼吸器を使って生活されている方を追った、ドキュメンタリー映画です。
いよいよ7月9日から、渋谷アップリンクで上映開始です!


・・・ と、カタカナばかりのタイトルになりました。
今日は猛暑の中、久しぶりにコウジさんと映画を見に行ってきたんです。映画館へ行くのは、渋谷アップリンクで、宍戸大裕監督の『犬と猫と人間と 2』を一緒に見てから3年ぶり (私1人では、同監督の『風はいきよという』を昨年見ましたが)。

なぜ急に映画へ行こうと思ったかといいますと、私がコウジさんの主治医に「夫はテレビを見て口汚く怒鳴ってばかり。」と愚痴ったことに対し、「テレビを見るより、何か趣味はないですか?大学時代ゴルフ同好会だったならゴルフ練習に行くとか?」と言われたことが発端です。「ゴルフ練習場も近くにないですし・・・ コーラスなら隔週で行ってますけど」、もっと何か刺激になるものはないか、と考えました。そして、「5週間後の次回診察までに、少なくとも5回、イベントを考えて行ってきます。そして何か変化が出てきたかご報告します。」と約束したのでした。

さて、どこかに彼を連れて行こうと考えた私は、テレビでジョデイ・フォスターが監督を務めた映画についてインタビューを受けているのを見ました。私は海外の女優では、彼女が一番好きです。同い年だし、13歳くらいからずっと注目してきたファンです。「マネーモンスター」という、その映画の内容自体にはあまり興味ありませんでしたが、彼女が作った映画、ということに関心があり、コウジさんと行くことにしたのです。コウジさんは何の映画でもいいみたいですが、彼もジョデイ・フォスターが好きですよ。きれいで、知的で、かっこよくて、ほれぼれします。『羊たちの沈黙』のFBI捜査官クラリス役は、最高でしたね。

見る映画は決まったので、次は映画館選びです。いつもでしたら混雑する渋谷へ行くんですが、1年前に二子玉川に映画館ができたのを知っていましたので、近いからそこにしよう、とパソコンで調べました。すると今は便利ですね、ネットから席も予約できれば支払もできるんです。私は今日の午後2時半くらいからの上映回を選び、シートはコウジさんを障害者料金千円、私は一般料金1800円だと思って、計2800円を先払いました。こういう時くらい、障害者手帳を使わないとね。会社に年1回提示する以外、引出の中で眠っていて勿体ない。

けれど、(得した得した)、と喜びながら改めて映画館のHPを読みますと、障害者の付き添い2名までは、障害者料金でいいんですって。 あれ、そうだっけ?ずっと前にコウジさんと美術館に行った時、私ももしかしたら障害者料金だったかもしれませんが、もうすっかり忘れていました。
しかも!障害者料金でなくても、どちらか1人が50歳を超えた夫婦は、2人とも1100円でいい、という記載も見つけました。ガ~ン!そうしたら2人で2000円か2200円だったのですね。 (なんだあ~、損した~。)、と行く前にがっかり。

私はこういう「うっかり損」をすることが多く、例えば有料駐輪場に自転車を止め、清算する時に私と同じ自転車が止まっているのを見て、すっかり自分のだと勘違いしたことがあります。その番号を精算機に入力してお金を払ったものの、私の鍵が自転車に入りません。何度挑戦しても動かない鍵に(不思議だな。)、と困惑、やがて(もしかしたら・・・)と気づいたのです。ハイ、私の自転車は別のところに止めてありました。珍しいモスグリーン色の自転車だったので、てっきり自分のだと思ったのですが、同じ近所の自転車屋さんで買ったのかな、その人は。

また、自分の自転車の「12番」を入力したのに、今度は自転車が出せないこともありました。(なんでだろう?)、と悩んで、ようやくわかりました。よく見ると、私が止めたのは、「112番」だったのです。自転車がぎゅうぎゅうに並んでいるため、「112」の1番最初の「1」を見落としたのでした。 

自転車を止める時も、大体止めづらい上段があいていて、止めやすい地面と同じ高さの番号のところはあいていません。だからいつも出し入れに苦労し、足をぶつけたり服を汚したり、損することの多い駐輪場は、苦手です。

