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大分に入った日は、まるで南国のスコールのような大雨に見舞われましたが、翌日の講演会本番はいいお天気に恵まれました。

 

諏訪の杜病院の武居院長先生の司会で、先崎先生のお話から始まり、私が続き、質疑応答には発言がなく、終了となりました。

 

講演会後、コメントを下さったななははさんや、数人の方々がそばに来て下さいました。

そのあと別室で脳外傷友の会 「おおいた」 の会員の方々とお弁当を頂き、皆さんと貴重な時間を共有できて感謝しています。

 

家族会代表の萱嶋さんのおかげで、実り多い大分でした。 有難うございました。

 

帰宅すると、留守中の父の世話を頼んでいたコウジさんと義母が、疲れ切った顔で迎えてくれました。

 

私が大分での話をしても、2人は 「うん、うん、」 と上の空で相槌を打つだけで、「さあ、もう寝よう。」 と寝ようとしました。

 

父の世話が大変だったかを聞きますと、義母は 「夜中5回トイレに起きた」 「礼ちゃん、これは大変だわ。 何とかしないとみんな倒れちゃうよ。」 と答えました。  ・・・ やっぱり。

 

実は今日、私はちょっと父に頭にくることがありまして、コウジさんが会社から帰ってくる直前から父に口をきいていませんでした。

 

いつものように優しいコウジさんは、「お父さん、只今帰りましたよ。 今夜はお酒のつまみにこれこれを買ってきましたからね。」 と笑顔で話しかけてくれていました (父が家に来てから、父とコウジさんは毎晩晩酌をしています。 そのためおつまみを買う分、お金を多く持たせています)。

 

コウジさんは私の不機嫌を了解して、父の夕食の介助から服薬、トイレ介助、洗顔や歯磨き、ベッドに寝かせるまでをやってくれました (それはいつも私の役目です。 疲れているコウジさんに、申し訳ない、と感謝しながらも、私は子供のようにへそを曲げていました)。

 

父を寝かせて戻ってきたコウジさんにお礼を言いながら、「これを1ヶ月ならできても、この先ずっとだと死んじゃうよね?」 と聞きますと、コウジさんは、「死にはしないと思うけど ・・・死ぬかな。」 と疲れた顔で答えました。  ああ、相当疲れさせてしまったな。 ごめんごめん。

 

一方、母からは毎日何度も電話がかかってきて、「1人看護師さんで、高圧的なものの言い方をする人がいる。」 とか、「我慢しているくらいなら早くここを出たい。」 とか、「もう歩ける。」 「リハビリしてもらったら、かえって痛くなった。」 「あなたから病院にそう電話してくれないか。」  など、色々不満があるようです。

 

私は、母がきっとなぜそうしなくてはならないかを理解していないだけで、看護師さんや病院側に非があるとは思わないので、「私まで変な家族になりたくないから、電話しない。 (変なことを言うのは母だけで結構。)」 「リハビリしてくれたスタッフに、痛くなった、と自分で言えばいい。病院や医師に電話することはない。 勿論、耐えられないほどの痛みなら、話は別だけど。」 など返事しました。

 

母はその後よく考えたようで、「耐えられない痛みではない。」「この病院にもう少しいる。家に帰っても誰もいなくて困るから。」 と電話してきました。

 

とはいうものの、母が退院するのもそう遠い話ではないでしょうし、退院したあと自宅にヘルパーさんなり家政婦さんなりがいないとやっていけないと思うので、探し始めようと思います。

 

 私はこういう両親に、いかに私も両親も納得できる方法で、この先生活していってもらうかを考えなくてはなりません。

 

ところでウメが、昨日退院してきました。

 

切除した腫瘍は、現在病理検査に出していますが、元気いっぱいのウメと散歩してきました。 あまり歩いてはいけない、と獣医さんからは言われていますが、ウメが長く歩いては糞をしたりオシッコをしたりなので、ウメの気が済むようにしました。 かわいいウメ。 検査結果が、何でもなければいいね。

 

まだ日中は暑いけれど、ドングリやギンナンが早くも落ちていて秋の気配を感じました。

 

年内には、両親もどうにか落ち着いているかしら・・・

もちろん、そのためには私はもうひと踏ん張り、ふた踏ん張りしないといけないけれど。