秀樹さんが急に亡くなられたのは、秀樹さん自身が望まれたこととはいえ、リハビリがあまりもハードだったせいではないか、という気が日増しに強くなっている私は、コウジさんに対する見方にもそのことが影響し始めています。

太り過ぎてきた感のあるコウジさんに、健康的に痩せてもらうために近所のプールへ行ってもらうことにしたのですが、15分であがってしまったのは、5月4日のブログに書きました。その1週間後にもプールへ送りましたが、今度は30分であがってきました。なんでも休憩時間にかかってしまったので、待つのが面倒だったからとのこと。本人は、もう少し泳ぎたかったとのこと。ホントかな。

それで翌週またプールに送ろうとしましたが、「嫌だ。今日は眠い。」と拒否され、その後何度か声掛けしますが、悉く拒否され現在に至っています。そんな頃に秀樹さんが亡くなられ、あの壮絶なリハビリ映像をテレビで改めて見、コウジさん本人が気乗りしないなら、無理に泳いでもらってなにかあると大変、と思い出しました。
それで、本人が乗り気になってしかも元気いっぱいの時でなければ、無理にプールへ送ることもやめました。

でもコウジさんのビア樽のようなお腹、なんとかしないといけないと思うので、少し食べる量を減らさせていこうと思います。食べるのが楽しみの彼なので、少しずつですが。

また、脳のリハビリにもいいと思って囲碁を始めてもらいましたが、コウジさんはやっぱり面倒なようです。「詰碁やろう。」と誘っても、大体は「嫌だ。」という返事。「囲碁の本読んだら?」と入門書を渡しても、数秒見るだけで面倒臭がります。どうしたらいいの~?

一方私は、時間を見つけては、クイズのようで面白い詰碁を解いていて、囲碁教室へも行っています。時々用事で休みますが。今、14級になったので、「なんだ、絶対私は上達しないという先入観があったけれど、もしかしたら頑張れば上達するのでは?」という気がしてきました。この1年、「どうも自分に囲碁は向いていない」、「とても難しい」、「でも面白い」、とのんびり続けてきていた私は、それでもずっとこのまま超初心者のままだろう、といつの間にか思い込むようになっていました。そしてそれも私らしくていいか、とそれを肯定する向きさえありました。

ところが、超初心者教室から20級以上の方のいる大教室(段位者もいるそう)へ今月から移され、対局させられるうちに、14級になり、びっくりしているのは私本人です。「え、まさか」、「え、本当?」と。
たしかに1か月くらい前から、霧が晴れるように頭がちょっと冴えてきて、囲碁ってもしかしたら簡単?(なわけないのだけど)という気すらし始めました。勿論先を考えたら気が遠くなるほど長い道のりながら、一瞬でもそういう軽い気持ちが自分に訪れたことに驚き、感動すらしました。それで、自分で故意に乗せていたのかもしれない重しを頭の上から下ろして、新しい素直な気持ちで碁盤に向かい出しました(大体がパソコン画面上の碁盤ですが)。

14級を頂くと、俄然欲が出てきました。このままシングル級になり、いつかは初段になろう、と。
もちろん、初段になれたなら、二段、三段・・・となりたいですけど、まだまだそれは先の話として、とにかく自分でも苦手だと思っていたことに向き合って努力すれば、向上していくかもしれない、という思いをくれた囲碁って有難い存在です。

この先さらに上達していくかいかないかはさておき、元々はコウジさんの障害症状改善を期して始めた囲碁。コウジさんが囲碁に熱中する私をいいことに、益々テレビを見る時間が増えて益々ボケてきては本末転倒です。実際その傾向があり、テレビに暴言を吐くコウジさんも最近暴言が絶好調。怒った私にテレビを消されることも増えてきました。これはまずい。

でもコウジさんに囲碁の本やネットの詰碁をやってもらうのが難しく、買ってきた囲碁ソフトも私が忙しくてそばについていないとやらないので、囲碁教室に通ってもらおうかとも思いますが、出かけて行くのは彼には疲れるしお金が私と合わせて2倍になるので非現実的、というか無理。
ではお金はかかっても、囲碁の先生に自宅に来てもらうことも検討しましたが、こちらも犬猫飛び交う狭い我が家では無理。
やっぱり私がコウジさんの囲碁の先生になることが、一番手っ取り早く一番現実的ではありませんか!
ということは、やっぱり私がコウジさんより先に囲碁が上達することがいいのです。
この結論に到達したのが昨日のこと、そうとわかれば、私は急いで上達してコウジさんに教えないと、コウジさんや私の寿命が先にきちゃうのです。
・・・こうして書きながら頭の整理をしている面もあり、このブログはまさに私の日々考えていることの記述です。

囲碁はそれでいくとして、ほかに彼の脳のためになることはなんでしょうか。やはり料理っていいんじゃないかしら。

コウジさんは障害者枠で勤務開始するまでは、回復期病院のリハビリで調理がプログラムとしてありましたから、家でも病院で作業療法士さんに習った料理をしてくれました。でも勤務が始まると、もう通勤と勤務だけでぐったりで、料理なんてとてもできなくなりました。ということで、かれこれ12年料理していません。

たまたま昨日、知人が最寄駅を通ることを知り、彼女に渡したいものを改札越しに渡しに行くことにしました。ちょうど夕食前の時間帯だったため、私が家を出て帰ってくるまでの30分、夜ご飯の手伝いをコウジさんにしてもらおうと思いついた私。

テレビを見ているコウジさんに、「今夜は大根とホタテのサラダを作るから、大根をこのくらい使って(大根を見せながら)、千切りしておいてくれる?」と声をかけてみると、コウジさんはテレビに飽きていたのでしょう、そしてそのくらいできると思ったのでしょう、嬉しそうに「お!いいよ!」と乗り気になりました。 
ついでに、「玉ねぎのお味噌汁も作りたいので、玉ねぎも切って、このお鍋に入れて煮ておいてくれる?」と言うと、「お!いいよ!玉ねぎはこれだね!」と目に付くところにあった玉ねぎを1個手に取りました。いい感じ!

