日々コウジ中

日々コウジ中 - クモ膜下出血により、さまざまな脳の機能不全を抱える“高次脳機能障害”になったコウジさんを支える家族の泣き笑いの日々

2020年09月

台風12号が、日本列島から東側に逸れて進み、良かったですね。
これから来る台風も、災害をもたらさないで済むことを祈ります。

今日は最寄のJRの駅まで行って、先日網棚に置き忘れた荷物を着払いで送ってもらう手続きをしてきました。 バッグや中身の詳細な説明を求められ、一致することがわかって、初めて私の荷物だと認めてもらえました。 やれやれ、ほっとしました。

さてご報告が遅れましたが、今月16日には、TKK(東京高次脳機能障害協議会)の役員4人(私を含む)で、都庁へ行ってヒアリング(陳情 あるいは 意見交換会)をしてきました。今年は新型コロナ感染予防で参加人数の制限があったので、4人になったのです。
※9月1日には、各都議会政党にヒアリングを開催して頂き、その時もTKKの役員4人が行っています。

都庁へ足を踏み入れたのは、2度目です。1度目はなんの用事だったのか思い出せず、私も段々記憶が怪しくなってきたのかも。

熱をチェックされ、マスク着用して、入館許可証をもらって、案内されたのは高層階にある広い会議室でした。円陣に配置されたテーブル席のそれぞれにマイクがついていて、発言する時は各々スイッチを入れるようになっていました。 わあ、国連に来たみたい?

ソーシャルディスタンスで、私達TKK組も、都職員の方達も、皆すごく離れて着席、あらかじめTKKが都へ提出してあった要望書に対して、各担当者が返事を述べられました。
それに対し、TKK組が質問(私も質問しました)、また都職員が真摯に答えてくれました。

通常は4月に行われるこの会だそうですが、コロナの影響で9月になりました。
要望事項も、例年より少なめだとのことでした。
TKK理事で、要望事項について事前に話し合いましたが、私は理事になったばかりで勝手がまだよくわからず、特に意見は申しませんでした。けれどこのようにこちら(TKK)が出した要望について、都がきちんと回答を用意してくれることがわかったので、次回からは私ももっと考えて意見を出そうと思いました。 これをお読みの当事者やご家族の方がたも、次回の意見交換会の前にはご意見伺いますので、なんでもコメントで寄せられて下さいね。

では、都へあらかじめ提出してあった文書を、ここに公開します。

*****
令和2年8月13日

東京都知事 小池 百合子 殿

特定非営利活動法人 東京高次脳機能障害協議会(TKK)
理事長 細見 みゑ  印

「緊 急 及 び 予 算 要 望 書」

世界中での新型コロナウイルスの感染拡大は、この先の見通しが立たず、日本においても再び感染者数の増加状態が続いています。人口が多い東京都は国や他の自治体との連携も含め、その対応のご苦労は想像以上のものと、日々ご尽力されていることに心から感謝申し上げます。

そのような中でも高次脳機能障害支援普及事業の推進、専門的リハビリテーションの充実事業はじめ、区市町村高次脳機能障害者支援促進事業などの推進、さらに都独自の補助の実施など、日頃の東京都の高次脳機能障害支援に関しても、感謝いたしております。

誰もが経験をしたことが無いこの状況において、多くの人たちが新型コロナウイルス感染防止のために生活を変えることを余儀なくされている中、高次脳機能障害者や家族にとっても、この生活の変化は障害そのものにも大きな影響や不安を与え、いつにも増した支援を必要としています。

障害に限らず、多くの人たちへの支援が必要な社会状況下ではありますが、私たち高次脳機能障害者や家族が少しでも安心して生活が出来るよう、下記の事項について、本年度(令和2年度)施策に対する緊急要望、及び次年度(令和3年度)予算に対する要望をいたします。



1. 相談について
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、高次脳機能障害者や家族からの相談が増えています。
軽度で障害者手帳も取得しないまま復職された方が、コロナ禍で解雇となり、支援を受けるためには早急に手帳が必要となったというケースもあります。その際、区市町村の障害福祉担当窓口に、相談および利用申請をしましたが、コロナ禍の影響もあり、なかなか進みません。一家の生活や本人の障害状況にも不安と焦りが募っています。速やかな対応が出来るよう、東京都からの指示をお願いします。

また相談ケースも通常の時より増えています。上記のようなケースの他、ステイホームの中、障害が顕著化、悪化したケースやそれによる家族への暴力の発生などの相談もあります。コロナ禍における相談窓口の対応について、事例や対応などを示した通常以上の取り組みの促進をお願いします。

