日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2016年10月

羽田河口から奥多摩まで流れる多摩川138キロの両岸で暮らしている猫たちに餌や治療を施したり、そんな猫たちの世話をされている心優しいホームレスさん達に物資を配られていたりするのは、小西修・美智子ご夫妻です。
それを雨の日も雪の日も台風の日も酷暑の夏も、1年365日、つまり毎日されているのです。 もうこれだけで、ちょっとやそっとの覚悟ではできないことだとお分かり頂けると思います。しかも、それを27年ですよ。

こういう方がこの日本にいらっしゃるなんて、皆さんご存知でしたか? 今年の4月27日の私のブログでもご紹介しましたが、私も小西ご夫妻の存在を知ってから、ご夫妻が作業の合間に書かれているブログを拝読しています。そこには、カメラマンである修さんが撮られた数々の猫たち(ホームレスさんたちも少し)が登場します。まだご存知ない皆さんも、是非ご覧下さいね。

私は小西ご夫妻と直接お会いしたことはありませんでしたが、先月20日から25日にかけて、世田谷の祖師ヶ谷大蔵のギャラリー「肉球画廊」さんで、修さんの写真展が開かれるという情報を、ブログで知りました。
これは行かなくちゃ、と思い、原稿書きや講演の終わった写真展最終日の25日に、行ってきました。

会場では来年のカレンダーである、『多摩猫2017オリジナルカレンダー』も販売されているそうなので、それも買わなくちゃ、と思っていました。売上は猫たちの救済基金になるそうです。今からでも購入できますので、興味のある方は、http://www.kabuto.tank.jp/cgi-bin/mart/mart.html をご覧下さい。 

ともかくその日その画廊で、初めて小西修さんとお会いすることができたのでした。
小西さんはギャラリーに来られる沢山の方々と、それぞれ話し込まれていましたが、初対面の私にも色々とお話して下さったので感激しました。やはり、猫やホームレスさんたちのお世話をされていらっしゃる方なので、お優しい。

会場には、多摩川河川敷で懸命に生きている猫たちの写真が沢山掲げられていましたが、小西さんの著書『多摩川猫物語』に収められているような、心無い人間による虐待を受けた傷だらけの猫たちの写真は、今回はありませんでした。小西さんは、そういう写真も今後また掲示する必要を感じている、とのことでした。

小西さんは、「これを見て。」と言って、モデルガン?(エアガン?)が何個か置かれているテーブルに私を導きました。モデルガン、と書きましたが、私はモデルガンとはどんなものなのか、どうやったら手に入るのか、何も知りません。ただ「モデルガン」という言葉は聞いたり読んだりするので、これらがモデルガンというものなのかな、と初めて見ました。手に取ってみると、割と重たく、見た感じはおもちゃのようですが、本物のピストルも見たり触ったりしたことがないので、違いはわかりません。 

とにかく、これらのモデルガン?は、河川敷で小西さんが持っていた人たちから取り上げ(取り上げるのも相当な危険を伴うそうです)、今回の展覧会で初めて現物を展示されたとのこと。そして小西さんのご自宅には、こういうモデルガン?がもっと沢山あるのだそう。 

一体、どういう人がこういうものを手に入れ、生きているものに狙いを定めて撃とうという気になるのでしょう。(今調べますと、モデルガンだったら、玉は出ないで火花と音だけのようですが、改造したエアガンで猫を射抜く人間もいるそうです。)ものすごく恐ろしいことですし、その気持ちが全く理解できません。(たとえ玉は出なくても)命あるものが痛がって苦しむのを見て楽しもう、というその心理が。そして、そういう人たちが私の家の近くの多摩川沿いにウロウロしている、ということを考えると、これはとても、とても怖いことです。決して、放っておいていい問題ではありません。

杉本彩さんが、「アニマルポリス」の必要性を3年以上も前から説かれていますが、たしかに必要だと思います。アニマルポリスとは、動物を虐待したり、きちんと飼育していない飼い主などを取り締まったり逮捕したり(逮捕権のある人が)するアメリカやイギリスにある職業で、難関を突破しないとなれないほどの人気なのだそう。日本にもアニマルポリスができて、いつも多摩川河川敷を監視、パトロールし、動物に危害を与えている人間を取り締まり、逮捕してほしい。できたら私もなりたいけれど、無力な猫を殺そうとする人はかなり危険な人なので、ちょっとやそっとの防備ではこちらが危ない。大人数でパトロール、中には屈強な男性(女性でも)がいた方がいいですね。

