日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2017年02月

とげ


たかが「とげ」、されど「とげ」。
ようやく、取れました。 ご心配おかけしました。今、気分は晴れやかです(笑)。

今日の午前中、また近くの病院へ行きました。
今日の外科の担当医は、昨日の医師とは異なるので、ちょっと心配でした。
昨日の処置の続きを、違う医師が引き継ぐことに。でも、たかか「とげ」ですからね。大したことないのかな。

頑丈に巻かれていた包帯を看護師さんがやっとのことではがしますと、医師は「ああ、これかあ・・・ 取っちゃおうか。」と言ったので「えっ!」とひるむ私。「昨日、何度も何度も取ろうとしてくれたんですが、痛くて・・・」
「痛いよね。じゃあそこに横になって下さい。」 
(先生、私の話聞いてくれてる?)と思いながら横になり右手を医師に預けました。

「う~ん・・・古い木の枝だからすぐ崩れるし、細菌感染が怖いよね。」と言いながら、医師は看護師さんに指示して色々道具を変えたり、「爪、切っていいですか?」ときっと深く切ってくれたり(見ていないので)、一所懸命取ろうとしてくれました。
私も「とげでこんな思いをしたのは、初めてですよ。」と時々チクッ ズキッ とくるのをこらえながら泣き言をいっていたところ、「取れた!」という医師の大声。
「え!本当ですか!」と叫ぶ私。
「良かったですねえ!」とほっとする看護師さん。

出血しているそうで、すぐまたぐるぐる包帯を巻かれたので傷は見ていないのですが、脱脂綿の上に置かれた、取れたとげを医師は見せてくれました。こんなちいさなとげに、ここ数日苦しみ、不便を被っていたのかあ。

「僕ね、実はこういうの、得意なの。」といたずらっぽく笑う医師に、「ああ、じゃあ私はついていました。もう、神様!という感じですよ。」と本心で言うと、医師はハハハッと笑いました。
そして、「抗生剤で膿んでいた炎症が治まったから、抜くのに昨日ほどは痛くなかったのだと思う。」とも。
ああ、とげを抜くのは即日でない方がいい場合もあるのだなあ。

もう、ホントにやれやれです。でも、とても嬉しいです。
ただ、またあさってぐらいに傷を見せに行くまで、この包帯のままです。

料理するのも、食器洗いするのも、掃除するのも、洗濯干すのも、パソコン打つのも、顔を洗うのも、お風呂で体や髪を洗うのも、はさみを使うのも、ウメのリードを持つのも、うまくできなかったり、時間がかかったり。
今朝など、左手で顔を洗い、目をつむったまま右手でタオルをつかもうと手を伸ばすと、それは子猫のチーでした。タオルの上にすばやく乗って、不思議そうに様子の違う私を見ていたのです。どうもタオルのわりにはもふもふして立体だと思ったら・・・。

こんな調子で、このパソコンもなかなか打てないので、また今日もこれだけですみません。
明日こそ、囲碁の話を書きますね!

あ、写真は私の包帯にクンクンする、大猫ハルと、その向こうにわれ関せず然とするウメです。ウメは、骨ガムを両手に抱えています(どうでもいっか)。





昨日は、コウジさんと初めて森山良子さんのコンサートへ行ってきましたが、もう最高のステージに感激しました。
澄んだ声の圧倒的な美しさ、69歳とは思えない20歳代のような溌剌としたステージ、笑いを誘うトーク、サービス精神満載。おちゃめで可愛らしく、黒や白、赤と替えられたきれいで華やかな衣装、どれもに陶酔しました。

感激したのは、なんとコウジさんも私も、森山良子さんと「ハイタッチ」ができたのです。
何曲目かの時、森山良子さんは歌いながらステージを降り、通路に沿って左右の観客にハイタッチしながら歩いてこられたのです。たまたまコウジさんはその通路側の端に座っていて、私はその隣でしたから、2人ともハイタッチしてもらえたんですよ。 (ああ、今日はもう手を洗いたくない。)と思いましたが、帰宅後はやはり洗いました。