それはともかく、映画館までの行き方を今日覚えたら、コウジさんは今後1人で映画を見に行けるかもしれません(今聞いたら、「行けないよ!どこへ行ったか覚えてないよ!」と言ってます。)。家でテレビに怒鳴っているより、よっぽどいいですね。遊びにも行かず、飲みにも行かないので(行っても月1回くらい)、どこかで発散した方がいいでしょう。1回千円かかるけれど、脳機能が少しでも回復するなら、安いものです。

映画は、面白かったですよ。出てくる女性が皆強く、(これをジョデイフォスターさんが作ったんだ。)、と思うだけで嬉しかったけれど、結構ハラハラし、ハンカチを噛んだりしました。ラストは「え~、そんなあ。」と思いましたが(まだご覧になっていない方のために、申しませんが)、さぞかしいい刺激になっただろうと思い、コウジさんに感想を聞きました。すると、「・・・う~ん・・・まあまあ!」。 

テンションがあまり高くないので不思議に思ってなおも聞きますと、「実は途中で、何の話かわからなくなっちゃった。最後の方で、ああ、この人の話か、と思い出した。」とのことです。そんな複雑じゃなかったと思うのですが・・・。
けれど時間の経過とともに、「面白かった!やっぱり映画ってスゴイよな。」「また来週ほかの映画を見に行こう!」とテンションが上がってきたので、ああ、連れて行って良かった、と思っていたら・・・
今(夜11時)、内容をすっかり忘れています。それどころか、「黒人対白人の話だっけ?」「家族愛?」「何の話だっけ?覚えていない。」とまで言い出すので、仕方なくストーリーを全部話して復習したところです。 パンフレットがあったら見ながら復習できましたが、売っていなかったので残念です。

今までほとんど映画館で見てきませんでしたが、近くにこんないい映画館ができたので、これから沢山見たいと思います。ついでに、できたら古い映画も上映してほしいな、と思いました。

映画館が3階にあり、1、2階は「蔦屋家電」というお店でした。やはりテレビでよく宣伝されていたので、家電と本屋とインテリア商品等がミックスされたおしゃれなお店だと知っていましたが、行ってみてびっくり。沢山の人(100人以上)が、スタバ(スターバックス)で買った飲み物を片手に、椅子やソファーに座って本を読んでいるんです。 絵本のコーナーでは小さな子どもまで、飲み物と絵本です。

(この人たちは、買った本を読んでいるのだろうか?)と不思議に思いながら歩いていると、「ブック アンド カフェ」の説明をしたボードに気づきました。なんでも、購入を検討している本を3冊まで、スタバの飲み物と一緒なら読めるんだそうです。

え~?もしコーヒーを本にこぼしたり、はねが飛んだらどうするの?その本をまた元の場所に戻して、それを違う人が買っていったら? また、小さな子が折り皺をつけた絵本も、誰かほかの人が買っていくの?買った本ならわかるけれど、買う前、って・・・

知りたいと我慢できない私は、思わずカウンターへ聞きに行きましたよ。「すみません、私今日初めてここに来たんですが、皆さん飲み物を飲みながら本を読んでいるんですが、あれは買われた本なのですか?」と聞く私に、女性店員さんは笑顔で、「こちらはブックアンドカフェといいまして・・・」と説明を始めました。 やはりボードに書いてある通り、3冊までカウンターに断ることなく、飲み物と一緒に読めるんだそうです。

「もしコーヒーをこぼしたり、汚したらどうするんですか?」と聞きますと、「ああ・・・」と苦笑いしながら、「そうした場合はカウンターにお持ち頂くと思いますが、今までそういうトラブルは一度もありません。」と答えました。
「皆さん、お行儀がいいんですね。」とびっくりしますと、「そうですね、皆さん丁寧に読まれますね。」とのこと。

びっくりびっくり。絶対、中には汚して、黙って返していく人もいたり、コウジさんなど、「持って帰る人もいるんじゃないか?」と疑っていました。そうでなくても、読むだけ読んで買わないで帰る人も多いでしょうし、色々な人が読んだ中古のような本を、新品として買う気にはならないのは、私だけでしょうか? 
う~ん・・・私はここでは買わないし、飲み物と一緒に読まないだろうなあ(本に対して失礼な気が)。 やっぱり本を買うなら、新品を送料無料ですぐ送ってくれるアマゾンさんかなあ、中古と割り切る時は、ブックオフかな、と思ったできごとでした。