そして小西さんがご著書や会場で必ず口にされていることは、「こうやってホームレスさんに助けられ生き延びられる猫は、100匹のうち1匹くらいです。あとは捨てられたらそのまま、衰弱したり飢えたりで命を落とすのです。」「ホームレスさんに助けられた猫も、十分な食事がないため衰弱して病気になったり、虐待する人間たちによって殺されたりするのです。」(小西さんの言葉そのままではありません。私が勝手にまとめました。)
そうなんだ、多摩川に捨てられる猫たちは、ほとんど全部がすぐ死んでしまうし、運よくホームレスさんのところに行き着け生きられた猫も、危険と隣り合わせの生活で、短命に終わることも多いんだ・・・。捨てる人たちは、それがわかっているのでしょうか。捨てる=殺す とほぼ同じだということを。

ウメの散歩をしなくてはならないので、あまり長居できずに帰ってきましたが、また小西さんとゆっくりお話したいな、と思いました。(あるいは、小西さんがどなたかと話されているのを、聞いているだけでもいいです。当然ながら、この27年間感じてこられた沢山の思いや、沢山の考え、そして沢山の願いをお持ちなので。でも、小西さんが撮られる写真から、それらが伝わってきます。皆さんも機会がありましたら、小西さんの写真展やHPを是非覗いてみて下さい。)

実はこれまで、小西さんのブログにコメントしたり、メールを送ったり、なんやかやコンタクトしてきていた私は、拙著『日々コウジ中』『続・日々コウジ中』も送ってありました。 
すると小西さんは、その本をとても興味深く読んで下さっていて、猫のお世話から戻ったちょっとした時間にも、パラパラと開いて読んでくれているのだそうです。嬉しいなあ。 

猫世話と高次脳機能障害はあんまり関係ないけれど(根っこは同じだけれど)、宮崎の「いのちのはうす保護家」さんなど、ほかの犬猫保護活動をされている方たちにも、実は今まで配ってきました。この障害のことを少しでも知ってもらいたい、という気持ちと、私のことを知ってもらう自己紹介用として。

真夏の暑さや台風が、河川敷にいる猫たちにとって一番の脅威(もちろん、虐待する人間たちがその上をいく脅威ですが)だそうで、これからの季節はまだマシだとのこと。 でも寒い日、雨の日にも少しでも猫やホームレスさんたちが、温かく過ごせますように。1年通して、穏やかな日が1日でも多いことを祈ります。

宮崎で講演会があった日は、夜に主催者や家族会の方々との懇親会がありましたので、宿泊しました。翌日はフリーでしたが、留守番しているコウジさんや犬猫のことを考えると、「早く帰らなくては。」、という意識がいつもありますので、15時台の飛行機で帰ってきました。(大学生のワッチは、もう家にいないことが多いです。) 本当だったら、滅多に行けない遠方ですから、ゆっくり夜に帰りたいものですけれど、仕方ありません。

14時くらいまでの自由時間、宮崎市より内陸にある東諸県郡国富町にある、「いのちのはうす保護家」さんへ行ってきました。そこは数か月前にたまたまNHKを見ていた時に、「老犬ホスピス」というテーマで取り上げられた犬猫保護団体の拠点です。保健所で殺処分対象となった犬猫たちを、できるだけレスキューしてきて世話をしたり、譲渡先を見つけたり、ただ看取るだけだったり・・・ それでも保護するには当然ながら資金、人手、時間、体力が必要なため、全ての犬猫をレスキューするのは難しいのです。 といいますか、こういう団体、こういう方たちがいらっしゃることが素晴らしいことであり、ないところだらけの恥ずかしい日本です。人知れず1日400匹以上の犬猫が殺処分されている現状・・・ 我が家にいるウメやハルやチーと何ら変わらない愛すべき罪なき犬猫たちなのに、なぜ殺されなければならないのでしょうか。納得いきません。

「いのちのはうす保護家」へバスやタクシーを乗り継ぎ到着すると、連絡してあった代表の山下さんやスタッフの藤井さんが笑顔で出迎えてくれました。(ああ、本当にここへ来られたんだ!)、と感激した瞬間でした。

