日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2018年01月

今朝はいつもより早く起きて、必要なら雪かきをしなくては、と早速表に出てみました。そうしたら、やはり積雪量は4年前を更新して都心で23センチ、というだけあって、あたり一面真っ白。まだ家の前も足跡が少なく、これでは会社へ行くコウジさんが、家を出られません。

数年間出番がなかった雪かきスコップを取り出し、とりあえずコウジさんが広めの通りに出られるまでの雪かきをしました。まだ雪は固まっておらず柔らかかったので、思っていたよりは楽に雪かきできました。

その道を通ってコウジさんが早めに出勤したあと(無事会社へ行けたそうです)、まだ雪かきされていなかった隣近所4カ所の玄関先をついでに雪かきしました。このへんでは私が一番若いですし、柔らかい雪は楽々かけるし、鼻歌まじりでなんとか皆さんが歩けるぐらいの道を作りました。

そのあと横浜にある実家はどんな具合になっているか気になり、母に電話しました。すると東京ほど積もっていないようで、この暖かさならすぐ溶けるから大丈夫とのこと。私が出動するまでもないことがわかり、安心しました。

もっとも、助けが必要な大雪で私が出動しなくてはならないとしても、なかなか難しいのですが。バスで実家近くまで行けたとしても、そんな大雪だとバス停から実家までは歩けないかもしれないし・・・やはり遠くの親戚より近くの他人、でしょうか。そんな思いもあって、母のために私は近所の雪かきをしたのです。

そういえば4年前にも今回ほどではなかったものの大雪が降り、その時も近所で和気藹々と雪かきしたのを思い出しました。こういう災害(災害と言えるほどでもありませんでしたが)の時には、近所と顔を合わせて近況を話し合って交流を深めたり、協力し合い団結したりするものなのですね。

大雑把な雪かきを終えて家で一休みしていると、外から雪かきをするスコップの音が聞こえたので見ますと、隣のおじさんがさらにきれいに雪かきをされていました。おじさんは私の大雑把な雪かきでは納得されなかったのかな、でも83歳ですから、慌てて私は外へ飛び出し、「私がやりますよ!」と言いました。けれど「なんの、これしき。身体を動かした方がいいから。」とどんどん鮮やかに雪かきされます。やはり年の功なのか性格なのか、とても私は太刀打ちできない見事な雪かきなので、お任せしました。

元々いつもすごく元気なおじさんで、自転車に乗ってしょっちゅう多摩川まで釣りに行かれたりするほどなので(そんなに近くないんですよ)、おじさんの目的は釣りではなく、体を鍛えることだったのかな、と感心しました。(奥様のお話では、釣り友達が待っているので、行かないわけにはいかないのだそうです。いいですね、まさによく言われるように、高齢者には「きょうよう」と「きょういく」が大事だということを実践されていらっしゃいます。・・・今更ここで説明するまでもないかもしれませんが、ご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので説明しますと、「きょうよう」は教養ではなく「今日用事があること」、「きょういく」は「今日行くところがあること」です。それが大事なんだそうですよ。心理学者の故多湖輝さんの言葉だそうです。)

ベランダの雪も全部はらった後、ウメの散歩に出ました。今日の2回の散歩は、雪の中の散歩なので時間はかかったものの、ウメは嬉しそうでした。

さて、2月のイベントと講演会のお知らせです。
●2月10日(土)
【障害者と囲碁~共に生きるフォーラム&記念対談】(チラシを添付するのをやめ、ここに書くことにしました。)

12時~ 第一-部: 映画と入門講座、全盲棋士対局(柿島光晴アマ四段 対 汪徳慧アマ二段)、30分で覚える囲碁入門、全身性障害児対局(中川剛志アマ八段 対 東海林晴也君(15歳)

