父は一昨日、横浜にある老健 (老人介護保健施設) に入所しました。
ここに至るまでの話は色々ありますが、それはあとにするとして、一昨日の様子を記します。
朝8時半にタクシーで出発、渋滞に巻き込まれながら老健に到着すると、すぐ父は自分の部屋に車椅子のまま案内され、沢山の職員の方々に囲まれました。
車椅子からベッドに腰掛けるまでにも数人の手を借りて、腰掛けるとすぐ、血圧を測られたり質問されたりが始まりました。
職員の方々は、「え、病院からじゃないんですか? ご自宅から来られたのですか?」 とびっくりされていたので、普通病院から来ることが多いのかな、と思いました。
まあ、これだけ体の動かない父を自宅で見ていたわけだから疲れるのも当然だな、と人知れず頷いていた私です。
医師もいらして、父の身体チェックをされました。
そのあと私だけ広い会議室のようなところに呼ばれ、そこに先程の医師 (施設長だそうです)、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、介護士、看護師、ケアマネさんその他色々な職業の方が皆一同に会して席に着いたので、何が始まるのかとびっくりしました。
私はただ入所手続きして、少し父と話したら帰るのだろうな、と思っていたのですが。
まず医師が、父を診察した結果のおおよその話をされました。
それによりますと、父は手の力が弱く、関節が硬く、拘縮があり、足の膝の関節は曲がって拘縮は手よりさらにひどく、前かがみで前屈なんとか症だそうで、肺は少し弱いがほぼ正常で、心臓は昔動脈硬化症を起こしていたようで薬も飲んでいるし雑音あり、弁膜症がなんとか、でも今の調子はおおむね良好云々… と、よどみなく話されるので驚くやら感動するやら。
職員の方々は真剣にメモされていて、学校のよう。
手の話の時に、医師は 「関節は硬いけれど手首や足首の動きはいい。 何かリハビリしていましたか?」 と私に質問されたので、「週1回近所の機能訓練特化型リハビリに3時間だけ通っていましたが、 それも数回です。 ただ父は、ずっと家では書類整理をしていました。 ガッチャンと穴をあける機械で書類に穴を開けたり、それにリングや紐を通したり、ファイルしたりをしていたので、それが良かったのでしょうか。」 と答えました。
医師が 「それはいいことです。」 と仰ると、ほかの職員の方々は、そのやりとりをまた必死にメモされていました。
そして医師は 「それではまずそちらからどうぞ。」 と、端から順番に職員に所見を述べさせ始めました。
最初はたしか、作業療法士さんだったと思います。
医師の話を受けて、自分が父に施すつもりのリハビリについて話されたあと、私に質問。
「お父様は日中は何をされていましたか?」
私はすかさず、「書類整理です!」。
皆がなぜかどよめく中、父が企業で役員を15年務めた仕事人間で大変真面目で細かい性格なこと、家では株だとか貯金通帳だとか、色々な手紙や資料を整理していて、私はさながら秘書のようにその手足となってこの2ヶ月以上動いていたこと、を話しました (これもいつかブログで書こうと思っていましたが、ホント大変でした)。
また、新聞に載った株価を虫めがねでチェックしては、ラインマーカーで塗っていたことを話しますと、医師は 「仕事が好きだったのですね。 また、社会との接点を持たれようとしていることも大変いいことです。 ここでも、お父様がお好きなそうした仕事をされていることがいいので、何か用意した方がいいでしょう。 何もすることがないと入院していた病院で起きたような 「せん妄」 が起きますから。」 と仰いました。
するとほかの職員の方々が口々に、「部屋のテレビはBSが映らないので、ご自宅からBSの写るテレビを持ってこられたら部屋のテレビと替えて、株価をずっとご覧になっていてもいいですよ。」 だとか、「この階の新聞はあまりほかの方読まれていないので、ラインマーカー塗られていいですよ。」 だとか、「机を持ってこられていつもなにか書かれるといいですよ。」 だとか、「何か購読されるならとりますよ。」 だとか話されました。
有り難いな、と思いましたが、父は株価ばかり見ているわけではないので、何かそんなに重要でない書類 (なくなってもいいもの) を持ち込もうと思います。