帰宅してまた調べますと、どうもこのブック アンド カフェ では、書店の蔦屋は損しない仕組みのようです。売れ残った本は、委託販売制度により、出版社に戻せるそうですし、スタバの売り上げはそのまま蔦屋の売り上げになるようです。飲み物はすごく売れていましたから(蔦屋家電の中、スタバ商品を持ち歩く人でいっぱい。なに、この光景は・・・歩き回る小さな子の飲み物が、そばの商品を汚しそうでハラハラしました。)、蔦屋は儲かるようです。蔦屋以外にも、このブック アンド カフェ形態のお店は色々あり、もう数年前から登場しているようです。全然知らなかった私は、世間知らずでした。

でもそうすると、出版社に戻される本は、コーヒーのしみだらけだったり、折り皺だらけ、ヨレヨレになった本なのでは?それはもう売れないですよね。 出版社は困らないのでしょうか?

私の本『日々コウジ中』『続・日々コウジ中』が、どこの書店にもなく、アマゾンにもなくても、増刷になかなかできないのは、こういう委託制度も原因なのではないか、と割り切れない思いです。

そもそも、「日本脳損傷者ケアリング・コミュニテイ学会」とはなんでしょうか。
大会当日に配布されたパンフレットの冒頭で、大会会長の長谷川幹医師(三軒茶屋リハビリテーションクリニック)が次のように書かれています。

「本学会は、障害者、実務家、学者などが一体となって参画する、研究委員会、研修委員会、当事者社会参加推進委員会、スポーツ・文化委員会、広報委員会を通じて、学会の目的にある 「脳損傷(脳卒中、脳外傷など)の人々と周囲の人々が同じテーブルでさまざまな活動や体験について討議し、地域において主体的な暮らしを営むのか、どのように改善していくのか、等を研究すると同時に、実践していく運動体である。そして、かかわるすべての人々が双方向に学び合う関係になり、共に生きていく社会づくりの実現に寄与すること」を目指していきます。これらを実際に展開するにあたり、東京大会では障害の人々ができるだけ多く実行委員会(委員の約1/3)に参加し、市民、医療・保健・福祉職等とともに大会のプログラム、広報活動などを一緒に討議し、企画・運営をしてきました。」・・・

こうして2010年の島根大会から始まり、秋田、神奈川、福島、愛知、そして今回の東京が6回目になります。来年は北海道の帯広市だそうです。

私は、2013年の神奈川大会に初参加しましたので、その時のパンフレットを改めて今見直してみますと、登壇者にはその時から当事者の方が多かったですね。

この時登壇された石井雅史さんは、今年のリオデジャネイロ・パラリンピック日本代表で、自転車競技に出られます!皆で応援しましょう! 今回で3回連続の出場、おめでとうございます。
北京では金・銀・銅メダル、再び大けがを負われたあとのロンドンでは6位。石井さんは元々競輪選手でしたが、2001年のロードワーク中の交通事故で高次脳機能障害になりました。元気な奥様の智子さんと一緒に講演活動もされていて、主治医はあの橋本圭司先生です。

さて東京大会2日目の午前中は「プログラム5」として「スポーツ体験から学ぶ」だったようです。(プログラム4は、1日目夜の懇親会でしょうか。私は不参加でした。) コウジさんの様子を見てから(留守番を嫌がっていましたが、テレビを見ていて大丈夫そうだったので)出かけた私は、午後からの参加でした。司会は当事者の福田彰氏と、東京都障害者総合スポーツセンターの山川比登美さん。

事例1として登壇されたのが米澤博之さん(78歳)で、1988年に脳出血で左半身麻痺と言語障害を負いましたが、言葉は仲間との交流を通して徐々に回復。89年に泉睦会に入会し、旅行やカラオケ、ボッチャをはじめとしたスポーツに取り組まれているとのこと(ボッチャとは、パラリンピックの公式種目になっている、ボール競技のことです)。

事例2は追久保亨さん(36歳)で、2007年に交通事故から右片麻痺、右同名半盲、高次脳機能障害、失語症の後遺症が残りました。13年から多摩障害者スポーツセンターで水泳と卓球を始め、15年から調布ドリームに通所。卓球・体操・音楽・パソコン・アート・料理・ゲームなどの自立訓練や生活訓練に積極的にチャレンジ中。

事例3は古賀信太朗さん(38歳)で、1997年に脳動静脈奇形破裂による脳出血で、右半身麻痺・失語症が残存。その後東海大学医学部に入学、現在は同大同学部専門診療学系リハビリテーション科学助教だそうです。2001年から水泳と障害者ダイビングの世界に入られています。