両足が不自由な犬のマール君がピョンピョンお尻で跳ねながら、私の元へ来て笑顔で見上げてくれました。そのほかにも、保護家さんのHPでいつも見ている犬猫が、あっちにもこっちにも。スタッフの方たちのいる部屋には、サークルの中でおむつをした白い犬ハク君が、最近保護してきたという子犬にじゃれつかれて横たわっていました。元気がなかったハクは、無邪気にまとわりつく子犬のおかげで、なんだか若返った気がするそうです。ああ、人間でもそういうことありますよね。

続きになっている部屋にもやはり、同じようにやせ細っておむつをした茶色の犬チャージ君がサークルの中で横たわっていました。こちらはあまり元気がないけれど、ハク同様、ふわふわのタオルケットの上で静かに過ごしていて、うちのウメもいつかはこうして寝たきりになるけれど、こんな感じで最後まで温かい愛情に包んであげよう、と思いました。このハクとチャージの世話で、山下さんらスタッフの方たち(スタッフといっても、わずか数名なんです。あとはボランテイアの方たちの協力でどうにか回っている状況です。けれどやはり、全然人手が足りないそう。私が近所に住んでいたなら、絶対スタッフになっているのですが。)は昼夜が逆転した生活、いつも睡眠不足のようです。私より8つも若いとはいえ、大変な労力です。

藤井さんは、保健所からレスキューしてきたばかりのまだ生後1か月にもなっていない子猫4匹に、かわるがわるミルクを注射器のようなもので与えているところでしたが、突然「子供が子猫を拾ってきたので、そちらで引き取ってもらえないだろうか?」という電話がかかってきました。藤井さんは、うちは引き取りはやっていないこと、うちも手一杯で余力がないのはそちらと同じなので、できたらそちらで飼われるか、里親を探すかだ、ということ、など、丁寧にこちらの事情を説明し、わかってもらっていました。こういう電話がかかってくるのは、日常茶飯事だそうで、そういうえばアニマルクラブ石巻の阿部さんも同じだったな、と思い出しました。名前を出して活動されている犬猫保護団体には、こうした電話が頻繁にかかってくるのです。それだけ、捨て犬捨て猫が多いという事実。なぜかというと、次々に犬猫を売るペットショップの存在、最後まで飼育しない無責任な人間の存在、この2つが原因なのです。

電話をくれた方はすでに犬猫を飼っていて、これ以上は無理と思って電話をかけてきたようですが、きっと愛情込めて犬猫を世話されている親の姿に良い教育をされた子供が、見て見ぬ振りができずに捨てられていた子猫を拾ってきたのでしょう。親にとっても苦しい場面ですが、どうか子供に、命を大切にする教育をこの先も続けられるよう、納得できる対応を取られますように、と祈ったできごとでした。
私が賛助会員になっている「動物環境・福祉協会Eva」の杉本彩さんも、子どもへの教育が大事だ、と訴えられていますが、同感です。この世に存在しているすべての貴重な命への尊敬と、それを守ることの大切さを、大人はしっかり子供にインプットすることです。そうして健全に育まれた愛情は、動物だけではなく、障害者や病人、貧しい人、恵まれない人へも向けられるものです。

ハクやチャージほど衰弱していない老犬たちは、広い「ホスピス部屋」(以前は猫部屋だったそうです。そこにいた猫たちは、保護家さんを応援する方たちからの温かい寄付で集まったお金で作られた部屋に移動しました。)で歩いたり寝たりしていました。庭にいつでも降りられるようになっていて、これは幸せだわ。

その庭は仕切られていて、仕切りの向こうには元気な犬たちが放されていました。皆、保健所から保護家さんがレスキューしてきた犬たちです。ちゃんと犬社会を作っているのですよ。
それがわかったのは、私が庭を見学して家の中に戻る時に、1匹の犬がついてきてしまったからです。

するとほかの犬たちはそのルールを破った犬(勝手に家へ入っては行けないルールがわかっているのです)にワンワン吠え続けて怒るのです。山下さんは、このままこの1匹の犬を庭に戻すと、怒った犬たちに噛みつかれるから、と藤井さんを呼んで藤井さんが犬たちを蹴散らしたところにその犬を連れて庭に出ました。そうしてそこに結構な時間いて、もう怒った犬たちが襲ってこないくらい気持ちが静まったのを見て、ルールを破った犬を自由に放しました。 するとその犬はしょげたように群れから離れたところにいって、しばらく静かにたたずんでいました。私が気づいたのは、庭にいるどの犬も、山下さんをリーダーを見るような目で見上げたり見つめたりしていたことです。すごいな、山下さんは、犬のボスなんですね。
ここで強調したいのは、保健所で「貰い手がないだろう」と判定落ちした犬たちが、「保護家」に来ればこうしてちゃんと人間の言うことに従い、群れの秩序も保とうとする賢さを持つ立派な犬たちだった、ということです。保健所という、恐怖と不安とストレスがいっぱいな特殊な環境では、その犬の持つ本来の性格がわからないと思います。死ななくても済むはずだった命は、きっと限りなく多い・・・。これからも。ほかでも。