しかも、最後の曲の時には、「ステージに上がって一緒に歌いたい方は皆さんどうぞ!」と森山良子さんに誘われ、スクッと立ち上がったコウジさんは、ステージに向かって歩いて行きました。
ステージに上がった人たちは、数えると38人いました。
森山良子さんの後ろで歌うコウジさんは幸せそうで、写真を撮りたかったけれど、撮影禁止なので残念でした。
でも、とてもいい思い出になりました。

来ていた人たちの年齢層は結構上で、私やコウジさんは若い方なので驚きました。ワッチなど若い年齢の人たちだってとても楽しめるコンサートだと思うのですが。ただ、会場には珍しく、何列か前に小学生くらいの兄妹を連れたご夫婦も座っていましたけれど、いい情操教育になるでしょうね。

そもそも森山良子さんのコンサートへ行くことになったのは、先月の春の音コンサート(世田谷高次脳機能障害連絡協議会主催の、毎年恒例のコンサート)で、コウジさんが森山良子さんの歌を歌ったことで、CDやDVDではない、生の歌声を聞いてみたくなったからでした。

本当に楽しかった。また行きたいです。

たまたま「ベース担当のSさん」が友人なので(それも私にはびっくりなのですが)、感想を送ったところ、私は自分がベースとエレキギターの違いが全くわかっていないド素人ということがわかり、狼狽、赤面しました。(私は昨夜まで、同じだと思っていたのです。)

Sさんに、「ギターもコントラバスと同じくらい、すごく低い音が出るんですね。」と書きましたら、「ギターではなく、エレクトリックベース(英語でいうとBass Guitar) です。」と教わったのでした。 ・・・ああ! だからSさんは「ギタリスト」ではなく「ベーシスト」というのか、とやっとわかったのでした。
それで、昨夜はネットで「ベース」や「コントラバス」を調べていました。

ベースやコントラバスの低音は、曲をドラマティックに、ロマンティックにしますよね。ムードが盛り上がり、重みや幅が出ますね。派手で華やかなエレキギターに目や耳を奪われがちですが、今までほとんど知らなかったこのベースというものに、関心が出てきました。

さて、今朝は病院へ行って、昨日掃除していて刺さった右手中指のとげを抜いてもらおうとしましたが、これが難しいということになりました。ちょうど爪と皮膚の間に奥深く刺さっていて、古い木のとげなものだからすぐボロボロして、抜けないのです。外科医が抜こうとするたびに、すごく痛くて反射的に指を引っ込めたり悲鳴をあげる私。汗も出てきて、医師も「どうしようかな・・・」と悩んでいました。

すでに化膿しているそうで、結局今日のところは抗生物質をもらい、指は消毒され厳重に包帯を巻かれ、「濡らさないように」と注意を受けて帰されました。明日また行くことになりました。トホホ。
膿と一緒にとげが出てくる場合もあるので様子見するとのことですが、出てこない場合どうなるの?まさか麻酔して爪をはがすとか? それともとげが出てくるまで、消毒を続けるのでしょうか。
なんだか、げっそりです。

今も、右手は中指以外を使ってキーを打っていますので、時間はかかるし、疲れてくるし、このへんでさようならです。
皆さんも、とげにはお気を付け下さい。


久しぶりに中野孝次さんの『ハラスのいた日々』を手に取ると、夜更かしして一気に読んでしまいました。

ハラスとは、中野さんが飼っていた柴犬ですが、共に暮らした13年を、ハラスに向けた深い愛情とともに書き綴られた胸を打つ作品です。元々キツネに似たハラスはうちのウメと風貌が似ていて、(もしやウメはハラスの生まれ変わりでは?)と思うほど、私にとってはほかの中野氏作品より一段と入れ込みの強い作品です。以前読んだ時よりも、うちのウメも年をとり、晩年のハラスと重なることが多く、より共感しました。愛犬家は必読の本です。

まだ読んでいない本で今読みたい本、読まなくてはいけない本が10冊以上あるのに(クレヨンハウスの布袋に入れて、順番待ちをしています。)、急に中野さんの本を読みたくなったのは、たまたま先月末の佐久講演がらみで、最近長野県の方とメールしたことがきっかけです。