脳損傷の後遺症が残る方にスポーツを勧める人は非常に少ない現状ですが、機能回復、健康維持などの身体的リハビリ効果に加え、自信獲得、自己達成、グループの中で自分の役割を果たすなど社会復帰、職場復帰に役立つ様々な考え方やスキルを得るためにスポーツはとても有効な手段なのだそうです。さまざまな人とのつながり、友達が増えるそうです(パンフレットから)。 

私が参加したのは、「シンポジウム6」(「プログラム6」の間違いでしょうか。)からで、テーマは「障害者差別解消法から学ぶ」でした。
司会は三嶋完治氏(一般社団法人輝水会常務理事)と、太田睦美氏(作業療法士・一般財団法人竹田健康財団介護福祉本部)のお2人でした。
登壇されたのは4人で、伊藤弘泰氏(特定非営利活動法人 日本アビリティーズ協会会長)、友井規幸氏(特定非営利活動法人 日本失語症協議会理事)、細田満和子氏(星槎大学副学長)、長谷川宏氏(哲学者。幹先生のお兄様)です。

今年4月に施行となった障害者差別解消法。これまで障害者は対策の実施の対象や保護の対象としてあったが、この法律により障害者が権利の主体、つまり主人公となりました(パンフより)。
 まず伊東市が法律成立の経緯と今後の課題を話され、「この法律は福祉法ではない、当然の権利です。」と力強く言われました。
 次に当事者友井氏が、試行錯誤しながら自分らしく生きるために必要と考えたもの、すなわち「出会い」と「きっかけ」について体験談を。復職されている友井さんは、埼玉県若い失語症者のつどいを仲間と立ち上げました。
 その次に東大で博士号を取得後、コロンビア大学とハーバード大学で医療社会学や公衆衛生学を研究してきた細田氏が、ご自身が実際に立ち会われたマサチューセッツ脳損傷協会(BIA-MA)による自立生活を求める集団訴訟の話や、裁判を起こされたキャサリン・ハッチンソン氏の話など、障害者たちが立ち上がって権利を勝ち取り、生活を楽しむ様子など、聞いていてワクワクしてくるお話をされました。
 最後に長谷川宏氏が2日間を総括しながら、まとめられました。「この学会は、障害者と支援者が対等に学べる良い学会」だとも。司会の三嶋氏も同様のことを言われました。

私が印象的だったのは伊東市の力説でした。「自分も友井さんも運(出会いときっかけの)が良くて救われた。けれどそのような合理的配慮は全ての場でされること、社会基準として拡大することが重要。」「五体満足の人向けにできている社会に愚痴っているだけではいけない。高齢でも住み続けられるように、勇気を出して一歩を踏み出そう!」「権利の主張し過ぎはダメ。日本的風土を活用し、相談しながら地域の支援協議会を作ろう。障害者運動に前向きな議員に投票しよう。自分が立候補してもいい。障害があっても政治の場面に出られる。」 聞いていて、(そうだそうだ)、という気になりました。

1日目の登壇者だった天畠さんも、あの素晴らしい「あかさたな話法」で発言されました。「障害者差別解消法を、将来的に差別解消法に変えたい。障害者だけでない、あらゆる社会的マイノリティの差別解消に拡大すべき。また、障害者が差別を受けていないかを社会がチェックすべき、そういう(見られる客体性)構造でないと、いつまでたっても障害者はお客様。差別解消法とすることで障害者も周囲をチェックする。そしてすべてに差別のない社会に!」

パキスタンから来たという車椅子に乗られた障害者の方も、流暢な日本語で、パキスタンでも同じようになるよう望みます、と発言されました。

司会の太田氏が、小さい頃からの教育は多方向から出会い、学び合うこと、体験の教育が大切。障害者差別解消法は制定されたが、どう利用するかが宿題。各自治体の条例でどう規定するか?これまでの法律はできるのを待つものだったが、これからは我々当事者が意見を言い、一緒に制度や条例を作っていく。障害があるなしに関係なく、共に住むコミュニティ作りのために、皆で考え取り組むべき。ケアコミ学会として意見をまとめ、全国で意見交換する活動に繋げる・・・メモを見ながら書きましたが、大体そのような流れのシンポジウムでした。

