昨日、私は夫コウジさんと私の実家へ行きました。
今週末に亡き父の三回忌を迎えるため、色々用事があります。

母は、年相応といえば年相応ですが、それよりちょっと物忘れや勘違いが目立つ81歳(来月82歳)です。けれど母は自分の物忘れのひどさを認めませんし、ましてや認知症というものは自分とは無縁のものだと思いたがり、その言葉を極端に嫌っています。なので私も母のプライドを傷つけないよう、極力「認知症」だとか「アルツハイマー」だとかの言葉を使わないように気をつけてしていますが、そうはいっても症状的にはそのものなんですけどね・・・。 そして夫もまた、自分を高次脳機能障害者とは思っておりません。

その不思議な2人が碁盤をはさんで楽しそうに過ごしている光景は、大変興味深いものです。
けれど母の症状があまり進まないのも、この囲碁のおかげと私は思っておりますし、夫の高次脳機能障害が改善していくのに、囲碁はとても役立つように思っています。とにかく2人が楽しそうなのが、私はなんともいえず嬉しいです。

帰宅した夜、夫に「今日囲碁したね。」と話を振りますと、夫は「うん。誰としたかな・・・?」と早速記憶障害全開でした(笑)。

まさか母のことすら覚えていないとは・・・ ショックというより(もう13年以上経ちますから、そういうショックはないです)、面白くて不思議で、その「不思議ちゃん(コウジさん)」に、「では、誰だったと思う?」と聞きますと、「うん。どこかの囲碁の集会で、年配の女の人と囲碁をした。」 「僕より10歳くらい年上(実際は25歳年上です)で、囲碁がすごく強い人だった。 あれは誰だろう?」 「ねえ、ヒントちょうだいよ。その人のことを、僕は知っている?知っているとしたら、どのくらい長く知っている?今までも、その人とは囲碁を何回かした気がするんだけど。」と申します。

私がニヤニヤしながら、「あなたのお母さんよ。」と申しますと、自分の母と思ったらしく、「僕の母はアキエさんだよね。」と。・・・全然わからないようなので、「あなたにはもう1人、お母さんがいるでしょ。義理のお母さん。」と申しますと、夫の顔がハッと変わった時の、その面白さといったら!

「なあんだ!お義母さんじゃん!そうだ、今日横浜に行ったんじゃん!」と思い出して大喜びしていました。

こういうのが、高次脳機能障害なんですよ。

夫に、「そうやって思い出す努力をしている時って、クイズみたいで楽しいの?それともイライラするの?」と聞きますと、「楽しいのが1で、イライラするのが9。」と申します。 
「じゃあ、ストレスね。それならすぐ答えを教えた方がいいの?」と聞きますと、「それも嫌だね。 自分で思い出したい気持ちが強い。」とのこと。

夫と話していると、私も茂木健一郎さんばりの脳科学者になれそうです(笑)。生きた教材、モデルがすぐそばに毎日いるのですから。本当に面白いです。
もちろん、こうして心にゆとりを持って面白く思えるようになったのは、夫の受障から何年も何年も経ってからなんですけれど。

高次脳機能障害で一番顕著な症状は、この記憶障害と言われています。
でも、夫の記憶の箪笥の引出のどこかには、したこと・見たこと・話したこと・聞いたことなどがちゃんとしまわれているんでしょう。教えたら引出は開くけれど、教えないと引出はずっと閉じたまま。 また、引出の中はきれいに整理されているかというとそうではなく、ごちゃごちゃになっている場合もあります(というか、そういうことが多い)。

たとえば先日、コウジさんと娘ワッチと3人で、ワッチの誕生日祝いに食事に出かけたんです。
ワッチは家族と行動することが少なくなっているので、久しぶりの家族3人水入らずの外食でした。
コウジさんが私やワッチの食べる速度に合わせることなど考えもしないようで、あっという間に1人先に食べ終わって眠そうになるのは、いつものこと。それでも久しぶりで、とても楽しく帰ってきたのでした。

それを、コウジさんは誰と行ったのかを忘れてしまうのです(それどころか、帰宅したらすぐどこへ行ったか忘れますし、ひどい時は帰宅途中でも忘れます)。
ワッチの誕生祝いなんだから、ワッチが主役ですし、普通は忘れっこないのに、コウジさんは、「あの時は、僕と、お前と、〇〇さんの3人で食べたよね!」と言います。

〇〇さんは、私の古い友人で、今月4日のブログにも書いたように、私は彼女と食事をし、その時の写真をコウジさんに見せてありました。その記憶が邪魔をするわけです。きっと情報量が多ければ多いほど、コウジさんは正しい記憶を引っ張り出すのに苦労するのでしょう。そのため脳がいつもフル回転することになり、疲れてすぐ眠くなるわけです。はあ~、大変だ、コウジさんて。

でも、誰でもいつでも脳は損傷を受ける可能性があります。病気によっても、事故によっても。他人事ではなく、我が事です。

話がどんどん込み入ってしまいますので、このへんでやめますが、コウジさんは13年前の43歳の時に病気(くも膜下出血)で脳を損傷しましたが、少しずつ少しずつ、症状が改善してきたのは見ていてわかります。

コウジさんの障害は私にとっては普通となり、日常となり、受障したての頃のような嵐と暗闇の日々は遠くなりました。もちろん、まだ嵐と暗闇の中にいらっしゃるご家族も多いですし、これからもそういう家族は新たに生まれてくることでしょう。

けれどいつかは家族は着地点を見出し、そこから新しい形の家族がまたスタートするのだと思います。
別に嘆くことはなくて、また新しい人との出会い、新しい世界との出会いが待っていると思えば、一度きりだったはずの人生が、何パターンも経験できて、ちょっとお得だったのでは?と思えるかも(もちろん、状況によりけりですが)。

少なくとも私はそう考えて、「不思議ちゃん」と一緒の新しい家族の形を楽しみ、誇らしく、幸せに思えるようになっています。