中野さんは横浜にお住まいでしたが、お墓は長野県須坂市にあります。そこのお寺と縁が深かったことと、その場所が気に入っていられたからだそうですが、いつかお墓詣りしたいと思いながら、なかなか須坂方面へは行くことはありません。ともかく、長野県=中野孝次さんという回路が私の頭の中にはあるので、急に読みたくなったのでした。
できれば1か月に数冊は読みたいと思いますが、なかなか時間がとれません。

母が心配なので週に1回は横浜の実家へ足を運んで様子を見てきますが、一昨日朝から行った時、「飲んでいるわよ。」と言っていた薬を、やはり飲んでいなかったことがわかりました。朝は飲むものの、昼は飲まず、夜は時々飲んでいるようでした。 
そこで、早速持参したお薬カレンダーに、一包化してもらっている薬を、朝の分、昼の分、夜の分、と入れていますと、朝の薬があと2日分しかないことに気づきました。土日をはさむと、月曜の朝に飲む分がないのです。

母は最近病院へ行っていないようなので、病院に電話して夕方からの診療時間に母を連れて行きました。
ああ、4時には自宅に戻って、ウメの散歩を暗くなる前にしたかったのに(結局5時過ぎに帰宅しました)。でも、喘息の発作は命取りになりますし、特に朝の薬が大事だ、と母のかかりつけ医から聞かされていましたので、仕方ありません。

面倒臭がる母をタクシーに乗せ病院へ着くと、混んでいました。けれど今まで手紙やファックス、電話ではその医師とやりとりしたことはありましたが、実際にお会いして話せて良かったです。とても母のことをわかって下さっている医師だと再確認し、安心しました。
院外薬局も混んでいましたが、待合室でお薬カレンダーが100円で売っているのに目が丸くなりました。
コウジさんには1000円弱、母には羊の柄の1300円以上のものを買ったのに、100円?

思わずそばへ寄って材質など調べますと、まあそれなりに薄っぺらではありましたが、これでも用は足りるよね。がっかりしたものの、これだけポピュラーな品だったのね、と今まで使っていなかったことに「しまった」という思いでした。父の時にも使いたかったわ。

母もコウジさんも、「今日が何曜日かもわかるから、とてもいい。」と喜んでいます。
でもちゃんと使えているか確認するため、また来週実家へ行ってきます。

今朝、不注意で右手中指に木のとげを深く刺してしまいました。
抜こうと思いましたが抜けず、ネットで見たように、今蜂蜜を指に塗って、サランラップで巻いています。

ということで、中指が痛くて使えず、人差し指でキーを叩いているため、時間がかかってしかたありません。
ここでやめ、明日病院へ行ってきます。今日は生憎、休日で病院やっていないのと、これから出かけるからです。

ハイ、なんと今日は夕方から八王子のオリンパスホールで、森山良子さんのコンサートなんです!
コウジさんとずっと楽しみにしていましたが、コウジさんは場所をまだ覚えられず、「府中だっけ?」

私「は、がつくよ。」 コ「橋本!」 それはこの間講演で行ったところだね。
私「場所は八王子。建物の名前にはカメラに関係する名前がつくよ。」 コ「キムラヤ!ドイ!」

・・・では、行ってきます。その前に2回目にさくらの散歩もしておかないと。


3匹仲良し


今日2月22日は、「にゃんにゃんにゃん」、で猫の日なんだそうです。
ちなみに、犬の日は「わんわんわん」、で11月1日なんだそうですが、1月11日でも11月11日でも1月1日でもいいような気がします。猫の日も2月2日でもいいような。

ということで、我が家の猫2匹の画像をアップしました。(ウメもくっついていますが。この3匹はいつもくっついています。犬と猫って、結構仲がいいんですよ。)

巷では猫ブームだとのことですが、飼われるなら、何度も書くようですが、ペットショップで買うのではなく、里親が必要な猫を飼ってほしいです。また、一度飼われたら最後まで責任もって飼われますように。