「私は犬たちに軽く見られているから。」と笑われていた藤井さんは、そんな犬たちのうしろで、糞を拾って歩いていましたが、いえいえ、お2人とも保護家のまさしく家主だと思いました。藤井さんはそれまでのお仕事を辞められて、保護家に入られたそうですが、話がとても面白い方で、何度も吹き出しました。今でも色々な場面を思い出しては笑っています。

訪ねるまでは、死を目前とした犬猫たちを保護したあとも、瀕死の犬猫もいるわけで、死と向き合う日々を続けられている保護家さんには、厳しい空気、重苦しい空気が漂っているのかもしれない、と思っていなくもありませんでした。 が、どうしてどうして、そこは温かな笑い溢れる、明るく優しいまさに「我が家」なのでした。
そこにいる犬たちも猫たちも皆安心して(もう殺されなくて済むんだ!)(ここでみんなと一緒に最後まで過ごせるんだ!)という幸せそうな顔をしていました。空き家だった1軒の家を借り受け、不幸な犬猫たちに安住の地を提供している保護家さんの素晴らしさ!敷地の広い一軒家なので、馬屋もあり(そこは元気な犬たちが夜係留されて寝る場所になっています。犬1匹1匹に犬小屋もありました。)、庭に出ると土で(当然なんですが、世田谷の狭い我が家では、庭はないし、玄関を出るとすぐコンクリートのアプローチなので、土に憧れます。だって、犬は土を掘るの好きですよね。ウメは可哀想に掘れないから、リビングのソファーカバーをいつも掘っていて、カバーはビリビリです。縫ってもまた掘るので、つぎはぎだらけのカバーなんです。)、草も生えているし、見上げれば大きな木々の葉が茂り・・・ こんないい環境で毎日暮らせる犬たちよ、良かったね!保護家さんのおかげだね!

病気の猫の部屋も、猫エイズ部屋、パルボ部屋、白血病部屋、などいくつかありました。私がいつも保護家さんのHPで(かわいいなあ)と見ていた、足の不自由なほたるちゃんとも会えて感激。皆さんもこのほたるちゃんをHPで見て下さい。これだけかわいいと、CMにでも出られるんじゃないかしら。犬猫保護活動を訴える力になれるんじゃないかしら・・・と個人的に思っています。

私は見学だけではなく、何かお手伝いもしたかったので、エプロンや靴を持参していました。そして任せてもらったのは、元気猫部屋のお掃除でした。(あは、これなら毎日やっているので、教わらなくてもできる!)と思いましたが、保護家さんのやり方を藤井さんから聞いて、その通りにすると、私がいつもやっている掃除は手抜きだな、とわかりました。猫トイレ1つ1つを掃除し終わると、バイオチャレンジという除菌・消臭・防ウイルス剤でトイレを拭いたり、トイレ砂にもかけたりするんです。掃除機もトイレ掃除前と後の2回かけ、フロアモップもかけました。 (ちなみに私は自宅は掃除機を使わず、モップや使い捨ておしりふきシートでの拭き掃除を朝から晩まで1日中やっていて、拭き掃除がもはや趣味になっています。)保護家さんは、衛生管理がしっかりしていてびっくり、あれだけ犬猫がいて、病気の犬猫もいるのに、全然臭くないんですよ。大したものです。

食事は私が来る前にもうあげたそうなので、水替えだけしました。それからそこにいる猫ちゃんたちに話しかけたり撫でたり、しばし遊ばせてもらいました。うちのハルにうり二つの猫がいたので、笑ってしまいました。「あなたとそっくりの猫が、うちにいるんだよ~。」と言って写真を撮ってきましたが、帰宅して比べるとやっぱりそっくりでした。いえ、ハルはどこにでもいる、ごくありふれた猫なんです。へへ。我が家にとっては、たった1匹の大事な家族なんですけどね。