「玉ねぎは何個?2個?」と言うので、「それは多すぎるから、1個でいいよ。もうお鍋にお水も入れておくし、あごだしも入れておくね。」と私。そうしないと、コウジさんはきっと大量のお水を入れ、大量のお味噌汁ができてしまうからです。
「玉ねぎのほかに、じゃがいもでも入れる?」とさらにコウジさん。やる気満々、いい感じ!
「じゃがいもは柔らかくなる時間が玉ねぎと違うから、今日は時間ないからいい。あとでわかめ入れて玉ねぎとわかめのお味噌汁にするからいい。」と答えると、「わかった!」と明るい返事。
「じゃあ、お願いね、30分で帰ってくるから。」「おう!」

よし、と、私は急いで家を出ました。 ・・・けれど、やっぱりメモに書いて渡すべきだった、と思ったのは、帰ってきたからでした。

帰ってくると、目を疑う光景が。
私が用意したサラダ用の大きなお皿に、それにも入りきらないほどの大根の「太切り」の山が。千切りではなく、太切りです。こんな1本が太い大根のサラダ、馬でも食べるの?1本噛んだだけで顎が疲れるよ。というか、食べられないよ。それも私が頼んだ量よりずっと多い大根を使っていました。
しかもその大根の山盛りの上に、なぜか水で戻した大量のわかめの山が。
これは何?なにか芸術のオブジェ?のけぞる私に、「わかめ、水で戻しといたぞ!」と大威張りのコウジさん。

「大根サラダにわかめなんて入れないよ。ホタテの貝柱を入れてマヨネーズとコショウであえて食べるんじゃん!いつもそうしているじゃん!わかめはお味噌汁に入れるんだよ。乾燥わかめは水に戻さないで、お味噌汁にはそのまま最後に入れていいんだよ!」とくらくらしながら、お味噌汁用のお鍋を覗くと、そこはあごだしのパックが静かに水の中に沈んだままでした。

「あれ!お味噌汁は?玉ねぎ切って煮ておいて、って頼んだじゃん!」と段々語気が荒くなる私に、「あ、玉ねぎすっかり忘れていた。これは僕の凡ミス!」
凡ミスって・・・
「もう、玉ねぎ煮る時間、この太い大根を細く切り直す時間、合わせて今から30分はかかるから!」とキ~!となった私に、コウジさんも逆ギレして、「オレに料理を頼むな!」ときました。

さすがに疲労感に襲われた私は、いったん椅子に座って息を整え、それからおもむろに立ち上がって、大根を細く切り直し始めました。けれど一旦太く切った大根を細く切るのが、こんなに面倒とは!

(メモに書くべきだった。)(こんなに料理センスがないとは。食べている時、食材の太さや大きさに目がいかないのか。)と嘆息しながら、サラダとお味噌汁をお魚と一緒にテーブルに並べました。
ところでこのお魚は、とても便利なんですよ。囲碁ボランテイアの方から教えて頂いた、明石の「魚秀」さんというところの魚で、炭火焼された鯛や紅鮭、すずきなどが真空パックされていて、熱湯なら5分、レンジでも簡単においしい炭火焼の魚が食べられるので、重宝して取り寄せています(ちょっと高めですが、すごく美味しいし、何より忙しい時に簡単で大助かりなのです)。

なんとか整った夜ご飯のテーブルにワッチと3人で席に着き、気を取り直して楽しく食べました。
ワッチも事の成り行きをそばでレポート書きながら聞いていたので、いつものことながら父親を「なにやってんだか。」と冷やかしながら食べました。コウジさんは自分の切った太い大根と、私が切った細い大根を食べ比べながら、「本当だ、全然違う!」と驚いていました。料理は切り方も勝負ですね。余った太切りの大根を、コウジさんは勿体ないから、と全部食べて、「へえ、大根ってこんな味なんだ。」「辛いなあ。」と言っていました。
お味噌汁には多すぎる、水で戻した大量のわかめも、コウジさんはどんぶりでパクパク食べていました。

「私が突然死んだら、こんなに料理ができないと困るから、これから一緒に毎週末は料理覚えようね。」と私が言うと、「ママちゃ~ん。死ぬなよ~。」と泣きべそをかくコウジさん。

ということで、今日は話題があちこちに飛びましたが、コウジさんのリハビリにはプールや囲碁より先に料理をしてもらおうと思います。勿論囲碁もちょっとはしますが、私が教えられるほど上達するまでは、ちょっとちょっとですね。そんなにコウジさんも色々すると、疲れてしまいますからね。