2. 新型コロナウイルス感染症を診断するためのPCR 検査等について
介護者が発熱などでPCR 検査を受ける場合、もし陽性だった時には、当事者を置いて入院できません。また入院したとしても後日に当事者を検査させることも困難です。そういう場合には、一緒に検査を受けられるようにしてください。

また介護者が陽性で、当事者が陰性の場合、介護者が安心して医療を受けられるよう、当事者を保護してくれる対応をお願いしたいです。実際、杉並区では廃園になった保育園を利用し、2週間の保護を実行してくれることになっています。

また、東京都から区市町村へのこのような緊急時の対応の実施に向けた働きかけと、自治体格差が生じないよう、指導をしてください。

3.高次脳機能障害者が罹患した場合、及び濃厚接触者と判断され隔離される場合について
3月からの自主自粛、施設等の閉所や自粛要請、勤め先の休業または解雇などで、多くの当事者が自宅にいる生活を送っていました。「新型コロナウイルス感染症」を理解できる方、出来ない方、さらに手洗いやうがい、マスクの使用が出来る方、出来ない方、など様々です。そして多くの方々に、何らかの衰えや障害状況の悪化、体調の変化がありました。さらに自らは体調不良を訴えられない方々も多くいます。

また、高次脳機能障害の8割を占めていると言われる脳卒中の当事者は、一般の方々よりも免疫力や体力が弱っていると考えられ、一般の方々よりも感染しやすく、感染した場合に重症になり易い可能性があると言われています。

もし本人が罹患し、軽度だった場合、他の方々と同様にホテルなどに入れるのでしょうか?
高次脳機能障害者は環境変化への対応が難しいので、隔離された際に指示の理解や自己管理ができずに混乱する方もいます。療養や治療に支障が無いように、家族や日常的に支援にあたっている人のアドバイスを受け、可能なことは対応して頂けるように各保健所や医療機関等に協力を求めてください。

よって、高次脳機能障害にかかわらず、障害のある方々への対応の指針をお示しください。家族は心配で検査を受けることを躊躇してしまいます。

4. 就労の確保に向けて
コロナ禍で解雇された当事者、就労訓練が中止になったままの方などがいます。一般の方々も失業の方が多数おられますが、高次脳機能障害者も支援の枠に入れ、訓練を再開し、再び仕事が出来るようにしてください。

5.都道府県の必須事業として開始した「失語症者向け意思疎通支援者養成事業」において、実施人数、実施場所を増やしてください。
東京都の「失語症者向け意思疎通支援者養成講習会」の実施回数を増やし、支援者の数を増やしていただきたい。年に1回、必修基礎コース44名、応用コース24名(令和2年度)では、八王子での実施が増えたとはいえ、多くの人口を抱えた東京都に対応するには少な過ぎます。希望者が講習会に参加しやすい実施場所や回数、人数を検討してください。

以上

*****

上記の要望に対しての都の当日の回答は、決定ではなく検討事項も含まれるため、ここに今は書くのを控えさせて頂きますが、きちんとした形でお知らせできるようになったら、お知らせしますね。

ではまた。

毎日やることに追われていっぱいいっぱいでしたが、やっとブログを書きに来られました。
その間に急に涼しくなったり、台風が関東に近づいて来たり、気候も変わってきていますね。
こういう時期は、夏までの疲れがどっと出ますので、皆さんも気をつけて下さい。

夫コウジさんがくも膜下出血で倒れた9月13日も、今年はバタバタと過ぎてしまいましたが、コウジさんはお蔭様で今日も元気で、久しぶりに長袖のワイシャツを私に着せられて出勤していきました。

病気になって以来、体のバランスが悪くなり、少し傾いてがに股で歩くいつもの後ろ姿に、今日も無事を祈るとともに、(真面目に頑張ってて偉いな。)と胸がキュンとなります。コウジさんの真面目さは、病気になっても変わりません。ただ、真面目だけどいい加減で適当な面もありましたが、その部分は障害を負ったせいで、強く出るようになった気がします。それが、諸々のトラブルの原因となっています。

さて、この4連休、世間は観光に遊びにと、人出が多かったと聞きます。コロナはまだ全然収束していないのに、皆さん、自粛することに疲れたり飽きたりしてしまったのでしょう。危ない危ない。

