日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2017年08月

明け方、私の足を1歳になった猫のチーが爪でカリカリ引っ掻いたり、歯で噛んだりするので、目が覚めました。こういう目覚め方は、幸せです。といっても、またチーと一緒にそのまましばらく寝るのですが、それもまた幸せ。

そのうち3歳の大猫ハルが私の枕元にやってきて、そのまま枕を占領して寝たり、足元の方で犬のウメの寝息や寝言が聞こえたりもします。やはり、それも幸せ。

東京は雨が多いですが、今日は久しぶりに少し晴れ、しかもすごく蒸し暑かったです。
ウメと散歩していると、桜の葉が黄色や茶色になって落ちていて、秋の気配が。

夜ウメに催促されて散歩で表に出れば、どこからか「チン、チン、チン」というカネタタキの鳴き声も。

街を歩けば、売っている服も、長袖やワイン色など秋めいてきています。

このまま秋になってくれたらいいな、と暑さ嫌いの私は期待しています。

でも、先週のことですが、まさに真夏の風物詩に遭遇し、それはそれで感激しました。

それは、夜8時過ぎにやはりウメに催促されて散歩に出たのです。あれよあれよという間に遠くまで引っ張っていかれ、いつも日中散歩している大学のキャンパスに着きました。 夜の散歩はやはり用心のため、コウジさんにもついてきてもらいます。それでも人気の少なくなったキャンパスは、ちょっとコワイ。

でも、せっかく来たので、セミの羽化が見られないかな、と木の下や繁みをキョロキョロすると、いました、いました!木製ベンチの端に、ちょうど殻から出て薄青色の羽を伸ばしているセミを見つけました。セミの羽化を見るのは2度目ですが、1度目は数年前にやはりウメの散歩をしていて、羽化を見つけた人から呼び止められて一緒に見ました。その時は見物客も多かったので、早々にその場を離れましたが、今回は私だけでしたので、しばらく見とれていました。コウジさんも呼び、ウメがそばに来ないように私がウメのリードを持って離れ、その間にコウジさんがセミを見ました。コウジさんも喜び、ウメのおかげでいいものを見られた、と2人でほくほくして帰りました。

その1時間くらい後、大雨が降ってきたので、(あのセミは大丈夫かしら?雨で地面に落ちていないかしら?風も結構強いし。)と心配でたまりませんでした。けれど後日そこを訪れると、そのあとも沢山のセミが羽化したようで、ベンチの周りには空の殻(ダジャレ)が落ちていましたし、見上げると木々の葉が屋根のようになっている場所でしたので、きっと今頃あのセミは力強く鳴いているだろう、とホッとしました。(メスだったら鳴かない?)

話は変わりますが、宮崎県の「いのちのはうす保護家」の山下由美さんが、クラウドファンデイングを呼びかけられています。  2年ほど前にNHKで、山下さんが「犬のホスピスを作りたい。」と話されているのを見て、ちょうどその数か月後に宮崎へ講演で行ったものですから、私は帰りに「いのちのはうす保護家」を訪ねました。

そこで山下さんやスタッフの藤井さんらとお会いし、世話されている犬猫を見たり、少しですがお手伝いしたりして以来、保護家さんのHPはずっと見ています。そして、2年前に山下さんが言われていた通り、いよいよ犬のホスピスを作ることにしたそうで、その資金支援を呼びかけているのを知りました。
https://readyfor.jp/projects/xxhogoyaxx

既に多くの方が支援して下さっていますが、まだ目標額には届きません。9月29日夜11時までとのことですので、宜しければご協力お願いします(私は10日ほど前にご協力しました)。 また、HPをご覧になって下さるだけでもいいので、こうして自分の時間を犬猫のために捧げていらっしゃる尊い方がいらっしゃることを知っていただけたらと思います( もちろん、全国に同じように犬猫、生き物のために頑張ってらっしゃる方はいます)。

ただ、私のブログを読まれる方の中には、ご家族やご自身が高次脳機能障害になられて日が浅い方も多いかも知れません。そういう方は、やはりまずはご自分のことを気にかけて下さいね。自分がしっかり立てていないのに、ほかの人のことを心配するのは、難しいことでしょう。私も夫(コウジさん)が倒れて2年半くらいは、心に余裕はありませんでしたから。

最近、片づけをしているのですが、夫が倒れて2年くらい経った時の自分の文章が沢山出てきました。
それを読むと、なんてことだ、なんて大変だったことだ、とその紙を持つ手が震えてくるほどでした。

