日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2017年01月

佐久総合病院と本2冊


(ピンボケなので迷いましたが、せっかく撮った写真なので貼り付けます。佐久総合病院の前で、私が読んだ本2冊と。向かって左の赤い本が、『信州に上医ありー若月俊一と佐久病院ー』(南木佳士著)、右の緑の本が、『村で病気とたたかう』(若月俊一著)です。ともに岩波新書です。)

あれ? 人が少ない・・・。
臼田駅から佐久総合病院へ続く道、歩いている人が少ない・・・。

第4土曜日は午前中のみの診察だということもあるのでしょうが、午後3時は食事をするお店も「準備中」という掲示を出しているし、元々シャッターが閉まったお店も多い。
歩きながら、なんとなく5年前に歩いた伊那駅周辺と共通する雰囲気を感じましたが、同じ長野県だからかな。
とにかく長野県は面積が広いので、普段人ごみの中に暮らし、いつも人や自転車、車を神経質によけながら歩く私にとっては、広い空間が心地良く感じられる一方、寂しさも感じました。

3年前に、北中込という駅のそばに「佐久医療センター」という、専門医療と救急・急性期医療の施設ができたため、佐久総合病院からも多くの職員がそちらに移ったそうです。高次脳機能障害でも、急性期は医療センター、回復期は総合病院になるらしいです。

ほどなく佐久総合病院に辿り着いて中に入ると、真っ先に私が探したのが、若月俊一医師の書による「患者さんの権利と責任」の掲示でした。 そしてそれは、玄関を入ってすぐ左の頭上にすぐ見つかりました。

「一・適切な治療を受ける権利 二・人格を尊重される権利 三・プライバシーを保証される権利 四・医療上の情報の説明を受ける権利 五・関係法規や病院の諸規則を知る権利 ーこれらは人間としての倫理原則をお互いに大切にしなければならない。しかし、患者さんも、病院から指示された療養については、専心これを守ることを心がけなくてはならない。医師と協力して療養の効果をあげることこそが大切なのである。一九八三年 佐久総合病院  六・安全な医療を受ける権利 七・自己決定の権利 八・苦情を申し立てる権利 九・セカンドオピニオンを求める権利 -以上を新たに追記します。 二00四年一二月」

そして病院のHPでは、この掲示に対する若月医師の言葉が紹介されています。

「私が病院内に「患者さんの権利と責任」を掲示したのは、1983年の1月です。それ以来、今日まで病院玄関の患者さんからよく見える場所に掲示を続けています。 患者さんの命を救うという大切な仕事は、そのまま患者さんの人権を守ることに通ずるのは当然ではないかと思うのですが、残念ながら医療の歴史の中では軽ん じられてきたことは否めません。そこでこの掲示となったわけですが、このような掲示を出したのは、当時の日本の病院では初めてではなかったでしょうか。

しかしながら、療養で一番大切なのは、何よりも「患者さんと医者の人間関係」なのではないでしょうか。この人間関係の温かさは、必ずしも権利と義務という ような法律関係や、需要と供給というような経済関係からは出てきません。何よりも大切なのは医者の患者さんに対する「人間的」思いやりであって、権利義務 の主張だけではないということも付け加えたいのです。」

以前私のブログでも書いたように、「患者の権利章典」というものは1973年のアメリカ病院協会というところが発表されたものが最初のようです。 その後リスボン宣言というものを経て、日本にも輸入され、佐久総合病院では1983年に取り入れられたようです。

たしかに、「何より大切なのは、患者さんと医者の人間関係なのでは」、という言葉には共感します。

佐久総合病院の中では、もう午後3時を回っていたが、救急の患者さんらが椅子に座って順番を待っていました。病院内をざっと一回りしたあと、私は受付へ戻って、こらえきれずに質問しました。

・・・すみません、今日は1日実家へ行って体力を使う用事をしていましたので、もうここで限界となり寝ることにします。続きはまた明日に書きます。おやすみなさい。 (つづく)

佐久総合病院


昨夜、佐久から戻ってきました。
佐久へは講演会の前日から入りましたので、講演会以外にも書きたいことが沢山あります。
今日から順を追って、何回かに分けて書いていきたいと思います。