その日、山下さんと藤井さんのスタッフのほかに、かわいい女性がボランテイアで来ていて、大量のお皿を洗っていました。この方が私が保護家さんのことをブログに書いたのを見つけて下さって、山下さんらに教えた当のご本人だとのこと。その方も1月に2回くらいしかボランテイアに入れないのだけれど、こうして私たちが会えたのは、もしかしたら見えない糸で私たちは繋がっているのかも!と笑い合いました。 とにかくこの方のおかげで、保護家さんに来るための連絡やりとりを行えたので、感謝しています。本当に有難うございました。

私がいればいるだけお邪魔してしまうのは気にかかりましたが、思っていたのとは違って現場は別に殺気立って慌ただしく作業されているのではなく、忙しいのになんとなくのんびりムードが漂った居心地のいい、まさに「自分の家」のような感じだったので、ついつい座って勧められるままにシュークリームまで頂いてしまい、話に花が咲きました。(でも、やはり24時間介護が必要な老犬たちのお世話は、相当体力的にきついはずです。限られた少ない人数で気力だけでは続かないし、費用もかかります。どうか保護家さんに支援して頂ける方は、ご支援のほど、宜しくお願いします。)

あ、部屋には保護家さんが映画になった『ひまわりと子犬の7日間』に主演した堺雅人さんや、保護家さんをいつも支援されている浅田美代子さん、そして杉本彩さんらの色紙も飾ってありました。

全国的に有名になった保護家さんでさえ、救えない命がまだまだあります。今日殺処分の期限を迎えてしまった犬4匹の命は、どうなったのか心配しています。どうかどなたかに救われましたように・・・
来年には宮崎県に動物愛護センターができますが、管轄外の犬猫は対象外だそうですし、宮崎県の犬猫が全て救われるわけではないそうです。そんな・・・ 管轄外の犬猫たちも救われるセンターが、管轄外にもできればいいけれど・・・ そして、日本中にもそうしたセンターがどんどんできますように。

Evaの杉本さんからは、会員向けに頻繁に便りが送られてきます。その中には「Evaは、飼い主を失ってしまった何の罪もない尊い命を少しでも多く救うために、動物福祉に配慮した犬や猫の保護施設の建設を全力で目指します。」という文章がありました。けれど、「保護施設の開設には、地域の方々の理解はもちろんのこと、土地や建物・設備だけでなく、医師やトレーナーといった専門家や、内部・外部ボランティアなどの人材と、運営していく上でのさまざまな運営・教育プログラムが必要で、簡単に実現できることではありません。 」とし、Evaの活動内容に賛同してくれる人たちとともに、活動を続けていきたい、と。はい、私もできる限り一緒に活動していきたいと思っています。

まだまだ今の日本には、犬猫を始めとする動物愛護活動について賛同者や理解者が多いとは言えませんが、多分この先どんどんその数は増え、いつかは動物に優しい日本になる日がくると信じています。まだその道は始まったばかりなのかもしれません。でも1日400匹以上の命が奪われていることを考えると、1日でも早く、走ってその道を進んでいかなくては、と思います。皆さんも、どうぞご一緒に・・・!お願いします。

私のこのブログを読まれる方のほとんどは、高次脳機能障害に関係されている方々かもしれませんが、障害者が大切にされ、住みやすい優しい社会では、犬猫も大切にされ、住みやすいはずです。逆も言えます。根っこは同じなんですよ。

23日は、埼玉県鶴ヶ島市で講演会でした。
電車に乗って鶴ヶ島へ向かっていると、20年前に住んでいたことのある和光市を通りましたが、電車の窓越しから見た駅前の風景の変貌に驚きました。20年前はこんなに賑やかではなく、イトーヨーカドーくらいしかなかったのに、大きなホテルがそびえ建っていました。
娘のワッチが生まれてからは、家族3人、近くの樹林公園や光が丘公園をよく散歩したもので、良い環境のところでした。今そこに住んでいたなら、愛犬ウメが喜んで散歩できそうなところがいっぱいあったので、残念。今住んでいるところは、大きな公園はおろか、小さな公園も数えるほどしかなくて、自然もない、アスファルトと家ばかり。犬もつまらないだろうけれど、子どもたちにとってもつまらないと思います。世田谷区はもっと公園を作って欲しいわ(なので、ウメの散歩にはいつも近くの大学キャンパスまで行っています。そこなら少しは自然があるので)。