13時~ ご挨拶(静岡市長 田辺信宏氏、静岡商工会議所会頭 酒井公夫氏、静岡大学長 石井潔氏)
第二部 講演「障害者と囲碁~最先端ICT(情報通信技術)が開く世界」中川剛志氏(東京都立八王子東特別支援学校教諭)、東海林晴也君(全身性障害児 15歳)

13時40分~ 第三部 トーク「障害者と囲碁」柿島光晴(全国盲学校囲碁大会実行委員長)、中川剛志氏、東海林周子氏(晴也君の母)、柴本礼(私)、北川正恭氏(早稲田大学名誉教授・元三重県知事)、浅野史郎氏(神奈川大学教授・元宮城県知事)、木谷正道氏(碁石海岸で囲碁まつり実行委員長)

14時50分~第四部 「心の唄~共に生きる」by心の唄バンド

15時半~ 第五部 記念対談「明日の日本~まちおこし・自治体おこし」北川正恭氏、浅野史郎氏(司会 木谷正道氏)

総合司会:石鍋博子氏(碁石海岸で囲碁まつり広報委員長)

●2月14日(水)
【平成29年度 高次脳機能障害家族教室】
対象者
(1)相談支援機関、協力病院、市町、とちぎリハビリテーションセンター等で治療又は支援を受けている64歳までの高次脳機能障害と診断された方の家族。
※足利赤十字病院、国際医療福祉大学病院、栃木県医師会塩原温泉病院、真岡中央クリニック、リハビリテーション花の舎病院
(2)とちぎ高次脳機能障害友の会の会員で高次脳機能障害の方の家族
(3)栃木県内在住のご家族の方
ただし(1)(2)(3)とも原則として全2回のプログラムに参加可能な方。

定員 50名

≪第1回プログラム≫
平成30年2月7日(水)
13時~14時20分
「高次脳機能障害の理解と対応について」とちぎリハビリテーションセンター診療部副部長 船越政範氏(リハ医師)

14時20分~15時20分
「栃木県の家族会活動について」とちぎ高次脳機能障害友の会 中野和子氏(会長)

≪第2回プログラム≫
平成20年2月14日(水)
13時~15時半
「高次脳機能障害の夫とともに」講演&質疑応答 柴本礼(私)

場所:とちぎリハビリテーションセンター3階 大会議室
(宇都宮市駒生町3337-1 TEL028(623)6114

参加費用:無料

今日は、文字数が多くて読みづらかったですね。すみません。

草津白根山で噴火、犠牲者が出ているとのこと。可哀想に、お気の毒です。ニュースの映像で見ましたが、あんなに大きな噴石が雨のように降ってこられたら、逃げるのは難しいです。こんな怖いことが突然起きるなんて・・・。
白根山は最近警戒レベルが下がって、湯釜のそばまで行けるようになった、というニュースを聞いたばかりなのに。研究者によって火山活動の状況は毎日調べられていると思うのですが、今回の噴火は突然起きた、ということなのでしょうか。少なくとも、噴火が夜だったら良かったのに・・・。
胸が痛むできごとが多いですね・・・。


雪


今日は都心にも雪が降るといわれていましたが、想像以上の大雪に見舞われた世田谷です。
ベランダに積もった雪おろしを夕方までに2回しましたが、どんどん降り続いているので諦め、あとは明日することにしました。明日の朝、家の周りがどんなことになっているか心配です。コウジさんが会社へ行くとき、道は雪で歩けないのではないでしょうか。もしかして、私は早起きして雪かきしなくちゃいけないかも?