私がいつも読んでいる小西修さん(多摩川猫やホームレスさんのお世話を、365日されているカメラマンです。ブログ→http://www.top-virtual.com/kabuto/diarypro/ )の2月12日のブログでは、多摩川へ飼い猫を捨てに来た、中学生くらいの女の子の話が書かれていました。ホームレスさんが問いただすと、「家の人と話して捨てることにした。」と答えたそうです。
ホームレスのおじさんは、「こんなところに捨てたら死んじゃうよ。ちゃんと飼わなきゃだめだよ。」と言って追い返したそうですが、そのあとどうなったかは知る由もないとのこと。
同じようなことは数年前にもそこであり、「お母さんに捨ててきてと言われた」そうです。

よくもまあ、飼っていた家族同然の猫を、生きられる可能性のほとんどない河川敷に捨てられるものです。小西さんの話では、100匹捨てられたら生き残れるのは1匹、それは心優しいホームレスさんのところにどうにか辿り着き、助けられる猫だとのこと。

猫だって人間と同じ、たった1つの命を持った大切な生き物です。その命を大切にする教育をできない親に育てられた子どもほど、不幸なものはありません。そしてその子どもはまた自分の子どもに、命を粗末にしてもいいと教えるでしょう。だから、どこかでその連鎖を断ち切らせなければなりません。子どもが自分で気づくか、人に教わるか。いずれにせよ、親の責任というのは、とても大きなものです。まずは、そういう親を教育しないとダメですね。思わず小西さんのブログに、そうコメントを入れました。

ウメに引っ張られて洗足池へ行った先日、ウメはおやつを買って欲しくて、私を近くのペットショップまで引っ張るのですが、そこで見た光景に、思わず「バッカじゃないの?!」と思ってしまいました。

ウメと同じ柴犬の赤ちゃんが、なんと20万円で売っていたのです。気分が悪くなりました。おなかが痛くなりました。
子犬に罪はありません。でも、今の日本、犬は年間15,811匹、猫は67,091匹殺処分されているんです。(平成27年度。環境省発表。)1日に換算すると、犬は43匹、猫は184匹殺されています。主に保健所などから引き取り里親を探す保護団体の努力のおかげで、その数は昔に比べれば減ってきてはいますが、まだ理不尽にも殺されなくてはならない命がこれだけあるということを、私たちは知らなくてはいけません。

放っておいたら消されてしまう命たちを守るためにも、犬猫の里親になることを最優先に考えてほしいです。

また、それならペットショップにいる犬猫たちの命は安泰か、というと、実はそうではありません。売れ残った犬猫たちもまた、同じような運命を辿ることもあります。
では、ブリーダーさんのところにいる犬は安泰か、というと、それもまた違います。ブリーダーさんはいい人たちばかりではなく、中には、「ブリーダー崩壊」といって、儲けだけを考え必要な栄養や休息を与えず、劣悪な環境で犬を増やし続けてきたブリーダーが、見切りをつけて犬を放置して逃げる例も後を絶ちません。犬達は病気になっても治療されず病死したり、餌も足りず餓死したり、衰弱したところを見つけられます。そういう犬達も、保護団体はレスキューして、里親に出せるまで世話をされるのです。

東京都の小池知事は2020年の東京オリンピックまでに犬猫殺処分ゼロ、を公約に掲げましたが、もっと早く実現してほしいですし、他の都道府県でも同様になって欲しいですが、何より、「飼ったら一生責任もって飼うこと」が実は一番大事なのです。保健所に持ち込まれたり捕獲される犬猫は、元々は飼われていた犬猫たちがほとんどなのですから。 犬猫が殺処分されている現実の責任は、まさに人間にあるのです。

私は、全ての犬猫たち、動物たちの幸せを、心から願っています。

(何度もこのブログで書いてきたように、うちのウメはワッチが小学4年生だった時に、たまたま洗足池にあったブリーダーさんちの前を通りかかり、赤ちゃんだったウメを抱かせてもらい、そのまま飼うことになりました。もう亡くなりましたが、いいブリーダーさんで私は大好きでした。けれど、考えたくないことですが、将来ウメが天寿を全うしたあと、まだ余力があれば、私は年取った犬の里親になりたいと思っています。自分が死ぬ前に世話ができ見送れるのは、年取った犬だと思うので。)