ずっとそこ(和光)でも良かったのですが、以前ブログにも書いたように、愛猫おはぎちゃんがマンションの6階の部屋から落ち、娘まで落ちては大変だ、と引っ越したのでした。(これもブログに既に書きましたが、おはぎちゃんの落ちた日は春一番の強風がひっきりなしに吹いていたこと、落下地点は新築マンションだったので芝生を植えたばかり、水田状態のぬかるみだったこと、が幸いし、無傷だったのでした。おはぎちゃんはそれから18年生きましたので、本当に何の影響もなかったのです。運が良かったとしか思えません。)(私たちが住んでいた部屋は角部屋でしたが、一か所だけ柵のない危ない窓があったのです。)

電車内で路線図を見ていますと、鶴ヶ島の先には高坂がありました。高坂という地名も、なつかしく胸に響くものです。というのは、コウジさんが病気になる前は、コウジさんの運転でよく実家のある花園インターまで関越を走ったのですが、距離が長いので、必ず高坂サービスエリアで一休みしたのです(私は運転下手なので、関越は乗りません)。
「今、高坂まで来たよ。」と連絡すると、「そうか。」と答えていた、私たち夫婦が来るのを楽しみにしてくれていた優しかった義父も、ワッチが生まれて2週間後に亡くなりました。最後に初孫の頭を撫でられて、涙を流して喜んだ義父。胃がんのため60歳になってすぐ亡くなりましたから、今55歳のコウジさんも健康にさらに気を付けないと。最近おなかがとても出てきているのが気になりますが、来週会社の健診があって良かった。
・・・ そんなわけで、鶴ヶ島に着くまでに、すっかりおセンチな気分になっていた私でした。

会場はのどかなところにあり、そこへは鶴ヶ島駅から「つるワゴン」という小型のマイクロバスが出ていました。けれど10名乗れるか乗れないかという小ささなので、運転手さんが何度も人数を数えたり、途中の市役所前での乗り換えでは、結局全員乗り切れなくて別の「つるワゴン」を呼ぶことになったり。一体どうなることか、とヒヤヒヤしたせいで、狭い車内で一緒だった家族会「こもれび」の会員の方と、既に運命共同体のような心境になっていました(笑)。講演に行くのだか慰安旅行に行くのだか、わからない気分でした。

講演前には、主催者であるその「こもれび」さんと「鶴ヶ島市障害者支援ネットワーク協議会」(通称Sネットワーク。地域福祉を促進するとともに、障害のある方もない方も誰もが地域で安心安全に暮らせる共生のまちづくりを目指し、3年前に設立したそう。)の方々と控室でご挨拶。アットホームな空気で、緊張もどんどんほぐれてきました(やはりいつも講演は緊張します。当然ですが)。

私の話のあとは、当事者家族6人の方たちが登壇され、それぞれの経験談を話されました。
お2人はご夫婦、ほかのお2人は母子、そして当事者のお1人、もう1人の当事者の方が急に来られなくなったので、「こもれび」代表の方が話されました。当事者のお母様です。

この障害当事者やご家族の経験談というコーナーは、講演会では毎回あった方がいいと思いました。色々な方の実際に通ってこられたお話を伺うのは、この障害を負ったことによる苦労、問題点がとてもよく、早くわかる方法です。
ご主人が接触事故で高次脳機能障害になられたというご夫婦は、ニコニコ穏やかなご主人と、しっかりした奥さん。ご主人が今までのことを話されたあと、奥さんが困っていることのほかに、「大黒柱となる大変さ」「家族への支え、子どもへの支え、学校の先生や企業主への支えも大事」「介護する家族は地域や社会と繋がることが大事」と訴えられました。私も同感です。やはり妻の立場の方の考えは、同じです。

次の、小学生の時に交通事故に遭って高次脳機能障害になられたという息子さんは、その後中学でいじめられたことや理解ある先生のいた高校時代など、詳細に覚えられていました。いじめられた悔しさもバネに転換し、英検2級を取り大学も卒業し就職もされている今、自分の持つ障害症状を理解しつつ、これまで支えてくれた家族や執刀してくれた医師への感謝も述べられ、すごく立派でした。 そして、その息子さんのために懸命に奔走されてこられたお母様の奮闘話にも、ひどく胸打たれました。嵐のような日々もようやく落ち着きを取り戻したけれど、今までの12年間より、これからの息子さんの人生の方がずっと長いので、息子さんが自立できるようにサポートしていきたいとのことでした。 私は同じ妻の立場のことならわかりますが、母の立場の方の、こんなに思いのこもったお話をじかに聞くのは初めてだったので、思わずうるうるしました。母も大変ですね。でも、こんなにキリッとした真面目な息子さんですから、今後もし困難に見舞われることがあっても、きっと乗り越えていけると思いました。