それより、独り暮らししている高齢の母や姑のところも、明日の朝、雪で家の周りが埋もれているかもしれません。
こういう場合、一体皆さんどうされているのでしょう。子どもが行って雪かきできる距離ならいいけれど、遠い場合は近所の人にお願いするのでしょうか。溶けるまで母も姑も家から出ないでいるのかな。
明日は幸い、朝から晴れるようですから雪も溶けると思いますが、こういう事態は、考えたこともありませんでした。

会社の配慮で早めに帰ってこられたコウジさんが言うには、電車が朝のラッシュ以上の混雑だったそうです。
私も午前中に買い物を済ませ、早くからハンバーグとポトフを作っておきましたので、18時半には夕食も済んでしまい、19時にコウジさんは疲れたのか寝ていました。そのあと起きて、来週28日の「春の音」コンサートで歌う、スガシカオの「プログレス」を歌ったり、CDを聞いたりしていました。

毎年参加している「春の音」コンサートでは、去年は森山良子さん、その前は小倉佳さん、その前は井上陽水さん、桑田圭祐さん、マイウエイ、などを歌ってきました。でも、スガシカオさんのこの曲に、かつてないほど手こずっています。いい曲なんですが、難しい歌を選んでしまい、下手なピアノ伴奏、下手な歌に、娘のワッチは「曲、変えたら?」とすげない言葉。もう1週間前なので、それは無理。なんとか2人力合わせて形にしますよ。

この雪で、やはり嬉しそうなのは、犬のウメ(今日の写真)。
ずんずん新雪の中を進み、あちこちの匂いを嗅ぎ、雪が体に積もると、「プルプルプルッ」と体を振ってきれいに落とします。冬毛でモコモコ温かそうなウメは、きっと寒くないのだろうなあ~。
でもそんなウメを見ているだけで、こちらもちょっと温かい気持ちになります。

・・・雪の話はこのくらいにして、ここで突然ですが、今後3月までに予定されている、私が参加するイベントや講演会をお知らせします。

●1月28日(日)は、世田谷高次脳機能障害連絡協議会主催「春の音コンサート」。6日前にも書きましたように、13時~15時半まで世田谷区民会館2階集会室。資料代900円。

●2月4日(日)は、大田区の障害者総合サポートセンターで囲碁と高次脳機能障害者の会。

●2月10日(土)午後は、静岡市民文化会館大会議室で「障害者と囲碁~共に生きるフォーラム&記念対談」。
(詳しいスケジュールは書くと大変ですので、明日のブログにチラシを貼りつけます。)

●2月14日(水)は、栃木県宇都宮市で講演。

●3月4日(日)は、東京秋葉原で講演。

●3月24日(土)は、江東区で講演。

宇都宮市と秋葉原と江東区は、これから主催者に確認を取ってからブログで詳細をお知らせします。

それでは今日はこのへんで。

小室哲哉さん引退のことが、ニュースで流れていました。

あまり私は小室さんのことを知りませんが、奥さんのKEIKOさんは、多分高次脳機能障害なのだろうと思っていました。

たしかに私の夫コウジさんも、依存的で幼稚っぽくなり、TPOに関係なく感情のままの行動に走る子どものようになりましたし、記憶障害が重く、たった今あった出来事、聞いた話、会った人を忘れます。KEIKOさんが仕事としていた音楽に興味がなくなったというように、コウジさんも銀行員だったとき、経営コンサルタントだったとき、起業したときのような野心、仕事への貪欲さはなくなりました。

でも、受障して13年以上経つ今、ふと昔の彼のようにしっかりしたり、ふと冴えていることを言って私が思わず尊敬の眼差しを送ったり、無関心だったお金にも関心がいくようになってきたり、たしかに変化は起きています。

この変化が元のコウジさんに辿り着くまでには、きっと先に寿命が来てしまったり、認知症が始まってさらにわけがわからない人になる可能性はあります。でも、もし人間が千年も生きられるなら、きっとコウジさんは元のコウジさんに戻れる日が来るだろう、という気はします。そういう障害だと思います。

勿論高次脳機能障害は、人によって違うので、受障して6年のKEIKOさんが、受障13年たてば、今のコウジさんと同じような変化をしているとはいえませんが、逆にコウジさん以上に回復している可能性だってあると思います。