東京から北陸新幹線に乗ると、わずか1時間半で佐久平に着きます。私が世田谷の家から、横浜の山の上にある実家まで、電車を乗り継ぎバスにも乗り1時間半以上かかりますから、佐久平のこの近さには驚きます。
聞くところによると、軽井沢に別荘を持ち、東京の会社へ通う人もいるとか(羨ましいけれど、お金持ちじゃないと無理ですね)。

さて、東京12時4分発の新幹線に乗り、13時31分の佐久平に着くまでの間に、もう私には事件が発生していました。新幹線の中でふと嫌~な気持ちになったのですが、やはり探しても探しても、帰りの新幹線の切符と宿泊予定のホテルのクーポン券がないのです。これは、家に置いてきたに違いありません。これまで何度も泊まりの講演会はありましたが、こういうミスは初めてです。

思い起こしますと、出発前夜、テーブルの上に講演の時に使う自分用の『日々コウジ中』『続・日々コウジ中』ほか、ホテルで読もうと思っていた高次脳機能障害関係の資料、講演用ノート、そして切符やクーポン券をはさんだファイル(先月クレヨンハウスで買った、お気に入りの絵本『カラスのパン屋さん』の派手なファイル)を置いて寝ました。その時に、(そうだ、行きの新幹線の切符はお財布に入れておこう。)と思い、そうしました。それが不幸中の幸いで、佐久平までは行けたのです。

ところで私がいつも(いやだなあ。)、と思っていることに、コウジさんが朝食の前にテーブルの上に出ているものを、勝手にどんどん片付けてしまうことがあります。今までも、「ここにあったもの知らない?」とワッチや私が騒ぐと、「知らない。」と言うコウジさん。でも部屋の隅にある資料ケースの上にドン、とコウジさんが置いてあったことがよくありました。

そういえば今朝、(あれ、なんでこんなところに『日々』と『続・日々』があるんだろう?これ、佐久に持っていくつもりだったものだよね。)と、資料ケースの上にある2冊が目に入り、それを取り上げて鞄に入れたことを思い出しました。きっと、その2冊の下に、『カラスのパン屋さん』のファイルもあったのに、気づかなかったのでしょう。
また、テーブルをコウジさんがきれいに片づけてしまっていたので、佐久に持っていく書類がなく、私はもう鞄に入れた後だと勘違いしたのでしょう。

佐久平に着くやいなや、ホームからコウジさんに電話し、「帰りの新幹線の切符がないんだけど、『カラスのパン屋さん』のファイルない?」と聞きました。すると、探してくれたコウジさんから、「あるよ!あ、中に切符忘れて行ってるなあ。」という返事。やはり・・・。

私は駅改札を出るとすぐ、左手にあった「みどりの窓口」の中の駅員さんに声をかけました。
そしてかくかくしかじかと説明すると、「紛失再購入」という手続きをするよう教わりました。つまり新しく切符を買い、それを改札には出さずに証明印だけ押してもらって改札を出たあと、家に置いてきた切符とともに早めに最寄の「みどりの窓口」へ持っていくと、払い戻しされるそうです。手数料は500円くらいのようです。

(やれやれ、傷は浅かった。)とほっとした後は、駅そばにある宿泊予定のホテルのフロントまで行き、またクーポン券を家に忘れてきた旨を話しました。それも、帰宅したらクーポン券をファックスしてくれたらいい、ということになり、ようやく安心して荷物をフロントに預け、佐久平駅まで戻ったのでした。コウジさんにも連絡しておきました。

そんなアクシデントはありましたが、なんとか気を取り直し、最初の予定通り14時11分発の小海線に乗って、臼田駅まで行きました。上りも下りも同じ1本のレールなのでびっくりしました。また、途中駅で停車時間が長かったのは、その間に上りと下りの電車がすれ違うための時間調整がなされるようでした。電車の乗り降りも乗客がボタンを押してドアを開けるので、私は降り損ねないよう、緊張して乗っていました。でも臼田駅では降りる人も多かったので、ほかの人について降りられてほっとしました。

さて、ここから目指す佐久総合病院までは、歩いて10分くらいとのことです。この佐久総合病院が、長野県の東信地域の高次脳機能障害支援拠点機関であり、そこから講演会に招かれたので、是非病院のある場所、外観、中も見てみたかったのでした。

