●2020年11月15日 朝日新聞から

「脳に障害 免疫暴走の影響か」
「脳へ直接感染の報告も」

 新型コロナウィルスは脳にも感染し、「深刻な脳障害を起こす恐れがある」という報告が相次ぐ。髄膜炎や脳炎、意識障害のほか、記憶障害が出る人もおり、後遺症が心配される。脳の中で何が起きているのか。

 3月、山梨県に住む20代の男性が新型コロナに感染した。意識を失ったままけいれんし、嘔吐したまま床に横たわっていたところを家族が発見。救急車で山梨大病院に運ばれた。

 脳を覆う脳脊髄液をPCR検査で調べると、新型コロナ陽性だった。頭蓋骨と脳の間の髄膜が炎症を起こす髄膜炎とみられ、脳のMRIでは記憶領域にあたる海馬に炎症があった。

 退院後は日常生活に問題はないものの、直近1,2年間の記憶があいまいになったという。新型コロナへの感染が関係していると疑われているが、明確な原因はわかっていない。

 英国では、発熱や頭痛を訴えた後に意識障害を起こした59歳の女性が、入院後に新型コロナに感染していることがわかった。MRIで脳の腫れや出血が確認され、急性壊死性脳症と診断された。集中治療を受けたが、入院10日目に死亡したと報告されている。

 ドイツのチームは7月、新型コロナの神経症状について、92本の論文や報告を分析した。感染者の20%に頭痛、7%にめまい、5%に意識障害があった。髄膜炎や脳炎、手足がまひするギラン・バレー症候群も数例ながら報告された。

 7月に英国のチームが発表した論文でも、新型コロナに感染、あるいは感染の疑いのある43人のうち、10人にせん妄などの脳機能障害、12人に脳炎、8人に脳卒中の症状があった。

 新型コロナウィルスはどのようなメカニズムで、脳に影響を与えるのか。

 専門家は、ウイルスが嗅神経や血管を通って脳の細胞に直接感染する場合と、脳以外の臓器への感染が引き金になる2パターンが考えられると指摘する。

 前者の場合、脳内で増えたウィルスが炎症を起こし、脳の中枢神経を傷つける。後者の場合、ほかの臓器への感染により「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走が起き、全身に炎症が起き、脳の中枢神経にも影響を与える。

 脳炎に詳しい上尾中央総合病院の亀井聡・神経感染症センター長は、新型コロナによる脳の障害は「直接感染ではなく、サイトカインの方が説明が通る」と話す。脳脊髄液のPCR検査で陰性例が多いことや、髄駅中のサイトカイン増加が報告されているからだ。

 一方で、直接感染をうかがわせる研究もある。米エール大学の岩崎明子教授らのチームは9月、ヒトのiPS細胞に由来する神経細胞でできた脳のミニ組織を使い、ウィルスが神経細胞に感染することを明らかにしたと論文で発表した。 さらに、ウイルスが感染した細胞内で増え、周囲の細胞から酸素を奪うことで、周囲の細胞を死滅させていることも明らかにした。

 国内でも、慶応大学の岡野栄之教授らが、iPS細胞から神経細胞をつくって新型コロナの研究をしている。岡野さんは「iPS細胞を使うことで、新型コロナが神経にどう感染するかについて、体外で実験することができる」と話す。

 田口文広・元国立感染症研究所室長は「現時点では脳への影響のメカニズムを明らかにするのは難しい」と話す。脳への影響が分かるころには、すでにウィルスが全身に回っており、感染経路が特定できない場合が多いからだ。「ただ、どんなメカニズムだとしても脳への影響は起こりうる。できるだけ感染しないよう予防策をとることが大事だ」と話す。 (市野塊 記者筆)

(その3につづきます)