私は巣籠もり・・・と言いたいところですが、とんでもない、1人暮らしの叔父、1人暮らしの母の様子見に、コウジさんを伴って行かなくてはいけない事態になっていました。私みたいに、必要に迫られて外出している人たちもいるのだろうな。

それぞれ大きな問題が発生しているため、私にも心身ともに疲労が生じていますが、特に叔父が大変なことになっていました。例の、ここでも書いてきたF市に住む81歳の独身の叔父です。なんとか政府からの給付金を受け取る手配は私が奔走して無事済んでほっとしたのもつかの間、先月3回も救急搬送されていたことが発覚したんです。ええ~!? もう一人の遠方のK市に住む叔父(F市の叔父の弟)が知るところとなり、私が知ったのは数日前のこと。 →でもその後、もしかしたら搬送されたのは1回かも知れない、と思い出しました。情報が錯そうしています。

「今年の夏の暑さは尋常じゃないから。」、と、何度も電話で叔父に注意をしてきたのですが、「大丈夫だよ。家は、庭の栗の木の陰になって涼しいから。」と飄々とした返事ばかりでした。自転車にも乗って、涼しい午前中に買い物に行っている、ということでしたから、私は食べ物や飲み物を送ったり電話したりするだけで少し油断していました。私も自分ちの用事で忙しかったせいもあります。ただ叔父は、「変な電話がかかってくるから。」と電話線を抜いていることが多く、ここ数週間はほとんど電話が繋がらず心配な状況でした。

聞くところによると、自分の母(私の祖母)のお墓の前でうずくまっている叔父、道路でうずくまっている叔父を、その都度見かけた見知らぬ人が通報してくれ、救急車で運ばれたそうです。叔父は、「ちょっと休んでいただけなのに、救急車に乗せられた。」と弁解していますが、明らかに熱中症になる手前だったんだと思います。見知らぬ方に感謝です。おかげで叔父は死なずに済みました。

病院で検査されたのち、自宅までは歩いて帰らなくてはならないので大変だったそうですが、少なくとも一昨日までなんとか叔父は生きていられました。良かった~。

たまたま数週間前に叔父と電話が繋がったK市の叔父と叔母が、F市役所に相談、これからF市の叔父の介護認定へ動くこととなったのですが、K市の叔父と叔母も高齢で病気がちで、一度叔父の家に行って既に参っている様子なので、あとは私しか動ける(叔父と付き合っている)親戚がおらず、一昨日F市の叔父のもとへ食料を沢山持ってコウジさんと行ったのでした。お彼岸と四連休で道は大渋滞、9時前に家を出たのに叔父の家に着いたのは12時。しかもタクシーに乗り抜け道を使ってこの時間、バスに乗っていたら13時になっていたことでしょう。

叔父の家へ行くのは、なんと20年ぶりくらい、去年までは毎年1~2回、叔父の方が私の家へ遊びに来てくれていました。叔父は我が家の愛犬ウメのことが大好きで、ウメのリードを持っては近所を一緒に花見したり、紅葉狩りしたりしていました。

その叔父の小さな家はさながらジャングルのように沢山の木に覆われ、家が見えない状態でした。わあ、どうなっちゃってるの、この森は!、とおそるおそる玄関を入るにも木が邪魔で、呼び鈴もありません。木をかきわけて窓ガラスや玄関に辿りつくと、窓や戸を叩いて、「おじさん!おじさん!」と大声で呼びました。
すると、ガラリと窓が開き、「・・・ああ?」と驚く叔父がそこに。 昨日、今日行くことは教えてあるし、さっき駅からも電話(たまたま通じました)で連絡したのに、「れいちゃんが来ること、知らなかったから驚いた。」と言います。 ええ~?! おじさん、大丈夫?

それよりびっくりしたのは、叔父の風貌の豹変。
着ている服はボロボロですし、顔も激変、痩せていました。いえ、一番驚いたのは肩まで伸びた白髪と髭。まるで仙人です。通りですれ違っても、絶対叔父だとはわかりません。 仙人が住むような木に囲まれた小さな家に、体が弱った仙人が1人不安そうに住んでいる、そういう感じです。
なんてこった・・・コロナのせいで3月に会えなかったから、叔父に会うのは1年半ぶりになりますが、その間に急に叔父は老け込んでいました。冗談かな、と思うくらいの変わりようです。高齢になると、急にこんなに変わってしまう場合もあるのかもしれませんが。