また、2日目の午前中はポスター発表というものもあり、おなじみのTKK(東京高次脳機能障害協議会)や小金井友の会、江戸川区のはるえ野のほか、TOOL部会、旅部会、機能評価研究部会、(株)ワイズ脳梗塞リハセンター、東京都リハビリテーション病院、三池CO50年について、大久野病院、失語症会話パートナーの会『若竹の子』、小倉リハビリテーション病院、東大先端科学技術研究センター、長谷川幸子看護師、和田真一氏らの全15の演題の発表がありました。誌上発表として、若い失語症者のつどい(東京版)も。

私が帯広講演に行ったのは2014年の10月のことでしたが、その時家族会コロポックルの方たちと輪になってお茶会をしていた時、当事者家族ではない支援者(作業療法士)の菅谷千鶴さんも加わっていました。熱心に私たちと話し合う頼りになる彼女は、まるで当事者家族そのものでしたが、なんとその方が、次回の帯広大会の大会会長なんだそうです。びっくり、でもやっぱり! きっと次回大会も今回のように、大成功になることでしょう。

大会後、ロビーで私は「あかさたな」話法をされていた、天畠さんの介助者を探しました。天畠さんの凄さはもう言うまでもありませんが、介助されていた方にも非常に興味があったのです。でも見つけてドキドキしながら介助者の男性にご挨拶すると、すぐ天畠さんの名刺を下さいました。 ええ、天畠さんの名刺を頂けるなんて思っていなかったのですごく嬉しかったですし、天畠さんと面と向かってご挨拶できて舞い上がってしまいましたけれど、介助の彼のことも知りたかったな、と思いながら帰途につきました。そして帰宅すると、早速天畠さんのHPをじっくり読みました。 いやはや、やはりHPもすごい。しばらくはそこを読む毎日です。皆さんもどうぞ読まれて下さい。

長いブログ、お付き合い有難うございました。

また、昨日ジャイ子さんからコメントで質問ありました、『日々コウジ中』『続・日々コウジ中』の増刷の件ですが、主婦の友社に確認したところ、まだはっきり決まっていないそうです。たとえ『日々』の方が増刷になっても、『続・日々』の方は難しそう・・・(涙)。 まだまだ需要はあると思うのですけど、残念。もちろん、増刷になったらすぐここでお知らせします。それまでご不便おかけして、すみません。どうか読まれたい方たちのためにも、これからも増え続ける当事者・ご家族のためにも、増刷になりますように・・・

続きです。(昨夜からずっと書いていました。もう午前1時半なので、寝ます。)

プログラム1の「高次脳機能障害者について学ぶ~本人抜きに語らないで~」では、当事者の保手さん(司会者)と根本さんのほかに、5人の支援者が加わっていました。世田谷ボランティア協会の和田敏子さん(司会者)や、目黒家族会代表の濱出昌子さんや、台東区の作業療法士の紙田緑さん、大久野病院の作業療法士、工藤美和さん(工藤さんとは、あちこちでお会いしたりお世話になっています)、そして杉並区職員で作業療法士の佐藤ひとみさん。

保手さんは最初左目が動かなかったけれど、趣味のビリヤードをしている時や、朝の洗顔で鏡を見ている時に、「左目、動け、動け」と念じているうち、4年くらい経って動き出し、そのうち焦点も合うようになったそうです。すごい! 根本さんは、「家族以外の人と会うことが大切で、それが自分を成長させてきたので、これからも色々な人と関わっていきたい」、と仰られていました。さらに、「嫌なことは経験した方がいい。自分でどうしたらいいか、考える力がつく。」とも。なるほど、と感心しました。私もなるべく色々な人と関わり、嫌なことを経験したら喜ぼう、と学ばされました。  お2人ともとても能動的で大変な努力家です。そして明るい。よく笑われます。素敵なお2人でした。

プログラム2は、「知らなかったことから学ぶ~あなたは知っている?身近にこんなイイ支援があることを!~」でした。そこに登壇されたのが、コウジ村に最近入られた、ひょうさんと奥さん。ひょうさんは中国の方ですが(奥さんは日本人)、日本語もペラペラ(英語もかな?)、バリバリのビジネスマンで、海外出張を沢山されていた方でした。そのひょうさんが、2013年にアメリカ出張中に交通事故に遭いました。奥さんのこともわからず、自分は19歳(本当は30歳代です)だと思い込むほど重症でしたが、段々回復してくるとともに、将来復職できるのだろうか、という焦りを感じ始めたそうです。 奥さんは日本での病院退院後、リハビリ先を自力で探し、江戸川区の「はるえ野」に辿りつきました。 ひょうさんは東京障害者職業センターを経て、昨年10月に復職されたそうです(その後、現在は休職中とのこと)。

