三池炭鉱の話の途中ですが、今日は3月11日で東日本大震災から7年。昼間は実家へ行っていたので、夜になって関連番組を見ていて、思ったことを記します。

21時からの「NHKスペシャル」を見ていて一番問題だと感じたのは、大震災によって親しかった人たちとの縁が切られたことと、そこから派生する諸問題だと思いました。

「縁が切られる」とは・・・ 2万人近くの方が亡くなられたり行方不明になられたりしているので、そうした家族友人知人との別れだということはまっさきにわかることです。 が、自分の家がなくなり、仮設住宅や親類の家などへ越していったことで、それまでの近所づきあいがなくなるわけです。そのことによる精神的ダメージの大きさが、実はかなりのものだということがわかりました。ある程度は想像できることで、わかっていたつもりでしたが、番組を見ていて、そのつらさを改めて切実に感じました。

しかも仮設住宅で隣近所との地縁を育めたところに、仮設住宅が取り壊しになり、またそれぞれ別々の災害復興住宅や、建設したり借りたりした自宅へ越して「いかなくてはならない」ことで、再び新たな人間関係を作っていかなくてはならないのは、どれだけ大変なことでしょう。それも体が不自由だったり高齢だったりすると、マンションのような災害復興住宅では外へ気軽に出て行かず、閉じこもりがちになるというのも、よくわかります。

経済的問題もあります。震災で仕事を失ったりお給料が激減したところに住宅補助がなくなり、新たに家賃が発生する。そうした例で1人の50代の男性が登場されていましたが、とても心配でした。

その男性は、震災によって慣れない仕事に変えざるを得ずお給料が月12万円と減り、離れて暮らすお子さんの大学費用や仕送り、家賃で困窮していながらもなんとか頑張ってらっしゃるところに、市から頼まれて、住んでいる災害復興住宅の自治会長になられたそうです(無報酬のようです)。

なる時には、「市がサポートするから名前だけ」、という感じで頼まれたので引き受けたのに、実際は市は手を引いて、男性に「頑張ってね。」なのだそうです。 
男性は仕事から帰っても1日20件くらいの電話相談を引き受けなくてはならず、とても疲れた表情でした。そして「自分は人の相談に乗っているけれど、自分には相談に乗ってくれる人や支えてくれる人がいないんですよね。」「(このまま続いたら)つぶれるでしょうね。」と暗いお顔でつぶやかれていました。

今すぐ、市はこの男性を、自治会長の職から解き放してあげてください!
ほかの被災者の相談(介護)に乗っている人(その男性)には、支えが必要です。
高次脳機能障害者の介護をしている家族に、支えが必要なのと同じように。

私は講演で、高次脳機能障害者の介護をしている家族だけでなく、家族会や、高次脳機能障害者を雇っている雇用主にも支えが必要だ、と訴えています。人の相談に乗っているだけで、自分が相談に乗ってもらえなければ、疲れて倒れてしまいます。自分が元気な時はいいですが、元気がない時(その男性がそうです)は、支えてくれるところがなければ、疲労困憊して心身に不調をきたしてしまいます。

この男性が、既にもう疲れ果てていらっしゃるのは一目瞭然ですので、市は男性を自治会長からおろしてくれるか、もっと男性への手厚いサポートをされるか、せめて報酬を下さるか、自治会長を1年交替くらいにするかして下さい。
そして、この男性だけでなく、似たような方はもしかしたら日本中、ほかに沢山いらっしゃるかもしれません。
そういう方に限って真面目で人がよく、責任感も強くて、逃げられないのです。
そういう良い人をつぶさずに、大切にしてほしいと思います。

その男性が住んでいる市がどこだったか、よく見ていませんでしたけれど、心配なので上記の意見をNHKに送ったところです。

大震災から7年経ち、被災地ではかさあげ工事や防潮堤や災害復興住宅建設が続き、原発事故で故郷を失った多くの方々を含めた7万3千人もの方々が、今なお避難生活を送られているという現実があるのに、その日本で2年後には東京オリンピックが開催されるということに、正直なところ違和感を覚えています。

もちろん、今開催されているピョンチャンオリンピック・パラリンピックを見ていると、このスポーツの国際的祭典の持つ意義もわかりますし、選手たちの頑張りに勇気をもらえているのも事実です。ですから、東日本大震災で元気を失った日本に東京オリンピックが元気をくれるだろうこと、私達国民がまた奮い立つであろうことも、わかります。

でも・・・ でも・・・、それが、新しく明るく楽しいことに国民の注意を向けることによって、過去に起きた暗い、しかもまだ未解決の、問題山積みの事故や事件から目をそむけさせ、あわよくば忘れさせるような策略?でなければいいのですが。
とにかく私達は7年前の悲惨なできごとを決して忘れることなく、原発事故のこと、薄れたり断ち切られた地縁とその再生を考えなくてはいけないと思います。

ところで昨日まで2日続けて書いていた三池炭鉱爆発事故、これは私が生まれた1963年のできごとでした。

けれど私は今まで、自分が生まれたのは、1964年の「東京オリンピックの前年」、という風に思っていました。
三池の事故のことは恥ずかしながら、頭にありませんでした。あくまでも、「東京オリンピックの前年」だったのです。

三池の事故の翌年に東京オリンピックがあったのは、もう開催が決まっていたのでたまたまでしたが、東日本大震災と福島原発事故が、「東京オリンピックの前年」とはいえなくとも、少なくとも数年前、ということ、大震災と原発事故が起きてから開催が決まったことを、奇妙な一致のように感じています。考え過ぎでしょうけどね。

地震大国日本に生きているからには、避けて通れない地震災害。
これから30年以内に、南海トラフ地震が起きる可能性は、70~80%だそうです。
そして想定される死者数は、最悪の場合32万人だとのこと。

だからといって、今すぐほかの地域へ引っ越すわけにもいかないですし、今のうちから地震に備え、行政だけでなく一人一人が、対策を考えておくことが必要です。

東日本大震災で命を落とされた多くの方々に、心から哀悼を捧げます。
そして突然命を断ち切られた方々の思いを胸に抱き、背負い、私達生きている者は自分たちの生にいつでも真摯に向き合いたいものです。