次の発表者は、管理栄養士さんだったか。
(父が小柄なので、) 「あまり量も召し上がらないと思っていましたが、娘さんの話から沢山食べられることを聞き、常食で1600キロカロリー、一口大にしようと思います。」 「むせがあり誤嚥性肺炎も起こしたことから、お茶や汁物もとろみをつけ、お皿は自宅で使っていたように唐小鉢と小スプーンを用意しようと思います。」 云々と話されました。
私も (すぐ口出しする私)、「そうです、お茶や水はむせるので、薬を飲む時は飲むヨーグルトやエンシュア、牛乳などで飲んでいました。」 と得意げに言いますと、「牛乳はスッと喉に入ってしまうので、ヨーグルトにしましょう。」 とのこと。
「ヨーグルトですか? 飲むヨーグルトではなく?」 と更に図々しく聞きますと、「飲むヨーグルトはこちらには用意がなく、ヨーグルトでいいと思います。」 とのこと。 たしかにそれでいいな、と思い、頷く私。
さらに私は、「父は意外と若者のような食事が好きで、カキフライなどの揚げ物も好きですし、パンも好き、お刺身も好きです。」 とアピールしました。
栄養士さんは、「揚げ物は出ますよ。 パンは週2回、お刺身は何かの行事の時かな。」 と仰るので、安心しました。
栄養士さんは、「血圧のことがあるので、塩辛いものはどうしましょうか。」 と医師に質問され、医師は、「お父さんはしょっぱいものはお好きですか?」 と私に聞かれ、私が 「大好きです。」 と答えますと、「うん、まあ普通に食べてもらっていいでしょう。」 と言われたので、良かった、と思いました。
次の発表者は、多分理学療法士さんだったと思います (沢山いらしたので覚えきれず)。
「もう今までのお話を聞いていて、大体わかりましたので、特にお話しすることはありませんが・・・」 と言いかけると、医師がうんうん、と頷きながら、「とにかく、拘縮をとるリハビリと、筋力をつける、この2つをやってもらって、自宅に帰ってもらいましょう。」 と言われたので、益々嬉しくなりました。
私も父も、父が良くなって自宅に戻り、母と暮らせたらそれが一番嬉しいのです。
次と次が介護士さんや看護師さんだったと思いますが、お2人は、「転倒しないこと、ナースコールを遠慮しないで押してくれること、見守りが大事だと思うこと、コミュニケーションをよくとるよう心掛けたいこと」、云々を話されました。
そして最後に医師が、このメンバーで私の父を3か月サポートすること、2週間後にまた集まってプランの見直しをすることなど話され、「では頑張りましょう」 と一同解散となりました。
このプロフェッショナル軍団に父がこれから3か月お世話になれるのかと思うと、嬉しくて興奮さめやらぬ顔で、廊下で近くにいた職員の方に質問しました。
「すみません、私、老健さんてよく理解していなかったようなのですが、どこでもこんな会議を持たれるのですか?」 と。
彼女は、「そうですね、特にうちは医師が 「最初に顔合わせして話合うことが大事だ」 という方針を持たれているので、いつもこうですよ。」 と返事されました。
うわあ、高齢者介護経験ゼロのシロウトの私が父の世話をしていたこの2か月と10日より、ずっとここの方が父のためになるじゃない! と焦るやら感動するやら。
・・・もう長くなりましたので、この続きはまた。
父が老健に入る前も入ったあともやることの山で、なかなかここに書けずにいます。
コメント
コメント一覧 (8)
父もいつかは訪問リハ、訪問看護、訪問医療、を受けることになるのかな、と漠然と思っています。 でも、パーキンソン、心臓、緑内障、甲状腺機能低下・・・ それらを総合して看て下さる訪問医療ってあるのかなあ。 おいおい考えていきます。
そうそう、そうなんです。みくりん5さんの書かれている通りのことが、今の私の心境です。 介護だけでなく、ほかにやることがいっぱい。 逆に介護はきりがありません。やろうと思えば24時間ずっと用事がある。 どこで打ち切るか、でいつもイライラしていました。やはり打ち切ると罪悪感、不達成感があるので、打ち切って自分の用事をしていても落ち着かず。 介護ってホント大変だあ。私だって父の世話を24時間したいのです。でもできないものね。 家事も用事も仕事も沢山。 専門家に助けてもらうことが必要で、父にもそれがこの2か月半を通してわかってきたようで、この2か月半は私にとっても父にとっても、次のステップへ移る必要な期間、経験だったんだと思います。 さてやっとワッチ。 でももうセンター試験まで3か月もない。 8月から今まで父中心の我が家だったので、ちょっとワッチの受験にとっては致命的だったなあ。でも仕方ない。 ワッチ頑張って~。