さて、ウメとチーとハルと寝ます。

そうそう、私のペンネームの柴本礼ですが、「柴」は柴犬のウメ、「本」はおはぎちゃんの本名がポンちゃんなので、そこからとりました。私がペンネームなので、犬や猫にも本中での名前をつけたのでした。ウメの本名は、さくらです。ウメの咲く頃生まれ、桜の咲く頃家族になりました。「礼」は、本名の「玲子」からです。「礼」には調和を大切にする意があるという、論語からとりました。

この先柴本礼でいて、何かあっても、いつもウメとおはぎちゃんと一緒だと思うと、心強いのです。
ちょっといくじなしの私なのでありました(笑)。








今日って、春二番だったそうです。NHKでキャスターの方が言ってましたけど、ジョークでしょうか。
春一番は知っていますが、春二番もあるの?そのほか、「春三番、春四番・・・ で、春本番」、とも言ってましたので、(面白い!)と思いました。

遅く起きてきて外の強風にびっくりしたワッチが、「すごい風だね。」と言ったので、すかさず、「春二番なんだって。」と得意気に言う私。
「へえ、そういうのあるんだ。」と感心するワッチになおも、「春三番、春四番・・・といって、最後は春本番なんだって!」と言うと、「なにそれ。」と呆れていました。
・・・うん、そうか、きっと「春本番」というのはジョークで、春二番、春三番、というのはあるのだろうな。ワッチの反応を見てそう思いました。

そんなことはともかく、今日の風もひどかったです。私は荒れ狂う強風の中、ウメと2回散歩(1回1時間)して、もう今日のエネルギーは使い果たした気がします。けれどなぜか頑張って夕食も沢山作ってしまい、コウジさんとワッチが喜んで食べたあとの大量の食器洗いをしていたら、急に疲労感に襲われました。あと数枚のお皿とフライパンを残すのみになったのに、その数枚が洗えず断念。フラフラと台所を離れちょっと休もうと思ったのに、ソファーはコウジさんが寝ているし、こたつではワッチが参考書やらパソコンやら色々広げている。仕方ないので1階へ降りて行き、カバーのかかったベッドの上で寝ました。でも、1階って寒いんです。

凍えながら横になっていると、2階のリビングにいたはずの犬のウメが、カッチャカッチャと爪音を立てて降りてきました。そしてベッドに飛び乗ると、なんと私の横で寝てくれたじゃありませんか。その時の嬉しさといったら!

何にも手伝わない夫と娘に比べ、私を気遣ったのか(そうに違いない、と思い込んでいます)そばで温かなぬくもりをくれるウメ!あ~、もう、ウメのためなら何度も散歩に行ってあげるワン!

ウメのおなかは温かくて、以前読んだ新聞記事を思い出しました。
それは、ある冬の夜、認知症のおばあさんが俳諧して外で一晩過ごして朝見つかったそうです。おばあさんはそばに来た野良犬を抱っこして暖をとれたので、凍死しないで済んだとのこと。おばあさんが無事保護されると、いつのまにか野良犬は姿を消していた・・・そういう話でした。 その野良犬が、今は誰かの家で飼われていますように、と祈っています。

ウメのおなかに手を差し込んで、抱っこして少し寝ると、ちょっと元気を回復したので、「ウメ、ありがとね。」と礼を言ってまた2階に戻り、残りの食器を洗いました。

ところで、相模原事件の話の続きですが、今日のニュースでは犯人の植松は人格障害(自己愛性パーソナリテイ障害)なので責任能力はある、という鑑定結論が出たそうですね。やはり植松自身だって障害者であり、「障害者は世の中からいなくなればいい」という彼の言葉は、そのまま自分に返ってきたということです。

今朝の東京新聞27面でも、昨日津久井やまゆり園で建て替えについての話し合いが、県と入所者家族の間で行われたという記事が掲載されていました。県担当者は、同じ場所で大規模な入所施設に建て替えるよりも、「地域の小規模施設で暮らす地域移行を進めるべきだ」という意見もあるため、見直しを進めていると説明したそうです。