高度障害と認められず、生命保険会社や金融庁に電話したり手紙を書いたり(その文章もありますが、生命保険会社へ宛てた私の文章の勇ましいこと!怒りや疑問や諦めが混ぜこぜになっていますが、今読んでも別に間違えている内容とは思えず、我ながら名文です。今も高度障害と認められない高次脳機能障害者はきっと多いのでしょう。その代り、今は脳卒中になったらローン免除、保険料も免除、という商品ができていますから、それに入るといいですね。私たちが保険に入った時には、そういう商品はありませんでした。要望が多いのでしょうね。)、絵本を描いてあちこちの出版社に送って見てもらったり。絵本コンテストに応募したり、自費出版する場合の金額を調べたり。新聞に投稿したり、それを掲載してもらったり。

もう、読んでいてよくぞここまでじたばたあがいていたものよ、と自分を褒めてやりたい気分です(有森さんのよう?)よくぞ諦めずへこたれず、相手に噛みついたりすがりついたり、一体あのエネルギーはどこから来ていたのか。私はそんなに頑張る強い人だったのか。・・・疲れて一時は死にたくなったので、すごく強くはないのでしょうが、負けん気は強いと認めます。何もしないで嘆くよりは、何でもしてみよう、道は開けるかもしれない・・・ その思いだけで動いていた気がします。

だから、このブログにコメントしてこられる方に、かつての自分が重なります。私もそうだったもの。先が見えず、何かつかめるものはないか、手をばたつかせていました。
事務的なことはもちろん大事ですが、自分の気持ちを聞いて受け止めてくれる人の存在が、何より必要だったと思います。ばたつかせていた手を、そっと握ってくれた人たち。そういう人たちがいたから、今の自分があります。なんとかやってこられたのだと思います。

落ち込んで黙ってこもっていないで、外へ向けて一歩足を出し、手さぐりで進んでいけば、道は開けます。手を握ってくれる人は必ずいます。今、トンネルの中にいる人たちに、それだけは伝えたいです。

ブログを書かないうちに、終戦記念日も過ぎました。
テレビや新聞では、戦争体験者の貴重な話が溢れていました。
コウジさんの遅い夏休みがあさってから始まりますので、録画しためていたそういう戦争関連番組を、一緒に見ようと思います。

戦争で亡くなった人たち、特に特攻で命を落とさざるを得なかった若者たちが、可哀想でなりません。日本は狂っていたとしか考えられません。原爆が落とされた広島や長崎、空襲に見舞われた東京やその他の地域、沖縄、満州、シベリア、東南アジアの島々で犠牲になった方たち。また、逆に日本が加害者側となった国々の方たち。

戦争は絶対やってはいけない。72年前に莫大な犠牲を払って得た教訓を、忘れてはいけない。

武田一義さんの『ぺリリュー楽園のゲルニカ』を読みたいと思っていますが、なかなか入手できない現状のようです。

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ウメの抜け毛が始まりました。いつもクーラーの中にいるからでしょうか、外は猛暑なのに今まで冬毛のままでした。

柴犬は短毛だから抜け毛も少ないだろうと思われるかもしれませんが、そんなことはないんですよ。半端な量じゃありません。この写真は、今日のブラッシングで出た毛ですが、それでも体の半分だけしかブラッシングしていません。こんな毛皮をまとっているのだから、さぞかしウメは暑いでしょうね。可哀想に。

床についている側の毛もブラッシングしたいのですが、いい加減ウメも嫌がって逃げてしまうし、私も疲れるし、時間がかかるので、とりあえず毎日片側ずつです。もう今日で3回目ですが、まだまだしばらくは、抜け毛は終わりません。

今週初めに、ほっとする出来事がありました。

実は数か月前のことですが、母の喘息のかかりつけ医から、「お母さんが、おなかが痛い、と2度ほど受診されたので、念のため大きな病院で胃カメラを飲んだ方がいいのでは(大きな病院でないと、胃カメラ飲んで喘息の発作が起きた時困るから)。」と言われていました。そこで初めて、普段私が同席する喘息の診察以外に、母が自分でクリニックへ行っていたことを知りました。

それで、いつか近いうちに連れて行こうと思っていながら、母は元気そうでしたので、ついつい私は忙しさにかまけてそのままにしていました。

ところが先月はじめ、母が突然げっそり痩せたのに驚いた私は、「まずい!早く連れていくべきだった!」と慌ててかかりつけ医に連絡し、翌日母を連れて受診、ネットであれこれ沢山調べて「ここがいい。」と決めた病院への紹介状を書いて頂きました。

その6日後に予約が取れた病院へ母を連れて行き、問診、触診、血液検査を受けてもらい、そのまた3日後に今度は便検査、CT撮影、そしてそのまた10日後の今週初めに胃カメラ(内視鏡検査)を受けてもらいました。