ちなみに、長野県は北信・東信・南信・中信の4つの地域に分かれていて、北信の拠点機関は「長野県立総合リハビリテーションセンター」、東信が「佐久総合病院」、南信が「健和会病院」、中信が「桔梗が原病院」です。南信の健和会病院へは、2011年11月19日に招かれて講演をしたことがあり、中信の拠点は平成26年度までは相澤病院でした。

臼田駅からまっすぐ歩いて行くと、千曲川にかかる臼田橋がありました。そこから右手を見ると、千曲川の左側に佐久総合病院が、右側の遠くの方に雄大な間山が見えました。青空のもと、とてもきれいな景色でした。
浅間山は頂上に雲がかかっているのかな、とよく見ますと、どうやら噴煙のようでした。もくもく出ていましたので、翌日講演会のスタッフの方々に「浅間山はいつも噴煙が出ているのですか?」と尋ねましたら、そうではないようでした。

ともかく、この目で初めて佐久総合病院の姿をとらえた私は、さすがにドキドキしながら、病院へ向かって歩みを進めたのでした。 (つづく)

・・・最後に別の話になりますが、いつも私がチェックしている宮崎の犬猫保護団体「いのちのはうす保護家」さんのHPでは、現在紀州犬1匹の里親を探しています。命の期限は今週木曜日2月2日の朝9時です。どなたか「私なら飼える!」と言う方は、是非HPの山下由美代表ブログを読まれてみて下さい。
 → http://pawstamp.com/hogoya/

夫コウジさんは、子どもの頃、紀州犬の「ミミちゃん」を飼っていました。昔のことですからフィラリアの予防薬も与えていなくて外飼いだったため(大きくて快適な犬小屋を、ミミちゃんのために義父が作ってくれたそうです)、フィラリアで若くして死んでしまったそうです。 でも今でもコウジさんは、「ミミちゃん、可愛かったなあ。」となつかしがっています。私はミミちゃんに会ったことはないけれど、コウジさんと同じように、「ミミちゃんて可愛いなあ。」、と思っています。犬や猫と一緒に暮らした経験、記憶は、きっと死ぬまで心を温めてくれるものです。


ようやく今、荷造りが終わりました。大したもの入れていませんけれど、なぜか用意に時間のかかる私です。

夫コウジさんは、「ママちゃんいないのか。寂しいなあ。」と子どものようにクスンクスンしていますけど、あさっての今頃はもう家にいるのですから、こんなに寂しがるのが、おかしくて(笑)。

ワッチもウメもハルもチーもいますし。

私のスケジュールを紙に書いて、置いていきます。
もちろん、頻繁に電話も入れますよ。だから大丈夫。

心配だった天気も、明日あさってと良さそうです。

前回の長野講演は伊那市でしたが、あいにくの大雨でした。
けれど、伊那での出来事、歩いた道、見た景色(雨で南アルプスは全く見えなかったけれど)、お会いした方々、交わした会話、会場の様子など、意外と覚えています。

佐久でのことも、きっとずっと覚えていると思います。

また帰りましたら、ここでご報告しますね。

それでは、行ってきま~す!
体調は万全です(笑)。

私のこの話が、読まれるどなたかの家で火事が起きるのを防ぐかもしれない、と思って書きます。

暖かかった東京が急に寒くなってから、ワッチは自分の部屋で加湿セラミックファンヒーターをつけ始めました。去年も使った新しいヒーターですが、今年はなんとも形容しがたい嫌なにおいがすることがありました。
「タンクが空っぽなんじゃない?」と案の定空になっていたタンクに水を入れると、若干においがしなくなった感じでした。

そういうことが何回か続いていた頃、ワッチは「ドライヤーを使う時も、臭くなる。」と言っていました。けれど私は理由もなく、あまり気にしていませんでした。ドライヤーは関係なく、タンクが空だったせいでヒーターが臭くなり、そのにおいがまだ残っているのだろう、と。

それが、18日の朝のことです。
大学にテストへ出かけるワッチの部屋から、また例のにおいがしてきたので、(ああ、またワッチがヒーターを使って臭くなっているな。)と思っていました。そしてワッチが、「今日、何着てこう?」と部屋から私に問うので、「自分で決めれば?面倒臭いわね~。」と、それでもワッチの様子を見に部屋の扉を開けた途端・・・強烈な悪臭に私は思わず部屋を飛び出て咳き込み、涙も出てきて、吐きそうになりました。部屋の中では、ワッチと大猫ハルが、きょとんとしています。