けれど入所者家族からは、「近くに置いておきたかったが、思春期以降は手に負えなかった。地域で暮らせない重い障害の子もいる。」「施設の集団生活には社会性が身に付く面がある。家庭やグループホームでは難しい。」という意見が出たとのこと、私もその意見に賛同します。そりゃ、大事な家族はそばで、できれば自宅で一緒に生活できたら一番いいのはわかりきったことですが、現実問題として、それってできますか?と言う話です。一週間くらいではなく、ずっとですよ。何年も、何年も、です。

いくら大切で大好きな家族でも、重い障害を持っていたら、そのお世話で介護する人の時間は全て費やされ、疲弊し、障害当事者より先に介護者がダウンします。それがわからない人は、実際経験してみるといいのです。私は大好きで大事なパーキンソン病の父を自宅でみましたが、体がほとんど動かないけれど、動くとすぐ転倒してしまう危険性のある父、夜は30分ごとに起きる父、ここには書けないような色々なことが起き、2か月半でもう限界でした。私の場合、夫も障害者ですから、夫も父もだなんて、もう絶対無理!、と悟りました。

とにかく障害や病気当事者のためにも、介護者はダウンしてはいけないですし、介護者は介護者としてだけの人生であってはいけないと思います。介護者にも、自分自身の人生を生きる権利があり、介護される人(当事者)だって、介護者が楽しく笑ってくれている方が、暗いしかめっつら、涙顔や怒り顔でいられるよりよっぽど幸せですよね。

時として、脱施設、地域移行が障害当事者のために一番いいような言われ方をされますが、ではそこに介護する人の負担、人生は考慮されているのでしょうか。介護する人が、疲れ切って死んでしまってもいいのでしょうか。死ぬわけない、と思っているのでしょうか。とんでもない、介護する人の方が、もしかしたら先に死んでしまいます。もし脱施設、地域移行を進めるのなら、介護する人の負担を考えた支援体制ができていることが必要です。(ここで私が想定している施設とは、自宅近くにある施設ですが、今「脱施設」で問われているのは人里離れた山奥に作られる施設でしょうか?私もそれなら反対です。← ある方から指摘があり、追記しました。)

一番いいのは、当事者も介護者もなるべく元気でいられることです。両方とも100%元気でいるということは無理!ですから、折り合いをつけて、それぞれ50パーセント50パーセントの満足を目指せばいいのではないでしょうか。それはきっと、普段は障害者は近くの施設で生活し、週末は自宅に戻ったり、逆に家族が施設に面会に行ったりする、そういう形がやはり一番いいのでは、と私は思います。家の中にこもりっきりの生活より、色々な人と触れ合える施設の方が、障害当事者にとってもいいです。そして介護者(家族)は、当事者を施設にまかせっきりにするのではなく、きちんと家族が世話をされているか、問題や改善点はないか、自分たち家族でも手伝えることはないか、など積極的に運営に参加できる施設が理想的だと考えます。

やはり私は、施設にいた父が肺炎を起こしていたにもかかわらず翌日まで様子を見られ、翌日救急車ではなく施設の車で病院へ行き、1時間も待合室で待たされていた(急患扱いにならず)ことが、肺炎の重篤化、そして3か月後の死の原因になったと思っています。
もし私に父が2人いたなら、肺炎の疑いがありそうな電話を夜もらった時、今度こそ施設任せにはせずにすぐ施設へ駆けつけ、父の様子を見て救急車で病院へ連れて行くでしょう。そして今頃、父と今年の花見を楽しみに会話を交わしていることでしょう。

いまだに毎日、何度も父を思っては泣いている私です。

ふと、ブログを書いている私の横にあるソファーを見ると、ウメが寝ています。さっきは寒い寝室で添い寝してくれていたのですが、私が元気になって2階へ上がって行ったのを見て、自分もやはり暖かい2階の方がいいや、と上がってきたようです。

けれど実際に寝る時には、ウメもハル(大猫)もチー(子猫)も、私やコウジさんの布団の上に来て寝るので、重くて身動きできないんですよ。でも、時々ウメの耳を触ったり、ハルやチーの背中を撫でたりしながら寝るのは、至福の時で、重いけれど安眠できます。

そろそろ、その時間が近づいてきました。
では皆さん、おやすみなさい。

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