そこで「はるえ野」の紹介を、職員で作業療法士の保坂聡年さんがされました。保坂さんには、昨年の江戸川区講演以来、お世話になっています。(書き遅れましたが、プログラム2の司会は、同じ「はるえ野」職員で作業療法士の松本直之さんが、長谷川幸子看護師さんと一緒にされました。)
「はるえ野」は、介護保険も障害者手帳も不要で、誰でも利用できるそうです。HPをご覧下さい。(「はるえ野」は事業所で、運営法人は「NPO東京ソテリア」です。)

八王子市にある医療法人社団永生会の作業療法士の平野彩さんは、「はるえ野さんがそばにあれば、すぐ当事者をお繋ぎできるのに。」と羨ましそうでしたが、どこにも「はるえ野」さんのようなところがあると、いいですよね。

そしてプログラム3が、「暮らしから学ぶ」でしたが、話の内容がとても難しかった・・・。半分も理解できたかしら?、という感じです。(会のあと長谷川幹先生に、「まるで大学の講義を聞いているようでしたよ。」と申しますと、「うんうん、あ、でもここは大学だけどね(会場が東京医科歯科大学なので)。」と冗談ぽく笑われましたけど、冗談どころではない難しさだったのです。特に熊谷さんのお話が・・・。)

司会は作業療法士の田中節子さんと、立教大学名誉教授北山晴一先生。
登壇されたのは3人で、茉本(まりもと)亜沙子さんと、天畠(てんばた)大輔さんと、熊谷晋一郎さんでした。

茉本さんは中学1年生の時、交通事故により「発話困難な重度身体障がい者」になられ、現在世田谷で1人暮らしをされながら、社員として勤務。ご著書に『車椅子の視点ーヘッド・スティックで伝える私の言葉』、共著で『面白きこともなき世を面白く』があります。ヘッド・スティックという、頭に固定された道具を使って会話されました。

天畠さんは、「14歳の時に医療ミスにより、四肢麻痺・発話障がい・視覚障がいを負い、重度の障がい者となり車椅子生活を余儀なくされる。ルーテル学院大学を経て、現在、立命館大学大学院にて「障がい者とコミュニケーション」の研究を行っている。また、障がい児や障がい学生の支援組織(NPO)を立ち上げ、さまざまな支援活動を計画中。 東京都武蔵野市在住 1981年生まれ」(ご本人のHPより抜粋)の方です。
介助者がそばに付き添われ、「あかさたな話法」というもので会話されていました。ご著書には、『声に出せないあ・か・さ・た・な -世界にたった一つのコミュニケーション』 があり、『雨のち曇り、そして晴れ 障害を生きる13の物語』という本の中に、天畠さんの『「あ・か・さ・た・な」で大学へ行く』が収められています。

ヘッド・スティックも、「あかさたな話法」も初めて拝見したので、驚き、いたく感心しました。

熊谷晋一郎さんは、NHKにも出演され、著書も多い小児科医ですが、新生児仮死の後遺症で脳性麻痺、車いす生活となったそうです。(茉本さんも天畠さんも車いすです。)でも東京大学医学部を卒業され、病院勤務もされ、現在は東京大学先端科学技術研究センター准教授でいらっしゃいます。ご著書は2010年新潮ドキュメント賞を受賞した『リハビリの夜』のほか、共著で『発達障害当事者研究』、『つながりの作法 同じでもなく違うでもなく』があります。

熊谷さんは、「特定の人、物に依存するこわさ」に気づき、「自立とは依存先を増やすことである。1つへの依存を減らすことである。」と仰っていました。茉本さんも、「ヘルパーさんがいつ辞めてもいいように、複数に分散している。」と仰いました。
北山先生を含めた、熊谷さんらの討論、「依存とは何か」「自己決定とは何か」「自己決定に他者は介在しない。だが、他者は不可欠」「自己決定のライン引き」・・・など、聞きながらメモしていましたが、もう私には難解過ぎて、話がよくわからなくなってしまいました。 今後自分のメモを見ながら、どんな討論がなされたのか、じっくり考えてみたいと思いますが・・・

