たかが犬、されど犬。

 

中野孝次さんも  『ハラスのいた日々』 の中で言っている。

「犬はどこまでいっても犬には違いなかろう。 ただの犬っころだ。 だが、他人から見れば無数にいるただの犬っころにすぎない生き物が、飼い主にとってはその犬以外の犬ではだめだという、ある絶対的な存在になる。 そして、犬という人間とは違う生きものとの共生を通じて、この地上に生きるすべてのいのちとの共感が生じる。」

 

実際ウメを見ていると、実に色々なことを考えさせられるし、ウメがいることで私の人間関係も広がる。

 

ここ2、3週間ばかりの私の頭の中は、老健の父や受験生の娘のこと、コウジさんのこと以上にマロちゃんちの引っ越しで頭がいっぱいだったし、時間をそれに使うことが多かった。

なぜなら泣いても笑っても、今日がお別れの日と決まっていたからだ。

 

リビングの壁に、ここ3週間のマロちゃんちのスケジュールと、私が手伝えそうなことを記入した紙を貼り、コウジさんとワッチにもその内容を通達、一緒に支援・協力することを要請してあった。

 

今朝早く、ウメの1番の友達マロちゃんが、マロママと神戸へ発ってしまった。

ウメはマロちゃんが乗った車が角を曲がって見えなくなるまで、食い入るように見続けていた。

 

私はしゃがんでウメの背中を抱きながら、その透き通った目を横から見ていると、なんとも切ない気持ちになって涙が出てきた。

 

多分もう2度と会えないね。

あんなに仲が良かったウメとマロちゃん。

神戸は遠すぎるなあ。

 

荷物はとうに神戸の新居に運んでしまい、人間の用が済むまでペットホテルで待っていたマロちゃんは、出発前日の昨日、我が家に初めてマロママと泊まった。

 

東京最後の1日を過ごすのに、我が家を選んでくれて嬉しかった。

 

昨日はマロちゃんと散歩したり、我が家で一緒にお昼も夜もご飯を食べたり、猫のハルを混ぜて大騒ぎして遊んだりした。

 

雨があがった夜、マロちゃんの催促を受け、また2匹+2人で連れ立って散歩へ出た。

 

マロちゃんは自分の 「元家」 まで、ぐいぐいリードを引っ張って行ったんだ。

マロママはつらくなるから、行きたがらなかったのだけど、マロちゃんに押し切られたのだった。

 

暗闇の中で見た家は、無残にブルトーザーで破壊されて、見る影もなかった。

 

マロちゃんもウメも黙って、しばらくその瓦礫の山を見つめていた。

 

いつも2匹で嬉しそうに走り回った庭も、家も、なくなっていた。

 

そして2匹はまた黙ってそこを離れ、馴染みの小さな公園へ行ったんだ。

 

少し走り回って、帰りにまた2匹は壊された家に戻った。

諦められないのか、諦めようとしたのか。

 

再び歩き出してウメの家に帰ったね。

ひとしきり遊んで、マロママを囲んで2匹は朝まで仲良く寝ていた。

 

そして冒頭の、朝の別れ。

 

湿っぽく、どよ〜んとしている私とは違って、マロママは神戸に着くまでハイヤーから 「快適や〜」 と嬉しそうにメールをくれたり、新居に着いたマロちゃんの様子を電話で明るく教えてくれた。

 

ハイヤーの中でずっと寝ていたらしいマロちゃんは、新居の中であちこちの臭いを嗅ぐと、今は落ち着いて横になったそう。

 

今日から新しい地で、2人 (1人+1匹) の新しい暮らしが始まるんだ。

 

今63才のマロママは、ここ1週間くらいで、まるで20代のように溌剌とした人に変わった。 何があったのか?

 

東京にいた10年、ご主人を亡くされて6年、本来の自分を抑えて生きてきたと気づいたそうだ。

 

色々なしがらみのあったあの家を自分の決断で手放し、全部の手続きを自分でやり、まるで憑き物が落ちたようにサバサバとした明るい顔になった。

 

「これからの人生、私は自分のために生きることにした。 自分とマロちゃんのために。」

「海外旅行もしたことなかったけど、これからはお一人様を楽しむことにした。」

 

いつもマロママをそばで見てきて、(家にこもってばかりで、なんだかしんどそうだな〜。) とか、(もっと外に出て行けばいいのにな〜。) とか、(私が黙ってると、誰かに騙されたり損なことばかりしそうな人だな〜。) と勝手に心配してきた私。

 

私が知らないご友人からのアドバイスのようだが、「お一人様を楽しむ」という姿勢は、とてもいいと思う。

そういう考えになって良かった。 そのお友達に 「有り難う」、と言いたい。

若輩者の私は、そこまでアドバイスできなかったから。

 

人の生き方や考え方って、時に一瞬で変えられるものなんだなあ。

 

それは、それまでの試行錯誤やつらい思いで鍛えられた精神力があったからこそ、「こう」 と決めたら 「すっ」 と変われるのかも。

 

何はともあれ、新天地で充実した毎日を!