暑さが大の苦手な私は、今週の厳しい暑さだけでヘトヘトです。 7月並みだそうですよ。

 

そこへ来て、火曜日の実家での介護認定調査。 疲れが倍増も倍増、3倍くらい増しです。

も〜、30分にも満たない短い調査時間の半分は、母の余分な話だった気がします (怒)。

 

調査の日の朝もバルコニー工事業者が来て気ぜわしく家を飛び出した私は、母と打ち合わせすることもなく調査員を迎えてしまいました。 母にはなるべくおとなしくしているよう言えば良かった・・・

 

なぜなら、調査員が父に質問するたびに答えるのは母なんですよ。 この展開は予測していなかったので、唖然とした私はすっかり毒気に当てられ、黙ってしまいました。 余りにびっくりすると、言葉を失うものなんですね。

 

調査員が父に質問すると、私は父に話させようとして、父の口元を見つめながら待つじゃないですか。 すると、話すのが非常にゆっくりな父が答える前に、母の大声が後ろからバンバン飛んで来るんですよ。

 

例えば調査員が歩行について質問すると、すかさず母が 「歩けますよ! 普通ですよ。 家の中をどんどん歩いてますよ!」と目をまんまるにして叫ぶんです。

 

嘘でしょう? 父は杖をたよりにやっと亀の歩みで直進だけかろうじてできますが、右折左折はできません。

父は何か言いたそうながら、黙っています。

 

調査員が布団から起き上がれるか質問すると、母がまた大声で 「起きあがれますとも! 普通ですよ!」 と。 黙る父に、目を白黒する私。

 

私は母がどうかしちゃったのか、とそっちに気が向いてしまい、反論し忘れていました。 母はいつも父が悪くなった、歩けなくなった、食べられなくなった、と私に暗い口調で電話してきているのに。

 

調査員が 「でも起き上がる時、どこかにつかまりながらではありませんか?」 と質問してくれたので、ようやく父は 「ああ、そうですね。 そうやってます。」 と答えることができましたが。

 

調査員が 「病院へ行かれる時は、どうやって行かれますか?」 と質問した時は、母が 「私が運転していきます」 と。 そしてここから、自分が運転できること、送迎の助けなんかいらないことを、延々と自慢気に話すのです。

 

挙げ句の果てには調査員が知らない母の友人の名前まで出して、長々その人の話をし出す始末。

 

その頃やっと正気を取り戻してきていた私は、今は父のことを聞きにきているのであって、母の自慢話や友人の話なんか関係ない! 黙ってて! と調査員の前にも関わらず、母に怒鳴ってしまいました。

 

そのうち調査員もわかったようで、母のしゃべりは聞き流して、父の話す内容だけメモしていました。

 

でも父の歩行も立ち上がりも見ないで、バスの時間に間に合うよう帰ろうとするので、無理に引き止めて見てもらいました。

 

調査員は、自分を迎えに玄関に向かって廊下を杖つきながら歩いてきた父の姿だけ見ればわかったから、と言うのですが、立ち上がりも右折左折も見てないわけですからね。 でも食事するところもすくみ足も見ずに、やっぱりバス時間に合わせて帰ってしまいました。 こんなものなんでしょうかね。 わかってもらえていたら、問題はないのですけど。

 

でもやっぱりこんな母の 「できます」 連発、その他何も問題ないような発言ばかりじゃ、低く認定されるでしょうね。 その枠内でできるトレーニングをしてもらうしかありません。

 

翌朝も腹立ちがおさまらない私は、母に電話で 「なんでできないことをできると言ったの?」 と文句を言いましたが、返ってきた返事の 「あらそう?」 に続けて、父がトレーニングもやっぱり行きたくない、と言ってると。

 

あ〜、 も〜、 コウジさんの時は私が組んだスケジュール通りにコウジさんはついてきてくれましたが、高齢者はこちらの思う通りにいかない、ということを初めて知りました。

 

自分も80歳近くになったら、外に出て行くのも人が家に入ってくるのもすごく嫌になり、ただ何もせず衰えていくに任せたくなるのかしら。

 

いや、とにかく両親を説得してパーキンソン病に抵抗すべく、やれるだけだけやってみなくては、と頑張りますよ!

(つづく)