KEIKOさんも脳に障害を負われながら頑張っていらっしゃるし、介護されている小室さんもそれ以上に頑張ってきていらっしゃったんだと思います。

私も疲れ果て、死にたくなったことはありましたが、子どものように無力でピュアになってしまったけれど相変わらず優しいコウジさんと離婚しようという気は全然起きませんでしたし、誰かほかの男性に慰めてもらいたいなんて気も全く起きませんでした(慰めに来てくれる男性もいませんでしたけど)。相談したのは所属していた家族会や、コウジさんの通っていた回復期病院の作業療法士さんでした(本来は、病院のソーシャルワーカーさんに相談するものかもしれませんが、コウジさんのリハビリを担当されていた作業療法士さんが、一番コウジさんの病状をおわかりになると思いましたので)。

小室さんは、家族会に入っていなかったのでしょうか。また小室さんは、病院のソーシャルワーカーさんに相談しなかったのでしょうか。
芸能人は行動が普通の人とは違うと思うので、家族会にも入られていなかったのでしょうね。私の耳にもそういう話は入ってきませんでしたし。

高次脳機能障害に関する本や資料を読まれたり、講演などにも行かれていなかったのかな。本や資料や読まれても、講演には目立つから行けなかったのでしょうね。(『日々コウジ中』をお送りしたらよかったかな。)
芸能人って、こういう場合(身内が病気や障害など問題を抱えられた場合)、必要な情報を得るのにとても不自由で、一般の人に比べてずっと不利なのかもしれないなあ・・・。

小室さんの人となりはよく存じませんが、とても優しくて繊細な方なのかもしれません。御病気もお持ちだとのことですので、弱気になられることも多かったのかもしれません。才能豊かな方でお仕事も沢山されていて、そのストレスだって相当おありだったと思いますし。もしかして芸能人だからこそ、相談するふさわしい人がそばにいなかったのでしょうか。・・・問題となっているそのお相手の女性、やはり私は「ずるい」と思います。

心身ともに弱っている小室さん。KEIKOさんは状況判断が不得手で、子供のように無邪気になった高次脳機能障害者。そこの隙を利用した、自分本位な人だと思います。そこに気づかなかった小室さんは、相当弱っていたのかもしれません。(以上、私の勝手な推測。)

私は週刊誌の記事も読んでいなければ、小室さんの会見も1分ほどのダイジェストを見ただけなので、実際はもっと深い事情があるのかもしれませんが、小室さんとKEIKOさんにとっては、とにかく可哀想な一件に思いました。

小室さん(このブログを読んでいらっしゃるわけないと思いますが)、KEIKOさんはこの先もっともっと良くなって、2人して心から笑える日がきっと来ますよ。まったく同じ元のKEIKOさんに戻らなくても、小室さんが愛されたKEIKOさんの本質は、変わっていないと思いますよ。同じKEIKOさんじゃなくても、いいじゃないですか。私は昔のコウジさんが少し残った新しいコウジさんと、毎日幸せに感謝しながら生きていますよ。




5日前のむうまさんのコメントを読んで、ふと考えました。むうまさんは、「思うことは沢山あったけど本当にそれを文字にする事って大変だと感じました。 自分の一言で、誰かを不快にさせちゃうんじゃないかとかも考えると いいや~って、手が止まってしまいました。」と仰っています。
すごくわかりますよ、その気持ち!なぜなら、私も同じように感じていますから。

私はこのブログを書くとき、たしかに神経をとても使っています。事実と相違ないか、誰かを傷つけないか、公正な内容か、などをふまえ(それでも失敗することも多々あり)、伝えたいことを、なるべく重くたくない文章で、負の感情は極力抑えて書いているつもりです。

でも、実際の私は毎日怒っていますし、愚痴っていますし、落ち込んでくよくよしていることも、かなり多いのです。

で、今日はそういう私の本音で書いてみようと思いました。どうなるかな?