家の中はどこもかしこも古く、叔父は足もヨロヨロ、自転車はもう乗れていないそうです。この1か月の間に?いえ、もしかしたらもう数か月乗れていなかったのでは?
コウジさんは、多分初めて来た叔父の家、あまりの荒れようと叔父の変わりように絶句して元気がなくなりました(笑)。

持って行ったお弁当を3人で食べながらあれこれ質問する私に、叔父も普通にすらすら、ペラペラ答えました。認知症というのではなく、老化による衰えだと思いました。耳が遠くなり、電話の私の話(早口)も、聞き逃しているようでした。 叔父の家の中を、叔父の許可を得て色々な引き出しを開け、異常がないかチェックしました。私からの手紙や写真が、引き出しにきれいにしまわれているのを見て、胸が熱くなりました。大事にしまっていてくれて、有難う、おじさん。

叔父の服はほとんどないのに、洋服ダンスの中は、15年以上前に97歳で亡くなった実母の服ばかりでした。母親を大切に、最後まで介護をしてくれた独身の叔父の優しさが、改めてわかりました。捨てられないのでしょう。私も父の服は勿論、医療費の領収書、使っていた薬に至るまで、まだ何も捨てられていませんから、叔父の気持ちがわかります。特に父の書いた字などは、もう宝物です。パーキンソン病のため、小さく、傾いた文字が、いとおしく切なく哀しく。

20年前にはこざっぱりしていた庭も、今やジャングルと化していて、足を踏み入れられない状況で、隣の家、裏の家、道路などに、松の木、ミカンの木、その他なんの木かわからない大木が張り出していて、迷惑をかけている感じでした。これは、植木屋さんに頼んで切らないと。 

そしてこの叔父や家や庭の状況を母(叔父の姉)やK市の叔父にもじっくり見てもらおうと、写真を撮るため、尻込みしているコウジさんにも庭に入ってもらい、色々な角度の写真を撮りました。コウジさんは、何枚か撮るのに協力してくれましたが、「うわあ、蚊がいっぱい!」「うわあ、蛇が出そうで怖い!」(本当に出てきそうですし、タヌキの一家でも住みついていそうでした)、と、木をかきわけて先に家へ戻ってしまいました。ほんと、彼は昔から弱虫です。

叔父は町内会も、「町内会費だけ取られ、なにもしてくれないから。」と2年ほど前に抜けてしまっていますし、近所にも世代交代して知り合いがいません。 数週間前にK市の叔父と叔母が民生委員、包括支援センター、クリニックに叔父のことを知らせてくれていたことが、唯一の安心材料ですが、今日食べるもの、明日食べるものだって家の中にはほとんど見当たらず、冷蔵庫もからっぽ。水を飲んでいるそうです。叔父は、「水だけだって、人間は3日生きられるんだよ。」なんて言ってます。冗談じゃありません。このままじゃ、食べるものがなくて死んでしまいますよ。 1か月くらい前までは、スーパーに自転車で行けていたのが行けなくなり、この数週間は、炎天下を歩いては気分が悪くなり、道路でしゃがんでは救急搬送されてきたのだと思います。死と隣り合わせだったんだと思います。ほんとに良かった、生きていてくれて。

そうとは知らず、私が数日前に送っていた、敬老の日用の今半の牛肉の佃煮が、6箱のうち1箱なくなっていたので、あと5箱あるから最低限5日は食べるものがあるとしても、今日また急いで食料を送らないと。早く介護認定してもらって要介護1以上になって、ケアマネさん、ヘルパーさんについてもらって、食べ物買ってきてくれる人、料理してくれる人を確保しないと。でもそれまで最低1か月はかかるでしょうから、それまでの食べ物を送らないと。(→今、アマゾンから大量に送りました。明日には叔父に届きます。)
ちなみに叔父の家には電子レンジもなく、冷凍庫も機能していなくて、クーラーのある部屋は母親の使っていたベッドや洋服ダンスや物がいっぱいで、入れません。それも、祖母が生きていた時の古いクーラーなので、もう動かないと思いますし、叔父は暑さを感じないようなので、たとえ動いてもつけないでしょう。今までそうだったように。電子レンジを買って送る、と言っても、要らない、と断固拒否されてきました。叔母が一度電子レンジを送ったことがあったそうですが、母親が近所の人にあげてしまったそうです。

炊飯器もなくて、お鍋でお米を炊いているだけ、これじゃ縄文時代の人と変わらない暮らしです。
私がまがりなりにも都会的な生活をしているのに、親戚が縄文時代の生活をしているなんて、悪夢を見ているようです。