ということで、1日目はそこで終わりました。 私は2日連続で家を留守にすると、コウジさんが悲しがるので、2日目は行かないつもりでした。けれど2日目の午前家にいたら、コウジさんは平気そうでしたので、お昼からまた参加することにしました。

尚、会場では舞鶴や帯広での講演で知り合った家族会や支援者の方がた、コウジ村の仲間、主だった家族会の代表の方々にもお会いできました。また、私のブログを楽しみにして下さっている、という高崎のご夫婦ともお話ができ、「ブログを書こう!」という意欲を新たに頂きました。有難うございます。

2月に9歳になった途端、ウメの毛が白っぽくなり、ひげも全て白くなってしまいました。
急に老け込んだようで寂しく思っていたら、昨日は猫のハルと追いかけっこしたり、久しぶりにぬいぐるみをくわえて部屋中走り回ったり、若い時と同じように遊んでいたので、嬉しくなりいました。

でも、犬はこうしてすぐ年を取ってしまうのだなあ、とやはり悲しい。亡き猫おはぎちゃんは、20歳で亡くなるまであんまり年取ったという印象はなかったのだけど、若い頃の写真を比べてみたら、やはり最後の1年はおばあちゃんぽく、毛は艶がなくなりボサボサで痩せていました。 犬猫は人間より寿命が短いので見送るつらさを覚悟するのは仕方ないけれど、ウメやハルとの1日1日を大切に生きたいです。

そのウメと散歩していて、数日前道路にヒキガエルがいるのを見つけました。こんなところにいたら車に轢かれてしまうし、すでにおしりに血がついていました。自転車にでもぶつかったのかもしれません。
ウメのお散歩バックからビニル袋を取り出すと、それに手をつっこんでヒキガエルを掴み上げました。すると、ぺりぺりっと道路からはがれて、ヒキガエルのひんやりした感触と重みがビニル袋越しに感じられ、愛おしくなりました。(私は生き物は大体好きで、カエルも好きです。)

家の周りは住宅ばかりなのですが、ちょっと用水路みたいなところがあるので、そこは岸もあるし虫も来るだろうし、そこに落とすことにしました。ほかに水気のある、適当な場所が思いつかなかったのです。

私がカエルを持ってウメと歩いていると、学校帰りの小学生達が寄ってきて、「何々?カエル?」「見せて見せて!」と、すっかり私は人気者になってしまいました。 小学生たちに囲まれながら用水路にカエルをぽとんと落とすと、腹ばいのまま動きません。飽きっぽい小学生達は、「死んでるよ。」と言っていなくなりました。
しばらく見ていても動かないので、そのままウメと散歩を続け、また用水路のところに戻って来て上から覗き込むと、カエルはちょっと泳いで移動し、私を下から見上げていました(そう見えました)。
ああ、大丈夫かな、ここで暮らしてくれたらいいな、友達カエルも来るかもしれないし、とそこを後にしましたが、どうなったか今も気になっています。

今日は今日で、やはりウメの散歩中コンクリートの上を這っているミミズをよく見ました。昨日の雨で出てきていたのでしょうが、今日はいい天気。このままでは干上がってしまうので(よくミミズの干物?を見ますよね。)、きょろきょろ枝を探し、掬い上げて土のところに戻し、持ち歩いている水をかけて水分補給をしました。 
数分後またその場所に戻って確認すると、土にもぐるところのミミズを見て、(良かった~!)とほっとしました。
こうして4匹の大きなミミズを助けていたので、ウメの散歩に1時間以上かかってしまいました。

今日の都議会はテレビを見ていないのでよくわかりませんが、あまり動きはなかったのですね。
舛添さんは自民党の「不信任案が出る前に辞職を」、という説得に応じず、リオオリンピックが終わるまで待って欲しいと答えたとのこと。

う~ん・・・ まあ、辞職する約束ができたなら、それでもいい気もしないではありません。ここまでしがみついている舛添さん、どうしても何か成し遂げたいことが純粋にあるのかもしれません。
実は私は、「死んでも死にきれない」と言った舛添さんが気になってきていて、まさか死ぬことはないと思いますけど、死なれてしまったら、不正した税金の額も返却もうやむやになってしまいそう。 辞職も必要だけれど、諸々の不正の追及と返済も必要です。無報酬で9月まで働くというのなら、あと2か月ちょっとのことなので、どうでしょう、リオでは恥ずかしいけれど、最後の願いを受け入れてもいいのかな、という気も。 
8月の参議院選や、4年後の都知事選も、スムーズにいくのなら。まあ、私がここでぶつぶつつぶやいていても、状況は変わらないので、様子見守りですけど。
本当に舛添さんは、自分で払うべきものを自分で払っていたら、こんなことにならなかったのに。つまらないことで、つまづきましたよね。