いつもご心配おかけし、すみません。 お蔭さまで一段落しました。 これからまだまだ両親の介護をどうするか、考え続けますが。 介護は体も使いますが、頭も使いますね。 色々と有難うございます。
そうです、寂しさも大きいのです。矛盾しますけどね。 毎日の電話は勿論、なるべく父と会おうと思います。 母が父のところへ行けるようになったので、それもほっとしました。タクシー代がかかりますが、仕方ない。もっと実家近くの老健が良かったかもしれませんが、今のところの評判が良かったので。実際良い老健です。
やはり、プロの方は冷静ですし、自分たちの役割をきちんとできるので、おうちが一番と思われるかもしれませんが、家族は介護だけするわけではなくほかにやることがいっぱいで何より身内ということでよくなってもらいたいこととどうしてでkないのかなど感情が入ってしまうし、雑たなことに追われながらの介護では、当然いらいらしたりすることもありますよね。それに、元気な時を思い出して悲しくなったり、老いを認めるのはつらいことです。
沢山のスタッフはその道のプロですし、家ではできいないことなど手が回り安心ですよね。
なにより、家族も距離を持つことで気持ちにも余裕ができ、いろいろ考える時間にもなりますね。
やはり、自分もそうですが、人にやってもらうことにも慣れなくてはいけないですよね。
お父様にとっても良い機会ではないかなとおもいます。
何より、介護施設は終の棲家ではありませんので、自宅に帰る準備期間としてできることなどや体力もつけ家族も自信を持って受け入れることができるようになるのではないでしょうか。
それにしても、良い場所が見つかり良かったですね。
そして、礼さんだけがわかっていることどんどん施設の人に伝えていただくとよりお父様がいごごちよく過ごせるのではないでしょうか。また、お父様もスムーズに過ごされているようでなによりです。
帰りたいと言われたら後ろ髪ひかれちゃいますよね。
うちの母親も最近、何度も転倒してはけがをしてしまい、いつまで一人で暮らせるのか。心配は尽きませんが、とにかく依存的でなんにもやりたがらないので、どうしたものかと思っています。
最近通所リハビリに週2回通うようになりました。
楽しいようで良かったです。
ついつい、あんなに元気だったのにと悲しい気持ちになりますが、病気なんだと思い、安全に暮らしていくためにはどうしたら一番いいのかといつも考えています。
礼さんも、わっちちゃんの大切な時期でもありますのでご自愛くださいね。
機会をみて、会って話し合えるのだから、
父上も安心されるのでは。
礼さんよかったですね。
ホッとしましたよ。
書類手続き等が大変でしょうけど、介護の肉体労働がなくなったのはいいことだと思います。
ワッチさんも落ち着いて勉強できることでしょう。
老健への入院時の打ち合わせは、私が脳梗塞でリハビリ入院した時と似ています。リハビリは、医師よりも作業療法士や理学療法士の力が大きいと思います。
後はお父さんが施設のスタッフを気に入り、楽しく過ごせるかだと思います。入院生活は人間関係が影響しますから
介護保険でできることはケアマネに依頼してじゃんじゃん使いましょう。
私は、老健1箇所しか、知りませんが、船橋では、評判も良いところ
だったようですが、今思うとそれほどでもなかったかな。
その横浜の老健かなり良い老健みたいですね。
主人の時、相談員の方とは、話ましたが、医師とは、3ヶ月の期間1度も
会うことありませんでした。
家族と担当者会議で方針など確認するなどありませんでした。
はじめのリハ病院もなかったの。そうゆうものだと思ってて、
でも、2度目のリハ病院は、礼さんの老健みたいに、
担当者会議あり、医師、リハ、介護で方針しっかり出来てて、これは、重要だなと
思いました。今も訪問リハでお世話になってて、状態見てもらえ心強いですよ。
きっと良い方向へ進む事でしょう。
礼さん、自分の時間できても色々忙しいでしょうが身体休めて、また頑張ろう!