幸い猛暑も終わり、熱中症になるリスクは下がりましたから、ヘルパーさんが入る前まで食べ物を送り続けていればなんとかなるかな。 叔父の家が近ければ毎日でも行けるのですが、片道3時間では私の家も夫、犬猫、家事用事仕事があるので行けません。
叔父のあのヨロヨロ足では近所のスーパーまで1キロはありますから、歩けません。すごく不便なところに住んでいるので、コンビニまでも1キロはあり、叔父の家の周りにお店は皆無なんです。 おじさ~ん(涙)。ヘルパーさんが入るまで、なんとかサバイバルしてください。おばあちゃん(叔父の母)、おじさんを見守っていてください。

でも実際の問題として、ヘルパーさんがつけば叔父さんは暮らしていけるのか、わかりません。本当は施設や誰かの家に同居など、人目のあるところにいないと、危険なんじゃないかという気がします。でも叔父は施設は嫌だ、と言ってます。今まで1人で暮らしてきたのに、大勢の中に入るのは嫌だ、ここがいい、と。すぐ答えが見つからない問題なので、これからもう一人のK市に住む叔父とも相談して対応を考えようと思います。

その日はすごく暑くて、叔父の家を後にして最寄のバス停まで1キロ、炎天下を歩いた私とコウジさんはバス停でぐったりバスを待ちました。遅れて来たバスに乗って駅まで30分以上、相当疲れていたせいか、2人して乗る電車の方向を間違えました。コウジさんが間違えるのは普通ですが、私が間違えるなんて・・・ 段々自分の判断力にも不安が出てきます。

終点で、はるか遠くまで来てしまったことに気付いた時のショックといったら・・・
余計に1時間かかって帰宅した時には、真っ暗になっていました。それからすぐ私はウメの散歩1時間でしたから、お夕飯も9時になってしまいました。(ワッチが留守番していたので、ウメ、ハル、チーは寂しくありませんでした。私が散歩している間に、コウジさんとワッチは夕食取りました。)

しかも、私はうっかり電車の中に叔父への下着や靴、タオル等いれた袋を忘れてしまったので、JRのお忘れ物センターへ何度も電話して疲れ果ててしまいました。 出てきたので、1週間以内に最寄のJR駅へ行って、着払いで送ってもらう手続きをしないとなりません。
(そもそも、網棚には普段荷物を置かない私なのに、コウジさんが、「置け」「置け」とうるさくてたまらず、置いたせいで忘れてしまったのです。慣れないことをしたばかりに。おかげで叔父に渡せずがっかりでした。)

そしてその翌日、つまり昨日は、横浜の母の様子見に行ったわけですが、こちらもこちらで大変な状況なんです。もう、書いていると時間がかかりますので、割愛。
でも叔父の方が命が掛かっている緊急事態なので、母の方はそれでも天国ですよ。ヘルパーさん、訪問看護師さん、訪問診療、近所の人がいるので。
ただ、近所の人には迷惑をかけるので、いつまでも頼っているわけにはいかず、こちらも対応を迫られていて、頭が痛いのです。

話は変わりますが、TKK(東京高次脳機能障害協議会)の理事として、先週16日にほかの理事、理事長の方がたとともに、都へ陳情へ行ってきました。陳情というか、ヒアリングというか、意見交換会というか、そういうものです。その時提出したTKKの要望書を、この次のブログでお知らせしますので、お読み下さいね。

では。


今週はなんだかとても忙しくて、新聞もろくに読めていないどころか、週めくりカレンダーも見ていませんでした。このカレンダーは、毎週色々な豆知識が書かれてあるのだけれど、今日気づいたら、今週が始まった日曜日から今日の金曜日まで、一度も読んでいなかったです。いやはや・・・

昨日は今年一番忙しかったのではないか、というくらい、くりくり動いていました。
朝、家を出て数分歩いたところで、(今日やるべきことを、私は全部ちゃんと済ませられるのだろうか?)(夕方ここをまた歩いている時、ああ、全部無事終わった、とほっとしている自分がいるのだろうか?いてほしい。)なんてことを、心細く考えていました。