今日は母の病院付添と、ウメの散歩2回で1日終わってしまいました。どれも必要なことですが、やっぱりそう面白いことではなかったなあ(さっそく本音!)。

この面白くない気分は、まず、昨夜寝ようと思った時からずっと尾を引いているんです。
昨日零時頃、寝ようと思って最後に読みかけの本(読みかけの本は沢山あります。でも大体が障害に関する本や囲碁に関する本、そのほか自己啓発になる本などで、つまり勉強の本なのです。本当は「ワハハ!」、と笑える娯楽本も読みたいんだけれど、その時間がないんです。あ~あ。)2冊を、それぞれ5分ずつ読みました。1冊は石倉昇先生の『ヒカルの囲碁入門』、もう1冊は山口研一郎医師の『高次脳機能障害~医療現場から社会をみる』。
2冊ともなかなか読み進められないのだけれど(石倉先生の本は2度目)、読まないのも気持ち悪いので、とりあえず5分ずつ読んだら、少しは気持ちも落ち着いて安眠できるかな、と思ったんです。

で、5分ずつ読んで立ち上がったら、ハルとチーの猫2匹が餌場の前で私のことをじっと見ていたんです。(あれ、もう今日は結構ご飯あげたはずなんだけど、おなか空いているのかな?空いていたら眠れなくて可哀想だから、もうちょっとあげようかな。)、と思って、モンプチのレトルトパウチを1袋ずつと、チーにはさらに好物のにぼしとおかかをあげたんです。
このレトルトパウチって、なんでこう中身を取り出しづらいんでしょう。イライラします。まず手でパウチを破くときに必ず中の液体が手にかかって手が魚臭くなるのが嫌。中身が全部出てこないので、スプーンで掻きだすのに時間がかかるのも嫌。もっと使いやすいよう改良してくれないものかね、といつも思っています。

猫2匹がガツガツ食べたので、(ああ、おなかすいていたんだ。あげて良かった。)と思った瞬間、まずハルが「ケッコン、ケッコン」、と食べたものを全部吐き出しちゃいました!うわあ、勿体ない。まだ餌の原型をとどめているから、このまままたお皿に戻しちゃおうかしら、と思ったけれど、多分一度胃に入ったものは食べないだろうと思って、泣く泣く片付けて捨てました。犬のウメがいたら食べてくれるかもしれないけれど、ウメはもうコウジさんと寝室で熟睡していて、起きてくる気配もないし。と、その時、今度はチーが、「ゲコッ、ゲコッ」、とにぼしとレトルト餌が芸術のように固められたものを大量に吐きました。・・・げっそりする私。やっぱりあなたたち、食べ過ぎだったんじゃない。あげて損した。計算しても300円分くらいを1分でゴミにしてしまったんだよ、と泣く泣くそれも捨てました。

寝る前にすっかり気分も悪くなり疲れてしまった私は、私の布団に乗っているウメの重みで足を伸ばせないまま寝苦しい夜を過ごしました。今朝も早くから掃除洗濯食事の準備をし、食事をしたあとコウジさんを送り出し、食器を洗ってウメの散歩もして、猫たちのご飯は少な目にして急いで家を出ました。今日は、母の病院付添いなのです。

ところがせかせか歩いて駅へ着くと、電車が遅れているとのこと。ガーン。西武池袋線が濃霧で遅れ、その影響で東横線も遅れているんですって。せっかくいくつかの電車乗り換えが効率的になるこの電車を選んだのに、早速1つ目の乗り換え駅で、乗るはずだった急行に乗り損ねました。そのおかげで、次の乗り換え予定時刻も狂い、どんどん遅くなってイライラも最高潮に。
そもそも電車が色々な線とくっついて便利になるのはいいけれど、遠くの電車が事故で遅れると、こっちの電車まで影響で遅れることが増えて、それはとても不便に感じます。
結局母と待ち合わせの病院へ着いたのは、20分遅れになってしまい、母は私が来ないので心配していて、可哀想なことをしました(こっちは電車の中、母は病院の中なので、電話は控えました)。