私は意を決してもう1度部屋に入ると、猛烈な吐き気の中咳き込みながら、部屋の窓という窓を全部開け放ち、「外へ出なさい!死んじゃうよ!」と叫び、ファンヒーターを消して家の外に出しました。まだその時は、ファンヒーターの不完全燃焼だと思っていたのです(結局、ヒーターは濡れ衣を着せられました)。

よくこの空気の中で平気でいられたものだ、とワッチとハルに驚きながらも、(でも、急に体調悪くなって死ぬんじゃないかしら?)と心配になって、取り乱している私に少し怖気づいた顔のワッチをまじまじと見ました。

「そんなに臭い?いつもこのにおいの中にいるから、慣れたのかな。」と、ワッチはこそこそと適当な服を着て出て行き、部屋から出たハルも平気そうでした。

ワッチが出かけた後、私は家の外に出したヒーターのタンクを覗いてクンクンにおいをかぎましたが、なにもにおいません。(じゃあ、あの臭さは何が原因なの?)と不思議に思いながら、ヒーターに問題がないのなら、コンセントかと思い、ベッドで見えなくなっているコンセントを見るため、ベッドのマットを押して覗きました。

すると! ・・・そこには、焼け焦げて黒くなったコンセントが。そのコンセントに繋がったプラグも焦げ溶けています。さらにコンセントに触れていたベッドのマットの部分も黒く焦げていて、溶け焦げたコンセントとプラグとマットが、あの嫌なにおいを出していたのです。プラスティックが焼けるにおいだったんですね。コンセントとマットの間は少しあけていたはずなんですが、ワッチが寝ている間にいつのまにか密着していました。

私は、部屋のコンセントをワッチのベッドで塞いでしまったので、そこにいわゆるたこ足配線をつないで、部屋の真ん中あたりからファンヒーター、パソコン、電気毛布などを使わせていました(ベッドでコンセントは見えません)。 たこ足配線に、制限電気消費量があるとは、今まで知りませんでした。皆さん、知っていますか?
そこには、「MAX1500W」と書かれてありました。でも、ワッチがドライヤーを使わなければ、1500W以下だったのです。

ところが最近ワッチは洗面所ではなく、温かい自分の部屋でドライヤーを使うようになっていました。ドライヤーをかけている時、洗面所でコウジさんや私とぶつかるのが嫌なのだそう。そういえばホットカーペットも数週間前から使い始めていました。

それらを合計すると・・・
ヒーター1090W、電気毛布40W、ホットカーペット360W、パソコン65W、そしてドライヤーが1200W!
ヒーターとホットカーペットとドライヤーを3つ同時につけていることが多いので、最大1500Wまでなのに、なんと2500W以上使っているではありませんか!(普通、漏電ブレーカーが落ちるはずなのですが、なぜか落ちませんでした。修理に来た電気屋さんも、首をかしげていました。) ワッチも私も、恥ずかしながらたこ足配線にあまりにも無知でした。よくぞ今まで火事にならなかったものよ!皆さんのお宅は大丈夫?
徐々にコンセントとプラグが焦げてきていたので、ドライヤーを使わずヒーターだけの時でも、臭かったのですね。

とにかく私は、(焦げて溶けてしまっているたこ足配線が危ない、ここから出火するかもしれない。)と思い、さらに無謀にもはさみを持ってきてコードを切りました(溶けてくっついているので、コンセントからプラグを抜けないのです)。 すると、切った途端、「バチッ」と音を立てて火花が飛んだので、「ワッ!」とびっくりし、尻餅をつきました。

ハアハアしながら、しばらく呆然と焼け焦げたプラグとコンセントを見ていましたが、やはりこのままでは焦げたコンセントの中もどうなっているかがわからず、火事になるかもしれないので、この家を建ててくれ、その後いつも何かと修理その他に来てくれる住宅販売会社に電話して、事の次第を話しました。

