今年もあと5日となり、何も片付いていなければ、何も準備できていなくて、こんな年末は初めてだ。

何しろまだ年賀状を買っただけで、今イラストを描いているのだから。

 

ワッチは受験勉強で忙しくて、パソコン使った年賀状作りを教えてくれる時間がないので、仕方なく私はイラストを考えて描いて、カラーコピーするのだ。 例年のように。

 

10月末に老健に入った父とは、毎日電話したり、時々会いに行ったり、外出させたりしている。

 

私が揃えたパーキンソン病の特定疾患関係書類に不備があって (細かいし、見づらいし、必要書類を一つ見落としていた。) また役所に行ったり、父の車の保険解約やら父母の生命保険手続きやら諸請求への振り込みやら、我が家と実家両方の用事をしているから時間が足りない。

 

そこへきて、年末年始を自宅で過ごしたいと言う父のために、老健や母とコウジさんと相談して、どう危険なく父が自宅で過ごせるかに頭を悩ましている。

 

温度湿度管理された老健で、沢山のスタッフによる手厚い介護や看護、医療、リハビリを受け、栄養ある食事や数々のイベント、そして趣味の囲碁を楽しんでいる父が、腰痛で父の着替えや紙パンツの上げ下げ、取り替えをできない母の元で果たして何日もいられるのか。 数時間だって心配なのに。

私はワッチやコウジさんやウメらの世話があって、実家に泊まることはできないし、通うのも大変。

 

けれど帰りたがる父の気持ちも無視できず、ままよ! という気持ちで、父が望むように30日から4日まで外泊届けを、月曜日に老健へ行って出してきた。

 

でも、自宅に戻って来てやっぱり無理 (世話する人がいないから)、となったらすぐ老健に戻ってきていい、と老健に確認できたので、一泊になるかもしれないけれど、とにかく父を迎えに行くことにした。

 

父が転倒したりまた肺炎になったりしたら、私が否応なしに駆けつけなくてはならないから、コウジさんも今年は里帰りしないことにした。

私に代わって、ウメの散歩やらワッチの世話やら色々頼まなくてはならず。 ふう、我が家も実家も、人手不足だ。

 

私はワッチの願書をまだ一枚も書いていないし、受験料振り込みもしていない (出願は始まっているが)。

もし両親に何かあったら、ワッチの受験だってもうバタバタになること間違いないので、非常に心配なのである。 トホホ。

 

今日 (もう昨日になったが)コ ウジさんは、大学時代の友人らと忘年会だった。

 

私が地図を印刷して渡し、どうにか行ってこられたが、帰ってくると誰と会ったのか、何を食べたのか、全く覚えていなかった。

 

「会社の人との会だっけ?」 「ヒント、ヒント。」 と私に教えてくれるよう頼む彼。

 

長い時間かけて、私のヒントも得て、やっと大学時代の友人らとの忘年会だったことを思い出したけれど、食べたものや話の内容は全く覚えていなかった。

 

それどころか、お金を払ったかすら覚えていない。

お財布を覗くと、少し減ってる気もするし、あまり減ってない気もする。

 

今朝講習に行くワッチとコウジさんの出勤が重なり、私もコウジさんのお財布の中の細かい額まで、確認できていなかったのだ。

 

これは友人らに聞いて、払ってなければ払わないと。

 

先週コウジさんの主治医の診察があったが (その話もまだ途中でしたが、次回に。)、記憶低下を心配する会社上司のこともあって、来月CTを撮ることになった。

 

脳が萎縮して、認知症が始まってないかを調べる。

 

でも、私もワッチに最近よく指摘されるが、物忘れが多いので、私も調べてもらいたいくらいだ。

 

一昨日の水曜日もコウジさんは、会社の健康診断で 「要精密検査」 が出たので、二次検査に行ってきた。

 

ところが、白血球数の増加が気になるのに、血液検査や尿検査がなくて、胃カメラを飲んだだけだと言う。

 

私が病院に電話して、何故血液検査と尿検査をしなかったのかを問うと、要領を得ない返事。

 

電話に出た女性は、血液検査と尿検査は、近所の病院でもいいと言うので、すぐ近所の病院に今週土曜日 (今日) に予約を入れた。

 

せっかく有休をとって二次検査に行ったのに、土曜日もやっている近所の病院でも良かったのでは? と不信感を持つ。

 

コウジさんは、「え~、また病院?」 と不満そうだけど、白血球数の増加と尿が要精密検査になったのだから、その二つの検査は早くしなくちゃ。

(多分、白血球数の増加は、悪化していた皮膚炎のせいだと思うけれど、「あの時精密検査を受けていたら・・・。」 と後で後悔したくないので。 尿酸値が高いのも、脳外科の主治医は 「仕方ない。」 と言うけれど、痛風になったこともあるので、やはり何か治療が必要かもしれない。)

 

また、私が大好きなイラストレーターが、去年亡くなっていたことを一昨日知ってショックを受けている。

 

その頃私は愛猫おはぎちゃんが死にそうになっていて、何も手につかなかった。

 

それからもずっと忙しく過ぎてきたが、一年以上も彼の死を知らなかったことに自分でも薄ら寒い思いがする。

 

私はもしかしたら多くのことに気づかない、あるいは知らないでいるのではないか、と。

 

(勿論、今年の流行語大賞の 「だめよ〜、だめだめ」 なんて、受賞で初めて聞いたし。 ワッチもコウジさんも然り。)

 

とりわけショックなのは、彼 (私が大好きなイラストレーター) が55歳という 若さだったこと。

 

まだ亡くなる年ではないから、彼のHPをチェックするのを怠ってしまっていた。

 

でも、頻繁にチェックしていたつもりなのに、一年以上チェックしていなかったことにまた呆然としている。

 

月日は、私が感じているよりずっと早く過ぎているらしい。

 

しかも、50代で亡くなる人は少なくない。

先月も、お通夜に行ってきたばかりだ。

 

私もそろそろ死ぬかもしれない。

 

でもあの頼りなくなった親たちを残して、先へ行くことだけはできない。

あ、勿論コウジさんやワッチや義母も心配だが。

 

多方面にわたり、心乱れる年末である。