でも母の診察も無事に済み、主治医の話を私もよく理解、納得し、そのあと院外薬局で薬ももらい、近くのジョナサンで母とゆっくりお昼ごはんも食べ、やれやれとそれなりに晴れやかな気持ちで母と別れて帰途へついた私でした。が、横浜駅周辺や構内が工事している箇所が多く、市営地下鉄と東横線の乗り換え時にそういうところを避けて歩いているうちに迷い、一旦地下に降りたのにまた地上に出たり、出たところが見知らぬ場所で驚いたりで、無駄な時間と体力を使いました。横浜駅構内は、いつも人が多くて疲れます。

東横線に乗っていたら、ある駅で杖をついたおじいさんが乗ってきました。私は石倉先生の本を読みながら窓際に立っていたので、誰かおじいさんに席を替わってあげて欲しいな、と思い見渡しますと、座っている人はみんなスマホを見ています。おじいさんは若い女性3人の前によろよろと立ちましたが、女性達は皆スマホを見ていたり、寝ていたり。そのうちの1人がふと目を上げておじいさんを見ましたが、またスマホに目を戻しました。ほかにもおじいさんに席を替わってくれる人はいず、思わず女性達に「席を替わってあげては?」と声を掛けたくなりましたが、もしかしたら女性達も体調が悪いかも知れませんし内部障害を持っているかも知れないので、黙っておじいさんを見守りました。

私が乗り換える予定の駅に着くと、電車がガタン!と大きく揺れ、その拍子におじいさんも大きくよろけました。私は慌てておじいさんを支え、周りの人たちもさすがにハッとおじいさんを見ました。おじいさんは私に「有難うございます。」と礼を言われ、降りようとするので、私はおじいさんの体を支えたまま一緒にホームに降りました。おじいさんは「有難うございます」とまた礼を言われるので、私は「大丈夫ですか?どちらへ行かれますか?みんな席を譲ってくれないんですものね。」と言いました。おじいさんは、「もうこのまままっすぐで行けますから。本当に、有難うございました。」とまたお礼を言われるので、恐縮してしまいました。でももう大丈夫そうなので、私も自分の電車を待つことにしました。

スマホって良くないですね。自分のことしか見えなくなっているみたいです。混んだ駅でも、スマホを見ながら周りの状況にお構いなしにゆっくり歩いている女性が多い気がしました。事故の元ですよ。

ようやく帰宅すると、ウメが喜んで私のところへ来て、「ワン!」と鳴きます。
くたくたなんですが、5分休んで暗くなる前に散歩に出ました。この時期は、すぐ暗くなるから嫌です。夏なら夜7時くらいまで明るいから、ウメの散歩もそんなに急いで行かなくてもよくて、こんなに慌ただしくないのですけど。

・・・ウメは、今日もまたレン君ちへ行くんですよ。レン君を恋しがる気持ちはわかるのですが、待っていても亡くなったレン君が出てきてくれるわけがないので、門扉の前で動かなくなるウメのリードを右から引っ張ったり左から引っ張ったり。やっとのことでウメを門扉からひきはがすと、人通り、車の通行の多いところで急にウメはウンチをしました。
もっと人の少ない広い道路でしてくれたらいいのだけれど、犬はいつするかわかりません。そばを通る人たちに「すみません。」「すみません。」と歩行の邪魔をしていることを詫びながら、ウンチを片付ける私のそばを、、小さい女の子を連れたおじいさんが、「ああ!ああ!」とすごく不快そうな苛立った声を私に浴びせながら通りました。私は傷つき、(しかたないじゃない、出るものは。)とおじいさんの後姿を悲しい気持ちで見送りました。犬だって生き物。できれば温かな目で許してほしいデス。