次の当事者の方は、2年前の51歳の時に脳出血で高次脳機能障害になったそうです。手帳の申請へ一人で行って失敗した(杖をついていたので、精神障害ではなく身体障害と思われた)お話や、年金は地域相談会で社労士さんに無料で相談できたのでスムーズに手続きできたお話、介護保険についてのお考えなど、司会者に時々助けられながらとてもためになるお話をされました。中でも、「OTと言われてもわからない。日本語で作業療法士、と言われないと。」というご指摘にはハッとしました。私もMSW(医療ソーシャルワーカー)とは何かわからなかったし、特に障害を持たれる方には日本語がいいですね。

同じような話が一昨日24日の朝日新聞10面の投稿欄「声」に載っていましたが、読まれた方いらっしゃるかもしれません。それは、「快速」「急行」といった電車の種別の呼び名についての苦言でした。「都心では鉄道会社ごとに『特急』『準急』『快速特急』など様々な呼称があり、『快速』が『急行』より早い会社もあれば、その逆もあります。初めての利用者には、何が何だかわかりません。」と。「外国人観光客が急増する東京五輪に向けて、鉄道会社に改善して欲しい」とのことでしたが、本当にそうですよね。私もちっとも違いがわかりません。いっそのこと「A」「B」「C」・・・ として、順に早くなる(遅くなる)とするのは、どうでしょう? ダメかな。何かいい案ないでしょうかね。 ほかにも、私がわからない言葉が、最近は多いです。もう無視していますけど。

3人の当事者の方が発言されたわけですが、家族が発言するのとは違い、ご本人の言葉というものは大変貴重なので、是非これからも全国の当事者の方々は発言されていってほしいと思います。これからは、当事者が発信され、家族や支援者がそれに耳を傾けていく時代だと思います。

そして最後に「こもれび」代表の方のお話。急にお話することになったので、前日に慌てて作ったという、写真を使ったできたてほやほやの資料。そこには16年前に20歳で交通事故に遭われた息子さんの、管に繋がれた痛々しいベッド上の写真がありました。でもそれを見た私は(多分多くの方は)、(ああ、うちと同じ!)と思いました。あの瀕死の状態から、私の夫も含め、皆さんよくぞここまで甦ったものです!スゴイスゴイ!
その息子さんが、「よさこい」踊りをカッコ良く踊られている現在の写真で最後をしめられました。

10年前にできた家族会「こもれび」は、毎月1回は決まった居酒屋(当事者家族が経営されているそう)で集まり、愚痴を言ったり笑ったり、楽しみながらストレス解消になっているそうです。

やはり同じ経験をしている人と一緒だと、ほっとしますね。明日への活力が得られる、大事な場だと思います。
そしてSネットワークさんのように、そうした当事者・家族を支えて活動して下さる方々の存在は、大変有難いです。

とても心温かな気持ちで、帰途につきました。
有難うございました。


今日の東京はまた夏の陽気でしたが、明日からはやっと秋らしくなるそうです。

色々書きたいことはあるのですが、今度の日曜日の鶴ヶ島市での講演会のお申込み締切が明日17時までなので、直前ですが再度ここでお知らせしておきます。

【高次脳機能障害を理解するための学習会】

日時:10月23日(日)13時半~16時 (開場13時)
場所:鶴ヶ島市女性センター「ハーモニー」ホール (鶴ヶ島市脚折1922-7)

1部: 13時半~14時45分 「日々コウジ中の夫とともに 家庭円満は障害を乗り越える鍵」 柴本礼
2部: 14時50分~15時50分 高次脳機能障害者と家族の体験談 6名
     ある日突然障がい者に・・・ 今、伝えたいこと

お申込み・お問い合わせ: 高次脳機能障害者を支える会「「こもれび」
                  TEL: 080-2343-5052 Email: koujinoukomorebi@docomo.ne.jp
鶴ヶ島市社会福祉協議会
                  TEL: 049-271-6011 FAX: 049-287-0557   
主催:高次脳機能障害者を支える会「こもれび」
    鶴ヶ島市障害者支援ネットワーク協議会
協力: 鶴ヶ島市社会福祉協議会

埼玉県で講演をするのは3回目で、1回目は4年前の6月、入間市ででした。そこで「こもれび」の方とはお会いした覚えがあります。2回目は3年前の11月で、さいたま市ででした。