激痩せに気づいてから1か月、バタバタと検査が続きましたが、高齢の母は面倒臭がるものの、比較的素直に娘の言うことに従ってくれたので、あとは結果を待つだけでした。

私はもう、(これはガンだ。)と思っていましたから、母の入っている生命保険証券を引っ張り出してきて内容を確認をしたり(手術や入院、通院についての給付額など)、今後のことを色々考えて落ち着かない気持ちで毎日過ごしていました。

しかし検査結果が出るまで、何度も実家へ行って母と会っていましたが、会うたびに母はふくよかに戻ってきていたのがちょっと不思議でした。けれどガンが食物が通るのを塞いで食べられなくなって痩せていたのが、何かの拍子にガンの横を食べ物がするりと通れるようになって又食べられるようになることもあるそうなので、きっとそれだろう、と思っていました。

胃カメラと結果を聞く日、(このまま入院になるかもしれない。帰りは夜になるかもしれない。ウメの散歩どうしよう。)と覚悟していたのですが、胃カメラを終えて医師から説明を受けると、特に異常はない、という嬉しい結果でした。
胃も肺も肝臓もすい臓も腎臓も(大腸もCTで見る限り)、全て問題なしとのこと。

心配し過ぎてこわばっていた私の体が、医師の言葉でほぐれ、母と「良かったねえ。」と喜び合いました。

医師はもちろん、看護師さんらも、スタッフの方たちも、皆さん優しく、人手の多い病院だったので、母も私も気に入りました。「また来ようね。」という冗談まで出て、笑い合いました。会計を済ませ、胃カメラ後食べてもいい時間になったので、母と病院内のレストランでゆっくりと幸福を噛みしめながら食事しました。

てっきり深刻な病気だと思っていたので、健康はなんて有難いことだ、と改めて思った次第です。

病気だと母も大変ですが、私も忙しくなり、私の家庭(コウジさんやワッチ)までも忙しくなり、犬猫たちにも色々我慢してもらうことになり、今までの生活(それすら既にバタバタの毎日なのですが)が、輪をかけて忙しくなります。やろうとしていたことは諦めたり後回しになります。病気は仕方ないことなのですが、既にコウジさんが14年前に大きな病気をして、ヘトヘトになっている私(たくましくなっている私?)。

その後5年間父とともにパーキンソン病と闘い、願い叶わず1年半前に父を見送ったショックと悲しみからまだ立ち直れていない私。

続いて今度は母だ、と思って覚悟を決めていたものですから、思わぬ展開に拍子抜けし、じわじわと喜びと母の丈夫な体への感謝が芽生えてきているところです(まあ、重い喘息だけは心配ですが)。

私も丈夫ですが、丈夫な体をくれた両親に感謝しつつ、基本健診、乳がん子宮がん健診は受けているものの、まだ胃がん、大腸がん健診は受けたことがないので、受けようと思います。

こんな感じで、この1か月ちょっと神経を使ったのか、今少し無気力になっています。がくっと緊張がほどけ、疲れが出たのでしょう。でもまたすぐ元気になりますから、ご心配なく!
皆さんも、お体お大事に。

せっかく毎週囲碁教室へ通っているので、この1週間はなるべく1日30分は碁盤と向き合うようにしていました。
先週もらっていた、詰碁のプリント(宿題)。うんうん唸って自分なりに解いて持って行きました。けれど、4問のうち3問間違えていました。

理由はわかります。
私が黒石で相手が白石としても、私が黒石の頭で思うように白石も動かすため、独りよがりの詰碁になるのです。
先生からは、「う~ん、なるほどね。白がここに打つと思うのは、黒の考えで、白はそこには打ちませんよ。」と言われました。例えば、白は1つ捨ててももっと大きな収穫を狙うのに、私はこの1つを捨てるわけがないと思い込むため(目先の利益を考えるため)、間違えるのです。勿論、相手も私レベルの人なら話は別ですが。ああ、難しいなあ・・・。 囲碁は細かいところも見つつ、大局も考えなくてはいけないので、頭を相当使うゲームです。

しかも、教室では色々な先生が教えて下さいますが、「メモしてはいけない」という先生がいらして、今日はその先生だったため、帰宅して復習しようとしても、メモもなければ覚えてもいないので、困ってしまいました。やはりメモさせてもらえるよう、来週は頼もうと思います。なにしろ、私は超初心者だし頭も固くなっているので、メモがないのは無理な話なのです。

頭が固くなっているとはいえ、今日、不思議なことがありました。
囲碁は普段使っていない箇所の脳を使うようで、ひどく疲れるのですが、先生が説明している時に、急に亡くなった母方の祖母の家が目(脳)に浮かんだのです。
何人かの親戚もいて、なつかしい祖母の家の匂いもしてきて、私だけそっちの世界にひとときワープしていました。