すっかり招かざる客、邪魔者となった1人と1匹は、トボトボと家の近くまで戻ってきました。けれどなぜかウメは家に入りたがらず、ぐいぐい引っ張るので、(なんで?)と思いながらもさらに30分歩きました。するとコンビニから出てきた、スカート丈のすごく短い長い髪の女子高生が、買ってきたばかりのコロッケか何かを食べながら歩き出すのを見ました。え~、みっともないよ。食べ歩きなんて。げんなりしながら彼女を見送った私は、(でも今食べなくてはいけない理由があるのかしらん。あるとしたら何かな。コワイ家族がいて、家で食べると怒られるとか?このまま家に帰らず家庭教師のバイトとか?→家庭教師のバイトは大学生くらいからでしたね。)と考えました。でも考えるのも面倒になったのでやめ、いつまでも歩いているウメに、「もう帰ります!」と強い口調で命令しました。そうでなければさらに30分は平気で歩いていそうでしたから。ウメは言うことを素直にきいて、一緒に帰ってきました。ウメは放っておけば、1日散歩しているかもしれません。でもあまり長く歩くのは、太ったウメには心臓の負担が大きく良くないのです。

帰宅して、大学の試験が終わってゲームをしているワッチに、「1時間半も散歩しちゃった!」と愚痴を言いましたが、反応がないので、そばに行って「ウメが引っ張って行くから、1時間半も散歩しちゃった!」ともう一度言いました。するとワッチは、「わかったわかった、うるさいよ、今いいところなんだから!」と邪険な返事。
面白くなくなった私は、ベランダの洗濯ものをしまい、冷えて湿っぽくなっていた洗濯物を、部屋に干し直しました。こうすると乾燥した室内に適度な湿度も補給され、洗濯ものもパリパリに乾くので、一石二鳥!とホクホクしました。

ホクホクしながらも、今日は面白くないことが多かったので、夕方からお風呂に入ることにしました。さっぱりして少し気分良くなったので、このブログを書き始めたのでした。

・・・本音で書きましたけど、いつもとあんまり変わらないブログになった気がします。
ということは、このブログは私の優等生の部分だと思っていた節が私にはあったのですが、そうではなくて、このブログは私そのもの(本音)なのか、私がブログに矯正されてきたのか・・・?

ともかく、結局いつも本音で書いていた、ということですね。
ある意味、安心しました。むうまさん、有難う。
これからも宜しくお願いします。

(追伸 ワッチに、「あなたは電車に杖をついている人が乗ってきたら、席を替わってる?」と聞きますと、「わしは座るとすぐ寝ちゃうから気づかない。」と答えます。「もし起きていたら替わりなさいよ。」と言うと「うん。」と答えました。さらに、「あなたはコンビニで買ったものを食べ歩きしている?」と聞きました。すると「そんなことは絶対しない。みっともないから。」と答えたので、安心しました。こういうのって、家庭での教育も大きく関係していますよね。)

今日もウメは、レン君の家へ私を引っ張っていきました。
(このまま行くと、レン君ちだなあ。)と思いながら空を見上げながら歩いていると、きれいな青い空。
関東地方の冬は、乾燥したすがすがしい晴天が多いです。

以前南魚沼に2年住んでいたことがありますが、来る日も来る日も雪で、1日2回、車の屋根の雪下ろしをしたのを思い出します。テレビの天気予報で東京地方の晴れマークを見ながら、(なんで東京はいつも晴れなのだろう?)と単純に不思議に思ったくらい、新潟は毎日雪でした。けれど、雪下ろしは大変ですが、雪に覆われた世界や、皆が静かに室内で過ごす日々は好きでした。

ともかく今日もすっきり晴れた青空を見ながらウメと歩いていると、レン君がいない事実が余計悲しく思えてきました。青空って、もしかして、見ていると悲しくなるものなのかも。

ふと、短歌を作ってみたくなりました。作ったことはありませんが、歩きながら考えました。それがこれです。
「冬の日の いつもと変わらぬ青い空 ただ君だけが 居ぬことのぞけば」