遅くなりましたが、11日、12日の日本脳損傷ケアリングコミュニテイ学会の話を。
案内のチラシが来たのがいつだったか忘れましたが、そのチラシを見ても、実は私は詳細がよくわかりませんでした。例えばどなたが出て、どんな話をされるのか。 HPを拝見しても同じで、興味はあるけれど、なんだかよくわからないので、行かなくてもいいかな、なんて思っていました。

そこへ、昨年11月に講演をした江戸川区の地域活動支援センターはるえ野さんからメールで、コウジ村(私が主宰する家族会。ほとんど活動停滞中で申し訳ありません。)の会員の方が登壇される、というじゃありませんか。当事者からの話として、ご夫婦で登壇されるとのこと。それなら行かなくちゃ、となった次第です。
もちろん、そのご夫婦にメールで確認しましたら、用意に追われていたり緊張されていたり、私への気遣い(忙しいだろうとの)から、連絡しなかったとのこと。ドキドキされている様子だったので、「なんでも話して!」と励ましました。

私は自分が講演をするのも、せいぜいあと数年だと考えていて、「大黒柱の夫が倒れて、子供が小さくて、住宅ローンが沢山あって・・・」という切実な話をより熱っぽく話せるのは、30代、40代の方の方がふさわしいと思っています。(私はそろそろ裏方に回ろうと。)

また、今年5月の小金井市講演会で知り合った、「いちごえ会」の当事者会員も登壇されるというじゃありませんか。 益々行かなくちゃ。

それで行って初めて大会のプログラムを頂き、登壇される方、話される内容などがわかったのですが、これをもっと早くHPなどでお知らせしていたら、沢山の方が集まったのではないか、というくらい盛り沢山の内容でした。こんなに良い内容の大会だったのなら、宣伝が少々不足して、とても勿体なかったと思うのですが・・・。
ただ、宣伝をもっとしてしまうと、450人の会場定員を超えてしまったでしょうから、仕方なかったのでしょうか。

第1回から第5回の大会の各会長 (第1回島根大会は、高橋幸男氏 出雲エスポアールクリニック、第2回秋田大会 長田乾氏 秋田県立脳血管研究センター 現横浜総合病院臨床研究センター、第3回神奈川大会 石川敏一氏 NPO法人日本脳卒中者友の会、第4回福島大会 太田睦美氏 一般財団法人竹田健康財団、第5回愛知大会 森島勝美氏 福祉機器製作販売会社)が、それぞれの大会の簡単な報告をされたあと、長谷川幹大会会長の基調報告でした。

長谷川先生は、「支援者から伴走(歩)者へ。」と、障害者と、医療・福祉関係の人がともに学ぶ姿勢の必要を説かれ、医療・福祉関係者が従来の考え方を変えられるか?と今大会のテーマを提議されました。

次に長田乾医師の教育講演で、長田先生は、「たとえば往診があると、患者は病院へ行かなくなる。配達されると買い物に行かなくなる。つまり、便利さが日常生活を奪う。親切が運動機能と社会性を奪う。」として、「適度な距離が障害認識に必要だ。」と述べられました。(もっと沢山のことを話されましたが。このお話が面白かったです。)

休憩をはさんでいよいよプログラム1 「高次脳機能障害について学ぶ~本人抜きに語らないで~」として、当事者の方2人を真ん中にはさんで、当事者家族や支援者が座りました。

当事者の方のお1人は、いちごえ会の保手(ほて) 希一郎さんで司会もされました。保手さんは、平成9年に仕事中の落下事故により、脳外傷から高次脳機能障害を負われました。もう1人は根本佳奈さんという若い女性で(保手さんも若いです)、平成21年に低酸素脳症から高次脳機能障害者になりました。話され方も声も明るいご性格も、とてもチャーミングな方でした。

・・・ 大会の話は長いと読むのも大変なので、まとめますが、ここまでで既に長くなりましたので、明日に続きます。(カエルやミミズの話を書いたせいで長くなり、すみません。)

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