よく、人は匂いで昔の記憶を呼び起こされると聞きますが、今回はその逆で、昔の記憶から匂いが浮かびました。
囲碁が私の脳のどこかのスイッチを押して、昔の心地よい映像を引っ張り出し、その空気で私を包んだのです。
目の前には説明されている先生や生徒さんがいるのに、心(頭)の中は祖母の家でした。
私はなつかしさと幸福感でそっちにいたかったのですが、そういうわけにもいかないので、祖母の家から現実に戻りました。
けれどそのあと先生の話を聞いていて、また祖母の家を思い出しました。今度は、意識的に。いかん、いかん。集中しなくては。
その後は頑張って囲碁の勉強に戻りましたが、なぜ囲碁が私を子どもの頃に連れて行ったのかはわかりません。でもきっと囲碁のなにかが、私の脳に作用したのは確かなようです。不思議だな。

そういうことがあったせいで、私はなんだか子どもの頃の方が良かったような気が、今日はしてきました。
優しい親や祖母から守られて、安心して子どもでいられたあの頃。きっと私は幸せな子ども時代だったのだ、と今更ながら親や祖母に感謝の気持ちがわき起こり、心が温かくなりました。もうすぐお盆だものね。先祖が周りに来ているのかな。

それはそうと、明日は月に1回の、大森での「高次脳機能障害・囲碁プロジェクト」の日です。高次脳機能障害だけでなく、視覚障害、身体障害の人たちも集まります。障害があっても、老若男女、国に関係なく誰もが楽しみながら交流できるのが、囲碁なのだ、とわかってきました。すごい道具、ゲームですよ。
今日間違えたままわからない問題も持って行って、教わろうと思います。

いつも私とコウジさんに教えて下さるKさんという方がいて、明日も来て下さるようなので、コウジさんと喜んでいました。
ところが驚いたのは、私が今日囲碁教室から帰ってきて、それとは関係なくコウジさんにKさんのことを話しだしたら、「あれ?囲碁教室にもKさんがいるの?」「Kさんは、僕の友達だよね?お前も知っているの?」と言うのです。

「Kさんは、囲碁教室にはいないよ。明日の会に来てくれているんでしょ。」「それにKさんは元々はあなたの友達じゃなくて、木谷さんのお友達でしょ。」「私だってKさんのこと、あなたと同じくらい知っているわよ。」と訂正すると、「そうだっけ?」と。

さらに、「あれ、明日はコーラスだよね。」ときました。
私がさすがに、「コーラスじゃなくて、囲碁でしょう?」と段々イライラし出すと、コウジさんは慌てながらも、「あ、囲碁か!」と驚くのです。
こういうのは、見当識障害というのでしょうか。

もちろん、明日の場所(大森)も覚えていなくて、「どこだっけ?」とためしに尋ねますと、「自由が丘!」と答えます。
もちろんもちろん、1人では行けないので、私が電車、バス、徒歩、全てリードしなくてはなりません。もう7回目なのになあ。こういうコウジさんには慣れて当たり前になっているけれど、やっぱりどこかでため息をついている私がいます。仕方ないけれどね。仕方ないから仕方ない。考えても仕方ないことだから、明るくいこう!

幸い、練習はほとんどしないコウジさんだけれど(面倒臭がったり眠がったりで)、囲碁は好きなようなので、きっと脳のどこかに作用して、いい効果があるはず。

明日8月6日は、広島に原爆が落とされた日です。大森で黙とうしましょう。

ところで、私の知人に、ジャーナリストの中村尚樹さんという方がいます。
その方が、最近本を出されました。
『占領は終わっていない ~核・基地・冤罪 そして人間~』(緑風出版)というノンフィクションです。
http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1714-6n.html
 
広島、長崎、沖縄、福島をはじめ、冤罪や文学も含めた現代日本の課題をテーマに、それぞれの隠された真実を提示している本だそうです。

出版元は、アマゾンの学生会員向けに割引制度に抗議してアマゾンへの出荷を停止中とのことで、アマゾンに注文すると、入手するのにすごく時間がかかるそうです。
なので、今日、近所の本屋に注文してきました。届くのが楽しみです。

内容はきっと濃く重いものですが、私たち日本人が知っておくべき考えておくべき重要なことが沢山書かれてあります。中村さんの書かれるものは、精力的にきめ細かく取材された賜物なので、是非皆さんも読んで下さい。中村さんは元NHK記者で、数々の大学で講師を務められています。高次脳機能障害者をテーマにした『奇跡の人びと』(新潮文庫)など、著者多数。

ではまた!


 

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