昨日は、先々週実家で契約した訪問診療の初日だったのです。初日でしたから、娘の私が医師にご挨拶したり、母の症状や今後の診療について質問などしなくてはなりません。

受け取られるかわからないけれど、こちらの気持なので、何かご挨拶代わりのお菓子を途中で買っていかなくては。
医療費が多くなり過ぎないよう、「限度額適用・標準負担額減額認定証」というものを申請するよう訪問診療クリニックのスタッフに言われていたので、区役所へ寄って申請して行かなくては。
母に何か食べ物を買っていこうと思うけれど、母は崎陽軒のシウマイ弁当がいい、と言っていたので、それを買わなくちゃ。

ということで、抜けがないよう、さすがにメモを書きました。

①横浜駅構内に出店している崎陽軒コーナーで、シウマイ弁当を1つ買う。
②横浜のデパ地下で、モロゾフのゼリー詰め合わせを買う(何人分かわからないけれど、十数個入っていれば良いかな)。
③それらを持って、電車で区役所へ行き、「限度額~認定証」申請をする。ついでに、数か月前に届いていた、「高額介護合算療養費等の申請」の手続きもする(なかなか区役所には来られないので、来られた時にまとめて用事をするのです)。
④そこからまた電車2つ乗換えバスに乗るよりも、区役所からタクシーに乗った方が時間的にずっと早いし、料金もそんなに変わらないと考え、タクシーをつかまえる。
⑤実家そばのコンビニで、お茶の大ペットボトルと紙コップを買い、医師やスタッフの方たちに飲んで頂く(→ 自分たちでお茶をお持ちで、飲まれなかった)。
⑥医師と話したり、母の診察を見たりする。
⑦実家の掃除や、届いている郵便物のチェック、近所の人へメール(今実家に来ているけれど、時間がなくて御挨拶できない旨)。

医師が予定より1時間遅れて来たのは、具合が悪い方の処置を優先された(母の先にされた)とのこと。それは仕方ない、母は今はそこまで具合が悪くはないので、そういう人の対応の方が大事だ。訪問診療というのは、医師が色々な患者さんを診ながら一軒一軒回るのだなあ、ということがわかった。

ケアマネさんも初回なので立ち会うはずだったけれど、予定が合わず、来られなかった。
良い医師とスタッフの方だと、母も私も喜び安心したので、ケアマネさんにそのことを報告しなくては(今日までできなかったので、明日しよう)。

診察が終わると、私もウメが待っているのですぐ実家をあとにし、今度はバスと電車を乗り継ぎながら帰宅。もう夕食作る時間がないので、駅構内で夕食を調達、最寄駅前のスーパーでさらに日用品や食料を買い、両手に重い荷物を持って家へ急ぎながらも、(ああ、無事に全部済ませた!)という安堵感でいっぱいでした。

・・・そして今日、子宮蓄膿症手術からまだ日が浅いウメを、定期的な耳治療(耳垢腺腫)に連れて行きました。 その時、数日前から気になっていることを医師に相談しました。
手術してからのウメが不憫で、よくウメの顔を覗き込んでは話しかけていた私ですが、日の光がウメの目に入ると、ウメの目が白く濁っているように見えたのです。これは白内障ではないか?と心配になって、相談したのでした。

医師は「核硬膜化症だと思うけど、どれどれ。」とウメの目を見て、「う~ん、ちょっと怪しいな。」と言うと、部屋を暗くして調べてくれました。その結果、白内障が発症しているとのことでした。やっぱり・・・(涙)。
白内障は、早いと1週間で見えなくなり、遅くても数年で見えなくなるとのこと。

そんな・・・。いつも私のことを、さくらんぼのようなつぶらなかわいい目で見つめてくれるウメなのに、私のことも、コウジさんやワッチのことも、ハルもチーも、友達犬も、風景も見えなくなる日が来るなんて。

少しでも進行を遅くするために、サプリメントと目薬を処方してもらいました。

帰宅してからも、ずっとネットで犬の白内障について調べています。きっと私の顔は、眉間にしわを寄せて悲しげな表情でしょう。

年を取ると、病気が増えてくるのは、犬も人間も同じです。

これからは、ウメの目に私達家族の姿をもっともっと焼き付けてもらうよう、いつもウメと見つめ合うようにし、少しでも進行が遅くなるよう、目薬を差したりサプリメントを食べてもらわなくちゃ。

疲れもありますが、これからのことを考えると悲しくて、ため息ばかり。

いや、それじゃダメダメ。ウメとの1日1日を楽しく大切に過ごさなくちゃ!ため息は、今日だけにします。

ちなみに、サプリメントは美味しい味がするそうなので、ウメは問題なくカリカリ食べましたが、目薬はワッチに抑えてもらってさそうとすると、ウメは抵抗して顔を振るので、目薬がウメの口に入ってしまったり、顔にかかったり。 大人しくささせてくれるようになるには、時間がかかりそうです。トホホ。