すると、「えっ・・・!危ないですよ。たこ足配線はダメですよ。今すぐ見に行かせますから。」と、人を向けてくれました。
来た人は、いつもお世話になっている大工さんで、電気のことはわからないながら、応急処置をしてくれ、電気屋さんの手配もしてくれました。その電気屋さんが忙しい中ようやく来て、コンセントを新しく作ってくれたのが、今日のことです。電気屋さんは、色々と説明してくれましたが、とにかく1つのコンセントに1500W以上使ってはいけない、ということだけはわかりました。

今回はコンセントを焦がしただけで済みましたが、危うく火事になるところでした。制限電気消費量を超えていたこと、コンセントが見えていなかったこと、においを放置していたこと、うっかりで済む話ではありません。
皆さんも、どうぞたこ足配線には、くれぐれもお気を付け下さい。

ワッチも、大学から帰ってきた時に、目の前に私が焦げたコンセントを見せると、「わっ!なにそれ!」と驚きました。臭かった理由を話すと、「制限があるなんて、知らなかったよ~。」と反省し、それ以降ドライヤーはまた洗面所で使うようになりました。

もう1つの話題、ドライアイです。
私はここ1か月くらい前から特に、目がチクチクしたりしょぼしょぼしたり、霞んだり、よく見えませんでした。
(まだ50代前半だけれど、白内障かなあ(緑内障の検査は、8か月前にしましたので)、手術になるのかなあ。)、と昨日、覚悟して眼科へ行きました。

色々調べてくれた結果、緑内障でも白内障でもなく、ドライアイとのことでした。原因は、ずばり「老化」だそうです。医師の話では、ドライアイになる原因は3つあって、1つは涙層崩壊で涙の量が減ること、1つは涙は出るけれど質が悪いこと、もう1つは、目と涙はN極とS極みたいにくっつきあう性質があるのだけれど、その力が弱くなっていること。最初の2つを治す薬はないけれど、3つ目の、くっつき合う性質を改善する薬があるので、それを処方してくれるそうです。1日4回点眼し、また来週様子見せに行くことになりました。治ることはない慢性疾患だそうなので、今後ずっと目薬が必要になりそうです。たしかに目薬をさすと、少し楽になります。

余談ですが、私はこの威勢のいい眼科医が好きで、信頼しています。父が我が家にいた頃も、ほとんど歩けなかった父を連れてこの眼科医に緑内障の具合を診てもらい、励ましてもらい、父とともに安心したことがあります。汚い手で目を触ってものもらいになるコウジさんも、やはりドライアイのワッチも、ここへ来るとすぐ治ります。いい眼科が近所にあって、良かった。
でも、老眼も進み、現在は遠近両用メガネを使っていますが、ああ、もう年だなあ、とつくづく思ったできごとでした。

さて、しあさっての29日は、佐久市講演会です。大雪で新幹線が止まると困るのと、 有名な佐久総合病院をこの目で見てみたく、前日の28日に佐久入りすることにしていました(講演会場は佐久平駅そばで、病院からは遠く、日帰りでは病院まで足を伸ばせないため)。幸い、天気予報では雪は降らなさそうです。お昼頃佐久平に着き、臼田駅まで電車に乗り、そこから千曲川を渡って、病院へ行くのを楽しみにしています。若かりし若月医師が、仕事を終えて泳いだのは、どのあたりかな?寝そべって空を眺めていたのは、どの岩かな?なんて探しながら(『信州に上医あり』P120~122)。

多分明日もまたブログを書くと思いますが(書けなかったらごめんなさい。)、佐久でお会いできる方々、楽しみにしています。長野県には高次脳機能障害者が9千人くらいはいらっしゃる計算ですが、私は1人も知り合いがいません。コウジ村にも、このブログへコメント下さる方の中にも。
当日、どなたかとはお会いし、お話したいです・・・。





さくら洗足池


寒い日が続いています。

ワッチが大学の選択授業で3泊で行っていたスキーから、昨夜帰ってきました。

ということで、今日は山のような洗濯で午前が終わりました。いい天気だったので、助かりましたが。

午前の散歩を我慢して待っていたウメを連れて、お昼に散歩に出た私。
ウメがあちこち歩いているのについていくうち、(む、このコースはまずい!)と気づきました。
このまま行くと、かなり距離のある洗足池まで突き進むコースなのです。