埼玉はコウジさんの実家があり、新婚時代は私たちは東浦和に住んでいましたので、やはり埼玉も故郷のような気がします。

とりあえず今日はお知らせだけでした。

一昨日、宮崎から帰りました。
講演会の日は、結局1日雨だったのですが、沢山の方にお越し頂き有難うございました。
また、きめ細かな準備をして下さった宮崎リハビリテーション講習会(宮崎大学医学部リハビリテーション科・整形外科)の皆様、大変お世話になりました。

講演1は、栃木県にある国際医療福祉大学病院の太田喜久夫先生のお話でしたが、拝聴していて、(そうです、そうです、その通り!)と何度思ったことでしょう。
例えば、「高次脳機能障害は よく見える障害である」という言葉。

よく「高次脳機能障害は、見えない障害である」と言われますが、13年間いつも夫のそばにいる私には、夫の障害症状はよく見えているのです。
太田先生は、「高次脳機能障害を持つ本人、家族、周囲の人々の誰かが社会生活で困っているので、障害は見えているのです。」と仰られました。

また、「リハビリテーションの目的は、高次脳機能障害をなくすことではなく、高次脳機能障害のある人が社会で生活する上で困難を生じないようにすること」とも仰られましたが、私も夫が障害を持ったまま、自由に社会で行動できるようになれるのが、最終的な目標だと思っています。
そのためには、本人が改善していくだけでなく、社会の理解と支えも必要なのですが。

(太田先生は、当事者家族の気持ちをよくわかって下さっているなあ。)、と思っておりましたら、平成13年に高次脳機能障害モデル事業を立ち上げられたメンバーの一員なのだそうです。そんな古い時から、家族会の方々と接してこられたのですね。納得です。

会場には作業療法士の学生さんたちが大勢いらしていましたが、若い時からこの障害を学んで下さって有難いことです。
また質疑応答では、息子さんが外国で事故から高次脳機能障害になったものの、帰国後病院も行きたがらず薬も飲まないいま既に16年以上が経過、仕事(アルバイト)も続かず家にいるが、この先を考えるとどうしたらいいかわからず困っている、という方が発言されました。

その方は困っていた時に今回の講演会のパンフレットを見つけ、藁にもすがる思いで来られたそうです。

私に質問されたので、私なりの答えを申しましたが、どうもそれでは不足だと感じ、会場に座られていた太田先生に助けを求めました。太田先生は、色々的確なアドバイスを下さいました。講演会後、私はその方のところへ行ってご相談の続きをしましたが、行政の方が既にその方のそばに来られていましたので、ほっとしました。

講演会の意義は、知識を得るだけではなく、こういうところにもあります。つまり、講演会がなければ、その方はずっと自宅で悩み苦しんでいたと思います。けれどこうして講演会へ出て来られ、行政や医療・福祉などの関係機関と繋がることにより新たな道が開かれていくのです。
講演会を助成して下さる日本損害保険協会は、本当にいいことをされていらっしゃいます。今年は損保さんによる講演会助成事業14年目で、今年度は42都道府県で実施されているそうです。ほとんどのところで講演会が催されているのですね。 (あとの5つはどこかな?)

ただ、講演会に来られている方はまだいいのです。どこかと繋がっていけますから。会まで足を運ばれるという、能動的に動ける力もおありですから。なんとかなっていきます。
問題は会場に来ていない方、来られていない方です。そういう方にはきっと情報が届いていなかったり、届いていて出て行きたいけれど出て行けない事情がおありの方です。そういう方を支援していかないと。

家族会は「あかり」と「トゥモロー」の2つがあるそうですが、「トゥモロー」は県北が拠点なので、「あかり」の方とだけお会いできました。(講演場所の宮崎市は、県南です。南北に長い県なのです。) 「あかり」の家族会には、障害当事者家族ではない方が支援者で入られていました。有難いです。そういうケースは、宮城県もそうですね。ほかにもあるかな。

ところで私の話ですが、どうも余談が多かったかなあ、と反省しています。スミマセン。
お話できていないこともあるかもしれませんので(ほかのエピソードとか、もう少し突っ込んだ話とか)、もしよろしければ昨年12月に京都市で講演したものがテープ起こしされてありますので、そこもお読み頂けるとよいかと思います。(けれど今回お話したエピソードは最近のものなので、京都市講演には入っていません。エピソード満載の我が夫です。)

http://koujinoukinou-city-kyoto.jp/











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