ではまた。


今日もまた36度の猛暑で、1日やり過ごすのが大変でした。

それなのに、元気回復したウメが、リードをぐいぐい引っ張り、炎天下の中、とうとう動物病院まで引っ張って行かれました。 よほどウメは、この病院が好きらしいです。手術で痛い目にあったと思うのですが、きっと先生や看護師さんらが優しくて、いい思い出があるのでしょう。

中に入ろうと踏ん張るウメを、「ダメだよ!」と私が引っ張って、ウメと綱引きしているような図になっているところへ、先生がたまたま外から病院に戻ってきました。地獄に仏、とはこのことです。ウメは、先生に少し遊んでもらうと満足し、ようやく帰途につくことができました。

けれどこの騒動で私は汗びっしょり、帰宅するとすぐシャワーを浴びました。

こんな調子の毎日だと、私は倒れそうです。早く来い来い、秋よ来い。

報道では、今年の東日本の8月の気温は、平年より2・1度も高かったそうで、観測史上最高に暑い8月だったとのこと。

コウジさんが倒れたのは、2004年9月13日でしたが、その年の8月もものすごい暑さでした。
どうか、この8月、脳卒中で倒れる人が多くありませんように。

さて、今日は朝、昼、夕、夜、と合計7時間もズーム会議に入っていたので、疲れました。
ずっとパソコンやアイパッドを見つめていると、これはかなり疲れます。
ズームは便利だけれど、これは日常的に使うものじゃないなあ、という気がしてきました。

早くリアルに会って話せるようになりたい。その方が健康的ですね、やはり。

世田谷区の防災計画について、パブリックコメントを先月24日まで募集していたので、出しました。

東京で一番小さな市は、狛江市だそうです。その狛江市には、「こまベスト」というものがあります。

これは、例えば「私には視覚障害があります」とベストの上に書かれていて、それを着ると地震や水害などの災害時、周りに自分の障害をアピールできる役割があります。それを見たら、手助けしてくれる人が現れるなど、なんらかの配慮が期待できますし、なにかまごついていても、(ああ、この人は目が不自由なのだな。)とわかってもらえるだけでも意義は大きいです。

コウジさんも「私には高次脳機能障害があります」という字が書かれたベストをカバンの中に入れておけば、かりに通勤中に大地震に見舞われても、それをサッと着たら助けてもらえたり、他人とトラブルになっても、許してもらえるのではないでしょうか。

問題は、ベストを着るかな、ということです。何回も練習しないと、きっと着ることを思いつかないでしょう。地道に、コウジさんの頭にインプットしていきましょう。

これはいい、と思って、パブコメにこまベストのことを知らせ、「世田谷にもせたベスト(マネした命名。冗談です。)を作って下さい。」とお願いしました。

でも区がたとえ作ってくれることになったとしても、まだ時間がかかるので、自分で作ってしまった方が早いでしょう。だって地震は明日来るかもしれないのですから。

そこで、ワークマンというお店なら、ポケットがいっぱいついたベストが売られているそうです。
ワークマンのことをテレビで紹介していた時、へえ、と感心したのですが、服は高くないし、防水加工されていたり、防火加工されていたり、機能性が抜群に良いそうです。

我が家から車で15分くらいのところに、ワークマンがあるので、早めにコウジさん連れて行ってみましょう。初ワークマンです(笑)。
勿論、ワークマンじゃなくて、同じようなベストなら、どこのものでもいいんですよ。ベストのポケットには、障害者手帳や個人情報が記載されたヘルプカードや、日本脳外傷友の会とリハビリテーション心理職会が作った「あんしんカード」などを入れておくといいですね。あと、薬も。

写真を添付しようと思いましたが、今はもう夜で写真撮影も難しいので、明日でも昼間に撮影して、ここに添付しておきますね。

パブコメの話の途中ですが、もう眠くて仕方ないので、今日はここでいったん投稿します。
もし意味不明、支離滅裂な個所があったらすみません。眠くて意識が遠のきながら書いていたので(笑)、明日にでも直しておきますね。

おやすみなさい。


今日9月3日で、なんとこのブログを書き始めて、はや満10年になりました。
まずは、めでたい。パチパチパチ!(1人拍手の音)