ウメが若い時はよく行きましたが、ウメも来月10歳。私も段々億劫になり、ウメがそっちへ行こうとするのをいつも阻止してきました。

けれど、今日は午前いっぱい洗濯おばさんだったので、なんとなく気分もクサクサしていた私は、(たまにはウメの言うことを聞いてあげて、のんびり散歩しようかな。)という気にふとなったのでした。

それでグイグイ引っ張るウメについて洗足池まで足を伸ばすと、今日は風もなく比較的穏やかな日だったので(それでも寒かったですが)、散歩を楽しむ人、写真を撮る人、のんびりベンチに座っている人など、いつものせわしない日常とはちょっと違った景色を目にしました。

そこで私も少し楽しくなってきて、「ウメ、ほら、鯉だよ!」「ウメ、ユリカモメが並んで面白いね!」(写真参照。ユリカモメが1羽ずつ、それぞれ1本のくいの上に乗って、並んでいました。)と話しかけるのですが、ウメが目指すのは、池の先にあるペットショップのようでした。そこで、よくおやつを買ってあげていたのを覚えているのです。

途中、池に設置された遊歩道を歩いていた時、見慣れない看板を目にしました。昔はなかったのですが、ここ洗足池で見られる鳥についての説明と写真でした。 
それによると、2001年から2012年の間に、近所に住むとある男性が目撃したのは、なんと87種類もの鳥だったとのこと。中には、私も見たことのあるコサギ、モズ、カワセミもいました。今日も、コサギがいました。結構沢山の鳥たちがいるんですね。

ペットショップでおやつを買ってあげると、ウメはその袋をちらちら振り返りながら、家へ帰る道を、今度はゆっくり歩きました。時々嬉しさのあまりか、袋にじゃれて噛みつくので、ビニル袋が破れ、あやうく中のおやつの品々が落ちるところでした。

私は足が痛くなり、疲れてきましたが、(ウメもまだ元気だなあ。)と思うと、嬉しくもありました。

家に着くと、2時間経っていました・・・・ 洗濯と散歩で終わってしまった昼間に、やはりがっくり。

椅子にへたり込む私を横目に、冷蔵庫前に投げ出されたペットショップの袋に頭を突っ込むウメ。おやつをくわえ出すと、疲れた私ではなく、こたつで寝転んで勉強しているワッチの方へ歩いていき、ワッチの前にそれを落として、「ワン!」と催促。賢いね、ちゃんと状況を理解している。思惑通り、「ウメ~、何持ってきたの?」と喜ぶワッチに、おやつをもらっていました。

けれど、その3時間後、また「ワン!」と私に散歩を催促。え?全然状況を理解してないね。今日はいつも午前と午後に各1時間強散歩しているのを、2時間で1回にするつもりだった私は、「行かないよ。もう疲れたもん。」と無視していました。

でも、すがるように見続けるウメに根負けし、またもや暗くなった外へ、散歩に出たのでした。ひい、もうやだ~。
20分くらい歩いて、尚も先へ行こうとするウメに、さすがにぐったりしている私が、「もう寒いし、今日は昼間長く歩いたんだから、帰るよ。」と声をかけると、ウメはくるっと向きを変えて家の方向に歩き始めました。おお、私の言うことがわかるんだね。やっぱり賢いな、と感動。

すたすたと我が家の玄関を入っていくウメが、愛おしく、足を優しく拭いてあげました。犬は年を取ってくると、分かり合えて本当に人間みたいです。

・・・自分のご飯を食べたあとも、ウメは今日買ってきた別のおやつを私に持ってきては、「ウワン!」と催促すること数回。太りすぎだから、何枚かのジャーキーをあげた後、「お・し・ま・い!」と言うと、素直に催促をやめ、ソファーに乗って寝てしまいました。

というわけで、夕食も作ってもうくたくたの私に、優しいコウジさんが、食器を洗ってくれました。
それだけでもすごく嬉しくて、疲れが引いて、こうしてブログを書けました。ちゃん、ちゃん♪

それにしても、こんなに散歩好きで、散歩ばかりしている犬って、いるのかな? いますよね、うん。
まあ、犬の散歩があるから、見なかったはずの景色に出会え、会えなかったはずの人と会え、健康にもいいし、ウメも喜ぶし、やっぱりいいことの方が多いです。

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