下手ですが、そんな気分で悲しいのです。父が亡くなったのも、2年前の冬のこと。
レン君と父の、両方を思いながら作りました。

レン君ちに着くと、門扉に張り付いて、レン君がいつものように出てくるのを待つウメ。
困ったな、と思いながら、「レン君はいないよ。帰ろうよ。」と何度も声かけるのですが、ウメは動きません。

それでもいつまでもここにいても仕方ないので、無理やりリードを強く引っ張り、門扉からウメを引きはがしました。
そして、やれやれ、と歩き出して数歩、またウメが抵抗して動かないのです。

もう困るなあ、とぐいぐい引っ張っていたところへ、レン君のご家族の1人がちょうどどこからか帰ってきたところでした。
驚きながらも、「ウメが動かないんですよ。」と苦笑いして事情を説明しますと、ご家族は笑ってウメを撫でてくれました。するとウメは尻尾を振って大喜び。レン君のことを忘れたようで私はほっとし、しばしご家族と立ち話をしました。

レン君を亡くされたご家族と話すのは、やはりつらいものですが、ふと、「そうだ、私、短歌を作ってみたんですよ。」と、さきほどできたばかりの短歌を詠みました。「レン君のことを詠んだんです。」と胸を張る私に、何と反応してよいか少し困惑されながら微笑むご家族。すぐ私も、胸を張るほど今の自分は元気がないのを思い出し、また猫背になってしんみりして別れました。「しばらくは、ここへ通うと思いますが・・・」と言い残し。

このところ新聞をゆっくり読めず、3日分まとめて読みました。
悲しい事件や事故がなんでこんなに多いのだろう、と驚くほどですが、軽井沢のスキーバス事故の記事が、やはり目につきます。犠牲者の方々の年齢が、娘ワッチと同じくらいですから。
ワッチもこの週末、センター試験休みに合わせて友人らと深夜バスでスキーへ行ってきました。事故に遭われた大学生たちと、同じ状況です。もしワッチの乗ったバスが同じように事故に遭ったなら、ワッチだって被害者になるのです。一度大きな事故が起きると、しばらくはバス会社も慎重になるとは思いますが、それでも私は心配でした。

ワッチは無事帰ってきましたが、軽井沢の事故記事では、生存者が高次脳機能障害を負われたというものでした(東京新聞1月13日夕刊1面)。頭などを強く打たれたことが原因だそうです。

事故当時、その男性は大学を卒業し、就職先も決まっていたのは幸いでした。会社は入社を1年待ってくれ、男性は現在営業の1線ではない部署で、障害を抱えながら働かれているとのこと(事故さえなければ、海外営業部門で得意な英語を駆使して働いていたそうです)。大変だと思いますが、職場の理解に支えられながら、頑張ってほしいです。

夕方、ピアノでスガシカオの「プログレス」を練習し始めました。コウジさんの歌は、結構出来上がってきているので、私の伴奏が問題です。(今月28日に世田谷区民会館2階集会室で行われる、世田谷高次脳機能障害連絡協議会主催「春の音コンサート」は、13時~15時半、開場12時半、資料代900円です。)

私がピアノのある1階でピアノを弾いていると、2階で寝ていたウメがやってきて、そばで寝て聞いていました。かわいいなあ。
そういえば、今は亡き猫のおはぎちゃんも、私がピアノを弾くとすぐどこからともなくやってきて、ピアノの上で寝て聞いていましたっけ。
犬や猫は、ピアノが好きなのですね。このブログを読んで下さっている方の中でも、同じ経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。

私は小学1年生から高校2年生までピアノを習っていましたが、あまりうまくなりませんでした。けれどピアノを弾くのは大好きで、弾ける曲もいっぱいあるので、つい「プログレス」は数回練習しただけで、クラシックや映画音楽を弾いていました。

久しぶりに弾きましたが、やっぱり楽しいです。これから毎日弾いて、もう少しレパートリー増やそうかな。
音楽って、いいですよね。うん。





↑このページのトップヘ