1人で書いていたら、こんなに続かなかったと思います。
皆さんが時々コメント下さったり、読んで下さっているのがわかる管理画面に表示される「PV(アクセス)」「UU(訪問者)」の数に、力づけられてきました。どうも有難うございます。

ある程度の期間書いてきた頃、(10年書けばいいかな?)、と思っていましたが、このまままだしばらくは書いていたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。

ところで、今日9月3日は、ドラえもんの誕生日だそうです。
我が家には、ドラえもんが全巻ありますよ。
ドラえもん大好き娘ワッチには色々特技がありますが、そのうちの1つは、新聞などでドラえもんの1カットが載っていると、「あ!それ何巻のどのへんに載っているかわかる!」と、いそいそとドラえもんの本を取り出し、パラパラめくって「ほら!」とあっという間に、得意そうにそのページを私に見せられること。

「すごいね~。」と、驚きながらも、少々呆れる私。
そんなワッチも23歳の大学院生になり、アインシュタインの『相対性理論』を読み、日本語のない、数字とアルファベットだけの式でいっぱいのノートに毎日向き合っています。

(ちなみにほかのワッチの特技は、歯で音楽を奏でられること。頭をこぶしで叩いて、やはり音楽を奏でられること。私が「やって!やって!」と頼むと、面倒臭がりながらも、一所懸命演奏してくれる、素直な娘に育ちました。笑)

そんな話はどうでもいいですが、やはり菅さんが次期総裁になるんでしょうかね。とりあえずは来年の9月までの1年間。それとも、大どんでん返しがあって、石破さんや岸田さんになるとか?

いつも思っていたのは、(なんか菅さんて、陰気な顔をした人だな。いつも下を向いて視線を合わせずしゃべるし。)ということ。そんな菅さんが総理になったら、日本中つられて暗い不景気な顔になりそう。そうしたら、おのずと運も逃げて行き、国民みんなつまらない毎日になったりして。

ここでいっそのこと菅さんが、笑顔いっぱいの人になってくれたらいいですねえ。
そうしたら好感度がぐっと上がるかもしれない。
やはり、笑顔ですよね。笑顔には、自分も相手も楽しくなる魔法の力があります。

私は57歳になりましたが、まだドラえもんのマンガのように、夢のような話を自分で時々考えては、ワクワクします。

たとえば、この温暖化がどうにかならないかを考えた時、太陽と地球の間に、宇宙のどこからか、ちょうどいい大きさの星が飛んできてそこで止まり、その陰になった地球がちょうどいい気温になる、なんてことないかな?

とか、

海の中のマイクロプラティックやポリ袋を好む魚が、突然変異で生まれ、それをみんな食べてくれる、なんてことないかな?

とか。

結局、解決法が(上記のものではなく)見つかるかもしれない地球の問題については、人間がその問題を引き起こしたのであって、それを防ぐ手立てはあるのだと思います。

けれど、人間がいくら英知を結集してもどうにもならないのは、地震でしょうね。
なぜなら地球は生きていて、今も地殻変動を続けているのだから。
そして日本は4つの大きなプレート(北米プレート・ユーラシアプレート・太平洋プレート・フィリピン海プレート)の上に乗っているので、地震とともに生きる運命を背負っているのです。
そこで、せめて被害を最低限に抑えるために、「防災」という考えと行動があります。

地震が起きたその時、怪我をしないこと、死なないこと、そうしたらそのあとはなんとかなる、と専門家の人たちは言います。
阪神・淡路大震災で助かった人の9割は、自分で逃げたり近所の人や友人に助けてもらったりの「自助・共助」だったそうです。
これは行政が情けないというわけではなく、救命は時間との戦いなので、行政がそんな全ての助けを必要としている人を助けに行けない、ということです。

だから私達は、とにかく自分の命は自分で助ける、自分が大丈夫なら、そばで助けを必要としている人を助けることが大事なんだそうです。
「皆さんが助かることで、助かる命があるんです。」と言われる専門家もいますが、本当にその通りですね。皆、自分の命は自分で守りましょう。

また、緊急地震速報というツールは、日本だけが持つ素晴らしいものだそうです。
緊急地震速報が鳴ったら、すぐ机の下にもぐったり、伏せたり、頭を守ったりすること。
揺れてからでは遅く、それでは緊急地震速報の意味が全くないそうです。

・・・このまま書いていくと終わらないので、ここで投稿します。

明日は世田谷区のパブコメに提出した、私の意見(防災について)をご紹介しますね。ちょっとですが。

ではまた!




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